12・王妃様との遭遇
ブレスレットの件は、あれからすぐにテオバルトさんが調べたようで、私にもフィニアス殿下からその結果が伝えられた。
それによると、あのブレスレットには魔力を増幅させる魔術式が組みこまれていたらしい。
だから、あんなに早く魔力の暴走があったのか、と私は納得すると同時に敵に対する怒りも湧いてきた。
怒ったところで、私はアルフォンス殿下の側にいる以外で何もできないんだけど。
ということがあった、翌月。
私がフィニアス殿下への報告をしにいく日に、王妃様がテュルキス侯爵領からお戻りになった。
城内は、いつもよりも使用人の人数が多く、皆が忙しそうにしていた。
大変そうだなぁ、と私は使用人達を眺めながら、いつも通りフィニアス殿下に報告をしにいった帰りのこと。
ゾロゾロと人を引き連れたとても豪華なドレスを身に纏った、金髪の綺麗な女性が前方から歩いてきたのが見えた。
ほんの一瞬だったけど、私は豪華なドレスを着た女性と目が合い、あまりの顔色の悪さに驚いてしまったが、女性の隣にいた侍女に睨まれ、慌てて廊下の端に寄って頭を下げる。
そのまま女性達が通り過ぎるのを待っていたが、豪華なドレスを着た女性の足が見えた瞬間、足がもつれてしまったらしく「あっ」と声を出して、傾いた体がこちらに向かってくるのが見えた。
私は反射的に顔を上げて手を出し、大きく体を傾かせた女性の体を支える。
「お怪我はございませんか?」
「……ええ」
女性の顔色が悪かったことから体調が悪いのかと思い、医者を呼んで参りましょうか? と言おうとした瞬間、彼女は私の手に、こっそりと紙らしきものを握らせた。
これは何かと問いかけたかったが、私は彼女の側にいた人に引きはがされてしまった。
「セレスティーヌ様! ご無事ですか!」
「この国の侍女風情がセレスティーヌ様に触れるなど……! 無礼ですよ!」
え? セレスティーヌ、様? セレスティーヌ様って……。
確か、王妃様の名前もセレスティーヌ様だったよね?
ということは、この人が王妃様ってこと!? じゃあ、側にいるのは王妃様の侍女?
侍女が、めちゃくちゃ怒ってるってことは、王妃様に触れるのはダメってことだよね。
どうしよう。首になる? フィニアス殿下に迷惑をかけちゃう?
不安に思っていた私に、なおも王妃様の侍女達は詰め寄ってくる。
「そのようなことに構わずとも結構」
凜とした声が響き、私に詰め寄っていた王妃様の侍女が口を噤む。
声の主である王妃様を見ると、彼女は強い眼差しで私を見ていた。
先ほどまで顔色が悪かったとは思えないくらい、王妃様は堂々としている。
同時に、その顔がどことなくアルフォンス殿下に似ていて、ああ、アルフォンス殿下はお母さん似なんだなぁ、金髪はお母さん譲りなのかなぁ、などと関係のないことを考えていると、王妃様が口を開いた。
「それとも其方らは、わたくしが無様に床に転べばよかったと申すのですか?」
「いえ、そのようなことは……」
王妃様が侍女達に目を向けると、彼女達は途端にバツの悪そうな表情を浮かべて口を閉ざした。
侍女達の様子を見た王妃様は小さなため息を吐くと、私を一瞥し王妃様は侍女達を引き連れて、立ち去って行った。
緊張から解き放たれた私は、王妃様達の姿が見えなくなった瞬間に息を吐き出す。
き、緊張した。まさか王妃様が戻ってきた日に遭遇するなんて思ってもみなかったよ。
王妃様の侍女に詰め寄られたときは寿命が縮むかと思った。何もなくて良かったけどさ。
と、私がホッとしていると廊下を歩いていた使用人からジロリと睨まれてしまう。
ボケッとしてないで働け、と言いたいのだと察した私は、何も分からないし、とりあえずフィニアス殿下に相談しようと、紙をそっとポケットに入れて、急いでアルフォンス殿下の部屋へと戻り、残りの仕事を終わらせた。
仕事を終えて自分の部屋へと戻った私は、ポケットから王妃様に握らされた紙を取り出した。
細かく折られた紙を開いていき、書かれている文字を確認する。
「『助けて。フィニアス 伝えたい 来て 』ってなんだろう?」
紙に書かれていた文字はとてもじゃないが綺麗な字とは言いがたく、どちらかというと急いで書いたような文字だったため、私にはこれくらいしか読めなかった。
単語帳にない文字は読めなかったけれど、フィニアス殿下の名前が書かれていたということは、きっと彼に用事があるのだろう。
ていうか、助けてって書いてあるけど、どういうこと?
それに王妃様は、どうして私にこの紙を渡したの? 私がフィニアス殿下に雇われたってことを知ってたから?
噂で私のことを知っていたとしても、この世界には写真なんてないし、私がフィニアス殿下に雇われた人間だなんて見ただけじゃ分からないと思うんだけど。
あ、もしかしたら、どこかで私の見た目のことを聞いたのかな? それなら、ある意味で私は目立つ容姿だから見たらすぐに分かるだろうし。
……なんて一人で考えてもどうしようもない。ともかく、これはフィニアス殿下に伝える必要がある。
伝える機会があるのは週に一度の報告だけなんだけど、この紙を敵も味方もいる執務室でフィニアス殿下に見せることはできない。
でもフィニアス殿下が隠し通路から来るのも、いつになるか分からない。
こっちから隠し通路を使って行くかと考えたけれど アイゼン公爵邸までの道は分からない。
中で迷子になってしまう。ということは、フィニアス殿下に来てもらわないといけないのだけれど。
「……問題はいつ来るかってことよね」
なるべく早い方がいいなと考えていた私のところへ、フィニアス殿下がやってきたのは王妃様と遭遇した翌日のことであった。
本棚から聞こえるノックの音に気付いた私は、フィニアス殿下が来た! と急いでいつものように本棚を回転させる。
「お待ちしてました!」
身を乗り出した私を見て、フィニアス殿下は面食らっていたようだが、すぐに表情を元に戻す。
「昨日、貴女が王妃殿下と接触をしたと報告を受けたので、話をしに来たのですが……待っていたということは、何かあったのですか?」
頷いた私は昨日、王妃様と会ったときのことをフィニアス殿下に話して。渡された紙をフィニアス殿下に渡した。
彼はしばらくジッと紙を眺めた後で、なるほど、と呟いた。
「あの、フィニアス殿下。王妃様は本当に助けを求めていると思いますか?」
いくら紙に助けてと書いてあったとしても、王妃様はエルノワ帝国の皇女殿下だったっていうし、書いてあることを信じるのも危険かな? と思っていた私は若干、王妃様に対して疑う気持ちも持っている。
私の問いに、フィニアス殿下は考える素振りも見せずに口を開いた。
「私は、そう思っています。それに、王妃殿下は敵に利用されている可能性があるとの話を私は陛下から伺っていますし、この紙には、私に伝えたいことがあるから隠し通路を使って来て欲しい、と書かれていました。陛下は、何かあれば私を頼れと王妃殿下に伝えていたそうですが、まさかルネに接触するとは……」
「それも不思議なんです。どうして王妃様は私がフィニアス殿下に雇われた侍女だって知っていたのでしょうか?」
「……おそらく、王妃殿下の侍女の噂話を耳にしたのかもしれませんね。アルフォンス殿下の侍女としてこれだけ続いているのは珍しいことですから。そこから私が雇った者だという話になったのかもしれません。それに貴女の容姿は目立つので、見ればすぐに分かるでしょうし」
考えてみれば、一瞬だけ目があっただけでよく私が瑠音だと判断できたよね。
それだけ、私の顔が薄かったってことなんだろうけど。
「でも、偶然とはいえ、王妃様と会えるなんてすごい確立ですよね。フィニアス殿下の執務室に行くのは一週間に一度ですもの。これを逃したら、来週にはもうフィニアス殿下のお屋敷に向かっていましたからね」
「……偶然ではないのかもしれません」
フィニアス殿下の言葉に、私は「え?」と声を出す。
「嫁いできてから、王妃殿下は公務以外は王妃の間にこもりきりでした。その王妃殿下が部屋の外を歩くなんて考えられませんから、確実に私にその紙を渡してもらえると考えて、貴女を探していたのでしょう」
「じゃあ、王妃殿下が本当に助けを求めているとしたら、フィニアス殿下に伝えたいことって」
「可能性の話ではありますが、王妃殿下の暗殺計画のことかもしれませんね。内密に話したいことがあるのでしょう。だとしたら、王妃殿下から敵の情報を得られるかもしれません」
エルノワ帝国側の罠じゃなかったとしたら、ものすごい情報を得られるわけだよね。
だけど、罠という私の言葉に、フィニアス殿下もその可能性を考えているのか、表情は硬いまま口を開いた。
「……ですが、これは可能性の話です。罠という線も捨てきれませんから、一度陛下と相談してみます」
そう言うと、フィニアス殿下は隠し通路から屋敷へと戻っていった。
きりのいいところまで終わらせたいので、明日も更新します。