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6・仕事を与えられる

 仕事を下さい! とフィニアス殿下にお願いをした数日後、屋敷の執務室に呼び出された私は、ソファに座って彼がベルクヴェイク王国の地図をテーブルの上に広げているのを黙って見ていた。

 仕事の話だと思っていた私は、勉強が始まりそうな雰囲気に首を傾げる。

 私の様子を気にする素振りもなく、フィニアス殿下は「さて」と口にした。


「昨日、陛下からルネにクレアーレ神殿まで行って欲しいという打診がありまして……」

「クレアーレ神殿ですか?」


 クレアーレって確か、女神様だったよね?

 神殿ということは、クレアーレ様を祀っているところなのかな? と考えていた私は、フィニアス殿下がテーブルに広げられた地図のある箇所を指差していることに気が付いた。


「ここがクレアーレ神殿です。王都から馬車で二日ほどかかります」

「これってベルクヴェイク王国の地図ですよね? クレアーレ神殿って、ベルクヴェイク王国内にあるんですか? エルノワ帝国の方も神殿に訪れるなら、国境付近にあるものなんじゃ」


 クレアーレ様を一国が独占して、あちらは何も言わないのだろうかと他人事ながら心配になる。

 フィニアス殿下は、私の質問の意図が分かったようで、ああ、と言いながら説明してくれた。


「クレアーレ様がベルクヴェイク王国の初代国王を選んだので、我が国にクレアーレ様の神殿があるのです。それに、エルノワ帝国には土の神・テラメリタ様がいらっしゃいます。ですから、エルノワ帝国は肥沃な土地が多いのです。羨ましい限りです」

「……国によって祀っている神様が違うんですか?」

「ええ、そうです。近隣の国でいえば、ペシュカード王国は火の神・ウルカーティオ様を、スヴィーク王国は光の神・アルゲオーブ様を祀っていますね」

「へぇ」


 一国につき、一神を祀っているんだ。日本とは全然違う、って思ったけど、そもそも、日本の神様が多すぎなのよね。


「ルネ?」


 フィニアス殿下に名前を呼ばれ、私は我に返る。

 しまった、まだ、話してる最中だった。


「ともかく、陛下からルネに一ヶ月ほどクレアーレ神殿に滞在して欲しいと。やってくれますか?」


 やるかどうかをフィニアス殿下は聞いてくれたけど、陛下から言われてる時点で拒否権はないよね。

 仕事を下さいと頼んだのは私だもん。選り好みができる立場じゃない。

 だけど、一ヶ月も王都から離れるなんて、アルフォンス殿下の魔力を吸収しなくて大丈夫なのだろうか。


「クレアーレ神殿に行っている間は、アルフォンス殿下の魔力を吸収できないと思うのですが」


 一ヶ月くらいならもしかしたら平気かもしれないけど、専門家じゃないし私には分からないのでフィニアス殿下に聞いてみた結果、彼が心配はいりませんよ、と口にした。


「魔力制御の装飾品がありますから。前とは違って魔術師団が協力してくれますし、一ヶ月程度であれば問題はないと思います。ただ、魔力制御の装飾品が壊れまくって、彼らの勤務時間が増えて、しばらく自宅に帰れなくなるだけですよ」


 物凄く涼しい顔をしてフィニアス殿下は言ってのけている。

 しばらく帰れないって、職場に泊まり込みになるってこと? 

 ……ブラック。ブラック企業だ。いや、ブラック組織って言った方が正しい?

 でも、一ヶ月くらいならアルフォンス殿下の魔力が暴走しないみたいで安心した。

 心配事が解消されたことだし、今回の話は断れないんだから、せめてちゃんと情報を知っておこうと、私は大人しくフィニアス殿下の説明に耳を傾ける。


「先代国王陛下が神殿を含む領地を前ベルンシュタイン伯爵に与えてしまったので、これまでは神殿の管理を前ベルンシュタイン伯爵が行っていました。ですが、この間の件で先代皇帝側だった伯爵は捕まり、爵位と領地を没収されたことで管理が王家に戻ったというわけです」

「……領地を与えるって、先代国王陛下は太っ腹ですね」

「実際は、上手く言いくるめられて差し出しただけです」


 どことなく冷たい言い方に私は違和感を覚える。

 先代国王陛下って、多分だけどフィニアス殿下や陛下のお父さんだよね?

 あんまり仲良くなかったのかな?

 そうだった場合、深く聞かれたくはないはずだと思い、私は話題を変えようと口を開く。


「ええっと。それで、私は神殿で何をすれば?」

「女神クレアーレ様に会ってもらいたいのです」

「へ!?」


 会う!? 女神様に会う!? ていうか存在してるの!? 見えるの!?


「本来であれば、王家の人間が向かうのが最善なのでしょうが……。事後処理で忙しいこともあって。あとは、一部の貴族から聖女を向かわせろという言葉もあるらしく。それで陛下はルネにお願いしようと思ったそうです」


 フィニアス殿下の苦々しい言い方からして、その一部の貴族の人達はあまり私に対して好意的な感じじゃなかったんだろうな。

 全員から受け入れられたわけじゃないからね。文句を言ってくる人がいるのは分かるよ。

 特に貴族ってプライド高そうなイメージがあるし、平民なのに王族と仲良くしてるって状況は面白くないよね。多分。

 嫌がらせの意味もあるのかも。

 そもそも異世界人の私がクレアーレ様と会っても問題ないのかな?

 王家が管理するようになったのなら、挨拶も兼ねて陛下かフィニアス殿下が訪れるのが普通だと思うんだけど、本当に私でいいの?

 というか、多分フィニアス殿下も一緒に行くんだよね? 

 だったら、フィニアス殿下がクレアーレ様に会った方がよくないかな、と考えていると、私を呼ぶ彼の声が聞こえた。

 下を向いていた私は、慌てて顔を上げる。 


「というのは建前で、実際にルネは神殿に入ってもらうだけで構いません。クレアーレ様は気に入った者の前にしか姿を現さないのですが、初代国王の子孫である王族を気に入る傾向がありまして。恐らく私であれば、クレアーレ様にお会いすることができると思います。ですから、後日、私が合流した際に、こっそりとクレアーレ様に会えと陛下に言われました」

「後日? フィニアス殿下は同行されないのですか?」

「ええ。残念ながら、山積みになった仕事を処理しに一度領地へと戻らなければならなくなりまして。仕事が終わり次第、クレアーレ神殿に向かうことになります」


 ああ、だから、私にクレアーレ様に会えと言ったのね。

 神殿での作法とか分からないから、フィニアス殿下がやることを真似すればいいやって思ってたのに、ちょっと不安になってきた。

 誰か知っている人が一緒に行ってくれればいいんだけど。

 それにしても、別に私が会わなくても、後日合流することになるフィニアス殿下がクレアーレ様に会えば良いだけなのに。

 フィニアス殿下の考えが分からず、私は疑問を口にした。


「あの、どうして、そんな回りくどい真似を?」

「先にルネが神殿に行くことに意味があるのです。本来なら、私か陛下が出向くのが一番で、貴女に頼むことではないのですが、貴族の声を無視することもできず。ですが、私が誰にも知られない内にクレアーレ様にお会いして、今後も王家に力を貸すという約束を取り付ければ、何も知らない貴族達は貴女がクレアーレ様に気に入られ、仲を取り持ってくれたと思い、敬意を払うようになるでしょうから」

「……それって、フィニアス殿下の手柄を横取りすることになりますよね? そういうことは、したくありません」


 なんてことを考えるのよ、この王子様は……!

 他人の手柄を自分の手柄にするなんて、気分がいいものじゃない。

 本当に聖女としての力があれば良かったんだろうけど、私は名ばかりの聖女だもの。

 そこまで気を回してもらうなんて申し訳なくて、私はフィニアス殿下の目が見られなかった。


「別に私は気にしません。むしろ、こちらの事情にまたルネを巻き込んでしまう結果になってしまって、申し訳ないと思っているのですから」

「でも」

「悪いのは余計なことを言った貴族達です。貴女が罪悪感を持つことはありません。ちょっとした観光だと思って、気楽にしてくれれば良いですから」

「……陛下からの命令をちょっとした観光だなんて思えませんよ……」


 ガックリと肩を落とした私の耳に、フィニアス殿下の笑い声が聞こえてきた。

 笑い事じゃないですよ!

 怒った雰囲気が出ていたのか、フィニアス殿下は笑うのを止めてくれた。でも、顔は笑ったままだ。


「真面目な方だと思って、つい」

「もう! こっちはフィニアス殿下の手柄を横取りすることに罪悪感を持っているっていうのに!」

「……そのようなことを気にする必要はありませんよ」

「そのようなことじゃありませんよ!」


 どうしてフィニアス殿下は気楽に考えているの!


「私にとっては、そのようなことです。私の行動が貴女のためになるのなら、利用されても構わないと思っていますよ」


 あっさりと言われた言葉に私は少しの間、言葉を失った。


「…………フィニアス殿下は、私に対して申し訳ないという気持ちを持ちすぎだと思います」

「持ちすぎるくらいがちょうど良いと思っています。それに、クレアーレ神殿に行くのは、ルネのためにもなりますから」

「どういうことですか?」


 私のためになるなんて、クレアーレ神殿には何かあるということ?


「宝玉はクレアーレ様が元々持っていた物です。ですので、クレアーレ様ならルネをニホンに帰す方法を御存じなのではないかと思いまして」


 ああ、そっか。確かクレアーレ様から宝玉を授かったって言ってたもんね。

 召喚と転送の宝玉を持っていたんだから、帰す方法を知っていてもおかしくない。


「……本当は、側で貴女を守ることができないので、行かせたくないのですが」


 目を伏せて、囁くように言われたフィニアス殿下の台詞に私の胸がときめいた。

 あまりにも単純すぎるけど、嬉しいのだから仕方がない。

 今の言葉を私は噛みしめていると、フィニアス殿下はさらに言葉を続ける。


「貴女は、こちらの予想の斜め上の行動をするので」

「そっちですか!?」


 ストッパーとしてって意味だったの!?

 ときめき半減だよ! ちょっとガッカリきたよ!

 力が抜けた私は、ソファの背もたれに背中を預ける。

 そんな私を見て、フィニアス殿下がジトッとした目をこちらに向けてきた。


「助けを待たずに牢屋から脱出しましたよね?」

「あれは、そう思っても仕方ない状況でしたから」

「王妃殿下の前に飛び出しましたよね?」

「うぐっ」


 それは反論できない。

 思わず言葉に詰まった私を、ほら、という表情でフィニアス殿下が見ている。


「今回はテオバルトにキール。それからテュルキス侯爵を同行させるつもりですので、大丈夫だとは思いますが」

「え? テュルキス侯爵もいらっしゃるのですか!」

「はい。最初はクリスを同行させるつもりだったのですが、彼女一人を同行させるのは不安だとテュルキス侯爵も同行することになったのですよ」

「……クリスティーネ様もいらっしゃるのは嬉しいのですが、テュルキス侯爵までいらして領地は大丈夫なのでしょうか?」


 侯爵家の当主がいないって、結構大変なことになるんじゃないの?

 でも、クリスティーネ様のお父さんに頼んでいるのかもしれないよね。

 あんまり詳しくはわからないけど。

 私が疑問に思っていると、フィニアス殿下が一言「テュルキス侯爵なので大丈夫です」と口にした。

 まったく意味が分からなかったけど、なぜか妙な説得力があって、私は納得してしまった。

 多分ジルヴィアさんも同行するだろうし、クリスティーネ様がいらっしゃるなら、仕事とはいえ、ちょっと楽しみになってきたかも。

 考えがまとまった私は、少し心配そうな表情を浮かべたフィニアス殿下と目を合わせると、私が話しだすよりも先に彼が口を開いた。

 

「一応、確認しますが、クレアーレ神殿に行っていただけますね」


 陛下からのご命令ですしね。

 あと、フィニアス殿下と離れようと思っていたから、渡りに船だ。

 一ヶ月だけだけど、冷静になるには十分な時間だよね。

 それに、もしかしたらそのまま日本に戻れるかもしれないし。

 だったら、国のために働いて、少しでも役に立つことで好印象を残して去りたい。

 ってことを考えれば、私の返事なんて決まっている。


「当たり前です。この状況で断るなんて選択肢はありません」

「今回も苦労をかけてしまいますが、よろしくお願いします」

「ちょっと遠出して、神殿の中に入るだけですから、大丈夫ですよ」


 任せて下さいよ! と私は自信満々に口にした。

 ……ちょっと、フィニアス殿下。本当に大丈夫か、みたいな顔で私を見るのは止めて下さい!

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