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22・夜会に乱入

 何も考えられなかった。

 ただ、気付いたときには身体が動いていた。


 お願い、間に合って! 


 全力疾走した私はオスカー様に体当たりするだとか、王妃様を抱きしめて庇うとかいう考えが思い浮かばず、そのまま二人の間に割って入った。

 私に向かって振り下ろされる剣を見て、反射的に防ごうとして両手を前に出してしまう。

 

 目を瞑り、激痛がくるのを覚悟していると、腕の部分にバチッと静電気がきたものの、斬られた痛みはこなかった。

 不思議に思って私が目を開けると、愕然としているオスカー様の姿が目に入る。

 視線が剣に向いていたので私もそちらを見ると、オスカー様の手には剣の柄の部分のみが握られており、刃の部分が綺麗になくなっていた。


「……何が」


 言いながら、私が足を動かすと足先にザラザラとした感触があり、床を見ると何故か砂が散らばっていた。


「何これ」

「お前は……お前は何なんだ……。何をした。今、何をした!」


 大声に驚いて私が顔を上げると、愕然とした様子のオスカー様と目が合った。

 大声を張り上げているけれど、私も何をしたのか分からない。

 むしろ聞きたいのは私の方だよ、と混乱していると、オスカー様の背後に息を切らせたフィニアス殿下がやってきていた。

 助かった、と思った瞬間、うぐっという声と共にオスカー様が床に倒れる。

 一瞬のことで何が起こったのか分からなかったけれど、結果から言えばフィニアス殿下が床に俯せで倒れたオスカー様の背中に乗り、彼の腕を捻り上げていた。


「それはこちらの台詞です。貴方は今、王妃殿下に向かって何をしようとしていたのですか!」


 普段のフィニアス殿下の声からは想像できないくらいに怒気を含んだ声だった。


「どうして! どうして邪魔をした! 俺はあの方のために! あの方のためだけに今までやってきたんだぞ! あの方に王妃の首を捧げることだけが俺の使命だったのに!」


 押さえつけられていることは全く気にせずに、オスカー様は立ち上がろうとするけれど、当然できるはずもなく、彼は忌ま忌ましげに舌打ちをした。

 これが、あのオスカー様なの? と私が混乱していると、会場内に大きな声が響き渡る。


「逆賊を捕らえよ!」


 あの声はテュルキス侯爵。

 会場に入ってきた国王派の騎士や兵士達は、エルノワ帝国と通じていた貴族や騎士達を捕らえ始める。

 王家を憎んでいるはずのテュルキス侯爵の行動に、そこかしこで疑問の声が上がっていた。


「あれは、テュルキス侯爵! なぜ!」

「なぜも何も、テュルキス侯爵は最初から王家の味方だからですよ。会場内の警備を担当していたテュルキス侯爵領の兵士を貴方達は味方だと思っていたのでしょうが、残念でしたね」


 愕然とした表情を浮かべたオスカー様は、ゆっくりと周囲を見渡し、ある人物を見て動きを止める。

 私もそちらを見ると、スマラクト子爵の息子に変装しているイヴォンが無表情でこちらを見ていた。

 彼はすぐにオスカー様から視線を外すと、静かにその場を後にしたのである。

 逃げられる! と思った私は、やっと来た陛下と兵達に王妃様を任せ、イヴォンの後を追った。


「ルネ!」


 フィニアス殿下の呼び止める声が聞こえたけれど、私は振り返ることなく走り出した。だってイヴォンの顔を知っているのは私とキールだけ。そのキールは今、どこにいるのか分からないんだから、私が追いかけるしかないじゃない!

 国王派の騎士や兵士達は裏切り者を捕まえるのに手一杯で私のことなど止める素振りも見せない。

 貴族達も乱入者である私を怖がり、止めるどころか避ける始末だ。

 お蔭で難なく会場の外へと出られた私は、角で曲がるイヴォンの姿を見つけて追いかける。

 

「待って!」


 人気のない庭まで来たところで、私はようやくイヴォンに追いつけた。

 呼び止められて振り返ったイヴォンは屈辱にまみれた表情を浮かべている。


「君、ザフィーア子爵の牢屋にいた子ですね。死んだと聞かされていましたが、生きていたとは思いませんでした。まさか君のような雑魚に計画を邪魔されるとは……。それにさっき、君は剣を分解していましたね。ということは、王城の呪術を分解したのもやはり貴女だったというわけですか」

「王城の呪術?」

「……わざとらしいですね。ですが、今となってはどうでも良いことです。貴女のせいで計画は台無し。別の策を講じなければならなくなりましたよ。全く面倒なことになりました」


 王城の呪術がなんなのか分からなかったけれど、私はベルクヴェイク王国を滅ぼすことを諦める気のないイヴォンにイラッとしてしまう。


「どうして……。こんなに国を混乱させて貴方は何がしたいのよ!?」

「私はただ、戦争を起こしたかっただけですよ。戦争になれば、戦のどさくさで皇帝とその血縁者を皆殺しにできますからね。そうすれば私がエルノワ帝国の皇帝になれるのです!」

「……頭がおかしいんじゃないの?」


 つい漏れてしまった私の呟きに、イヴォンは鼻で笑ってみせた。


「おかしい? おかしいのはエルノワ帝国です。私は正統な帝位継承権を持っています。だから、その権利を行使しようとしているだけ。それの何がおかしいというのです?」

「だったら、そう主張すればいいじゃない! 裏でコソコソ悪巧みしたところで正当性なんてない!」

「なくて結構。最終的に玉座に座るのが私であれば良いのですから、経緯はどうでも良いのです」


 この男と私とでは考え方が違いすぎる。

 常識が通じないことに、私はどうすることもできずに黙ってしまった。

 けれど、イヴォンは私の反応などどうでもいいのか、話を続ける。


「なのに……貴女のせいで全て台無しです。ああ、本当に忌ま忌ましい! あと少しだったのに! あと少しで戦争になるはずだったのに! オスカーの奴、最後の最後で……」

「ということは、やっぱりオスカー様は貴方の仲間だったんだ」

「仲間? 違いますよ。あれはただの駒に過ぎません。あれは王妃を殺すためだけの役割しか与えていませんでしたからね。調べに調べて剣の素養のある者を選んだというのに……」


 イライラが収まらない様子でイヴォンは爪を噛んでボソボソと話していた。

 正気を失っているようにも見えて、私は少し怖くなって後ずさる。

 だけど、イヴォンの言葉が気にかかり、私は疑問を口にした。


「……選んだって……。じゃあ、馬車の事故も貴方が仕組んだってことなの?」

「当たり前じゃないですか」

「狂ってる。王族だなんて嘘までついて」


 その言葉にイヴォンは盛大に笑い声を上げる。


「嘘? 嘘なんて言っていませんよ。私は王族ですからね。ただ"エルノワ帝国の"と言わなかっただけです。あれが勝手に自国の王族だと勘違いしたんでしょう?」

「貴方は最低の人間よ! 自分勝手で傲慢で、自分のことしか考えていない! そんな人間が国を率いていけるわけがない!」


 大声で非難する私を見ても、イヴォンはさして気にする様子もなく薄ら笑いを浮かべていた。


「何を仰っているんですか。勝った人間が王になるんですよ? そこに本人の性格、思考など関係ありません」


 イヴォンの言い分に文句を言おうと口を開きかけたが、さて、と口にした彼に遮られてしまう。


「私はこれから帝国に戻らなければいけません。ですが、私の計画の邪魔をした貴女を生かしておくことはできない。ということで、死んで下さい」


 一瞬、冗談かと思うような軽い口調で言われ、私は反応が遅れてしまう。

 気付いたときには、イヴォンは呪文を唱え終えていた。

 無数の黒い矢が空中に浮かび上がり、私の方へ向かって飛んでくる。

 避けることも逃げることもできない状況に、私は恐怖で動けないでいると、背後から草を踏みしめる音が聞こえてきた。


「動かないで」


 振り向こうとした私を制止する声。さっきまで聞いていたフィニアス殿下の声だった。

 この場に来てくれたことに私は安心して、彼の言う通りに動かずにジッとしていた。

 すぐにフィニアス殿下が呪文を唱え終わると、私の背後から現れた石ころほどの大きさをしている無数の氷の塊が黒い矢に向かって飛んでいく。

 氷の塊は全ての黒い矢に当たり、相殺され氷の塊も黒い矢も消えていった。

 けれど、出した数はフィニアス殿下の方が多かったみたいで、氷の塊のひとつがイヴォンの腕に命中する。

 彼は負傷した腕を抱えながら、私を庇うようにして立ったフィニアス殿下を鋭く睨み付けていた。


「魔術師だから武術の心得はないかと思っていたのですが、他のを避けられるとは思っていませんでした」

「……生憎と、こっちは平穏な子供時代を送ってきたわけではないんですよ。多少は動けます」

「そうですか。ですが、こちらは貴方を逃がすわけにはいきません。大人しく捕まってくれませんか?」

「ふざけないで下さい。私はこんなところで捕まるわけにはいかないんですよ。まだ先代皇帝を使ってやることがあるんです。老いぼれでも使い道はありますからね」


 人を物扱いするイヴォンに私は腹が立った。

 こんな人が皇帝になっても、まともな国が作れるとは思えない。

 文句を言おうとした私をフィニアス殿下が手で止める。


「……先代皇帝陛下といえば、面白い話を耳にしましたよ。先ほど、帝国の使者の方が会場にいらして、何やら皇子殿下に耳打ちをなさっていました。すぐに陛下にも何があったのかを伝えられたのですが、それによるとどうやら先代皇帝陛下がご病気により崩御されたと」


 先代皇帝陛下が亡くなった!?

 私は驚いてイヴォンを見ると、彼は目を瞠って小刻みに震えている。

 フィニアス殿下が何を言ったのか理解できないように見えた。


「嘘、です。嘘に決まってます! 先代皇帝は健康体だったはず! 病死などあり得ない!」

「あり得なくとも、先代皇帝陛下は崩御されました。エルノワ帝国から来賓としていらしていた皆様は慌ててお帰りになりましたから、嘘ではないはずです」


 そう告げられ、イヴォンは「どうして今」だの「全ての計画が」だの焦点の合わない目で呟いている。

 だけど、すぐに彼は何かに気付いたのか「あいつらか……!」と憎々しげに口にした。


「私のいない隙を狙ったな……! 卑怯者どもめ!」


 貴方がそれを言うの!?

 私が心の中でツッコミを入れていると、フィニアス殿下も呆れたのか、ため息を吐いた。


「とにかく、貴方の身柄は拘束させていただきます。ベルクヴェイク王国に手を出したこと、並びにルネに攻撃したことを許すつもりはありません」

「……貴方に許されなくても、どうでもいいんですよ! 私、は!?」


 イヴォンが喋っている途中だというのに、フィニアス殿下は氷柱を出して、彼の方へ飛ばした。


 手を顔の辺りに持っていっていたと思ったら、もしかして手で口を隠して小声で呪文唱えてたの!?

 こ、この人、以外と容赦ない……!

 しかも、イヴォンが避けたら舌打ちしたよ!


「無傷でいられると思わないで下さいね」


 フィニアス殿下、すでに奴は腕を負傷しています!

 っていうか、もしかしてフィニアス殿下、とんでもなく怒ってる?

 そりゃそうだよね。国を滅ぼそうとした黒幕だもんね。

 黒幕が目の前にいるんだから、冷静じゃいられないよね。


「…………ふふふ。ははははは!」


 圧倒的に不利なはずなのに、狂ったように笑い出したイヴォンに私の身体が強張る。


「そうですか、そうですか。そんなに大事なのですね」


 イヴォンは袖口から取り出した武器をフィニアス殿下に向かって投げつけた。

 即座に剣を抜いたフィニアス殿下によって武器ははじかれたが、その隙をついてイヴォンは視線を私の背後へと向けつつ、呪文を唱え始める。

「くそっ」と言いながら振り返ったフィニアス殿下の表情はとても焦っていて、どうしたのかと思い、私も後ろを振り向くと背後からフィニアス殿下が呪文を唱える声が聞こえてきた。

 一瞬のうちに彼が呪文を唱え終えると、いきなり目の前に氷壁が出現した。

 背後からイヴォンに魔法で攻撃されるの!? と思ったけれど、特に氷壁が壊されることもなく、周囲はただ静寂に包まれている。


「フィニアス殿下?」

「……すみません、ルネの身の安全を優先した結果、奴を逃がしてしまいました」


 彼のいた場所に私が視線を向けると、すでにそこには誰もいなかった。

 私も攻撃されると思ったけど、何も起こらなかったところをみると、イヴォンは逃げるための隙を作ろうとしたらしい。

 フィニアス殿下はやってきた兵達にイヴォンが逃げたことを伝え、追うように命じていた。

 いくら怪我をしていたとしても、先代皇帝側の協力者がいる以上、彼は逃げ切ってしまうかもしれない。

 でも、黒幕がいなくなったということは、危険が去ったとみていいんだよね?

 考え込んでいると、フィニアス殿下に声をかけられ、私は我に返る。


「怪我はありませんか?」

「フィニアス殿下が助けてくれたので、大丈夫です。……それよりも、王妃様は大丈夫でしたか? イヴォンを追うのに夢中で陛下に託してきてしまったので」

「ルネが庇ってくれたお蔭で王妃殿下は大した怪我もしていません。貴女が王妃殿下の前に飛び出したときは心臓が止まるかと思いましたが、オスカーの剣が分解されたのを見て胸を撫で下ろしました」

「……てことは、やっぱり、あれは私がやったんですか!?」

「分解するつもりで飛び出したんじゃないんですか!?」


 いや、本当に私がやったの? 分解ってそんなに万能なの?

 私が信じられずにいると、フィニアス殿下は考えもなく飛び出したと分かったのか表情を険しくさせた。


「ルネ」


 明らかに怒っているフィニアス殿下に向かって、私は言い訳もせずに大人しく「はい」と返事をする。


「何事もなかったから良かったものの、考えが足りなさすぎです。自分で対処できるという自信があるから行動に移せるものなのですよ。分かってますか? 何も考えずに行動するのは無謀でしかありません。大体、攫われたときにキールを連れてきたときもそうです。貴女はもう少し警戒心を持つべきです。それから」


 全て事実だったので、私は俯きながらフィニアス殿下の説教を聞いていた。

 

 結局、様子を見に来たテュルキス侯爵に止められるまでフィニアス殿下の説教は続けられた。 

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