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3・聖女のお披露目

「よろしいですか? 謁見の間のときとは違い、今回は貴族の奥方様やご子息、ご令嬢が出席される夜会です。様々な方が会場内にいらっしゃいますが、ルネ様のお立場は出席者の中で最下位。ですから、他の方に話しかけられるまで、ルネ様から話しかけてはならないのです」

「つまり黙っていればいいってことよね? 分かりやすくていいね」


 目の前にいる人の立場が上か下かなんて分かるわけないから、全員同じ対応で大丈夫なら安心だと思ったのに、ジルヴィアさんは、なんだか渋い顔をしている。


「……夜会が物凄く不安に思えてきました。クリスにそれとなく見ていてもらうよう頼まなくては」


 ブツブツとジルヴィアさんは呟いている。

 これは私が何かしでかすと思われているのかな? いや、まあ、やるなと言われたことをやった過去はあったけど……。

 ……さすがに今回は何もしでかさないよ。お口チャックでいいんでしょう? 簡単簡単。


 というやり取りもありつつ、ジルヴィアさんから夜会のルールを教えてもらって迎えた聖女のお披露目パーティー当日。

 私はフィニアス殿下が選んでくれたドレスに着替えて、エマさんにヘアメイクをしてもらっていた。

 胸元に繊細な刺繍が施された淡いスミレ色のドレス。庶民の私でも上等な生地で作られているドレスだと見て分かる。不自由がないようにという契約をフィニアス殿下と交わしてはいるけれど、ここまで高そうなドレスやアクセサリーを贈られるのは、ちょっと気が引ける。

 おまけに肩をここまで出したことがないから、恥ずかしいし、首元が涼しくて落ち着かない。

 ショールとかボレロとかないのかな? できるだけ隠していきたいんだけど。

 などと考えている間にヘアメイクが終わる。

 姿見の前に移動し、私は着飾った自分の姿を確認して目を剥いた。

 長い髪は綺麗にひとつにまとめられていて、鏡に映る化粧をした私はまるで別人のようであった。

 

「さあ、ルネ様。下でフィニアス殿下がお待ちです」


 化粧ってすごい、ここまで詐欺れるんだ……と感動していると、エマさんに声をかけられ、背中を押される形で部屋を出て一階へと向かう。

 慣れないヒールを履いていることもあり、裾を踏みそうでビクビクしながらゆっくりと歩いて行く。

 階段を踏み外さないように手すりを持って下を向いたまま一階へと下りた私は、転ばずに済んだことにホッとする。

 最初の仕事を終えた私は、待っているフィニアス殿下に視線を向けると、彼はポカンと口を開けてこちらを凝視していた。

 自分でも別人みたいだと思っていたので、普段の私を知っているフィニアス殿下からしたらビックリなんてものじゃないだろう。

 良い印象を持ってくれてたらいいんだけど、と思いながら、私は彼に向かって口を開く。


「エマさんに仕上げてもらいました。素晴らしい腕ですね。鏡を見て、誰? ってなりました」


 おどけたように私が口にすると、フィニアス殿下は我に返ったようで、いえ、と話し始めた。


「お綺麗です。普段も、もちろんお綺麗なのですが、私の想像を超えていたので驚いてしまいました」

「ありがとう、ございます……」


 心の準備をする間もなく綺麗だと言われたことで、私は顔が熱くなる。

 恥ずかしくなって下を向いていると、目の前にフィニアス殿下の手が差し出された。


「お手をどうぞ」

「は、い」


 そっとフィニアス殿下の手に自分の手を重ねる。

 私は手袋をしていたので、前に出掛けたときみたいにフィニアス殿下の手のぬくもりがあんまりわからなかったのがちょっと残念だった。


 なんて余裕があったのは最初だけ。

 馬車に乗って王城へと近づくにつれて緊張していき、夜会の場所へと到着したときには心臓の鼓動がこれ以上ないくらいに早くなっていた。

 フィニアス殿下に手を引かれているので、心の準備をする間もなく会場に足を踏み入れた瞬間、周囲のざわめきが一瞬にして静かになった。

 周囲の視線を集めているけれど、私とフィニアス殿下を見ているというよりは、ほとんどの人の視線は私に向けられている。


「大丈夫です」


 フィニアス殿下に小声で囁かれ、私は思わず彼の顔を見上げると、いつものように人を安心させるような穏やかな笑みを浮かべていた。

 彼に心配をかけないようにと、ぎこちないながらも笑顔を作る。

 そのまま視線にさらされながら、私はフィニアス殿下と共に陛下の許へと向かった。


「きたか」

「予定通り、顔を見せるだけです。ルネはすぐに連れて帰りますからね」

「まあ、そう申すな。皆、国を救った聖女とお近づきになりたいのだ」

「必要ありません」


 ピシャリとフィニアス殿下は言い放ち、同じ場にいた王妃様が苦笑しつつ私の側にやってきた。


「フィニアス殿下は、人にも物にもあまり執着なさらない方だと思っておりましたが、意外ですね。まあ、今日のルネを見れば気持ちも分かります」

「あれは、ただ私を心配なさっているだけかと」


 私の立場が一番下ってジルヴィアさんも言ってたし、もしかしたら嫌味のひとつでも言われてしまうかもしれない。それをフィニアス殿下は心配しているだけだと思う。

 フィニアス殿下は、お優しい方だし、あと私との契約もあるしね。

 弱者を守ってくれているだけですよ、王妃様。


「そのようなことはありませんよ。フィニアス殿下はルネを大事にしていらっしゃいますもの」

「右も左も分からない私を助けて下さっているだけです」


 こっちが理由を言えば言うほど私とフィニアス殿下がビジネスライクな関係なのだと実感することになるので、あまりこの話題を長引かせたくないと思い、話題を変える。


「……アルフォンス殿下は、出席されていないのですか?」

「ええ。あの子の魔力はまだ安定していませんから。皆の前に顔を見せられるのは、もう少し後ですね」


 魔力が安定して制御がちゃんとできるようになれば、アルフォンス殿下の魔力を吸収する必要もなくなる。

 嬉しいことだけど、アルフォンス殿下と会う口実がなくなるのは少し寂しくも思うけれど、こんなことを考えるのはダメだよね。会いたかったらフィニアス殿下に頼めばいいだけだもん。

 うんうん、と私が頷いていると、王妃様が私の手にご自分の手をそっと重ねてきた。


「もうしばらくは貴女の力を貸して下さいね」

「もちろんです。いくらでもお使い下さい」


 この力が役に立つのであれば、どんとこい、である。


「あら、そろそろ時間ですね」


 肩を竦めた王妃様は陛下に呼ばれて去って行き、代わりにフィニアス殿下が私の許へとやってきた。

 これから陛下によって私が貴族達に紹介される。

 緊張している私は、自分の手をギュッと握った。


「皆の者!」


 陛下の声に、ざわめいていた会場内が一気に静かになる。


「我らはこの国を脅かす敵と戦い続けてきた。志半ばで散っていった者達も多く、我らは痛みを味わい続けてきた。皆の働きによって、我らは再び平和を手にすることができた。だが、混乱が収まるのはまだまだ先。平和な世が長く続くよう、今一度私に力を貸して欲しい」


 一斉に貴族達は陛下に向かって頭を下げた。


「皆の協力に感謝する。そして」


 陛下はチラリと私の方へ視線を向け、それが合図だったようで私はフィニアス殿下と共に陛下のところへと向かう。


「王妃・セレスティーヌの命と我が息子・アルフォンスの命を救い、重要な情報を与えてくれた者がいる。ここにいる、ルネ・ドージマ嬢だ」


 フィニアス殿下に背中を押され、私は一歩前に出ると、会場中の貴族達が私に視線を向けてきた。


「あれが……。元が平民とは思えぬ」

「内面の美しさが出ているのでしょう。さすが聖女様ですね」

「確かにフィニアス殿下が夢中になるのも理解できる」

「聖女様がいらっしゃるなら、この国も安泰というもの」


 ちょっと聞き逃せないことを言われていたけれど、比較的好意的な声が聞こえてきたことにホッとする。

 私は、ぎこちない笑みを浮かべながら、なるべく遠くを見ていた。

 視界の端に私と同年代くらいの令嬢達がヒソヒソと何かを囁き合っている姿が映ったけど、気にしちゃいけない。

 明らかに嫌悪感がにじみ出ている目で見られていたとしても、だ。

 手のひらの汗が物凄いことになっている私は、ただ静かに陛下の話を聞いていた。


「すでに知っての通り、私は彼女に"聖女"という肩書きを与えた。国にとっても王家にとっても恩人であり、その身元は王家が保障している。これからも彼女には助けられることが多々あるかもしれぬ。ルネ、そのときは力を貸してくれるか?」


 陛下の問いに、私は「はい」としっかりとした声で答えた。

 なにせ居候の身である。仕事をくれるのならそれに越したことはない。勿論、私ができる範囲で、だけど。

 返事を聞いた陛下は満足そうに頷くと私を下がらせてくれた。


 陛下の挨拶は割とすぐに終わり、歓談時間となった。

 私はフィニアス殿下に連れられ、貴族達と挨拶を交わす。

 ぜひ我が領地にいらして下さいというお誘いや、お茶会のお誘いもされたが、やんわりとフィニアス殿下が断ってくれていた。

 好意的に受け止めてくれるのはありがたいけれど、礼儀作法が完璧とはいえない状態で他所の貴族のお屋敷に行くのは、できれば遠慮したい。

 王妃様のお茶会は身内のみということで、かなり見逃してもらっている部分もあるし。

 という具合にフィニアス殿下と一緒にいたのだけれど、ダンスが始まった辺りで、若い女性を連れた貴族達からフィニアス殿下が声をかけられることが増えていった。

 私の側を離れられないからと断っていたフィニアス殿下だったが、国王派の重鎮であるシュタール侯爵にまで言われ、断り切れず、私にそこから動かないようにと声をかけて、シュタール侯爵家のエレオノーラ様の手を取り行ってしまう。

 エレオノーラ様は遠目で見ても綺麗だったけれど、近くで見ると信じられないくらいに綺麗な人だった。照れたように笑った顔など、女の私から見てもドキッとするくらいだし、首を傾げようものなら、どうなさったのですか? と声をかけて助けたくなってしまうほどだ。

 お似合いだよねぇ、と私はホールの中央で踊るフィニアス殿下とエレオノーラ様をボーッと眺めていた。


 ジッとそこに立っていると、背後から誰かにぶつかられ、いきなりのことで私はよろめいてしまう。

 振り向くと、意地悪そうな笑みを浮かべた三人の令嬢が立っていた。

 私が驚き固まっていると、彼女達は意地悪そうな笑みを浮かべて口を開く。


「どれだけ着飾ろうとも、身の内からにじみ出る平民の臭いは隠せませんわね」

「"聖女"なんて過ぎた肩書きです。まさか本気に取っていらっしゃるわけではありませんよね?」

「フィニアス殿下の優しさを好意だと勘違いなさらないことね。あの方は皆に対して優しいのよ。貴女が特別ではないわ」


 何かご用ですか? と言う前に一斉に言われ、私は動揺していた。

 私が何も言わないのをいいことに、令嬢達は嫌味を続ける。


「大体、フィニアス殿下のお相手はエレオノーラ様だと決まっています。水面下で婚約の話が進んでいるのです。邪魔をしないでいただきたいものですね」

「貴女とエレオノーラ様が同じ舞台に立てるわけがありませんわ。身分が違うのです」


 水面下で話が進んでいる!?

 聞いていた話と違うと思い、私は口を開いた。


「フィニアス殿下は婚約はないと仰っておりましたが」


 私の言葉に令嬢達は冷ややかな笑みを浮かべている。

 令嬢達の一人が勝ち誇ったように笑い、私を小馬鹿にするような目を向けてきた。


「そんなの嘘に決まっているじゃない。珍しい属性の貴女が国を裏切らないようにフィニアス殿下は事実を隠しているに違いありません。それか、まだご本人に話がいっていないのでしょうね。大体、フィニアス殿下のご結婚についての決定権は陛下がお持ちなのです。陛下がエレオノーラ様と結婚するよう命じれば、フィニアス殿下は断れませんもの」


 陛下が命じれば、フィニアス殿下は断れない。

 尤もな話だ。フィニアス殿下は陛下を尊敬しているし、それが国のためになるのであれば頷くだろう。

 それにフィニアス殿下は今は国を立て直すのが先と言っていただけで、その先は明言していない。

 貴族の婚約事情なんて分からないけど、もしかしたら、陛下とシュタール侯爵の間で話が進んでいる状態なのかもしれない。

 だからフィニアス殿下は何も知らなかったんじゃないの?

 ……だったら、あの日城の中庭でお二人が一緒にいたのは、お見合い的な意味があったとか?

 どんどん考えが悪い方向へと行ってしまうけれど、反論できるだけの材料が何もない。

 だって、陛下から婚約はしないとか言われたわけではないもの。フィニアス殿下の知らないところで話が進んでいたとしても不思議ではない。

 令嬢達は、まだ私に嫌味を言っていたけれど、私は彼女達の言葉を聞いていることなどできないくらいの衝撃を受けていた。

 だから、近寄ってくる人に全く気付いていなかったの。


「ちょっと、聞いていたわよ。ルネに酷いことを言って……貴女達、許さないから」


 声に気付いた私が周囲を見回すと、目を吊り上げたクリスティーネ様が仁王立ちをしていた。

 嫌味を言っていた令嬢達は、クリスティーネ様の登場に動揺している。


「クリスティーネ様……! テュルキス侯爵家の令嬢である貴女がどうして、この人を庇うのかしら?」

「貴女だって、フィニアス殿下の婚約者候補だったではありませんか。彼女を邪魔に思う気持ちがお有りでしょう?」


 令嬢達の言葉を聞いたクリスティーネ様は鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しい。私はルネと友人なのよ。その友人が寄って集って嫌味を言われていたら、助けるのが筋というものでしょう」


 令嬢達は、友人!? と一様に驚き、貴族が平民と友人になるなんて、と口にしていた。


「ま、まあ、クリスティーネ様はお祖母様が平民でいらしたから、変わった考えをお持ちなのでしょう。だから平民と友人などと仰るのね。……まさかとは思いますが、この平民と私達を同列に扱っているわけではありませんよね?」

「ルネと貴女達を同列に扱うはずがないわ。立場が弱く、反論もできないルネに嫌味を投げつけている貴女達よりも、国に貢献したのに大きな顔もせず、でしゃばりもしない、嫌味にもジッと我慢をして黙っているルネの方が貴女達とは比べものにならないほど素晴らしい女性だと思っているもの」

「わ、私達が、この人よりも劣っていると申しますの?」

「そうよ。そんなことも分からないなんて、貴女、どういう教育を受けてきたの? どうせ、お金を使うことしか教わっていないのでしょうけれど」

「なんですって!」


 令嬢達のプライドを物凄く刺激してしまったのだろう。彼女達の表情は怒りに満ちている。

 今にもクリスティーネ様に飛びかかりそうな勢いの令嬢達を見て、私は黙っていられなくなった。


 クリスティーネ様! さすがにそれは言い過ぎですよ!

 夜会で騒ぎを起こしたら、テュルキス侯爵に怒られちゃうよ!

 慌てて、私はクリスティーネ様と令嬢達の間に割り込むと、令嬢達はこちらを見て不快そうな表情を浮かべた。


「貴女、何を!」

「クリスティーネ様、落ち着いて下さい。深呼吸、深呼吸です。はい、吸って~吐いて~」


 文句を言う令嬢達を無視して、私はひとまずクリスティーネ様の興奮を冷ます方を優先させた。

 彼女は律義にも私の言う通り、ゆっくりと深呼吸している。

 頭に血が上っていたとしても、やっぱり素直な人だ。


「ちょっと!」


 無視されていることに苛立ったのか、私は背後から令嬢達の一人に肩を掴まれ、強引に振り向かせられてしまう。

 怒りの形相の令嬢達と視線を合わせた私は、アハハと笑いながら、そっと視線を外した。


「そこでなにをしていらっしゃるのかしら?」


 遠くを見ていた私の耳に突然、落ち着いた可愛らしい声が聞こえてきた。

 気が付くと、嫌味を言っていた令嬢達は口を噤んでいる。

 え? と思い、私が振り向くと、フィニアス殿下と踊っていたはずのエレオノーラ様が側に来ていた。

 彼女の背後には、テュルキス侯爵に肩を掴まれて、不機嫌そうな表情を浮かべているフィニアス殿下がいた。

 エレオノーラ様は順番に私と令嬢達を見た後で、なぜか私と視線を合わせてくる。


「貴女は……確か、ルネさんだったかしら?」

「……はい。瑠音・堂島と申します」

「私はシュタール侯爵家の長女、エレオノーラ・シュタールと申します。こちらの皆様が貴女に対して何か失礼なことをしたのではなくて?」


 エレオノーラ様はチラリと令嬢達を一瞥する。

 彼女達はすっかり小さくなり、先ほどまでの勢いはまるでない。


「貴女を傷つけるようなことを仰っていたのなら、彼女達に代わり私が謝罪致します」

「エレオノーラ様!」


 止める令嬢を見て、エレオノーラ様はため息を吐いた。


「……何をしていらっしゃるのかを伺って、貴女方が口を噤んだとなれば、ルネさんに対して何か失礼なことをしたのだと判断しても仕方ないのでは? 違いますか?」


 彼女達は反論することができず黙り込んでいる。

 それを肯定と受け取ったのか、エレオノーラ様は少し眉を顰めた。


「申し訳ありませんでした。彼女達は時折こうして私のためと仰って、少々暴走してしまうことがございまして」

「……いえ。エレオノーラ様のためを思ってのことですから」

「許して下さるなんて、お優しいのですね。貴女はきっと、肩書きだけではなく、中身も聖女と呼ぶに相応しいのでしょうね」

「そんなことはございません……!」


 私は慌てて否定するけれど、エレオノーラ様はそれはそれは優しげな笑みを浮かべている。


「可愛らしい方でフィニアス殿下が羨ましい限りですね。あちらでフィニアス殿下がお待ちになっておいでです。参りましょう」


 エレオノーラ様はそう言って、クリスティーネ様に会釈をすると歩き始めた。

 私もクリスティーネ様に挨拶をして、令嬢達を気にしながらも彼女の後を追った。


「フィニアス殿下。ルネさんをお連れ致しました」

「ありがとうございます」

「礼など不要でございます。それでは私はこれで」


 フィニアス殿下に向かって一礼したエレオノーラ様が振り向き、私と目が合うと、こちらが一瞬ドキリとするような微笑みを浮かべる。


「私、ルネさんとは良いお付き合いをしていきたいと思っておりますの」

「それは、どういう意味でしょうか?」


 そっと私の耳に顔を寄せたエレオノーラ様は、私にしか聞こえない小さな声で囁いた。


「貴女、とても良い匂いがするのだもの。私の大好きな匂い」


 と、言ってエレオノーラ様は足取りも軽くその場から立ち去って行ったのである。

 私は、最後に言われた言葉の意味が理解できないまま彼女を見送っていると、怪訝そうな様子のフィニアス殿下に声をかけられた。

 

「何か、言われたのですか?」

「良い匂いがすると仰っておりました。香水は付けていないのですが」


 私が首を傾げていると、フィニアス殿下も意味が分からないらしく同じように首を傾げていた。


「まあ、悪い意味ではなさそうですね。さあ、帰りましょう」

「もうよろしいのですか?」

「ええ。聖女の顔見せは済みました。義理は果たしたので、こんな場所にいる意味はもうありませんから」


 そこはかとなく黒さを感じる言い方だったけれど、確かに私もあまり長居はしたくない。

 フィニアス殿下の言葉に甘え、私は会場を後にした。

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