26・皇太子殿下と秘密のお話
黙ったままの年配の侍女に連れられ、私は王城内を歩いていたが、来たときとは違う道を通っていることに気が付く。
でも、年配の侍女がよく知っている道なのかもと思い、あえて疑問を口にはしなかった。
ほどなくして、私は馬車が止まっている場所に到着し、乗り込もうとしたところで中に人が乗っていることに気が付いた。
涼しい顔をした金髪の男性と、私を見てなぜか目を丸くしている、ハーフっぽい顔立ちをした黒髪の男性。
金髪の男性は、先ほど謁見の間にいたエルノワ帝国のセドリック皇太子殿下であった。
もう一人の黒髪の男性は謁見の間にはいなかったように思う。初対面のはずなのに、私は黒髪の男性を見たときに、なぜかどこかで会ったことがあるようなという不思議な気持ちになった。
もしかしたらテレビで似たような人を見たことがあっただけかもしれない。
「乗りなさい」
ボーッと黒髪の男性を見ていた私は皇太子殿下に声をかけられたけれど、驚きで硬直したまま動けない。
「君が宝玉の話をしたら、こちらに連れてくるよう、姉に頼んであったのだ。部屋にはベルクヴェイク王国の人間がいて詳しくは話せないので、このような形を取らせてもらった。転送の宝玉の件を聞きたいのなら、乗りなさい」
転送の宝玉の話が聞けると知り、私の頭がようやく動き始める。
危険かもしれないが、宝玉の話は絶対に聞きたいと思い、私は覚悟を決めて馬車へと乗り込んだ。
「謁見の間で顔を合わせたから御存じだろうが、私はセドリック・エルノワ。エルノワ帝国の皇太子だ。こっちは我が国の宰相の息子で、私の補佐官を務めているユルヴァン・ヴェレッド」
「瑠音・堂島と申します。……あの、ずいぶんと驚いていらっしゃいますが、どうなさいました?」
未だに驚いた表情で私を見ているユルヴァン様に問いかけた。
そんなに珍しい顔をしているつもりはないのだけれど。いや、この世界でいえば珍しい顔立ちなのかもしれない。あ、ユルヴァン様と顔の濃さがなんとなく近いから物珍しかったのかも、と思っていると、彼は気まずそうに視線を逸らした。
「……申し訳ありません。知人によく似ていたもので、驚いてしまって」
「そうだったのですね。親の敵に似ているとかではなくて安心致しました」
なぜ驚かれたのか理由を知り、私は納得した。世の中には似ている人が三人はいるって言うものね。
ユルヴァン様は私の言葉に苦笑していると、皇太子殿下が軽く咳払いをした。
「まずは突然、このような場にお連れしたことは申し訳ないと思っている。それと、イヴォンを退けてくれたこと、姉と甥を救ってくれたことに対する感謝を。本当にありがとう」
「いえ、お二人が無事で本当にようございました。馬車に乗ったらセドリック皇太子殿下がいらっしゃったので驚きましたが、転送の宝玉の話を伺いたいと思っておりましたし、助かりました。ですが、フィニアス殿下が尋ねたときは教えられないと仰ったとか」
「ええ。迷惑をかけたのは確かにエルノワ帝国だからこそ、ベルクヴェイク王国の要求ものんだ。だが、自国で召喚した娘を返したいから、そちらの宝玉を使って返してやってくれ、というのは少々勝手が過ぎると思ってね。先代皇帝とイヴォンのしでかしたことは、ベルクヴェイク王国の要求してきたことをのむことで十分返せる。それ以上をする義理はうちにはない」
と、皇太子殿下は言っているが、先ほど私に転送の宝玉の話をしてくれると言っていた。
どういうことなのかと私は皇太子殿下を見つめる。
「だが、姉と甥を助け、エルノワ帝国が分裂するのを防いだ聖女が直々に話を聞きたい、というのであれば話は別だ。ベルクヴェイク王国のために我々は動かないが、貴女個人のためであれば力を貸しましょう」
「……何とも、回りくどいですね」
「それが王族というものだ」
皇太子殿下の言葉に私は渇いた笑い声を漏らす。
でも、王妃様のことで感謝しているというなら、どうしてベルクヴェイク王国側と連絡を取らなかったのだろうか。
連携を取ってさえいれば、ここまで拗れることはなかったと思うんだけど、と私は疑問を口にした。
すると、皇太子殿下はしれっとした顔でこういったのである。
「帝国としては、戦争になってもならなくてもどちらでも良かった」
と。
どういうことなのかと私は問いかけると、悪びれもせずに皇太子殿下は話し始めた。
「これまでは、うまみのない国の領土を得たところで、無駄に土地と人口が増えるだけで管理も大変だし面倒だ、というのが帝国の考えだった。元は同じ祖を持つ国同士だから、国内の反発もあったしな。だが、この国はエルツを採れる鉱山がある。上手くすれば、歴史を変えることができるかもしれない代物をこの国は持っている。ということを考えると、手に入れたいと思うのは自然なことでは?」
当たり前のように言われ、私は咄嗟に言葉が出ない。
「よって、エルノワ帝国としては戦争になってもならなくてもどちらでも良かったのだ。こちらは、戦争時に殺されないようにイヴォンを殺せば良かったのだからな。無論、これは国としての考えだ。個人の考えとしては、戦争などしたくはないし、姉を死なせたくなかった」
なんとも、面倒な立ち位置だと思う。
国を取るか、個人の感情を取るか。その両肩に国民の生活がかかっていたら、個人の感情を優先するのは難しいかもしれない。
どちらでも良かったからこそ、エルノワ帝国はベルクヴェイク王国に情報を提供しなかったのだろう。
「私個人としては貴女が姉を助けてくれたことに感謝している。おまけにイヴォンを引きつけておいてくれたお蔭で先代皇帝は回復することなく病死したのだから」
綺麗な笑みを浮かべている皇太子殿下。
あまりに綺麗すぎてわざとらしすぎるくらいだ。
その不自然さに、私は先代皇帝陛下の死因が本当に病死だったのかと疑問を持つ。
だって、あまりにタイミングが良すぎる。
「……あの、先代皇帝陛下は」
「病死だ」
キッパリと彼は言い放つ。
その表情から、こちらがいくら事情を聞いたところで何も語ってはくれないだろうと想像ができる。
こういう対応をするってことは、多分、先代皇帝陛下は病死ではなく、今の皇帝陛下側の人間が手を下したのだろう。
いくら元凶とはいえ、あんまりな仕打ちに抗議しようとすると、セドリック皇太子殿下とユルヴァン様にジロリと睨まれてしまい、私は言葉を飲み込んだ。
「貴女はエルノワ帝国の人間ではない。他国のことに口を挟むのは、あまり賢いとは言えないが」
確かにセドリック皇太子殿下の言う通りだ。
触らぬ神に祟りなしじゃないけれど、下手につついて蛇が出てきても対応できないし、他国のことに文句を言ったら、こちらが不利になるかもしれない。
思うところはあったが、何も言わない方がいいと私が黙っていると、皇太子殿下が話題を変えてきた。
「ところで、フィニアス殿下から伺ったが、イヴォンは帝位継承権があると言っていたようだが、本当か?」
「ええ。真実かどうかは分かりませんが」
帝位継承権があると言っても自己申告だし疑わしい、と私は思ったのだが、セドリック皇太子殿下は真面目な顔をして黙り込んでいる。
「あの、皇太子殿下」
「ああ、すまない。いまわの際に残したという先代皇帝陛下の言葉を思い返していた」
「先代皇帝陛下のですか?」
「ええ。イヴォンが先代皇帝陛下の兄の孫だと」
これ、私が聞いてもいいものなの?
私の疑問に構う素振りなど見せずに、セドリック皇太子殿下は話を続ける。
「先代皇帝陛下の兄は、外交先で他国の商家の娘と恋に落ちて継承権を放棄して国を出て行った方だ。だから、その血縁者だと言われると真っ向から否定することはできない」
「ということは、証拠があったのですか?」
さすがに言葉だけで、信じることはないだろうから、何か証拠があったからこそ、セドリック皇太子殿下は私にも確認してきたのかもしれない。
私の言葉に、彼は軽く頷いた。
「イヴォンが先代皇帝陛下の兄と瓜二つであったということ。先代皇帝陛下が兄に送った物と直筆の手紙をイヴォンが持っていたということで、彼を信じたのだそうだ」
DNA鑑定がない以上は、見た目と本人が持っていたものが証拠になる。
先代皇帝陛下が信じたということは、イヴォンは余程、彼の兄に似ていたのね。
「君には迷惑をかけてしまったが、あれはこちらでも探している。そう簡単に再び表に出てくることはないだろうから、安心して欲しい。……それはさておき、時間も限られていることだし、本題に入ろう。さて、君は転送の宝玉の何を知りたい?」
すっかり話が脱線してしまったが、私は本来の目的を思い出した。
私は、ジッとセドリック皇太子殿下の目を見つめる。
「私が知りたいことはエルノワ帝国が所有している転送の宝玉を使って、私を元の世界に戻すことができるのか、ということです」
どうですか? と私が尋ねると、皇太子殿下は難しい表情を浮かべた。
「正直に言えば、分からない。何せ、転送の宝玉を使っても、帰ってきた人間は誰もいないのでね。確かめようがない。それに、転送するには条件を付けなければならないらしい。例えば、君のいた世界の情報をいくつか抜き出して条件にしても、本当に同じ世界に戻れるという保障はできない」
確実に元の世界に戻れる保障はないと聞いて私は肩を落とした。
条件をつけて送ったとしても、もしかしたら条件が一致する同じ時間軸の別の世界があったら、そちらに出てしまう可能性があるかもしれないし、ないかもしれない。
絶対に百%確実に元の世界に戻れるという保障がない以上、やってください! とは怖くて言えない。
だって、そこにはこっちの世界にあるような転送の宝玉があるとはかぎらないのだ。
もう一度、召喚して戻してもらおうにも、元の世界に出たのか、違う世界に出たのかをフィニアス殿下達に知らせる術もない。
転送の宝玉さえあれば、と考えていた私の希望があっさりと消えてしまった。
「どうしても帰りたいというのであれば、こちらは宝玉を使う準備をしよう。そのときは姉に知らせてくれ。姉からこちらに連絡をしてもらう手筈になっているから」
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を口にしたけれど、恐らくお願いすることにはならない。
よほど切羽詰まった状況にならない限り、取りたくない手である。
「他に聞きたいことはあるか?」
セドリック皇太子殿下に問われ、私は聞きたいこと、聞きたいこと、と考える。
あぁ、そういえば、百年前に召喚された人がエルノワ帝国に行ったんだっけ。もしかしたら、その後のことが聞けるかもしれないと思い、私はそのことを尋ねようと口を開く。
「あの、百年ほど前にエルノワ帝国の貴族の方がこの国から召喚された女性を連れて帰ったと思うのですが、その後のことを御存じでしょうか?」
私が尋ねると、セドリック皇太子殿下は一瞬目を瞠った後で、隣にいたユルヴァン様に視線を向ける。
「ああ、知っている。その女性に関しては私よりもユルヴァンの方が良く知っている。ユルヴァン、説明をしてやれ」
セドリック皇太子殿下に言われ、ユルヴァン様はため息を吐いた後で、話をしてくれた。
「ええ。良く存じています。その方はウメという名前で、私の曾祖母に当たる方ですからね」
「え!? ということは、エルノワ帝国の貴族の方って」
「はい。ヴェレッド侯爵家の先々代の当主。つまり、私の曾祖父が彼女を連れ帰ったのです」
なんという偶然。
しかも、名前から考えてウメさんは日本人っぽい。
ユルヴァン様がハーフっぽい顔立ちなのも、日本人の血が入ってるからなのかも。
なんてことを考えている場合じゃない。彼女のその後のことを聞かなければ。
「あの、そのウメさんという方は幸せになれたのでしょうか?」
「自分は曾祖母を知らないので、父や祖父から聞いた話ですが、そこそこ意思の疎通はできていたようで夫婦仲も良かったと聞いています」
「それを聞いて安心致しました。十代前半の女性だと伺っていたので、心配だったのです」
まったくの見知らぬ他人だけど、幸せな人生を歩んでいたと知ってホッとした。
だって十代前半だもの。私以上に心細かっただろうし、言葉も通じない場所で相当苦労したはず。
だから、本当に良かったと思った。
「赤の他人のことについて、そこまで気にするなんて、さすがベルクヴェイク王国の聖女といったところだな」
「……その、聖女というのは止めていただけないでしょうか?」
「だが、ユリウス陛下がそう命じたのだから、他国の私が、じゃあ呼ばないと言えるわけがないだろう」
ですよね。
どうしよう、このままでは聖女が定着してしまう。
嫌だけど、嫌だけど! 色々考えたら飲み込むしかないのかも。
あれだよね。聖女っぽいことしなければいいだけだもんね。
そうすれば名ばかりの聖女だって周りも思ってくれるはず。
そう納得した私に向かって、セドリック皇太子殿下から、ここでの話はくれぐれも内密にと言われてしまう。先代皇帝陛下の件もあるし、余計なことを言って消される破目になるのは避けたいと思い、私はしっかりと頷いた。
こうして、話を聞き終えたことで皇太子殿下達と別れてアイゼン公爵家の馬車に乗り、屋敷へと戻ったのである。
望む答えを得られなかったことで、私は肩を落とし、エマさんに一人にして欲しいと伝え、部屋に籠もった。
一人になった途端に寂しさがこみ上げてきて、声を押し殺して泣いてしまったけれど、少しだけスッキリとした。
他にも方法があるかもしれないし、希望は捨てずにいよう。
一章本編はこれにて終わりです。
番外編を明日辺りに更新できたらします。