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23・議会の決定

 ベルクヴェイク王国を揺るがせた王妃暗殺未遂事件から今日でちょうど一ヶ月。

 私は窓の外を眺めながら、時が経つのは早いなぁとボーッとこれまでのことを考えていた。


 あの夜会の日、私が会場を飛び出した後で、テュルキス侯爵をはじめとする王家に忠誠を誓っている貴族達や騎士達は先代皇帝と繋がっている貴族達を捕まえたり、裏切った騎士を捕まえたりと大忙しだったらしい。

 おまけに、この一件でテュルキス侯爵は初めから王家に忠誠を誓っていて、わざと王家を恨んでいるように見せていたことが公となった。

 陛下の命令で先代皇帝陛下側につき、探っていたと言われたことで実は忠臣であったと周知されたのだという。

 そして、イヴォンを監視すると言っていたキールだけど、逃げた彼を追いかけようとしてテュルキス侯爵に見つかってしまい、騎士を捕まえるのに駆り出されていたのだという。

 だから、あの場に来なかったのね。


 と、会場内では逮捕劇を繰り広げていたわけだけど、同時に他の騎士達は王都にある貴族達の屋敷に向かい、その日の内に関与が疑われている人物のほとんどを捕まえていた。

 また、フィニアス殿下の屋敷で保護していたアルフォンス殿下も二日後には城に戻って、王妃様と対面を果たすことができた。

 お互いに抱き合って涙を流して再会を喜んでいて、見ていた人ももらい泣きしたのだとか。

 お二人共、泣いて会いたいと言っていたので、無事に再会することができたと知って、現場を見てもいない私まで泣いてしまったのは秘密。


 ……さて、捕まったオスカー様、いやオスカーだけど、キールの証言を元にした似顔絵を見せたところ反応があったとのことで彼が言っていた王族の方というのは、やはりイヴォンであったそうだ。

 馬車の事故もイヴォンが仕組んだと言っていたので、十年以上前から今回のことを計画していたということになる。


 取り調べによると、オスカーはイヴォンに保護された一ヶ月の間、彼から馬車は事故ではなく優秀なオスカーを妬んだ親族による犯行であると仄めかされ、裏付けるような証拠が出されたのだそうだ。全ての話に思い当たることのあった彼はイヴォンを信用するようになり、彼の身の上話を聞いて力になりたいと今回の件を引き受けた。

 つまり、オスカーは王族の信用を得るために王族を守っていたのだ。

 忠誠心なんてかけらもなかった、と彼は語っていたという。


 こうして全てを自供したオスカーには、死刑が言い渡された。

 日本にいた頃は、刑が執行されたとニュースで見ることがあっても特に何も思わなかったけれど、人となりを良く知っている人が死刑となると落ち着いてはいられない。

 重罪を犯したのだから仕方がないと思っていても、そう簡単に割り切ることはできない。

 はぁ、と息を吐いた私は、鏡に映るあまり顔色の良くない自分の顔を見た。


「……その後で私のことが話し合われたのよね」

 

 夜会に乱入した平民の私の件だけど、どういう処分にするのか非常に難しいものだったという。

 死んだと思っていた侍女が生きていて貴族のいる場に乱入したけど、暗殺者から王妃様を守ったのだから、そりゃあ難しいよね。

 加えて貴族の一部は私が先代皇帝陛下と繋がっていて、わざと王妃様を助けて信頼を得て近づこうとしていると主張したそうだ。

 だけど、王妃様やフィニアス殿下の尽力もあって、そういう声は切り捨てられ、私の処分は非常に軽いものになった。

 単純に言えば、侍女をクビになっただけ。

 しかも半能力半魔法属性である分解と吸収を持っているってこともあって、国外追放などできない。

 陛下やテュルキス侯爵は私が異世界から召喚されたことを知っているから重い処分にはならないだろうと思っていたけど、侍女をクビになるだけで済んで良かったと思う。

 ということで、私の身柄はこれまで通りフィニアス殿下が預かることになり、夜会の後から引き続いて、処分が下されてからずっとアイゼン公爵邸で軟禁状態となっていた。

 毎日、文字の勉強をしたり、クリスティーネ様やジルヴィア様が来てくれてお話ししたりしていたので、あんまり軟禁されているとは意識せずに済んだのだけど。


 で、フィニアス殿下なんだけど、彼は夜会の翌日からずっと城へ行っていて後始末に追われている。

 夜会の後から一度も顔を合わせていないので相当忙しいんだと思う。

 もしかしたら帰ってくるかもしれないと思って一日に何回も屋敷内を歩いたりしている。まあ、いないんだけどね。

 でも、やっぱりフィニアス殿下に会いたいという気持ちでいっぱいの私は、文字の勉強を中止して屋敷内を目的もなく歩き始める。

 周囲を見回しながら屋敷内を一周していたところ、私は庭で素振りをしているキールを見つけた。

 問題が解決したら、きっと彼は屋敷から、というかベルクヴェイク王国から出て行くと私は思っていたのに、未だにこの屋敷に滞在している。

 なぜなのか気になり、話を聞こうとしてキールに声をかけると、彼はチラッと私を見た後で、素振りを止めてナイフをしまった。

 どれくらい素振りをしていたのか分からないが、かなり汗をかいているし息も上がっている。

 彼は息を整えると、袖で額を拭って私に向かい合った。


「悪かった」

「え?」


 いきなり謝罪され、意表を突かれた私は変な声を上げてしまう。


「……それは、何に対しての?」

「王子様にあえて情報を渡さずに、あんたを夜会に連れて行ったことだ」

「ああ、それね」


 私があっさりと口にすると、キールはなぜか目を瞠った。


「怒ってねぇのかよ。俺はあんたと王子様を騙したんだぞ」

「言われたときは怒ったというか、イラッとしたけど、結果的に王妃様を助けられたから」


 確かに事前に言っておけば王妃様の守りを固められただろうけど、あの場にいた人達は全員オスカーを疑ってもいなかった。

 私がぽろりと洩らした言葉で疑いの目が彼に向いたのだ。

 だから、あの場に私が行ったことは間違いではなかったと思っている。

 結果論ではあるんだけどね。

 ということで、全く怒る素振りを見せない私にキールは納得していないのか、苛立っているような目でこちらを見ている。


「あんたは俺の雇い主だろうが! どうしてあんたを騙した俺に罰を与えねぇんだよ!」

「ということは、キールは罰を与えて欲しいの?」


 私の言葉にキールは口を閉ざした。

 悪いことをした自覚がある場合、罪悪感から罰を与えて欲しいという気持ちになるのは良く分かる。

 私も覚えのある感情だけど、別に私はキールに罰を与えようとは思っていない。

 でも、それだときっと彼の気が済まないと思うから。


「腕立て伏せ百回」

「は?」

「私がキールに与える罰よ。さ、早くやって」


 罰というにはあまりに軽すぎるものに、彼は呆然としている。


「…………ちょっと待てよ。俺は暗殺者だぞ。人殺しなんだぞ!」

「だから、それに見合う罰を与えろってこと?」

「そうだ。俺のこれまでの行いは酷いもんだった。とてもじゃないが俺の命なんかじゃ償いきれるもんじゃねぇ。だから、俺は被害者であるあんたから罰を与えてもらわないと」

「でも、私は私の大事な人を貴方に殺されてない。綺麗事を言っているのは自分でも分かってる。だけど、貴方の犯した罪を罰するのは私じゃない。貴方に殺された人の遺族よ。私にそれを求めないで」


 なんとなくだけど、キールが全ての罪の償いをしたいと思って罰を与えてくれと私に言っているような気がした。

 この考えは当たっていたようで、彼は私から視線を逸らした。

 ふとキールの手を見ると、小刻みに震えている。


「キール? 大丈夫?」


 別に寒くもないのにどうしたのだろうか、と私が近寄ろうとすると、彼は物凄い勢いで後ろに後ずさった。


「キール?」

「止めろ。触んじゃねぇ。汚いから」

「お風呂に入ってないの?」

「ちが……。いや、汗かいてるから汚ねぇし。だから近寄るな。俺に触るな。いいな」


 切羽詰まった感じだったので、私は大人しく頷いた。

 汗をかいたから近寄って欲しくないなんて、暗殺者らしくないというか、中々に乙女的思考である。

 まあ、本人が嫌がってるし、話ならこの距離でもできるから、いっか、と私は一番最初に聞こうと思っていた台詞を口にした。


「ところでさ……私、貴方は問題が解決したら、屋敷から出て行くものだと思ってた」

「……ちょっと思うところがあってな。しばらくこの屋敷で厄介になる予定だ。王子様にはすでに話を通してある」

「そう。でも、どうして」

「そうだな、あんたの近くにいたら、面白そうだと思ったから、っていうのが一番大きな理由だな」


 面白そう?

 思わず私は口をポカンと開けて、キールを凝視した。

 彼は、そんな私を見て、ニッと笑う。


「まあ、気が済んだら、さっさといなくなってやるよ。じゃあな」


 そのままキールは屋敷へと行ってしまった。

 残された私は、その場で首を傾げていたところエマさんに見つかり、クリスティーネ様とジルヴィア様がいらっしゃったと聞き、慌てて屋敷の中へと向かう。

 玄関でお二人を出迎えた後で私達は応接間へと移動し、テュルキス侯爵から話を聞いているというクリスティーネ様から捕まった人達の処罰があらかた決まったという報告を受けていた。


「ということで、捕まった貴族達は処刑、幽閉、爵位剥奪、当主交代、領地没収という刑にそれぞれ処されるようよ。先代陛下が気前よくばらまいていた元々の王家の領地も戻ってくるらしいし、交代するそれぞれの家の当主は陛下が直接命じた方らしいから、優秀な方だと思うわ」


 クルクルとスプーンで紅茶をかき混ぜながら、クリスティーネ様は口にした。

 けど、私は父親が先代皇帝と通じていたペルレ伯爵家の令嬢であるジルヴィア様はどうなったのかが気になった。

 今も無表情で紅茶を飲んでいるけれど、どうなんだろう。


「でも、ジルも大変よね。お家取り潰しなんて。これからどうするのよ」

「え!? お家取り潰し!?」

「ええ。父親のお蔭で家は潰れてしまい、平民になってしまったわ。ルネとお揃いね」

「いや、軽く言ってますけど、相当な処罰ですよね?」


 今まで貴族令嬢として生きてきたのに、平民として生きなければならないのは割と、というか結構大変だと思うんだけど。


「私は父の巻き添えで処刑されることも覚悟した上で、フィニアス殿下に情報を流していたのだから。平民になることで済んで驚いたくらい」


 スッパリと言い切ったジルヴィア様の顔はなんだから晴れ晴れとしている。


「父が罪を犯していると知っているのに、何もすることができなくて歯痒く思っていたから、もうそれに悩まされることがないのだと思ったら、すっきりした」


 それに貴族社会は合わないと思っていたし、と彼女は続ける。


「それで、ジルはこれからどうするの?」

「まだ決めてない。フィニアス殿下の秘書官を解雇されてしまったし、屋敷の処分だとか色々あるのよね。母が寝込んでいてどうしようもないから、私がやらないといけなくて、大変。だから、それが終わってから考える」

「ふ~ん。まあ、行く当てがないのだったら、お祖父様に頼んで差し上げるから、遠慮なく申し出るのよ? 私の侍女として雇って差し上げるわ」

「気が向いたらね」


 素っ気ない返事にクリスティーネ様は「素直じゃないわね」と頬を膨らませた後で、私に視線を向けた。


「ルネ、あの男はどうしてるの? あの暗殺者の男」

「暗殺者? ああ、キールのことですか?」


 クリスティーネ様にそう尋ねると、彼女は神妙な顔をして頷いた。


「キールは、まだ屋敷にいますよ。しばらくはここにいるみたいです。てっきり事が終わったら出て行くと思っていたので、拍子抜けしました」

「敵に属していた暗殺者が近くにいて、よく平気ね」

「……言われてみればそうですよね」


 そうだよね。私はキールが人を殺しているところを見たことがないから実感がないけれど、彼は暗殺者なんだよね。

 なんだかんだで私と普通に会話をしてるから怖いとか思ったことなかった。

 私の話を聞いたクリスティーネ様は、ジトッとした目をこちらに向けてくる。


「どうしたら、ルネみたいに警戒心のかけらもない人間に育つのかしら」

「一人で生きていけないわね」

「全くよ。いい、ルネ。フィニアス殿下の側から離れちゃダメよ。あの方は強いから、何かあったらきっと守って下さるわ」


 クリスティーネ様に肩を掴まれて強く言われ、私は何度も彼女に向かって頷いてみせた。

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