20・新たな任務と告げられた事実
フィニアス殿下が好きだと自覚した瞬間、私は自分がとんでもなく酷い顔をしていることに気付き、穴に埋まりたくなった。
涙だけならまだしも、多分鼻水が出てた。泣く前に時間を戻して欲しい。
そしたら、綺麗に泣くから。お願い、巻き戻って!
なんて、思っても無駄だと分かっている。
こいつ、ぶさいくだなと思われているんじゃないかとか色々と考えて、翌日からフィニアス殿下と目を合わせることができなくなっているのを、まずなんとかしたい。
といっても、フィニアス殿下は式典の準備や裏切り者の証拠集めもあって忙しくしているし、屋敷に戻ってくることも少なくなってしまったので、顔を合わせる機会がめっきり減っていたりするので、あまり問題もないのだけれどね。
そして、もうひとつ、私が悩んでいた問題がほぼ解決した。
つまり、牢屋でのことを思い出してしまい、真っ暗の部屋で眠れない、という悩み。
まだ、真っ暗の部屋で眠ることはできなかったが、蝋燭の明かりがあれば眠れるようになったのだ。
どういうことなのかというと、フィニアス殿下に抱きしめられて恋をしていると自覚してから、私の精神状態がかなり落ち着いてきたからである。
人を好きになるってすごいなぁと自分のことなのに他人事のように思っていた。
でも、いつまでもフィニアス殿下のことを考えている場合ではない。
抱きしめられた日の翌日、私はフィニアス殿下から、アルフォンス殿下の魔力を吸収して欲しいというお願いをされたのだ。
「もちろん、やりますけど、契約書にアルフォンス殿下のお世話をするって書かれていたじゃないですか。今の状況と合ってないと思いますが、大丈夫ですか?」
純粋な疑問だ。
でも、フィニアス殿下は大丈夫だと口にした。
「追加することはできませんが、削除の場合は互いの同意があれば可能ですから安心して下さい。それに契約を違えたところで、貴女には危険が及びませんし、広義的な意味では、お世話の範疇内には入ると思われます。気になるようでしたら、削除しますが」
「……それなら、そのままで」
お願いします、と言おうとすると、同席していたテオバルトさんが異を唱えた。
「いえ、削除して下さい」
「テオバルト」
「私は黙りません。ルネ、その部分を消すようにフィニアス殿下に申し上げるのです」
必死なテオバルトさんの尋常でない様子に、私は思わず頷いていた。
「できることなら契約書を破棄して頂きたいのですが」
「テオバルト!」
フィニアス殿下の大声に、私の体がビクッとなる。
すぐさま、フィニアス殿下は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
いきなりの大声に驚いたけれど、テオバルトさんがあそこまで必死に頼むのだから、消した方がいいのかもしれない。
「あの、フィニアス殿下。アルフォンス殿下の世話をする、という部分を削除して下さい」
彼は、しばらく悩んでいたけれど、私とテオバルトさんの視線に負けたのか、分かりましたと口にして、その部分に線を引くと、契約書に書かれた文字が綺麗に消え去ってしまった。
どうなってるの? と不思議に思った私が、契約書を手に取ろうとした瞬間、フィニアス殿下が物凄い勢いで手元に寄せる。
「……すみません。複雑なものですので、つい」
無意識で分解しちゃうことはないと思うけれど、フィニアス殿下が不安に思う気持ちも分かる。
いいんですよ~と私が納得していると、テオバルトさんがなぜか舌打ちをした。
「テオバルトさん?」
「失礼しました。つい」
いつもの表情に戻ったテオバルトさんにフィニアス殿下と私は何も言えずに、話は終わったのであった。
ということで、私の新たな仕事は、アルフォンス殿下の魔力を吸収し分解すること。
フィニアス殿下の屋敷に来てからというもの、私がやることといえば、文字の勉強やアルフォンス殿下やクリスティーネ様、ジルヴィア様達とのお茶会と勉強だけだったので、やっと役に立つことができると、嬉しくも思っていた。
そうそう、同じくこの屋敷に保護されているキールだけれど、私はたまにキールの様子も見に行ったりしている。随分と回復しているようで、外に出るのを禁止されている彼が、部屋で筋トレしているところを見たことがあった。
汗だくになりながら腕立て伏せをしていたので、話しかけることもできずに私は部屋を出るしかなかったんだけど。
話をするといっても、心の距離がありすぎてあまり会話にならないのよね。
一応、返事はしてくれるから嫌われてはいないと思う。思いたい。
だって、本意じゃないけど私が雇い主なわけだし?
ギクシャクした関係だと、やっぱり良くないと思うんだ。
だから、ちょっとだけでも仲良くなれたらと思ったんだけど、上手くいかない。
「はあ」
ため息を吐いた私は、アルフォンス殿下の魔力を吸収するため、彼の部屋へと向かった。
魔力の吸収ができるということは、以前のことから分かっている。私が魔力酔いする心配もあったけれど、やると言ったのは私なんだから、ちゃんとやらないと。
何よりもアルフォンス殿下のためだしね!
気持ちを切り替えた私は、アルフォンス殿下の部屋へと足を踏み入れる。
部屋の中では、クリスティーネ様とジルヴィア様、そしてアルフォンス殿下が楽しげにお話しをされていた。
すぐにアルフォンス殿下が私に気付いてくれて、手招きして呼んでくれる。
私は三人に挨拶をしてからソファに座ると、クリスティーネ様が好奇心を抑えきれないという表情を浮かべながら身を乗り出してきた。
「ルネって半能力半魔法属性持ちなんですって? しかも分解と吸収の二属性って伺ったけど、本当なの?」
「……本当です」
「まあ、すごいじゃない! お祖父様ったら、最初に言っておいてくれれば良かったのに……」
ブツブツとクリスティーネ様はテュルキス侯爵に文句を言っている。
「テュルキス侯爵にも色々と事情がお有りだったのでしょう。それにしても、半能力半魔法属性というのは珍しいと伺っておりますが、クリスティーネ様はお会いしたことはないのですか?」
「私は半能力半魔法属性の人を拝見するのは初めてね。ジルもそうでしょう?」
問われたジルヴィア様は無言で頷いた。
「クリスティーネ様がお会いしたことがないということは、この国には半能力半魔法属性の方はいらっしゃらないのですか?」
「いえ、いるけど、私はお会いしたことがないというだけよ。夜会にはあまり顔を出さないし、私の交友関係も広くはないもの。私とは世代が違うから、顔を合わせることもなくてね。だから私、今日を楽しみにしていたのよ」
ガシッとクリスティーネ様に手を握られ、私は「え?」と声を漏らす。
彼女の目を見ると、未知のものに対する興味が物凄くあることが分かった。
「えっと……。もしかしたら上手くいかないかもしれないんですけど」
「でも、前に一度できたのでしょう?」
「あれは自分でもどうやったのか覚えていないんですよ。体が勝手に動いただけなので」
「それでも、一度できたのだからできるわよ。大丈夫よ。自信を持って!」
そして、私に見せて! とクリスティーネ様は目をキラッキラとさせている。
隣にいるジルヴィア様も期待に満ちた目で私を見ていた。
って、ジルヴィア様もですか!?
好奇心の強すぎる令嬢達に私は唖然とする。
お淑やかで優雅な仕草でホホホと微笑み合いながら、お喋りに興じる、というのが私の中の貴族の令嬢イメージだったのに。
いや、最初に会ったときから想像していた令嬢と違うことは分かっていた。
分かってはいたけれど、ちょっと規格外すぎない?
私が二人の態度に驚いていると、ん、と言ってアルフォンス殿下が私のほうに手を差し出してきた。
「ルネ」
さあ、やれと態度で示され、私は腹をくくってアルフォンス殿下の手を取った。
正直に言ってしまえば、やり方なんて分からない。
だけど、想像することが大事だというのなら、上手くいくかもしれないと思い、私は目を閉じて集中する。
前のときと同じように最初にアルフォンス殿下の魔力を吸収して、私の中で分解する方法をとった方がいいよね。一度やっているから、なんとなく感覚は分かっているし。
あの日、白いもやをハサミで細かく切り刻んだことから、私は勝手に魔力を白いもやだと思っていた。
ならば、と私は握っているアルフォンス殿下の手から白いもやを吸い取る想像をしてみる。
少しして、アルフォンス殿下の手を伝って、何かが私の体の中に入ってくる感覚がした。
多分、これが魔力だと思う。
私は、気持ち悪くなるギリギリまで魔力を吸い取った後で、アルフォンス殿下から手を離した。
「アルフォンス殿下、どうですか?」
私の問いに、アルフォンス殿下は目をぱちくりとさせている。
「体が軽くなったみたい」
信じられないという様に、アルフォンス殿下は自分の手を見つめていた。
どうやら、ちゃんと成功したみたい。
魔力が一日でどれくらい回復するか分からないのが怖いけど。これはテオバルトさんに一度聞いてみたほうがいいよね。
次にテオバルトさんが屋敷に来るのはいつだろう、と私が考えていると、クリスティーネ様とジルヴィア様が目に見えるように落胆していた。
「お二人共、どうされました?」
「想像していたものと違っていたから、ちょっとガッカリしただけよ」
「もっと派手にやるのかと思ってた。期待外れね」
「どんな方法を想像していたんですか!?」
派手って!
もしかして、床に魔方陣が展開して眩い光の中どうのこうのとかそういうのを想像してたの!?
だとしたら、期待を裏切って申し訳ないと思うけど、そんな高等技術を魔法初心者の私が使えるわけないじゃないですか!?
と思ったけれど、二人は私が異世界から召喚されたこと知らないんだった。
私は、その場で頭を抱えた。
「ルネ、どうしたのよ」
「クリスがガッカリとか言うから落ち込んだんじゃないの?」
「ジルだって期待外れって言ってたじゃない! 私だけのせいにしないでちょうだい!」
「最初に言ったのはクリス」
「きつい言い方をしたのはジルよ!」
ギャーギャーと言い合いを初めてしまった二人に、落ち込んでいたわけではない私は慌てる。
「落ち込んでないです! 紛らわしいことをして申し訳ありませんでした」
だから言い合いしないで下さい!
必死に止める私を見て、二人は冷静になったのか顔を見合わせて黙り込んでしまった。
「申し訳ありません。私は魔法に関しては初心者ですので、魔術式とか使えないのです」
「あら、そうなの?」
「宝の持ち腐れね」
「ジル」
強く咎めるようなクリスティーネ様の言い方にジルヴィア様はハッとした後で「ごめんなさい」と口にした。
「気にしていませんから。それに、魔法のことは、これから勉強していけばいいだけの話ですしね!」
私は笑顔でそう言うと、ジルヴィア様は申し訳なさそうにもう一度謝罪の言葉を口にし、私は首を横に振って気にしてませんと意思表示をした。
実際に私だって宝の持ち腐れだと思ってる。魔力が多くて稀だと言われている半能力半魔法属性持ちなのに、使い方をいまいち分かってないんだもん。
事実を言われただけなのに、気にするほうがおかしいと思っていると、納得していない様子のジルヴィア様が口を開いた。
「ルネは心が広いのね。普通は気分を損ねるものなのに」
「そう言われましても、事実ですし、自覚もありますので」
「貴女、変わってるわ。でも、羨ましい」
「ジルヴィア様?」
「私は、言わなくてもいい余計なことを口にすることが多いから。相手の言葉に腹を立てて我慢できなくて、つい言っちゃうの。そうしたら、もう癖になってしまって考えるよりも先に口から出ちゃうのよ」
口調や表情から、ジルヴィア様が自分の行動が良くないことだというのは分かっているようだった。
確かに癖になってると中々直せないよね。
だからあんまり喋らないようにしてるのかな? それで口数が少ないのかも。
「そういうときは、深呼吸してみたり、頭の中で全く違うことを考えたりするといいかもしれませんね。関係ないことを考えると冷静になれると伺ったことがあります。私はやったことないんですけど」
アハハと私が口にすると、ジルヴィア様はポツリと「そう、深呼吸ね」と呟いた。
「良いことを聞いたわ。その場面がきたらしてみる」
「効果があることを祈ってます」
私は満面の笑みをジルヴィア様へと向けると、彼女は少し俯いた後で気恥ずかしそうに表情を緩めた。
いつも無表情の美少女がほんの少しでも笑みを見せてくれると、その破壊力は凄まじいと私は実感する。
つまり、とんでもなく可愛いかった。
それからも、私はアルフォンス殿下や屋敷に訪ねてくるクリスティーネ様、ジルヴィア様と過ごし、ついに記念式典の日を迎えた。
フィニアス殿下は前日から城へ行っているため、屋敷内には留守番のアルフォンス殿下とキールと私しかいない。
アルフォンス殿下はもしものことがあるかもしれないので、身の安全のために欠席するということだった。
対外的には病欠ということになっているらしい。
あと、テュルキス侯爵領の兵士が屋敷に来て、私達を守ってくれている。
他の貴族から見たら、監視しているように見えているだろうね、とフィニアス殿下が笑いながら言っていた。
守ってくれていることで私は安心していたけれど、それでも記念式典とか夜会のことが気になって、部屋でジッとしていられず、ついキールの部屋へと足を運んでいた。
「記念式典かぁ。ちょっと見て見たかったな」
私の呟きに、同じ部屋にいたキールは返事をしてくれない。
彼は私を無視して、片手で腕立て伏せをしている。
「キールは見たことある? やっぱりお城のバルコニーから国民に向かって手を振ったりするの? どれくらいの人が見に来るんだろうね」
「……さあな」
よほど私がうるさかったのか、キールは腕立て伏せを止めて、汗を拭ってお風呂場へと行ってしまった。
「だって、喋ってないと不安なんだもん」
この国の行く末が今日決まるのだ。緊張するなというほうがおかしい。
はあ、とため息を吐いていると、お風呂場から出てきたキールと目が合った。
「烏の行水」
「何だ、それ」
「お風呂の時間がものすごく早い人のことをそう言うの。ちゃんと体、洗ってるの?」
「あのな……。水を被るだけなんだから早いに決まってるだろ」
そりゃ、そうだ、と私が考えていると、キールが真正面に座った。
「で、何がそんなに不安なんだよ」
「……分かってたんだ」
「そりゃあ、いつもより口数が多くて、やけに興奮していたら分かる」
あっさりと言われ、私は苦笑する。
でも、こうして私の気持ちを聞いてくれるんだから、キールは優しい人なのかもしれない。
「キールはさ。今日、どうなると思う?」
「興味ねぇな」
「興味ないって……。先代皇帝陛下側が勝っちゃったら、キールを保護してくれる人がいなくなっちゃうんだよ?」
「そうなったら、そうなったときだろ。逃げる算段はついてるからな」
「……恩義とか感じてないの?」
衣食住を保障してくれてるんだし、もう少し感謝してもいいんじゃない?
「恩はある。だから、俺は王子様達に情報を提供した。それを生かすのはあっちだ。俺じゃねぇよ。聞かれたことにはちゃんと答えた。お前はそれ以上を俺に望むのかよ」
「……ごめん」
言い過ぎたと思って私はキールから視線を外した。
彼は彼なりにフィニアス殿下達に協力しているのに。
「別に構わねぇよ」
本当に気にしていないと彼の声色から感じられた。
怒らせたわけでも傷つけたわけでもないと私がホッとしていると、キールが「そういえば」と話し始める。
「今日の夜会にイヴォンの奴が出席するって情報。あいつらに教えるの忘れてたんだよな」
「え?」
「なんでも、自分が手掛けた舞台の集大成だから、絶対に成功させるために見に行くんだってよ。あいつの考えてることはわかんねぇな」
軽く笑いながらキールは口にしているが、私にとっては笑い事じゃない。
イヴォンの実力は分からないし、彼が手を出すのかも分からないけれど、その情報をフィニアス殿下達は知らない。対応が後手に回ってしまう。
「フィニアス殿下に知らせないと」
「……どうやって?」
ニヤニヤと面白いものを見るかのように笑っているキールに、彼がわざと言わなかったのだということに私は気付いた。
「どうして……どうして言わなかったの!」
「聞かれなかったから」
「だからって!」
勢いよく立ち上がってキールに詰め寄った私は、素早く立ち上がった彼に腕を引かれ、体勢を崩す。
キールが体を横にずらして、私の肩を押して反転させたため、そのまま彼の座っていたソファに勢いよく座る形になってしまう。
私が文句を言おうと顔を上げると、肘掛けに手を置いたキールが至近距離で顔をのぞき込んできたので、驚いてしまい何も言えなくなってしまった。
「どうする?」
ニヤニヤと笑みを浮かべている彼は、この状況を楽しんでいる。
さっき良い人かもしれないって思ったのは撤回する! 全然、良い人じゃないよ!
私は、悔しさもあって覗き込んでいるキールを睨み付けて口を開く。
「そんなの決まってる。フィニアス殿下に伝えに行く」
「王城までか? 門は通れねぇぞ」
「……」
「ああ、隠し通路を使えば行けるよな」
キールが隠し通路のことを知っていたことに、私は目を瞠った。
「もしものときは隠し通路を使えって王子様に言われて半信半疑だったが、その反応を見る限りじゃ本当にあるんだな」
キールは、ふ~んと言いながら私から体を離した。
「そこを使えば城には行ける。俺は前に王城に潜入したことがあるから夜会が行われる場所を知ってる。もちろん、城内の部屋の配置も頭に入ってる。傷はもう癒えてるし、あんたの護衛くらいならできるが、どうする?」
隠し通路にキールを入れるのは抵抗があるけれど、イヴォンが会場にいるって情報は絶対に重要だと思う。
キールがわざと言わなかったことだもの。
だから、この情報はフィニアス殿下に伝えないといけない。正面から入ることはできない以上は他に方法がない。
「……隠し通路を使って王城まで行きます」
「じゃあ、行くか」
そう言ってキールは部屋から出て行ってしまい、私は慌てて彼の後を追う。
「どこが隠し通路の入り口なのか知ってるの?」
「知らねぇよ。使うときはアルフォンス殿下に言えってだけ聞いてたからな。けど、あの王子様の寝室か執務室のどっちかにあんだろ。隠し通路ってのは、一番偉い奴のいる場所に作られるもんだ」
「でも、隠し通路の入り口は王族にしか開けられないって、フィニアス殿下が言ってたよ」
「別に問題ねぇだろ」
キッパリと言い放ったキールと共に私はフィニアス殿下の執務室へとやってくると、中に何かを決意したような表情のアルフォンス殿下が立っていた。
彼はこちらに近寄ってくると、そっと私の手を握り、口を開く。
「お願い、母上を助けて……!」
必死に頼み込む姿を見た私は、アルフォンス殿下が夜会で王妃様が暗殺されることを知っているのだと分かった。
「さっき、キールから聞いたよ。助けに行くんでしょう? だからここに来たんだよね?」
「アルフォンス殿下……」
さっき問題ないと言い切ったキールは最初から手を打っていたらしい。
用意周到さに腹が立つ。
「僕なら開けられるから。僕は母上を助けることはできないけど、隠し通路の扉を開けることはできるから。だから、母上を助けて……!」
痛いくらいに私の手を握るアルフォンス殿下。
私はしゃがんで彼と目を合わせる。
「まずはフィニアス殿下と合流しなければなりません。アルフォンス殿下、隠し扉を開けて下さいますか?」
アルフォンス殿下は、口をギュッと閉じて力強く頷くと、ある壁の前に立ち、手を当てる。
すると、ガコッという音と共に壁が少しだけ開いた。
扉が開いたのを確認したキールは、少し開いた壁に手をかけて、人一人が通れるくらいに開けた。
「行くぞ。付いて来い」
こちらが反論する前にキールはさっさと歩いて行ってしまう。
「では、アルフォンス殿下。行って参ります。くれぐれも私達の後を追ってはなりませんよ。それと殿下も隠し通路の中に入って、隠れていて下さい。王族の方以外は外から開けられないようになっているので、安全です」
「わかった」
アルフォンス殿下が頷いたのを確認した後で、私はキールの後を追う。
キールは側に設置されていた松明を取って私を待っていた。
「あのさ、王城までの道、分かるの?」
「王城の方角が分かってるからな。そっちに歩いて行けばいいだけだろ」
キールは懐から方位磁石を取り出し、こっちだな、と呟き歩いて行く。
何て勝手な男なんだと思いながら、私も彼の後を付いていった。
そうして、時折壁を叩いたりしながらキールは無言のまま歩き続け、ある場所に来ると彼は足を止めた。
周囲を探り、ある出っ張り部分を手で押し込むと、入り口と同じように壁が少しだけ開く。
キールは警戒しながら中を覗き込むが、誰もいなかったのか、すぐに壁を動かした。
「ここは……王城の備品倉庫か?」
松明を消して隠し通路から出たキールに続いて私も出ると、確かに備品倉庫らしかった。
棚に掃除用具やバス用品などが置かれている。
「夜会の会場から近いの?」
「近くはねぇけど遠くもねぇな。けど、木々に紛れて移動できる。それにもう外は暗いからな」
「騎士に見つかるんじゃ」
「騎士団の連中も先代皇帝の息がかかっていると見ていいだろうよ。真面目に警備してる奴が何人いるやら。それに魔術師もだ。侵入者がいると気付いたところで、自分達の味方だと勝手に思うだろうさ。不審者がいた方が奴らにとって好都合だからな」
「そう、かしら?」
納得できていない私を一瞥したキールは「そうだ」とだけ行って、備品倉庫から出て行く。
その後、私達はコソコソと木々に隠れながら移動し、ついに夜会の会場に辿り着いた。
本当に誰にも見つからなかったことに私は驚いたけど、安心もしていた。
さあ、フィニアス殿下を探さないと。