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7・クレアーレ神殿へ出発

 クレアーレ神殿へと出発する当日、馬車に荷物を積み終えたところで、キールが私に向かって出発するぞ、と声をかけてきた。


「では、行って参ります」


 見送りのために仕事を休んでくれたフィニアス殿下に向かって私は頭を下げる。

 

「道中、お気を付けて。といっても、テオバルトやキールがいるので大丈夫だとは思いますが。私もなるべく早く仕事を終わらせて、合流しますから」

「はい。お待ちしております」

「それと、同行者以外の人間をあまり信用しないように。今は王家の管理となりましたが、クレアーレ神殿を含めた土地を治めていたのは先代皇帝と繋がっていた元貴族。彼の息がかかった者がいるかもしれません。おまけに貴女は聖女として向かうことになりますから、利用しようと近づいてくる者がいると思います」

「心に留めておきます」


 出会う人全てを疑わなきゃいけないなんて、と思うけど、それだけ責任のある仕事を任されたということだよね。

 もし何かあったらテュルキス侯爵に判断を仰ごう、と私が考えていると、フィニアス殿下が心配そうにこちらを見ているのに気が付いた。

 そういう顔をされると離れがたいし寂しい気持ちが涌いてくる。でも、フィニアス殿下とは距離を置くって決めたんだから、行かないと。

 寂しいという言葉を飲み込んだ私は、フィニアス殿下に向かって笑ってみせた。


「フィニアス殿下もお仕事を頑張って下さいね」

「ええ。貴女も」


 互いに笑い合い、それでは、と私が移動しようとすると、フィニアス殿下が「あ」と声を出した。


「それと、絶対に自己判断はしないこと! 行動に移す前にテュルキス侯爵に必ず相談して下さい。勝手な行動だけはしないように。そのために、テュルキス侯爵とテオバルト、それにキールをつけているのですからね」

「分かりました、分かりましたから」


 うぅ、信用されてないなぁ。

 誘拐されたときとか、王妃様の件とか考えれば、言われるのも仕方ないけどさ。


「……なら、良いのです。では頑張ってきて下さい」

「はい。では」


 フィニアス殿下に別れを告げ、私はクリスティーネ様とジルヴィアさんと同じ馬車に乗りこむ。

 私の背後では、フィニアス殿下がテュルキス侯爵に私のことをこれでもかと頼んでいた。

 お願いだから、もう少し私のことを信用して下さいよ!


 なんともいえない気持ちになりながら座っていると、馬車が動き始めた。

 私が窓の外を見ると、フィニアス殿下はこちらをジッと見つめている。

 その場で頭を下げた後、私は前を向いてできるだけフィニアス殿下の方を見ないようにした。

 平常心。平常心よ、瑠音。心を無にするの。


「ちょっと、ジルヴィア! 屋敷から持ってきたお菓子はまだ出してはいけないわ!」

「一個くらいいいじゃない」


 心を無にするのよ、瑠音。


「だめよ。お菓子を頂くのは王都を出てからって決めているの! 景色を見ながらというのが、私の定番なんだから!」

「それはクリスが勝手に決めたことでしょう? 私には関係ないわ」


 心を無に……。


「綺麗な景色を眺めながら優雅にお菓子を頂くという贅沢が分からないなんて、ジルヴィアは損をしているわね」

「お菓子なんてどこで頂こうが同じよ」

「全然違うわ!」

「クリスティーネ様。私が持ってきているお菓子もありますから。街道に入ったら、そちらを頂きましょう? だから、落ち着いて下さい」


 心を無にするとか無理でした。

 私の持ってきているお菓子を貰えると聞いたクリスティーネ様は、あら、いいの? と言って笑顔を見せた。

 ええ。立ち寄る町や村で買いますから、大丈夫ですよ。

 これで言い合いが止まるなら、いくらでも差し上げます。

 ようやく静かになったお二人は、窓の外の景色に視線を向ける。

 誰も喋らず静かな中、馬車が走り始めてからしばらくして、クリスティーネ様が私に声をかけてきた。


「そういえば、仕事を下さいってルネの方から申し出たと伺ったわ。国で保護されている立場なのだから、フィニアス殿下に甘えればよろしいのに」

「それはそうなのですが、なんと申しますか、何もしていないのにお金をもらうっていうことがどうにも受け入れられなくて」

「ふ~ん。ルネは変わった方ね。でも、それを当たり前だと勘違いして傲慢に振る舞うよりはずっといいわ。それで、お金を稼いでどうするつもりなの?」


 前は家を買うって言って、フィニアス殿下からダメだって注意されたんだっけ。

 別に、お金を貯めて何かを買いたいってわけじゃないしなぁ。最低限の生活費とか人件費を稼ぎたいってだけだし。

 結局のところ、何もしないのにお金をもらうのが心苦しいのよね、と思っていた私は、世間一般のありきたりな答えを口にする。


「貯金ですかね?」

「貯金?」

「ええ。最初は家を買おうかと思っていたのですが、フィニアス殿下に反対されまして」


 私がそう言うと、クリスティーネ様は信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。

 やっぱり、国に保護されている聖女が保護下から出て行くのはあり得ないことなんだね。


「まさか貴女、フィニアス殿下のお屋敷から出て行くおつもりなの!?」

「最初は、そうしようと思ってたんですけど」

「信じられないわ!」

「そうですよね。国に保護されているのに保護下から出て行くなんて馬鹿ですよね。フィニアス殿下に言われて、気付きました。だから、今はそのようなことは考えていませんよ」


 過去の話だと強調すると、クリスティーネ様のみならずジルヴィアさんも物凄い目で私を見てきた。

 何? どうしたの?


「これは……フィニアス殿下は苦労なさるわね」


 クリスティーネ様の言葉にジルヴィアさんはコクコクと何度も頷いた。

 どうせ、保護されている自覚のない人間ですよ。ええ。


「恩を無視する行為だったって自覚しております。今ですら、フィニアス殿下にお世話になりっぱなしで、私はあの方に何も返せていないのですから。だから、私も考えたんです」

「何を?」

「私が一山当てて、大金持ちになって、国にお金の寄付をすれば、フィニアス殿下への恩返しになるんじゃないかって」


 力強く言ってのけると、お二人から今度は冷たい視線をいただいた。


「……一応、伺うけれど方法は?」


 よくぞ聞いてくれました!

 実は、クレアーレ神殿に行くって聞いてから無い知恵を振り絞って色々と考えていたのよ!

 神殿といえば、ゲームでよく目にする聖水。あれをちょこっと改善するのだ。


「クレアーレ神殿内の水を売ります」

「水を? 何のために?」

「神殿内の水ってだけで清らかな水だと、他の人は思います。その清らかな水を私が大きなスプーンで混ぜて不純物を分解します」

「つまりどういうことなの?」


 話が見えてこないのか、クリスティーネ様はさっぱり分からないという表情を浮かべていた。

 私は彼女に向かって、得意気に微笑んだ後で口を開いた。


「聖女が分解した水、つまり聖水のできあがり! というわけです」


 物凄いドヤ顔で口にすると、クリスティーネ様もジルヴィアさんも呆然としていた。

 ……さすがに、ちょっと無理があったかな?

 ちょっと心配になっていると、クリスティーネ様とジルヴィアさんが神妙な顔つきで呟いた。


「…………なんて名案なのかしら」

「確かに、嘘はついていないわね」


 良かった~! 現地の人に受け入れられた!

 やっぱり、良い案なんだ! 良かった!

 肯定されたことで、私は聖水事業が上手く行くという自信を持つ。

 でも、問題もあるんだよね。


「問題は、神殿内に水が湧き出る場所があるかどうかなんですよね」

「確か湧き水があったはずよ。クレアーレ神殿は有名だし、どなたでも御存じだから、きっと売れるわ」

「取り扱ってくれる商会を探さなければいけないわね。あとは容器と」

「容器に貼る商品名が入った紙も必要ですね!」


 と、馬車内で盛り上がっていた私達は、お昼に立ち寄った町でテュルキス侯爵にこの計画を話したところ「馬鹿孫達が!」と怒られてしまった。

 テュルキス侯爵の説教を真面目に聞いていたのは私のみで、クリスティーネ様もジルヴィアさんも慣れているのか、聞き流しながら昼食を食べていたんだよね。

 あ、聞き流してもいいんだ、と気付いて慌てて私も昼食を食べたけど、半分しか食べられなかった。

 

 結局、一日目に泊まる町まで到着した頃には、私の空腹具合は限界を迎えていたのである。


 宿に到着し、お昼の分まで夕食を食べた私は、夕食後、することもなく与えられた部屋で大人しくしていたところ、寝る前になって部屋にテュルキス侯爵が訪ねて来た。

 もしかして、お昼の説教をもう一度!?

 アワアワして部屋をウロチョロしている私を尻目に、ジルヴィアさんはあっさりと部屋にテュルキス侯爵を招き入れてしまった。

 テュルキス侯爵は部屋の椅子に座り、私にも座るように目で訴えている。

 あ~もう、仕方ない。怒られよう。

 開き直った私が、大人しく向かいの椅子に座ると、唐突にテュルキス侯爵が口を開く。


「お主は仕事を欲しているようだな」

「え? そっちですか?」

「……そっちということは、お主は儂に何を言われると思っておったのだ」


 呆れたようなテュルキス侯爵の声に、私はそっと彼から視線を逸らした。

 私は言い訳も何も口にしなかったが、特に尋問するつもりはなかったのか、テュルキス侯爵は話を続けた。


「まぁ、よい。ところで、お主は儂が前に口にしたエルツの研究を国に譲渡するという話を覚えておるか?」


 エルツの研究の件は、確かフィニアス殿下のお屋敷で聞いたはず、と思い、私は頷く。


「先日、引き継ぎが終わってな。儂が責任者という立場となり、国中の研究者を集めてようやく動き始めた。エルツは便利ではあるのだが、ひとつ大きな欠点があって、それをなくすことはできないかの研究が中心となる。そこで、異世界から召喚されたお主に協力してもらいたいことがあるのだ」

「なにをですか?」


 ただの大学生だった私に協力してもらいたいこと?

 テュルキス侯爵は何を言い出すのかと不安に思いながらも、私は彼の説明を待った。


「エルツに入れられた魔力は空になると、最初に入れた魔力量と同じ魔力量を寸分違わず入れんと粉々になるのだ。よって、現状、エルツは使い捨て。再利用することができん。鉱山から採れるエルツもいずれ枯渇するだろう。そうすると、我が国はエルツという外交の切り札を無くすことになる。それは困るということで、何とかエルツを再利用できないか研究しているのだが、その研究にお主の異世界の知識を提供してもらえないか、という話だ」

「無理です」


 私は即答した。

 だって、考えてもみて欲しい。私は大学生だ。多少、知恵は回るかもしれないけれど、ただの学生だ。

 よく分からないけど、何か難しそうな研究の手助けなんてできるはずがない。

 できることといえば、事務作業とかお茶くみくらいだよ。

 と、思っているのに、テュルキス侯爵は顔色ひとつ変えない。


「別に、お主に過剰に期待しているわけではない。ただ、視点の違う意見が欲しいというだけだ。価値観が違うからこそ、何気ない意見が良い案に繋がるかもしれんからな。それに、ちゃんと金は払うから安心なさい。お主の出来る範囲のことをしてくれればいい」


 う~ん。今のテュルキス侯爵の話を聞くと、悪い話ではなさそう。

 お金も出るって言うし、絶対に良い案を出さなきゃいけないってわけでもないみたいだし。

 フィニアス殿下のお屋敷にいる時間が減るのであれば、いいかも。


「そういうことなら、協力します」

「決まりだな。仕事は週に一度くらいで午前中のみか午後のみで、と考えておる。アルフォンス殿下の魔力吸収の仕事と重ならないように調整はするから安心なさい。それと報酬だが、アルフォンス殿下の魔力吸収と同じくらいの金額は出す。有益な意見を出せれば上乗せしよう」


 週に一度の勤務で拘束時間が半日の上に、同じくらいのお給料と特別手当が出るなんて、なんという、ホワイト企業。

 テュルキス侯爵は理想の上司だった。

 でも、あんなに便利なエルツが再利用できずに使い捨てって不便だよね。あと勿体ない。

 再利用できるようになれば、ベルクヴェイク王国としては助かるんだし……。

 ……あ、そうだ。私の分解を使えばいいんじゃない?

 そう思った私は、テュルキス侯爵にその旨を伝えると、彼は渋い顔をして首を横に振った。


「今はそれでも構わんだろうが、お主がいなくなったらどうする? 誰がそれをやるのだ。分解を持つ人間が簡単にこの国に生まれると思うか? 長い目で見るなら、誰でも実行できる方法を考えねばならんのだ」


 あっさりと言われたことで、私ありきの方法だったと気付き反省する。


「難しいですね」

「三十年間、儂が頭を悩ませておることだからな。……それと、話は変わるが、ひとつお主に忠告を」


 忠告という不穏な言葉に、私は背筋を伸ばしてテュルキス侯爵を見つめた。


「クレアーレ神殿を以前まで管理していたのはベルンシュタイン伯爵という人物だった。彼は、今回の騒動で帝国側についていたせいで、爵位を剥奪され牢に入れられているが、領主としては優秀で領民に好かれていた。よって、あの男が捕まる切っ掛けとなった君を良く思わない者がいるかもしれん。あまり他人を信用しないように」

「……はい」


 フィニアス殿下にも気を付けるようにって言われてたけど、そういう場所にこれから向かうのは不安だな。


「そのように不安な顔をするでない。テオバルトとキールが付いておる。あやつらはお主が思っている以上に優秀だ。だから、あの二人を常に側に置いておきなさい」

「畏まりました」


 神妙な顔をして私は頷いた。


「馬車の旅は疲れただろう。ゆっくり休みなさい。では、失礼」


 話はそれだけだったようで、テュルキス侯爵は部屋から出て行った。

 いくら味方だとはいえ、やっぱり緊張する。

 妙な緊張感から解かれた私はホッと息を吐き出した。

 安心したことや旅の疲れもあったからだろうけど、とてつもない眠気が襲ってきた私は半分瞼が閉じかけた状態でジルヴィアさんに着替えを手伝ってもらい、眠りにつく。 



 そして、残りの移動で大きな事件などが起こることもなく、私達は無事にクレアーレ神殿へと到着した。

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