1・初仕事と突きつけられた現実
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
陛下への謁見を済ませたことで、私の環境は大きく変わった。
まず、私に護衛がつくことになったのである。ただ、護衛は騎士団に所属している騎士ではなく、アイゼン公爵領の兵士が二人、私を護衛してくれることになった。
そこまでしなくても、と私は思ったのだけど、フィニアス殿下曰く、キールが陰にいるとはいえ、表面的には誰も護衛がいないように見えるのは敵に狙ってくれと言っているようなもの、なのだそうだ。
フィニアス殿下にそう言われてしまっては、護衛はいらないなんて口にできない。
幸い、私を護衛してくれる人達は平民だからと差別するような人達でもなかったので、フィニアス殿下に甘えることにした。
あと、変わったことといえば、私が聖女として認識されたこともあり、屋敷での軟禁生活が解かれたことだろうか。
つまり、ようやく王城にある魔術師団の本部へ属性諸々を調べに行くことができたわけである。
魔術師団長が交代したばかりでバタバタとしていたけれど、テオバルトさんに調べてもらったことで私は自分の属性をハッキリと知ることができた。
「分解七割、吸収三割、といったところか。魔力量は……想定していたよりも多いね。アルフォンス殿下、陛下、フィニアス殿下、私に次いで、というところかな。この魔力量でひとつの属性のみだったら、人を一人、分解するのは可能だろうけれど、割り振られている量からいえば、そこまではできないと思うよ」
「さらりと恐ろしいことを言いましたね」
「けど、片腕だけとか、体の一部分だけなら可能かもしれないね」
うわぁ……それを想像したら胃がキュッとなったよ。
「絶対にしませんよ。できませんよ」
「君がやるとは思っていないよ。そこまでの度胸は君にはないからね。さて、こうして属性や魔力量がはっきりしたことで、君はアルフォンス殿下を敵として認識しないかぎり、無意識下でアルフォンス殿下を害する可能性はないと分かったわけだ。つまり、君は無事にアルフォンス殿下の魔力を吸収する役目を果たせるということだよ」
良かったね、という言葉をテオバルトさんにもらい、私の属性調べは終わったのである。
その後、アルフォンス殿下や王妃様のスケジュールを調整して、この日、私はアルフォンス殿下の魔力吸収をするために王城へとやってきていた。
軽く挨拶をして、早速私は魔力の吸収に取りかかる。
フィニアス殿下のお屋敷でやっていた通りにアルフォンス殿下の手を持って魔力吸収を行っていた私は、もうそろそろいいかな、とゆっくりと瞼を開ける。
「終わりましたよ」
ギュッと閉じていた目をゆっくりと開けたアルフォンス殿下は、私の顔を見てニッコリと微笑む。
傍らには心配そうに私達を見つめる王妃様。
「どうです、アルフォンス?」
「大丈夫です、母上。ルネのお蔭で体が軽くなりました」
「そう」
良かった、と言いながら、王妃様はアルフォンス殿下の頭を撫でた。
アルフォンス殿下も嬉しそうに微笑みを浮かべながら王妃様を見つめている。
微笑ましい親子の様子に、私の目尻も下がりっぱなしだ。
和みながらお二人を見ていたら、王妃様が視線をこちらへと向けてきた。
「ルネも頻繁ではないけれど、こうして王城にいらっしゃるのは大変ではなくて?」
「いえ、とんでもございません。……その、フィニアス殿下のお屋敷で居候している状態で何も仕事をしていないので、心苦しいと思っていましたから、こうして働く機会を与えて下さっているのは助かっているんです」
そうなのだ。現在、私は仕事らしい仕事をまったくしていない。
こうしてアルフォンス殿下の魔力を吸収するくらいしかしていないのだ。
本当にただの居候、穀潰しになっていて、何度か屋敷の執事であるヘルマンさんに何か仕事はありますか? と尋ねたのだけれど、お客様に仕事をさせるなどとんでもない、と言われてしまったのである。
ならば、とフィニアス殿下に言ってみても、これまでがこれまでだったので、ゆっくりしたらいいとしか言われず、結局仕事を貰えなかった。
「ルネは聖女なのだから、他にもお仕事があるのでしょう?」
「今のところ、何も仰ってきてはおりませんね」
何より、名ばかりの聖女の肩書きである。
陛下は私に聖女としての働きを求めていないと思うし、アルフォンス殿下の魔力吸収以外の仕事を命じられることはないだろうね。
王妃様は、そう、と口にしてしばらく黙りこみ、考え込んでいたけど、何かを思い付いたのか口を開く。
「……時間があるのでしたら、貴族街にお出掛けになったらいかが? あそこは下町にくらべて騎士が至るところに常駐しておりますし、治安も良いと伺っております」
「貴族街、ですか」
「ええ。わたくしは出向いたことがないのだけれど、侍女の噂話を耳にすることがありまして。外国の品を扱うお店があるとか。海の向こうの珍しい調度品や雑貨があるのですって」
へぇ、と思いながら、私は異世界の雑貨がどのようなものかが気になった。
だけど、今の私に自由に使えるお金はほとんどない。
というのも、侍女として働いていた給料は、私が雇っている人に支払うお給料となっているからだ。
「貴女の侍女のジルヴィアさんも貴族街に詳しいはずですから、お店の場所は御存じのはずですよ。ねえ?」
「はい。よく存じております」
私の斜め後ろに立っていたジルヴィアさんが、しっかりとした声で答えた。
実は、平民となったジルヴィアさんの就職先が中々見つからず、かといってクリスティーネ様の侍女となるのも嫌だと言った彼女に対して、なら私の侍女はどうです? と声をかけたところあっさりと私の侍女となることが決まったのである。
雇っている人に支払う給料と言ったけど、ジルヴィアさんに関してはフィニアス殿下がお給料を払うことになっている。つまり、私がお給料を支払っているのはキールのみ。
彼は、雇い主以外から金は受け取らないと言っていたので、私の貯金からキールのお給料を支払っており、貯金残高を考えると無駄に使えるお金がないのだ。
キールの給料をフィニアス殿下から貰ったお金で私が支払うという案もあったのだけれど、衣食住の面倒を見てもらっていて、仕事もしていないのにお金を貰うわけにもいかないと思ったので、私が支払うと言ったんだよね。
だって、国民の税金を働いていない私が貰うってことだもの。それはさすがに頷けないよ。
一応、アルフォンス殿下の魔力を吸収することに関しては、ちゃんと給料は支払われるみたいだけど。
貰えるお給料-キールに支払うお給料を考えると、手元に残るお金もあるにはあるが、少量だ。ちょっとしか貯金もできない。
フィニアス殿下から支払われているから、言ってしまえば国のお金ではあるのだけれど、働いた対価でお金を得ているという前提が大事なのだ。
何もせずにお金を貰うのはだめだと思っているから。
「ルネ様、フィニアス殿下に了承を得なければなりませんが、いかがなさいますか?」
「え?」
ボーッと考え込んでいた私は、ジルヴィアさんの言葉を聞いてなくて上擦った声を上げてしまう。
話を聞いていなかったと分かったのか、ジルヴィアさんは、ふぅとため息を吐いた。
「貴族街に参りますか? と伺いました」
「……あ、貴族街ですか? そうですね。観光がてら見て回りたいですね」
「では、フィニアス殿下にはそのようにお伝えします。それとルネ様。私に対して敬語は不要です」
「…………気を付けま、気を付けるね」
気を付けると言ったものの、出会ってからずっと敬語だったので、タメ口でと言われても中々慣れない。というか、たまにジルヴィアさんを様付けで呼んで彼女に睨まれることもある。
二人っきりのときにうっかり敬語を使おうものなら、他の人から舐められることになるんだからと説教が始まるのだ。
無表情で淡々と言われるのは精神的にきついので、頑張って慣れなければならない。
「母上、僕もルネと一緒に貴族街に行きたいです」
それまで静かに話を聞いていたアルフォンス殿下は、外の世界に興味があるのか王妃様の手を握りお願いしていた。
けれど、王妃様は笑みを消し、首を横に振る。
「なりません。今は時期が悪すぎます。もう少し、国の状況が落ち着いてからなら大丈夫ですが……。今回は諦めて、ね?」
王妃様に宥められ、アルフォンス殿下は悲しげな表情で項垂れている。
さすがに今の状況で、この国の王位継承者が貴族街とはいえ城の外に出るのは難しいよね。
項垂れつつも、ちゃんとダメな理由は分かっているのか、アルフォンス殿下はわかりましたと呟いた。
落ち込んでいるアルフォンス殿下を励ますためか、柔らかな笑みを浮かべた王妃様は優しく彼の頭を撫でる。
「大丈夫よ。そう遠くない時期に外に出られますからね。混乱を収めるために陛下は動いていらっしゃるのですから」
「はい……!」
いつかは外の世界を見られると王妃様に言われたことで、アルフォンス殿下はようやく笑顔を見せてくれた。
王妃様やアルフォンス殿下と世間話をしつつ、美味しいお茶とお菓子を食べた後、私達は帰ることになり、護衛と共に王城内を歩いていた。
途中で花が咲き誇っている中庭へと差しかかり、色鮮やかな光景に興味を惹かれ目を向けると、少し離れたところでフィニアス殿下と見知らぬ女性が話している姿が飛び込んできた。
二人は仲睦まじい様子で、笑い合っているのを見た私は、あまりの衝撃に息をするのも忘れて凝視してしまう。
あれは一体誰なのだろうか、と考えていると、側にいたジルヴィアさんも二人を見つけたのか、私に説明してくれた。
「あれは、国王派の重鎮・シュタール侯爵家のご息女のエレオノーラ様ですね」
「知って、いるの?」
「ええ。穏やかで優雅で慈愛に満ちた素晴らしいご令嬢だと昔から有名でしたし、令嬢達の憧れの女性としても有名です」
「……憧れの女性」
「かなり落ち着いていらっしゃいますが、ルネ様のひとつ下の十八歳のはずですよ」
あの落ち着きで!? と驚きながらも、私はもう一度、エレオノーラ様に視線を向ける。
穏やかな笑み、背筋の良さ、口元に手を当てて上品に笑う姿。華奢で儚げな容姿で思わず守ってあげたくなるような女性。
見目麗しいフィニアス殿下と並んでいると、まるで映画を見ているみたいに本当にお似合いだ。
私が二人に見とれていると、通りがかった侍女達の話し声が耳に入る。
「シュタール侯爵家のエレオノーラ様とテュルキス侯爵家のクリスティーネ様のどちらかがフィニアス殿下の婚約者になるんじゃないかと噂になってたけど、あのご様子だとエレオノーラ様かしら」
「あら、まだ分からないわよ? 何せ、クリスティーネ様はフィニアス殿下と昔馴染みだし、テュルキス侯爵の一件もあったじゃない。それに大穴で聖女様ってこともあるかもしれないわ」
「聖女様はないでしょう。身分が違いすぎるもの。ねぇ? ……あ」
どうやら、侍女達はこの場に私がいることにようやく気が付いたらしい。
金縛りにあったように動けなかったから、彼女達の方を向くことはできなかったけれど、気まずそうな雰囲気は伝わってくる。
近くにいたジルヴィアさんが苛立った様子で侍女達を睨み付け、声を出そうとしているのを見て、私は慌てて彼女を止めた。
「だめだよ」
「ですが」
「いいの。行こう」
仲の良さそうなフィニアス殿下とエレオノーラ様。侍女達から聞いたフィニアス殿下の婚約者の噂。
それらにショックを受けた私は痛む胸を押さえながら顔を背け、足早にその場を後にしたのだった。
一話を分割しているので、見直しが終わり次第、二話目を更新します。