8・前途多難
クレアーレ神殿へと到着した私達を出迎えてくれたのは、神殿の巫女達。
露出が少なく、足下まであるスカート姿の彼女達は、恭しくこちらに向かって頭を下げている。
「ようこそ、おいでくださいました」
「神殿は変わりないか?」
という巫女とテュルキス侯爵の会話が聞こえてきたが、私は目の前にそびえる真っ白な神殿に圧倒され、目を奪われていた。
「ルネ」
少し責め立てるようなテオバルトさんの声に、ボーッと建物を見ていた私は我に返り、前方に視線を向けると、どうやら神殿の中に入るらしく、全員が移動を始めていた。
「田舎者丸出しじゃないか。恥ずかしい真似はしないでね。聖女でしょう?」
「……返す言葉もございません」
やってしまった、と反省の言葉を口にすると、テオバルトさんは説教を続ける気はなかったのか、行くよ、と私に声をかけて歩き始める。
置いて行かれてはたまらないと私は彼の後を追いかけるが、前方を歩く集団の中にキールの姿がないことに気が付き、周囲を見回した。
けれど、どこにも彼の姿が見当たらない。
「テオバルトさん。キールは?」
「彼は別行動中だよ」
「何か仕事ですか?」
「まぁ、そんなところだね」
隠密行動が得意そうだもんね、と納得した私は、テオバルトさんと共に神殿の中へと入る。
薄暗い廊下を歩いていき、広い部屋へと通された。
入ってすぐ、真正面に一段高くなった場所があり、その奥に大きな女性の像が置かれているのが見えた。
何も知らない私でも、あれはクレアーレ様を模しているのだと分かる。
像の背後に模様が入った細長い布? のようなものが天井から垂れ下がっていたことから考えても、あそこは多分、祭壇なのだと思う。
不思議な模様の布なんだけど、私はその模様に見覚えがあった。
クレアーレ神殿にあるものだし、あの模様は有名なのかもしれない。
フィニアス殿下のお屋敷とか、王城内で見掛けたのだろう、と結論づけて、私は神殿という場所に足を踏み入れた物珍しさで、ついキョロキョロと視線を動かしてしまう。
すると、私の背後にいたテオバルトさんに背中を突かれたことで、私は見回すのを止めて真正面に視線を向ける。
背後から呆れたようなテオバルトさんのため息が聞こえた。
「聖女様」
前方から呼ばれ、少し間が開いた後で、あ、私のことだったと気付いて「はい!」と口にしながら、前に出る。
私を呼んだ巫女の服装が出迎えてくれた人達とは違うことから、彼女が巫女の中で一番偉い人なのかな?
彼女は私と目を合わせると、その場で頭を下げた。
「私は、巫女長のニーナと申します。隣にいるのは私の補佐を務めている巫女の一人・アデーレです」
巫女長の隣にいた黒髪眼鏡の大人しそうな女性が頭を下げる。
私も彼女達に向かって頭を下げた。
「瑠音・堂島と申します」
自己紹介をすると、巫女長は嬉しそうに目を細めた。
「聖女様がいらっしゃるのを、私共は心よりお待ち申し上げておりました。ここ五十年ほど、王族の皆様の訪問がなく、クレアーレ様が寂しがっておりましたので、きっとお喜びになることでしょう。以前は気に入った巫女の前に姿をあらわして下さっていたのですが、最近はあまりお姿を見かけることもなく心配していたのです」
まるで、私がクレアーレ様にお会いするのが決定事項のように言われ、そんな予定など聞いていない私は驚いた。
「え? あの、私は」
「巫女長。彼女はフィニアス殿下がいらっしゃるまでの間、祈りを捧げてもらうだけだ。実際にクレアーレ様にお目にかかれるかは、まだ分からん」
どう説明しようか悩んでいる間に、テュルキス侯爵がフォローをいれてくれた。
ありがとうございます、侯爵。
「あらあら、そうなのですか? 使者からの手紙には聖女様が、その役割を果たすと書かれていたのですが……」
口元に手を当てて、どういうことでしょうか? と巫女長は首を傾げている。
私もどういうことなのかと首を傾げたい。
テュルキス侯爵は眉をピクリと動かした後で静かに「そうか」と口にした。
「どうやら、行き違いがあったようだが、今し方儂が口にした方が事実。聖女殿がクレアーレ様にお目にかかれなくても、後にフィニアス殿下がいらっしゃるので何の問題もない。神殿内でもそのように対処して頂きたい」
「かしこまりました。では、聖女様。どうぞ、こちらへ。部屋までご案内致します」
そう言って、巫女長は私を奥へと案内しようとする。
「お待ち下さい。彼女は、我々と神殿近くの屋敷に滞在する予定となっております」
慌てたようにテオバルトさんが巫女長へと声をかけるが、彼女は話を聞いても笑みを崩さなかった。
「クレアーレ様に祈りを捧げるというのであれば、こちらで過ごして頂かねばなりません。外でまとった汚れを清める必要があるのです。歴代の王族の皆様方はいつもそうしていらっしゃいました。聖女様だけを特別扱いはできません。……さぁ、聖女様、参りましょう」
巫女長は私に向かって手を差し伸べているけれど、私は素直にその手を取ることはできない。
神殿で過ごす必要があるのは分かったけれど、まさか私、一人で? と思い、無意識の内にジルヴィアさんを見た。
私の視線の意図に気付いたのか、ジルヴィアさんがこちらに歩み寄ってくる。
「そちらは聖女様の侍女でしょうか? 申し訳ありませんが、この奥は限られた者しか入ることはできません。侍女はこちらで用意しておりますので、ご遠慮下さい」
「ルネ様をお一人にすることなどできません」
「ご遠慮下さい」
一刀両断である。
巫女長に引く気配はない。
どうしたものかと私が思っていると、テュルキス侯爵が静かに私を庇うようにして巫女長の前に出た。
「彼女はこの国に来てまだ日が浅い。慣れ親しんだ環境からいきなり引き離されて、不安もあるでしょう。せめて彼女が信頼している侍女を一人付ける許可を頂けないか?」
「なりません」
「では、我々はこのまま、王都へ戻らせて頂く」
キッパリと言い放ったテュルキス侯爵を見て、巫女長は表情を引き攣らせた。
「いくら平和になったとはいえ、不安定な状況に変わりはない。それに、この領地を治めていたのは、先代皇帝と繋がっていた貴族。そのような場所に聖女を一人置いていけるはずがなかろう。侍女を一人付けるという、ささやかな要望が通らないのであれば、仕方あるまい」
「それは困ります」
笑みを消した巫女長は、見ても分かるほど狼狽えている。
「では、侍女を一人付けても構いませんな?」
テュルキス侯爵の言葉に、巫女長はしばらく考え込んだ後で「承知致しました」と口にした。
「では、聖女様、侍女の方もこちらへ」
テュルキス侯爵とテオバルトさんに別れを告げ、私とジルヴィアさんは巫女長の後を付いていった。
少し歩いて、ある部屋へと案内される。
「こちらが聖女様の部屋となります。奥が寝室です。あまり広い部屋ではございませんが、ご容赦下さい」
「いえ、とても広い部屋で、居心地が良さそうです。ありがとうございます」
巫女長は、それはようございました、と微笑み、机に置かれていた鈴を鳴らした。
すると巫女が二人、部屋に入ってくる。
彼女達はこちらに頭を下げると、巫女長の後ろに移動した。
「こちらが聖女様の身の回りのお世話をする、巫女のヒルデと、巫女見習いのシャウラです」
二人は揃ってその場で頭を下げた。
ヒルデは気が強そうな見た目をしていて、私と同い年くらい、シャウラは大人しそうな子で十代前半……というか中学生くらいに見える。
慌てて私も頭を下げようとすると、後ろにいたジルヴィアさんに服を引っ張られて「貴女は下げてはいけません」と小声で言われてしまう。
ギリギリで体の動きを止めた私は、二人の顔を見て誤魔化すように笑みを浮かべた。
「瑠音と申します。短い間ですが、よろしくお願いしますね。こちらは、私の侍女のジルヴィアです」
「よろしくお願い申し上げます」と言って、ジルヴィアさんが頭を下げる。
互いに紹介が終わったことで、巫女長が話を再開した。
「まずは、神殿内の大浴場で身を清めて頂きます」
「何か作法や手順などあるのでしょうか?」
「いいえ、特別なことは何もございません。神殿の水には心を落ち着かせたり、外からの汚れを落とす作用が多少ございますので、湯浴みをするだけで清められると考えられています」
右手から湯をかけるみたいな面倒な手順がなくて安心した。
湯浴みをして身を清める必要があるのなら、毎回屋敷から神殿に来て湯浴みをしてっていうのは無駄に時間がかかるし、少し面倒かもしれない。
「だから、神殿内で過ごさなければならないのですね」
「それもございますが、体の中からも清める必要があるのです。神殿内の水を使用して食事を作っておりますので、三食きっちりとこちらで召し上がって頂かねばならないのです」
外からも中からも清める必要があるってことね。
絶対に神殿で過ごしてもらうって言っていたから、何か他意があるのかと思っていたけど、そんな感じじゃなさそう。
いや、まだ分からないけど。
疑り深く私が巫女長を見ていると、彼女は先程と変わらぬ口調で話しを続ける。
「明日からの予定になりますが、先ほど皆さんがいらっしゃった場所、祭壇の間ですね。そこでクレアーレ様に日に三回、祈りを捧げていただきます。それ以外の時間ですが、基本的に神殿内の移動に制限はございませんので、ご自由にお過ごし下さい。ただ、最奥部には行かぬように。あそこはクレアーレ様のお住まいとなっておりますので、無断で入ればただでは済みません」
「た、ただでは済まない……」
不穏な言葉に恐る恐る声に出すと、巫女長は平然とした様子で、ええ、と口にした。
「最奥部にあるクレアーレ様のお部屋には、王族の方か、クレアーレ様に気に入られた者しか入ることはできませんが、それ以外の者は、近寄るだけでクレアーレ様の怒りに触れますので」
近寄るだけで!?
神の怒りに触れるラインが低すぎて、私は目を丸くした。
「で、でしたら、立ち入り禁止の場所を教えて頂けますか? 知らずに足を踏み入れてしまうかもしれませんし」
「ええ。もちろんです。大浴場で身を清めた後で、神殿内の案内をシャウラにしてもらうつもりでしたので。本来であれば私が案内をしなければならないのですが、仕事がありまして。申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
では、と言って巫女長は部屋から出て行き、私とジルヴィアさんはヒルデとシャウラに連れられて大浴場へと向かった。
彼女達から説明を受けながら私は先に湯浴みを終えて、用意されていた白を基調とした服に着替える。
少しして巫女服に着替えたジルヴィアがあらわれると、ヒルデはこの後の食事やら部屋の用意があるとのことで大浴場から出て行った。
確か、この後は神殿内の案内があったはずだと思い、私はシャウラに声をかけた。
「じゃあ、神殿内の案内をお願いできますか?」
「こちらです。それと、私達に敬語は不要です」
淡々とした口調でシャウラに言われ、私は、了解の意味を込めて頷いた。
親から散々言われてきたこともあって、初対面の人に対しては敬語になってしまうんだけど、慣れてるせいかタメ口は抵抗があるなぁ。
一応、立場としては私が上だからってことなんだけど、違和感が先にきてしまう。
なんとも複雑な気持ちになりながら、私とジルヴィアさんはシャウラに連れられ、綺麗な花が咲き乱れる中庭、巫女長の部屋、大浴場などを案内してもらい、最後に立ち入り禁止の場所を教えてもらった。
途中の世間話で、シャウラが十四歳、ヒルデが十八歳であると知る。
年下なのに私よりもしっかりしている。どうしたら、そういう落ち着きが身につくのかとシャウラのしっかりとした説明を聞いていたが、あらかた説明が終わったのか彼女は黙ってしまった。
誰も何も喋らず、落ち着かなかった私は何か喋らなければと周囲を見回し、ふと疑問に思ったことを質問する。
「あまり巫女の姿を見かけないけれど、人数は多くないの?」
「二十人程度ですね」
「こんなに広い神殿なのに?」
シャウラは一瞬だけ振り向いて、苦笑した。
「ここではクレアーレ様のお許しを得て、巫女見習いになれるので、誰も彼もというわけではないのです。志願して来る方も、そう多くはありませんし」
つまり採用されるかどうかは、クレアーレ様のさじ加減ってこと?
人数が少ないってことは、割と人の好き嫌いが激しい神様なのかな。
「じゃあ、シャウラは志願して神殿に?」
「いえ、私は母が亡くなって貧困生活を送っていたときに、巫女長補佐のアデーレ様に拾って頂いたのがきっかけで神殿に入りました」
予想外の過去があったことを知り、私は思わず口を噤んだが、シャウラは何とも思っていないような感じで話を続ける。
「アデーレ様がクレアーレ様に直接お願いして頂いたお蔭で、私も妹も神殿に入ることを許されたのです。当時の貧困生活を思えば、今の生活は恵まれていると思っています」
直接お願いしたってことは、アデーレさんはクレアーレ様から気に入られているんだ。
にしても、親が亡くなって貧困生活を送っていたって……。これは聞いちゃいけない話題だった。
平気そうな顔で話しているけれど、何も感じないわけないだろうし、もっとよく考えて聞くんだった。
しまったなぁと考えていると、後ろにいたジルヴィアさんがシャウラに声をかけた。
「シャウラは妹がいるのね。私は一人っ子だから、姉妹がいる子が羨ましいわ。いくつ違いなの?」
気まずいと思っていることを察して、フォローしてくれたのかな? と考えていると、シャウラが突然立ち止まった。
「シャウラ?」
どうしたのかと私が呼びかけると、顔を真っ青にさせた彼女が振り返る。
「…………妹が、います。四歳違いの妹が……」
「どうしたの? 顔色が悪いけど」
どこか様子がおかしいシャウラを心配していると、彼女は何かを決意したような目で私の腕を掴んできた。
「聖女様! 妹を」
「シャウラ!」
後方からヒルデの大きな声が聞こえてきたことで、私とシャウラは同時に体をビクッとさせる。
早足で私達の許へとやってきたヒルデは、シャウラを睨み付けながら、かなり強めに彼女の腕を掴んで私から引き剥がした。
「ヒルデ!」
痛そうに顔を歪めるシャウラを見ていられなくて、思わず私は声を上げた。
私の声にヒルデは我に返ったようで、バツの悪そうな表情を浮かべながらシャウラから手を離す。
「申し訳ありません。聖女様に馴れ馴れしく触れていたので、注意をしようと思いまして」
「ああ、違うのよ。こちらが彼女の聞かれたくないことを聞いてしまったから、少し取り乱したんだと思うの。次から気を付けるわ」
「いえ! 聖女様が悪いわけではありませんから」
慌てたようにヒルデが首を横に振っている。
その後ろでシャウラは手をギュッと握り、地面を見つめていた。
結局、それ以上話をすることは出来ず、ヒルデが私にピッタリとはりついてくる中、私達は部屋へと戻ったのだった。
そのまま夜になり、私が夕食を食べようかとしているときのこと。
喉が渇いたので、まずは水を飲もうとグラスに入った水を口に含んだ瞬間、舌にピリッという静電気のような刺激を感じた。
慌ててグラスを口から離し、今起こったことを思い返す。
明らかに確かに静電気のような感じだった。こんなことが起こる理由はひとつしかない。
これまでの経験から考えると、これは無意識で魔法を使ったということだと思う。
……つまり、水の中に毒が入っていた、ということだ。
「あ、あの、聖女様? どうかされましたか?」
水を飲んだまま微動だにしない私を心配したのか、どここか不安そうな表情のシャウラがこちらを見ていた。
私はすぐになんでもないと首を振る。
「意外と水が冷たくて驚いてしまって。怒っていないから安心して」
微笑んだ私を見て、シャウラはホッとしている。
彼女から再度謝罪をされ、気にしていないからと呟いた私は笑みを浮かべながら、まさか他の食事にも? と思い、試しにスープを飲んでみると、先ほどの水のときと同じく、静電気のような刺激を舌に感じた。
これもか! と思い、回りに気付かれないように今度は口ではなく、直接指で魚のムニエルに触れてみると、残念なことに指にも先程と同様の刺激があった。
そうして、周囲を窺ってみたところ、ヒルデが私をジッと見ていることに気が付く。
どこかガッカリした様子の彼女は、私と目が合うとすぐに逸らすのだけど、またすぐにこちらに視線を向けている。
考えたくはないけれど、もしかしたらヒルデは食事に毒が盛られていることを知っているのかもしれない。
分解があるから、解毒できるし命の危険があるわけじゃないけど、初日からこれかぁ。
フィニアス殿下とテュルキス侯爵の心配がバッチリ当たってしまった。
これは一応、テュルキス侯爵に知らせた方がいいよね。
あと、ジルヴィアさんの食事にも毒が入っているかもしれないし、彼女が食事をする前に伝えておかないと。
ヒルデが食べ終わった食器を片付けている間に、私はジルヴィアさんに食事に毒が盛られていたかもしれないことと、ジルヴィアさんの食事にも毒が入っている可能性があることを耳打ちした。
結局のところ、ジルヴィアさんが夕飯を食べたのかどうかは分からなかったけれど、そのまま就寝時間となり、三人は私の部屋から出て行った。
出て行く際、シャウラが縋るような目で私を見てきたのが気にかかる。
昼間、私に何か言いたそうにしていたし、話したいことがあるのかもしれない。
もしかしたら、毒のこととか、誰が私を狙っているとかの話かな?
だとするなら、二人で話がしたいと思うけど、ヒルデがピッタリくっついてきているし、難しいかも。
「……前途多難だなぁ」
ベッドに腰かけながら、私は両手で顔を覆った。
「何が?」
「え?」
いきなり第三者の声が聞こえ、私が顔を覆っていた手をどかすと、目の前にキールが立っていた。
音も気配もなく現れたことに驚いて、大声を出しそうになった私の口を彼は手で塞ぐ。
「静かにしろ」
それ、悪役の台詞だから!
「手をどかすが、騒ぐなよ」
だからそれ、悪役の台詞……って考えている場合じゃないよね。
私がキールの顔を見て頷くと、彼はゆっくりと手を離してくれた。
「どうして、ここに? 他の仕事をしてたんじゃなかったの?」
「だから、これが他の仕事だ。神殿内部に忍び込んで影から聖女様を護衛しろって言われてんだよ」
だから、神殿に到着した時点でいなくなったのね。
それならそれで、私に言ってくれても良かったのに。
むぅと口を尖らせていると、キールは半笑いしている。
「難しい顔してやがるな。なんかあったのか?」
「あった」
そう答えると、キールはサッと表情を変える。
「何があった?」
「多分だけど、食事に毒が盛られてたと思う」
「……食べたのか?」
「解毒して食べたよ」
「ばっ」
馬鹿じゃないのか! とキールは言いたかったのだと思うが、すぐに我に返って自分の口を手で押さえた。
「……自分の力を過信するな」
「食事に盛られた毒を解毒するのは割と得意だもん」
それが最初の私の仕事だったし。
「まあ、聖女様の場合は害があると本能で察すれば、勝手に魔法が発動するし大丈夫っちゃ、大丈夫だろうが……」
「私よりもジルヴィアさんの食事にも毒が入ってるんじゃないかと思って、それが心配なんだよね。ねぇ、気付かれないようにジルヴィアさんの食事を捨てて、彼女に食べ物を渡すこととかできる? できれば私がジルヴィアさんの食事を解毒したいんだけど、食事は私とは別だし」
「……聖女様がやれって言うならやるが……」
「じゃあ、お願い」
なぜかキールは、呆れたような視線を私に向けてきている。
そんなに変なお願い?
「あ、あと、毒が入っていたかもしれないってことはテュルキス侯爵に伝えておいてね」
「言われなくても報告するっつーの。聖女様もジルヴィア嬢以外の奴を信用すんなよ。移動するときは絶対にジルヴィア嬢を連れて行け。いいな」
「分かった。……はぁ、それにしてもどうして毒なんて」
「さぁな。可能性としては、前伯爵を失脚させた聖女様を恨んでいる線もあるし、王子様の寵愛を受けている聖女様が邪魔だから排除しようとしている線もある。それに」
といって、彼は一度喋るのを止めた。
「それに? 何?」
「いや、」
「言って」
意図せず、きつい口調になって自分でもビックリしたけど、キールは私の視線を受けて諦めたのか、口を開いた。
「聖女様を危険な目に合わせて、王子様をおびき寄せるって線だ。寵愛している聖女様が危険だと分かれば、あの王子様は碌に護衛も連れずにこっちに来るだろうからな。王子様を殺そうとするなら、これほどの好機はねぇだろうよ」
驚いた私は目を瞠った。
現実的に考えると、その線が一番可能性が高い。
「どうする? 毒が入っていたから怖いって言って、テュルキス侯爵達の滞在する屋敷に行くか?」
キールからそう問われた私は、手をギュッと握って首を横に振った。
予想外の行動だったのか、彼は驚いている。
「……このまま、私が囮になって犯人を捕まえる。フィニアス殿下には言わないで」
「王子様に言わないのは了解したが、聖女様を囮にすることには頷けねぇな」
「だったら、テュルキス侯爵の判断を仰いで」
王家に忠誠を誓うあの方は、きっと私の案をのむ。
今はまだ、フィニアス殿下をこちらに来させるわけにはいかない。
フィニアス殿下が来る前に、犯人を捕まえないといけない。
「一応、テュルキス侯爵には聞くけどよ。……気が進まねぇな」
「ごめんね」
護衛の彼に頼むことではないのかもしれない。
けれど、フィニアス殿下を危険な目に遭わせる可能性がある以上は、大人しくなんてしていられないのよ。
私の決意が固いと分かったのか、キールは大きなため息を吐いて嫌そうに頷いた。
「聖女様は言い出したら聞かねぇからな」
そう呟いたキールはそのまま暗闇に消えていった。