表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/82

25・陛下との謁見

 翌日、私はフィニアス殿下と共に王城へと向かった。


「緊張していますか?」


 馬車の中で対面に座っているフィニアス殿下が、口数の少ない私を心配してか尋ねてくる。


「……少し」


 軽く笑いながら言ってみたけど、嘘だ。めちゃくちゃ緊張している。

 だけど、なんとなくフィニアス殿下に格好悪いところを見せたくなくて強がってしまった。


「貴女の少し、は物凄く、という意味だと、私はもう知っていますよ」


 苦笑しているフィニアス殿下にそう言われ、私は、あははと乾いた笑いを零した。

 良く人を見ているなぁと思うと同時に、ちょっと恥ずかしくも思った。


「貴族しかいない場に行くので、緊張するのは仕方のないことです。ですが、貴女を罰するための場ではありませんから心配しないで」


 曖昧な笑みをフィニアス殿下へと返し、窓の風景を眺めている間に馬車は王城へと到着した。

 馬車を降りた私達は、迎えに来てくれた人に連れられて謁見の間へと向かう。

 大きな扉の前まで来たところで、案内してくれた人が立ち止まり、こちらでお待ち下さいと告げた。

 私は大きな扉の前に立ち、深呼吸をする。

 私のイメージを払拭するための謁見だ。罪を問うために呼ばれたわけじゃない。

 だから大丈夫だと言い聞かせ、私はゆっくりと開いていく扉を眺めていた。


「行きましょう」


 フィニアス殿下に背中を軽く押され、私は頷く。

 完全に扉が開き、私とフィニアス殿下は前を歩く人に続いて足を踏み入れた。


 謁見の間には沢山の人がいて、入ってきた私に一斉に視線を向けている。

 その視線は好意的なのか悪意に満ちているのか判別するのは、緊張して前しか見られない今の私には不可能だ。

 緊張しながらも、私は背筋を伸ばして真っ直ぐ歩いていく。

 前方にテュルキス侯爵が立っているのが見えて、私は見知った顔を見つけたことでホッとしてしまう。

 ある位置まできたところで案内してくれた人は止まり、私にここで待つように、と言いいなくなってしまった。


「もう少しの辛抱です。頑張って下さい」


 そう告げたフィニアス殿下は、私の案内だけを任されていたようで玉座に近い場所へと移動してしまう。

 一人残された私は色んな視線に晒され、緊張で胃が痛くなりながら、陛下、早く来て下さい! と心の中で叫んでいた。


 どれくらい時間が経ったのか分からなかったけれど、陛下と王妃殿下がいらっしゃるという声が響き、謁見の間にいた貴族達はその場で玉座に向かって頭を下げ始める。

 私も慌ててその場に膝をつき、頭を下げた。


 コツ、コツという複数の足音が響き、誰かが座る音が聞こえる。


「面を上げよ」


 静かな中、ハッキリと聞こえた低めの声に私は顔を上げて正面を見た。


 初めて見たユリウス陛下は、とても綺麗な人で、そして予想していたよりも凜々しい顔立ちの人だった。

 髪はフィニアス殿下と同じ銀髪だったが、目の色は青。

 やはりフィニアス殿下の兄だけあってよく似ているけれど、彼のように人が良さそうという印象は持たなかった。

 フィニアス殿下と顔は似ているのに、陛下はとても冷たそうに見える。

 兄弟なのにこうも印象が違うんだ、などと私は思っていると、陛下が話し始めた。


「ルネ・ドージマであったな。此度の件であるが、其方の働きは非常に大きなものであった。其方が王妃を庇わねば、我が国はエルノワ帝国と争うことになっていただろう。礼を言う」

「……勿体ないお言葉でございます」

「褒美として其方の願いを叶えてやろう。何でも申してみよ」


 一気に謁見の間の空気がピリピリし始めるのを私は感じた。

 こいつは何を望むのか、という視線を貴族から向けられている。


「どうした? 遠慮せず申してみよ」


 緊張して無言だった私に、陛下が早く言えと催促してきた。


「……特にありません」


 緊張で震える声で私はそう口にすると、貴族達がざわめき出す。

 恐らく私が何かしらの要求をすると思っていたようだ。

 そもそも願いと言われても、私に日本に帰る以外の願いはない。

 だから特にないと答えたのだが、意外だと騒いでいる貴族達とは違い、陛下は落ち着いた様子でこちらを見ていた。


「ない、か……。では、金はどうだ? 宝石は? 領地が良いか? 爵位か? 私に次ぐ権力が欲しいとかでも構わんぞ。可能かどうかは別だがな」

「そのどれも、私は欲しいとは思いません」

「……何故?」


 何故、と口にしつつも、陛下は全く疑問を感じていない表情を浮かべている。

 何故も何も褒美が欲しいとは思っていないからだ、ということを陛下に伝えようと私は口を開く。


「オスカー・ブライが王妃様に向かって剣を振り上げた瞬間、私は何も考えられずに飛び出しておりました。あのとき私は褒美が欲しいなど、少しも考えておりませんでしたし、今も欲しいとは思っておりません」


 ハッキリと私が口にすると、何名かの貴族が息を飲んだのが分かった。

 陛下は口元に手を当てて何かを考えていたが、なぜか楽しそうに目を細めている。


「しかし、それでは王家として面目が立たぬ。これは困ったな」


 そう言って、陛下は視線をテュルキス侯爵へと向けると、彼は一歩前に出て陛下に向かって一礼した。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「構わぬ」

「ひとつご提案なのですが、陛下からその娘に対して肩書きなり、地位なりを与えられてはいかがでしょう? そうですね。分解と吸収という複数の半能力半魔法属性があり、そのお蔭で王妃殿下は救われました。並びにアルフォンス殿下の毒殺を阻止し、魔力の暴走も阻止なさいました。この働きは相当なものだと思いますので」

「其方の申す通りだ。では、どのような肩書き、地位が妥当だと思う?」


 流れるような陛下やテュルキス侯爵の会話を聞いて、私は事前にこういう流れになるように話し合われていたのではないかと疑いを持つ。

 なんというか、わざとらしいのだ。いちいち、私がしたことを丁寧に説明している。

 まるでこの場にいる貴族に言い聞かせているみたい。

 口を挟むのも何なので、私は陛下とテュルキス侯爵の会話を静かに聞いていた。

 テュルキス侯爵は顎に手を当てて、そうですね、と呟いている。


「……聖女、はいかがでしょうか?」


 え?


「ふむ。聖女、か。確かに妥当だな」


 ちょっ!


「では、ルネ・ドージマに聖女の肩書きを与えるということで、よろしいでしょうか?」

「ああ。それと、この肩書きは貴族に準ずるものとする」


 途端に、謁見の間にいた貴族達から非難の声が上がる。


「お待ち下さい! 身元の分からぬ者にそのような身分は不要でございます!」

「いくら国に貢献したとはいえ、他国の者。それにイヴォンとの繋がりも否定できません」

「敵を招き入れるような真似はなさらないで下さい」


 陛下は声を上げた人達を一瞥し、ため息を吐いた。


「その娘の身元はすでにハッキリとしている。王家は調べ尽くしているのでな。結果として、その娘はイヴォンと何の繋がりもないという証拠を王家は握っている」


 自信を持っている陛下の言い方に、声を上げた貴族達は口を噤んだ。

 陛下はそれを見て、近くの豪華な椅子に座っていた男性へと視線を向ける。


「セドリック皇太子殿下。あの娘の顔に見覚えはございますか?」

「いいえ。あのような容姿であれば、印象に残っているはずですが、見覚えはありません」


 皇太子ってことは、あの人はエルノワ帝国の皇子様ってことだよね。前ばかり見ていたから気付かなかったけれど、この場にいたんだ。

 驚いた私はチラリと視線を皇太子殿下に向ける。

 王妃様と同じ金髪で緑の目。優しそうな人ではあるが、皇太子という身分なのだから、きっと中身は違うのだろう。

 あまり見ると失礼になると思い、私が視線を正面に戻すと、陛下も視線を文句を言ってきた貴族達の方へと向けた。


「ということだ。納得したか?」


 声を上げた貴族達は何も言うことができずに引き下がったが、とても悔しそうであった。


「他に異論がある者はおりますか?」


 テュルキス侯爵の問いに、貴族達は誰も何も言わない。

 つまり全員、私が聖女の肩書きを得ることに納得したということである。

 けれど、聖女の名を与えられた私は全く納得していない。

 聖女というのは、心の清らかな乙女のなるものでしょう?

 打算で動くような私が名乗っていいものじゃない。

 その肩書きはいりません! と言いたかったけれど、陛下とテュルキス侯爵の会話は続いていて割って入ることができない。


 結局、私は何も言えないまま、聖女という肩書きを与えられたのだった。


 陛下と王妃様が謁見の間から出て行き、続いて貴族達も退室していく。

 帰りはどうするんだと狼狽えていた私は、テュルキス侯爵に声をかけられ、ついてくるようにと言われた。


「あの、テュルキス侯爵。どこに」

「行けば分かる。悪いようにはせん」


 ほれ、早く来んか、と言いながら、テュルキス侯爵は歩いて行く。

 どうやって帰るか分からないし、一人残されても困ると思い、私は大人しく彼についていくことにした。

 しばらく歩いて、いくつかの扉を経由し、ある部屋の前に到着する。

 扉の前を守っていた騎士達は私達の来訪を知って、すぐに扉を開けてくれた。

 テュルキス侯爵に続いて私も部屋の中へ入ると、中には陛下と王妃様、そしてフィニアス殿下が揃っていた。

 これはどういうことかと思い、私がテュルキス侯爵を見ると彼はしれっとした様子で話し出す。


「これは王妃殿下たっての希望だ。それと王妃殿下にはお主が異世界から召喚した娘であるということは伝えてある」


 予定していたのなら、先に言っておいてくれませんかね、と私が言おうとしていると、王妃様が満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。


「ああ、ルネ! ようやく会えました。ずっと貴女には感謝の言葉を伝えたいと思っていたのです」

「いえ、夜会での件でしたら、体が勝手に動いただけですので。ですが、王妃様がご無事で本当にようございました」

「違う、違います。わたくしが感謝したいのはアルフォンスのことです。あの子を守って下さったと伺って、本当に感謝しているのです」


 私の手を王妃様は両手で握って、涙目で見つめてくる。

 アルフォンス殿下を守ったのはフィニアス殿下との契約があったから。もちろん、私自身もアルフォンス殿下を守りたいと思ったけれど、最初は純粋な気持ちじゃなかった。

 だから、王妃様に感謝されるようなことはないのに。

 ということを王妃様に伝えても、彼女は首を横に振って、そんなことはない、と告げてくる。

 

「……身に余る光栄でございます。王妃様からのお言葉のみならず、こうして聖女という肩書きを与えられたことも光栄だと思っておりますが、身の丈に合わぬとも思っております。どうか」


 聖女の肩書きはいらないよ、と言いたかったが、陛下から返却は不可だと言われてしまう。


「それは、どういうことでございましょう?」

「其方にはアルフォンスの魔力が暴走せぬように協力してもらいたいのだ。要はフィニアスの屋敷でしていたことを城でもしてもらいたい。だが、平民である其方は城の王族が住まう場所に入ることはできぬ。よって肩書きが必要だったのだ。聖女でなくとも良かったのだが、国がまだ混乱している状態で我が国を救い、半能力半魔法属性を複数持っている其方を王族が保護している、となれば国民は王族に好意的となる。それは貴族とて同じこと」


 なんという壮大な茶番なのだろうか。

 これでは、聖女の肩書きはいりませんと言っても無駄になる。


「ルネ・ドージマ。召喚した側が勝手なことを申しているのは分かっているが、どうか王家に力を貸して欲しい」


 陛下はその場で頭を下げると、テュルキス侯爵が慌てて彼を止める。


「陛下、頭を上げて下さい。私はアルフォンス殿下が元気に育って下さることを望んでおりますし、アルフォンス殿下の魔力が暴走しないように協力したいと思っております。ですので、聖女の肩書きは取り消した上で、アルフォンス殿下の魔力吸収をするように命じていただけないでしょうか?」

「それはならぬ」


 頭を上げた陛下に即座に言われてしまった。

 割とガチなトーンだった。


「聖女の何が不満なのだ。皆からチヤホヤされるし、一目置かれるだろう」

「不満しかございません! 私は清らかな心など持っておりません。邪な思いも抱いています。ですので、聖女という肩書きを持つのが心苦しいのです」

「では、救世主、英雄、救国の女神、神が遣わした娘、のどれが良い?」

「ろくな肩書きがございませんね!」


 どれもこれもお断りですよ!

 しかも、後になるにつれて二つ名みたいになってるし!


「神に愛されし乙女、も一応候補の中にあったのだが」

「……聖女でお願い致します」


 候補の中だったら、聖女が一番まともだよ。

 納得はしていないけど、他の肩書きになるよりはマシだ、と私は自分に言い聞かせる。


「では、以後はそのように。俺は仕事があるので、これで失礼する。フィニアス、テュルキス侯、ついてまいれ」

「はっ」


 話はそれだけだったのか、陛下はフィニアス殿下とテュルキス侯爵を引き連れて出ていてしまった。

 残された私と王妃様はお茶をすることになったのだが、人払いをしているため部屋には私達しかいない。今なら宝玉のことを聞けるチャンスじゃないかと私は気が付く。 


「あの、王妃様」

「何でしょう?」

「王妃様は転送の宝玉について何か御存じでしょうか?」


 途端に目を見開き、固まる王妃様。

 この反応は何かを知っていると見ていいだろう。


「……その名前は、伺ったことはあるのだけれど、実物を拝見したことはございません。どのようなものなのかも詳しくは……。お役に立てず申し訳ありません」

「そうですか……」

「もしかしたら、父……皇帝陛下が何か御存じかもしれません。ですが、皇帝陛下に伺おうとすれば、こちらに呼ぶわけにはいかないので、ルネにエルノワ帝国に向かっていただかないとなりませんし」


 なんだか大きな話になりそうだと、私は慌てて首を横に振った。


「もしかしたら、いずれ話を伺うことができるかもしれませんので。今すぐでなくとも大丈夫でございます」

「そうですか? いざというときは、わたくしに仰って下さいね。ルネの力になりますから」


 王妃様にギュッと手を握られ、私はありがとうございますと呟いた。


その後、侍女達が部屋に入ってきてお茶会が始まり、王妃様からエルノワ帝国の話やアルフォンス殿下の話、陛下との馴れ初め話など、色々と聞かせてもらったのである。

 政略結婚だったのに、お相手がとても素敵な方で幸運でした、と王妃様は頬を染めながら仰っていた。

 王妃様から惚気を聞いた私は、自分のことのように喜び、二人でキャッキャと盛り上がったのである。


 でも、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、まだまだ話し足りなかったが、時間となり、私は王妃様に挨拶をして彼女の侍女である年配の女性に案内され、部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ