表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/82

2・二人でお出掛け

 大きなベッドに寝転がり、私は数日前のことを思い出していた。


「あの二人、お似合いだったな……」


 フィニアス殿下とエレオノーラ様が笑い合っていたあの瞬間、私は自分がどうあっても部外者だという現実を突きつけられた。私と彼とでは住んでいる世界が違いすぎる、と。

 いや、フィニアス殿下と付き合えたり、結婚できるとは私だって思ってないよ。そこまで思い上がってない。

 婚約するっていう噂を鵜呑みにするのは間違っているかもしれないけど、フィニアス殿下は独身の王族で公爵だもの。いずれ誰かと結婚するだろうって思ってた。

 でも、そのいずれは、もっと後だって思い込んでいたの。

 こんなに早いなんて、私はまだ何も覚悟できてないよ。


 もし、フィニアス殿下から婚約したって言われたら、私、ちゃんと祝福できるかな?

 できるように今から準備をしておかないといけないよね。笑っておめでとうございますって言わなくちゃ。


 なんてことをウダウダ考えていた私の許にフィニアス殿下がやってきた。


「ジルから貴族街に出掛けたいと聞きまして、ちょうど今日は私も休みですので、一緒に貴族街へ行きましょう。準備ができたら呼びに来て下さい。部屋で待ってますから」

「え!? フィニアス殿下も一緒にいらっしゃるのですか!?」

「はい。ルネとジルだけでは不安ですし。貴方は聖女として知られていますからね。危険もあるでしょう」


 いやいやいや。聖女よりも王子である貴方の方が危険があるのではないでしょうか!


「ですが、フィニアス殿下まで一緒だと危険度は跳ね上がるのではないでしょうか?」

「魔術師に扮して行くつもりですからローブで顔は隠れていますし、近くに騎士もいますから。それに、仕立屋に行きたいと思っていましたので」


 なら、と了承しようとした瞬間、私は庭園での出来事を思い出した。

 婚約の噂のあるフィニアス殿下が女性と二人で出掛けるってまずくない?

 そう思った私は、言いにくそうに口を開いた。


「あの、私と二人で出掛けたらまずいことになりませんか?」

「何がです?」

「え~と、フィニアス殿下が婚約するかもしれないって噂を耳にしまして。なので、そういう立場の方が部外者の私と二人で出掛けるのは問題があるのでは? と思ったのですが」


 フィニアス殿下から視線を外し、徐々に小さくなる声を自覚しながら、私は言い終えた。

 顔を見ていないのでフィニアス殿下の反応が分からないのが怖い。

 自分のつま先を見つめていると、頭上から彼の声が降ってきた。


「婚約なんてしませんよ」

「はい?」


 やけにハッキリと言われた言葉に私の声が裏返る。

 いや、あの侍女達、決定事項のように話していたけど。

 どういうことなんだろうと思い、顔を上げると、こちらをジッと見つめるフィニアス殿下と目が合った。


「私の結婚よりも国を立て直す方が先です。陛下にもそのように伝えてありますし、了承も得ています。適齢期の独身の王族が私だけなので、そのような噂が出たのでしょうが、打診されたこともありませんよ。ですので、その噂は嘘ということになりますね。ということで、私とルネが二人で出掛けたとしても何も問題はありません」


 婚約の話は嘘。

 数日間、悩んでいたことが解決し、私は良かったぁと胸を撫で下ろした。

 すると、私がしばらく無言でいたからかもしれないが、フィニアス殿下は不安そうな表情を浮かべている。


「……私と一緒に出掛けるのは嫌ですか?」


 気落ちした様子のフィニアス殿下が悲しげに口にする。

 項垂れているフィニアス殿下を見て私は言葉に詰まった。

 外に出られるのは嬉しいし、フィニアス殿下と出掛けられるのはもっと嬉しい。

 けれど、王城でエレオノーラ様と一緒にいたことを考えると、手放しで喜ぶことはできなかった。

 本来であれば、フィニアス殿下の相手として相応しいのはエレオノーラ様のような方。

 私は世話をされているだけ。

 それを忘れてはいけない……とは思っているけれど、ここでキッパリと断れるほど私は我慢強くはない。

 情けない、と思いながらも私はフィニアス殿下と共に出掛けるという選択をした。


 三十分後、準備を終えた私とフィニアス殿下は馬車に乗り、貴族街の店へと向かった。

 のだが、侍女として付いてきてくるはずだったジルヴィアさんは、フィニアス殿下が一緒に行くのなら行かないと言ったのである。

 身を守る術を持たない自分が一緒に行っても足手まといになるから留守番する、と彼女は言い張り、結局のところ、私とフィニアス殿下二人のお出掛けになってしまった。

 が、周囲には騎士がいるので、二人っきりというわけではない。

 調子がいいかもしれないけど、やっぱりフィニアス殿下と一緒にいられて嬉しいのも事実。

 ダメだなぁ、と思いながら、フードを深く被ったフィニアス殿下と共に仕立屋へと入る。


 店に入り、フードを脱いだフィニアス殿下は、お店の人と親しげに会話をしている。


「本来であれば屋敷に呼ぶのですが、外出のついでなので、ここで決めてしまいましょう。ルネ。好みのドレスはありますか? あれば、その系統のドレスを作らせますので」

「ドレス!?」

「はい。まだ日程は決まっていませんが、城で聖女お披露目の夜会がありまして、ルネに出席してもらう必要があるんですよ」


 さらりと述べているけれど、夜会って貴族が出席するんでしょう?

 貴族に準ずるという言葉があるとはいえ、私、平民だよ? マナーとか分からないよ?

 とか、色々と言いたいことはあったけれど、フィニアス殿下の言葉が衝撃的過ぎて唖然としてしまった。


「顔見せだけですので、ダンスはありませんし。ルネは私の隣にいてくれれば、それで構いません」

「……ということは、フィニアス殿下が私の付き添いなんですか?」

「ええ。他に適任者がいませんし、他の者に任せるなんてとんでもない」

「そ、うですか。ちなみに拒否権はないんですよね?」

「顔見せですからね」


 マジですか……。

 聖女でいいですと言った弊害がこんなところに出るなんて。

 病欠ってダメかな? ダメだよね。最悪、もう一回パーティーが開催されそうな気がする。

 なら、嫌なことはさっさと終わらせてしまった方がいいよね。


「……わかりました」


 嫌々ながら私は承諾する。


「では、ドレスの話に戻りましょう。いくつか店のドレスを持ってきてもらいましたが、どれが好みですか?」

「好み、ですか?」


 私は、目の前に出されているドレスに目を向ける。

 上品なものから可憐なものまで色々とあったが、どれが似合うかは自分には判断がつかない。

 好みと似合うものは別って言うし、どういうものが適切かも分からない。


「よく分からないので、フィニアス殿下に決めて頂いても構いませんか?」

「え? 良いのですか!?」


 フィニアス殿下は、大きな声を出して勢いよく私を見てきた。

 あまりの勢いに、私は驚きながらも頷く。

 では、と言いながら、嬉しそうなフィニアス殿下はいくつかのドレスを候補に選び、細かい注文をしている。

 やはり、こちらの常識を良く知っている人に任せるのが一番だと、様子を見ていた私は実感しつつ、フィニアス殿下がドレスを注文している間に私の採寸を行った。

 細かいところまで測られ、おお、こうして採寸するんだ~と知らない世界を見られたことに感動する。

 

 しばらくして、注文を終えたフィニアス殿下は満足そうな表情を浮かべていた。


「ドレスが決まったことですし、ネックレスやイヤリングなどは、どうしますか?」

「それもフィニアス殿下にお任せします」


 ドレスに何が合うのかとか分からないし、私は王族であるフィニアス殿下のセンスにお任せすることにした。


「では、手配しておきますね。他に見たいものはありますか?」


 見たいもの……と言われても、すぐには思い付かない。

 でも、街を散策はしてみたいな。久しぶりの外だし。


「少し、外を歩いても構いませんか? 街の景色を見てみたくて」

「構いませんよ。歩いていて気になった店があったら言って下さいね」

「はい」


 仕立屋を出た私達は大通りをゆっくりと歩いて行く。

 店構えから何から何まで異世界のものが珍しく、私は何度も立ち止まっては店の中を覗いてしまい、少し先を歩いていたフィニアス殿下に注意される、ということを繰り返していた。

 

「ルネ。手を出して下さい」


 ため息交じりにフィニアス殿下から言われ、勝手な行動をした自覚のある私は申し訳ない気持ちになりながら手を差し出した。

 そのまま、フィニアス殿下は私の左手を握りしめ、歩き始める。


「あの!」

「これなら、ルネが立ち止まっても分かりますから。安心して立ち止まって下さい」

「いえ、そうじゃなくて!」

「ほら、行きますよ」


 手を繋いでいる状態に、嬉しいやら恥ずかしいやらで混乱している私。

 手が大きいとか、意外と手が冷たいんだとか、余計なことを考えて、顔を真っ赤にさせながら、初めてのお出掛けは終わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ