11・目覚め
グルグルと渦巻いている"白いモヤモヤ"を端っこからハサミで切り離していき細かく刻んで空中に投げ捨てる、という夢を私は見ていた。
繰り返していくうちに、"白いモヤモヤ"が随分と小さくなったところで私は目が覚めた。
最初に目に入ったのは、ここ二ヶ月半ほど毎日見ている自分の部屋の天井。
なんで、私は寝てるの?
寝起きの頭でそんなことをボーッと考えていると、誰かに声をかけられた。
無意識のうちにそちらを向くと、心配そうな表情をしたフィニアス殿下が私を見下ろしていた。
「……フィニアス、殿下」
「具合はどうですか?」
どうしてフィニアス殿下がここに?
置かれている状況が把握できず、混乱していたけれど、次第に意識がはっきりしていくと共に、アルフォンス殿下がベッドで苦しそうにしていたということを思い出し、慌てて体を起こす。
「ア、アルフォンス殿下は」
「急に体を起こしてはいけません!」
「そんなことはどうでもいいんですよ。アルフォンス殿下は大丈夫なんですか!?」
私の体を支えているフィニアス殿下の服を強く握りしめ、問いかける。
彼は軽く微笑みながら私をベッドに寝させ、服を握りしめている手を優しくほどいた。
「アルフォンス殿下は大丈夫です。それよりも貴女の体の具合はどうです?」
フィニアス殿下の言葉に私は安堵するとともに、体のことを聞かれ、そういえば、と気を失う前まで感じていた気持ち悪さがなくなっていることに気が付いた。
「気持ち悪さはもうありません。でもアルフォンス殿下が無事だと聞いて安心しました。お医者さんに診てもらったんですね」
私の言葉に、フィニアス殿下は首を横に振る。
「いえ、医師には診せていません。……今回のは、魔力の暴走でしょうから」
「え?」
魔力の暴走? 空っぽのはずなのに?
どういうことなのか分からず、私はフィニアス殿下の言葉を待った。
「詳しく話すと長くなるのですが……」
疲れているのに済みません、と言いながらフィニアス殿下が説明してくれたところによると、ブレスレットは国王陛下からの贈り物ではなく、恐らくは敵の手によるもので、なんらかの魔術式が組み込まれており、それがアルフォンス殿下の魔力に影響を与えていたのではないかということ。
で、魔力が暴走しそうになったときに、私に吸収属性もあったせいで、アルフォンス殿下に触れたことで彼の増えすぎた魔力を吸収した結果、今度は私の魔力が許容量を超えて魔力酔いの状態になったということらしい。
って。
「ちょっと待って下さい! 私、分解属性じゃないんですか!? 複数属性って有り得るんですか?」
「魔力が一番多く割り振られている属性は分解で間違いないと思います。ですが、同じように吸収属性が使える程度の魔力が割り振られているのではないでしょうか? それに、複数の半能力半魔法属性がある人というのは非常に稀ではありますが過去にもいました。そうでなければ、今回のことに説明がつきません」
いや、まぁ、そうでないと説明がつかないけど、マジですか……。
確かに考えてみれば、アルフォンス殿下の肩に触れた瞬間、何かが体の中に流れ込んでくる感覚がしてたけど。
仮に、仮にだよ? 信じられないけど、私に吸収属性もあるとするなら夢で見ていた"白いモヤモヤ"はアルフォンス殿下の魔力だったってこと?
それを、分解してた? だから気持ち悪さがなくなったとか?
私がウンウン唸っていると、心配そうな顔をしたフィニアス殿下がこちらを覗き込んでいた。
「信じられないのも無理はありません。貴女の魔力を詳しく調べたことはありませんから」
「そう、ですね」
調べられたら一発で分かるんだけど、今は無理だとも分かっている。
でも、私なんかよりも魔法について詳しいフィニアス殿下がそう言うのなら、恐らくはそうなんだろうな。
吸収属性のことについて私が考えていたところ、フィニアス殿下に声をかけられ、私は現実に引き戻された。
「ルネ、契約の際に話したことを覚えていますか?」
今、フィニアス殿下は契約の際に話したことって言っていたけれど、どれのことだろう?
見当がつかず、私は首を傾げた
「アルフォンス殿下の魔力の暴走の件の話です」
「ああ、はい。思い出しました。確か、王妃様付きの侍女が一人犠牲になったって」
「いえ、私が言いたいのはそこではありません。貴女の召喚にアルフォンス殿下の魔力を使ったので、魔力の暴走はないだろうと言ったことです」
ああ、そっちね。
確かに、そう言ってたけど、敵の策略だったのだから仕方のない部分もある。
結果的に私もアルフォンス殿下も無事だったし、フィニアス殿下を責める気はないと考えていると、彼はこちらに向かって深々と頭を下げてきた。
頭を下げられる理由がない私は、慌てて体を起こしてフィニアス殿下の肩を押し上げる。
「頭を上げて下さい!」
「いえ、魔力の暴走はないと言ったせいで、貴女はその考えに至らなかったのです。吸収属性がたまたまあったから良かっただけです。怖い思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですから。こうして生きてますから! だから頭を上げて下さい!」
怒ってはいないし、気にしてもないとフィニアス殿下に伝えるが、彼は一向に頭を上げようとはしない。
「フィニアス殿下、本当に私は大丈夫ですから。嘘を言われたとは思ってませんから。それに悪いと思っていらっしゃるなら、日本に帰る方法をちゃんと調べていただければ、それで構いませんから」
私の言葉を聞いて、フィニアス殿下はやっと顔を上げてくれた。
何かを耐えるような苦しそうな表情。この人は本当に私に対して悪いことをしたと思っているんだ。
でも、平気だと思っているのに謝られると、なんか罪悪感を覚えるなぁ、と考えていると、フィニアス殿下は深く深呼吸をして、しっかりと私の目を見てくる。
「必ずや、貴女を元の世界に戻してみせますから」
力強く言われた言葉に、私もフィニアス殿下の目をジッと見て頷いた。
「それと来月、セレスティーヌ王妃殿下が王城に戻られることになりました。王妃殿下の護衛としてオスカーが付くことになり、安全面からアルフォンス殿下をアイゼン公爵邸で預かることになりました。それで、アルフォンス殿下の侍女であるルネもアイゼン公爵邸に来ていただきたいのです」
セレスティーヌ王妃様が戻って来る!?
って、式典が近いんだから、戻って来なくちゃいけないよね。
でも、王城内では、そんな話を聞いたことはないけど。使用人達も話題にしてなかったし。
「……なんだか、急な話ですね」
「昨日、決まったことですので。本当は、もっと早くに戻られる予定だったのですが、色々とありまして。それはまだ、ここで話すわけにいきませんが、屋敷に戻ったら、全て本当のことを貴方にお話しします」
「それは、どこまでのことですか?」
「全てです。ルネの疑問にも全て答えますから」
だから、もう少しだけ我慢して下さい、とフィニアス殿下が口にした。
「本当はすぐに保護したいのですが、王妃殿下側からの要請で、戻られてから一週間後に屋敷に来てもらうことになります。そのつもりでいて下さい」
「ここで話して下さいと言っても、話してはくれないんですか?」
「済みません。まだ言えないのです」
申し訳なさそうにはしているけれど、これはしつこくしても言ってくれる可能性は低そう。
まぁ、屋敷に戻ったら話してくれるってことだし、あとちょっとなんだから、待つよ。
「分かりました。でも、本当にちゃんと話して下さいね」
「もちろんです」
しばらくして、仕事があるからとフィニアス殿下は退室し、大分回復していたにも拘わらず、私は一日お休みということになった。
特に病気でもないのに、仕事を休むというのは落ち着かない。
それにアルフォンス殿下は大丈夫だとフィニアス殿下が言っていたけど、同じように寝込んでいるんじゃないかな? 苦しんでなければいいんだけど。
アルフォンス殿下のことを心配しつつ翌日を迎え、私は誰にも何も言われなかったことから、服を着替えてアルフォンス殿下の部屋へと向かう。
扉の前の騎士に挨拶をして部屋に入り、昨日からアルフォンス殿下のことが気になっていた私は、そのまま寝室の扉をノックする。
「アルフォンス殿下、失礼致します」
ドアを開けて中へ入ろうとすると、お腹の辺りに小さな衝撃がきた。
視線を下に向けると、アルフォンス殿下が私の腰辺りに抱きついている。
「アルフォンス殿下?」
「ごめんね。ごめんね、ルネ」
掠れた声に、彼が泣いていたことを知る。
昨日の件は不可抗力だし、侍女が持ってきたブレスレットをこれっぽっちも怪しいと思わなかった私にも責任がある。
とにかく早くアルフォンス殿下を安心させたくて、私はその場に屈んで明らかに泣いたと分かる目をしている彼を見た。
「アルフォンス殿下、ちゃんと私をご覧になって下さい。怪我をしているように見えますか?」
私を見たアルフォンス殿下は首を横に振る。
「昨日は少し具合が悪くなっただけです。ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですよ。さあ、着替えましょうか」
アルフォンス殿下を安心させるように私は微笑むと、彼は無言で頷いた。
少しだけだけど、気分が軽くなったかな? だといいけど。
でも、昨日の今日ということもあって、アルフォンス殿下は必要以上に私に近寄って来てくれない。
最初の頃と同じように一日中、本を読んで過ごし、あまり会話を交わすことなく就寝時刻となる。
アルフォンス殿下に挨拶をして、私は部屋から退室し自分の部屋へと戻ろうと廊下を歩いていると、オスカー様が壁にもたれかかるように立っていた。
「オスカー様? 今日はお休みだったのでは?」
「そうだが、昨日アルフォンス殿下の部屋から運び出されるところを見てたんでな。大丈夫なのかと心配になって、仕事も終わっただろうと顔を見にきたんだ」
「それは、ご心配をおかけしました」
こうしてわざわざ様子を見に来てくれたということは、かなり心配をかけてしまったということだと思い、私は頭を下げた。
意識のない人間を見て、ビックリしたよね。逆の立場なら私はビックリするよ。
「全くだ。俺がいなくなる前に大変なことが起きてしまったと心配した」
「……いなくなる?」
そういえば、フィニアス殿下から王妃様の護衛になるって聞いていた。
事前に知っていたから、さほど驚きはなかったけど。
オスカー様は、私が知らないと思っているようで、事情を話してくれた。
「来月、セレスティーヌ王妃殿下がテュルキス侯爵領より戻られることになっている。即位十周年の記念式典が近づいているから、その関係でな。それで、王妃殿下の護衛にと」
タイムリミットが近づいてきているということだけど、陛下達は帝国と繋がっている証拠を見つけられたのかな?
何の証拠も得られないまま式典の日になったら、そこで終わりになっちゃうよ。
私は一気に不安になるけど、なるべく声と表情に出さないようにしてオスカー様に話しかけた。
「そうなんですか。寂しくなりますね。でも、王妃様の護衛なんて、オスカー様は陛下から信頼されているんですね」
「……これまで陛下やアルフォンス殿下の暗殺を未然に防いだことを評価されているんだ。とても光栄なことだと思っている。だから、期待には応えなければ、と思ってな」
オスカー様はニコリと微笑みを浮かべている。
陛下がオスカー様を信頼しているのと同じくらいに、オスカー様も陛下に忠誠を誓っているように見えた。
「それでなくとも昔、王族の方に命を救われたことがあるから、なおさらお力になりたいと思ってるんだ。その機会を与えられるんだから、頑張らないと」
「王族の方に命を?」
聞いていいことか分からなかったけれど、本人が口にしているのだから大丈夫だよね。 私がオスカー様に尋ねると、彼は特に気にする様子もなく話してくれた。
「事情があって王族の方の名前は出せないが、十一年前、家族に不幸があって急遽、王都から領地に戻らなければならなくなったんだ。その途中で馬車が崖から落ちてしまって、俺は馬車から投げ出されて川に流されてしまってな。このまま死ぬのかと絶望していた俺を、その方は救い出して回復するまで側にいて下さったんだ。俺にとって、あの方は神そのものだ」
恍惚とした表情で語るオスカー様は、失礼だけど少しだけ異常に見えた。
それだけ、その王族の人に感謝しているということだが、ここまで忠誠心が高いと逆に怖い。
自分の世界に入っているオスカー様は私が引いていることに気付いてはいない。
なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、私は早々にこの話題を終わらせようと思った。
「オ、オスカー様のように、素晴らしい騎士様がついていらっしゃれば、怖いものは何もありませんね」
「任せておけ」
胸を叩いて自信満々のオスカー様。
多少、忠誠心が高すぎても、彼がいればきっと大丈夫。
「病み上がりなのに、長話に付き合わせてしまったな」
「いえ。体はもう大丈夫なので。丈夫で良かったです」
あはは、と笑い声を上げる私をオスカー様は安心したように見ている。
「では、俺はこれで失礼する」
「はい。おやすみなさいませ」
私は頭を下げて、オスカー様を見送った。
来週から土曜日更新に変更致します。