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9・祈り

 翌日、朝早く起こされた私は、朝食を食べた後で身を清められ、祭壇のある場所へと連れて行かれた。


「では、こちらでクレアーレ様に祈りを捧げて下さい」


 巫女長から簡潔に言われ、私は目を剥いた。

 いやいやいや、祈りを捧げるってどうやるのよ。

 手を合わせるの? 二礼二拍一礼でいいの? 絶対に違うでしょ!

 私は戸惑って、その場で立ち尽くしていると、察してくれたのか、シャウラが小声で教えてくれた。


「膝立ちになって、胸の辺りで指を組むのです」


 なるほど! ありがとう!

 私は、すぐに膝立ちになり、胸の前で指を組んだ。

 ついでに頭もちょっと下げて目を瞑る。


 え~と、クレアーレ様。いつも私達を見守って下さり、ありがとうございます。王族の方は、あと少しでいらっしゃいますから、もう少しだけお待ち下さい。

 私のような名ばかりの聖女ではご不満かもしれませんが、心から祈らせて頂きます。

 

 祈りの言葉なんて分からないから、こんなことしか言えなかったけれど、クレアーレ様に届いてくれればいいな、と思いながら、私は目を開けた。

 どれくらいの間、祈っていればいいのか分からなかった私が周囲をそれとなく窺うと、特に巫女長や巫女達の様子に変わったところがなかったので、間違ってはいなかったのだと判断する。

 顔を上げた私は真正面の女神像の後ろにある、天井から吊されている布を見た。

 昨日はジックリと見る時間がなかったから分からなかったけれど、かなり大きな細長い布である。

 ただそこにあるだけなのに存在感があり、不思議と神聖さが感じられた。


「あの、巫女長。あの布は」


 私の視線の先にあるものを見た巫女長は「ああ、あれですか」と言って説明してくれた。


「あれは神殿が建てられた際に初代国王陛下の妃であったギーゼラ王妃が奉納したものです。グリュー織りでこれだけ大きなものは、そうありませんので圧巻でしょう?」

「グリュー織り、ですか? でしたら、あの模様もグリュー織りの特徴なのでしょうか?」

「あの模様はベルクヴェイク王国とエルノワ帝国の国章を混ぜたものになります。あの布はギーゼラ王妃がクレアーレ様への愛、そして国が平和であるようにと祈りを込めて織られたそうです。ギーゼラ王妃は光属性でしたので、あのグリュー織りには汚れを浄化する作用もあるのです。そのお蔭で未だにこの場所は清浄なまま保たれているのです」

「え? 今もですか!? 建国してからかなり長い時間が過ぎてますよね?」

「グリュー織りとは、そういうものですよ。ですが、普通の人が織った場合は、保って百年から二百年ほどでしょうか。長い間続く分、効果は大きくはないのですが」


 普通の人でも二百年!?

 想定外のことを言われ、私は驚いてしまう。


「エルツの効果も素晴らしいとは思いますが、私は親から子、子から孫に受け継いでいけるグリュー織りの方が価値があると思っているのです。今でも少数ですが、生まれた子供の健康と幸せのために親がおくるみや絨毯を織ることもあるそうですよ」


 へぇ。素敵な伝統だなぁ。

 なんだか心が温かくなってくる。

 それにしても、模様をどこかで見たことがあるかもしれないと思ったけど、単純に謁見の間とかでこの国の国章を目にしていただけだったのかも。

 エルノワ帝国の国章も混ざっていたから気付かなかったのね、と納得していた私に巫女長が声をかけてくる。


「聖女様、ご質問は以上でしょうか?」

「はい。教えていただきありがとうございます」

「質問に答えるのも巫女としての役目ですから、お気になさらずに。それから、朝のお祈りはこれで終わりです。昼と夜にも同じようにお祈りして頂きます。お祈りの時間までは自由ですので、部屋で過ごしても神殿内を散策されても結構です」


 巫女長から説明され、私はこれからどうしようかな? と悩む。

 昼までは部屋で過ごしてもいいかもしれないけれど、昼から夜まではかなりの時間、暇になる。

 なら、神殿内を見て回るのもいいかもしれない、とは思うものの、命を狙われているということもあり、躊躇してしまう。

 考え込んでいる私の背中を、ジルヴィアさんがポンッと叩く。


「ひとまず、部屋に戻りませんか?」

「……そうね」


 そう言って、私達は部屋へと戻った。

 私がソファに腰を下ろすと、すぐにヒルデが紅茶を用意してくれたが、彼女に対してジルヴィアさんが鋭い視線を向けている。

 恐らく、キールから食事に毒が入っていることを知っていた、ということを聞いたのだろう。

 私は紅茶に砂糖を入れて、毒の粒を消すイメージを思い浮かべながらスプーンでかき混ぜて口に含む。

 特に舌がピリッとしたりはしなかったので、毒が入っていてもちゃんと解毒できたのだと思う。

 美味しそうに紅茶を飲み干した私を見て、ヒルデは驚いたように目を見開いた。

 ということは、やっぱり紅茶にも毒が入っていたのね。

 こういうとき、半能力半魔法属性の分解があって、本当に良かったと実感する。

 少なくとも、簡単に死ぬことはないと思うから。

 と、私は思っていても、ジルヴィアさんはそうではないようで、今もヒルデを注視している。

 あまり目立った行動をすると、ジルヴィアさんが狙われてしまう。

 私はジルヴィアさんと目を合わせ、首を横に振ると、彼女は眉をピクリと動かして不満を表した。

 再度、私は首を横に振り、ジッとジルヴィアさんを見ると、彼女は諦めたのか息を吐いてヒルデを見るのを止めた。


 毒の件は、キールには既に伝えてあるし、テュルキス侯爵達にも伝わっている。

 ということは、誰が疑わしいのかを調べてくれているだろうし、ここで勝手に動くのはまずい。

 まずは、テュルキス侯爵と会って、意見を聞かなければ、と思っていた私に、ヒルデが穏やかな笑みをこちらに向けてきた。


「聖女様。午前中はいかがなさいますか?」

「部屋で過ごそうと思っているわ」

「左様ですか」


 和やかに彼女は返事をする。

 とても私を殺すのか、手伝いをしているのか分からないけれど、ともかく、私を害そうとしている人の態度には見えなかった。

 物凄い女優だな、と思うが、私が毒を飲んでもなんともなかったのを見て簡単に顔に出たところを見ると、そこまでではないのかもしれない。

 でも、命を狙われているっていうことは、やっぱりベルンシュタイン伯爵絡みなのかな?

 散々、テュルキス侯爵とかに言われてたから、可能性は高いよね。


「聖女様?」


 考え込んでいた私は、シャウラの呼びかけにハッとして、彼女に笑顔を向けた後で何でもないと首を横に振る。

 彼女は特に私の様子をそれ以上気にすることもなく、そのまま喋り始めた。


「……午後はどうしますか? 神殿内を見て回るというのであれば、書物庫がおすすめですが。あそこは貴重な書物が保管されておりますが、いかがでしょう?」

「書物庫……」


 ヒルデからの提案だったなら疑ったけれど、無害そうなシャウラだし、大丈夫かな? と私はそっとジルヴィアさんへ視線を向けたが、彼女もどうしようかと考えているようで、すぐに返事を返してはくれない。


「書物庫には、建国してから今日までの記録が残されていますし、代々の巫女長の手記も残されています。色々な資料もありますから、夕方まで時間を過ごすにはもってこいだと思いますが?」

「……そうね。ちょっと考えてみる」


 色々と考えたいし、キールからも話を聞きたい。

 そのためには一人になる必要があると思い、私はわざとらしく眠そうな振りをした。


「あ、あのね。お昼寝というか、物凄く眠くて仕方がないから、ちょっと眠りたいのだけれど」

「今からですか!?」


 シャウラの声に、私はぎこちなく頷く。


「本当に眠いの。とんでもなく眠いの。どうしようもなく眠いのよ。お願い、ちょっとだけ仮眠を取らせて? 寝るのが遅かったせいで寝不足なの」


 この通り、と私がお願いすると、特に疑問に思う様子もなくシャウラもヒルデも承諾してくれた。

 着替えを手伝うと言われたが、私はこのまま仮眠を取ると言い張り、寝室へと入ることに成功した。

 一人にして欲しいと伝えたので、寝室には私一人。

 周囲を見回して、誰もいないことを確認した私は「キール?」と小声で口にする。


「呼んだか?」


 背後から聞こえた声に、私はビクッとなる。

 音も気配もなかった。どこから出てきたのよ、と私は振り返った。


「もっと、分かりやすく出てきてよ」

「それじゃ、隠密行動にはならねぇだろうが」


 確かにそうかもしれないけど、心臓に悪い。

 ジトッとした目でキールを見るが、彼は意に介していないのか涼しい顔をしている。


「で、俺を呼び出した理由は?」


 長居するつもりはないらしく、彼は本題を口にした。

 私も本来の目的を思い出し、口を開いた。

 

「私はこのまま部屋に籠もっていた方がいい? それとも、犯人をおびき出すために行動した方がいい?」

「ああ、そのことか」


 質問されることを予想していたのか、キールはそう口にした。


「というと?」

「怪しいと思われる人物は浮かんでいるが、その人物達が手を組んでいるのか、もしくは、その人物に手を貸している第三者がいるのかも分からないとテュルキス侯爵は言っていた。相手の狙いが聖女様か王子様かも分かってねぇともな」

「だから?」

「できれば、聖女様に行動を起こして欲しい、と」


 簡単に殺されることはないと分かっているなら、そういう判断になるよね。

 でも、命を狙われるというのは怖いよ。


「心配しなくても、いざというときは、王子様に変わって俺が聖女様を守ってやるから安心しろ」

「……キールが?」

「雇い主を守るのも仕事の内だ。ちゃんと影から見てる。本当にやばかったら、俺が出て行く。聖女様の血が流れることは絶対にないと誓う」


 真剣なキールの表情に私は戸惑う。

 この人は、こんなにも忠誠心がある人だっただろうか?


「俺が王子様と再会できるように守ってやるから、安心して敵の懐に飛び込め」

「う、うん」


 って、勢いで、うんと言ったけど、全然安心できないよね、それ。


「ということで、神殿内の散策に出掛けてくれ」

「……分かったわ」


 気は乗らないが、簡単に殺されることもないと思うし、テュルキス侯爵の言う通りにしよう。

 それに、きっとキールが守ってくれる、という安心感もあるし。

 どうして、そこまで私を守ってくれるのかっていう疑問もあるけど。

 キールは、私が了承すると、「じゃあ、よろしく」と言って、私の肩を掴み、後ろを向かせる。

 え? と思い振り返ると、既にキールの姿は消えていた。


「結局、どこから入ってきたのよ」


 私の疑問は解消されないまま、時間は過ぎ、昼となる。

 昼食後にお昼のお祈りを済ませ、私はシャウラ、ヒルデ、ジルヴィアさんと共に書物庫へと向かった。

 書物庫は少し薄暗くて肌寒く、ちょっと不気味だな、と思っていると、前を歩いていたシャウラが立ち止まる。


「こちらの棚が代々の巫女長の手記となっています」

「ありがとう」


 シャウラに礼を言って、私は適当な場所から本を一冊抜き取ると、その場で読み始める。

 私が手に取ったのは、おおよそ、三百年ほど前の巫女長の手記。

 文字を勉強していて良かったと思いながら、単純に単語を繋ぎ合わせて私は読み進めていく。

 どうも、彼女はクレアーレ様に好かれていたようで、彼女の姿を見ることができたらしい。

 それによると、クレアーレ様はとても美しい女神様、のようだ。

 この世のものとは思えないほど美しいと書かれているので、相当なのだろう。

 ここまで言われるのなら、私も一目見て見たいと思いつつ、読みふけっていると「お前……!」というキールの声が聞こえたと思ったら、ギシッという音がして、書架が私の方へと倒れてきた。

 嘘でしょ! と思い、私が動けずにいたら、誰かに腕をグイッと引かれ、倒れてくる書架から引き剥がされた。

 一体誰が? と思い振り返ると、キールが焦った表情を浮かべていた。

 彼は私が無事なのを確認すると、すぐに書架の蔭に移動してしまう。

 どうやら、彼が腕を引いてくれたお蔭で私は無事だったらしい。

 命拾いをした、とホッとして前を向くと、シャウラとジルヴィアさんが倒れかかっている書架を支えているのが目に入った。


「ちょっと、二人共! 早く書架から離れて!」


 下敷きになったらどうするの!?

 慌てて私が口にすると、二人は目配せし合って同時に書架から離れる。

 支えを失った書架は、ゆっくりと傾いていって隣の書架にぶつかった。

 そのまま、ドミノみたいにぶつかった書架が次々に倒れていき、端の書架が壁にぶつかったことで、ようやく止まった。

 私はホッと息を吐き出すと、頬を紅潮させたシャウラが話しかけてくる。


「ご無事ですか?」

「……ええ」


 今、目の前で起こった出来事が信じられず、放心状態だった私の許にジルヴィアさんが駆け寄ってきた。


「ルネ様! 怪我はありませんでしたか!?」

「すぐに逃げたから、平気。驚いたけど、怪我はないよ」

「それを聞いて安心しました」


 私が怪我をしていないと聞いたジルヴィアさんは、胸を撫で下ろしている。


 結局、この場にいるのは危険だということで、すぐに私達は書物庫から出て、部屋へと戻ることにしたのだが、廊下を歩いていて角を曲がった途端に三人の姿が消えてしまった。

 見えなくなったわけじゃなく、本当に一瞬で消えてしまったのである。


「ジルヴィアさん! シャウラ! ヒルデ!」


 大声を出してみるけれど、誰からの返事もない。

 周囲を見回しても、誰もいない。


「立ち尽くしていても仕方ないよね……。多分、こっちだったと思うんだけど」


 行きと同じ道と思しき方へと歩いていると、しばらくして目の前に奇妙な模様が描かれた扉が現れた。

 行きの道では見掛けなかった扉である。


「何これ?」


 近寄り、そっと模様に手を触れると、触れたところが光ったと思ったら、光が端の方へと移動していく。


「え?」


 扉の反応に戸惑っていると、扉がガコッという音と共に、少しだけ開いた。


「怪しい」


 明らかに怪しい。どうみても怪しいと、私は少しだけ開いた扉を凝視していると、扉がギィという音と共に開き始めた。

 勝手に動いた扉に私は恐怖を感じ、その場から逃げだそうとすると、背中を誰かに強く押され、その勢いのまま開いた扉の中へと入ってしまった。

 すぐに後ろを振り向いたが無情にも扉は閉まり、辺りが真っ暗になる。

 慌てて扉を押してみてもまったく動かない。


「嘘!? 嘘でしょ!」


 こんな怪しい場所に入れられるなんて冗談じゃない!

 元の場所に戻して! と思って扉を叩いてみるけれど、まったく動く様子はない。


「どうしよう……」


 途方に暮れていると、急に辺りが明るくなる。

 不思議に思って後ろを向くと、目の前に一匹の鹿がいて、ジッとこちらを見ていた。

 鹿は私と目を合わせると、まるで私を誘うように先を歩き始めた。

 少し歩いて振り返ったところを見ると、ついてきて欲しいみたい。 

 背後の扉は動かず、出られない。なら、あの鹿についていくしかない。


「何も無ければいいんだけど」


 と、言いながら、私は歩き始める。

 かなり長い廊下を歩いていくと、ようやく突き当たりへと出て、またもや扉が現れた。


「これもさっきと同じなのかな?」


 まあ、触ってみれば分かるよね、と私はそっと扉に触れるけれど、先ほどのような反応はない。

 あれ? と思い、しばらく扉を触ってみたが、動く気配すらみせない。

 数分、そんなことを繰り返していたところ、ふとある考えが脳裏を過ぎる。

 

「……押したら開くなんてことはないよね」


 まさか、そんなことはないよね、と思いながら、私は試しに扉を押してみたところ、あっさりと動いた。

 嘘でしょ! と、私はその場に膝をつく。

 膝をついた私の横を鹿が通っていき、扉の中へと入ってしまった。


「この数分間の私の苦労って……」


 悲しくなりながらも、私は立ち上がる。


「これが出口かもしれないしね」


 入り口がなくなった以上は、この扉をくぐるしかない。

 どうか出口でありますように、と私は扉を開けて中へと足を踏み入れた。

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