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1・全ての始まり

 これまで私の人生において一番衝撃を受けた出来事は、親だと思っていた人達と血が繋がっておらず、捨て子だったと知ったとき。

 とはいえ、まだ十九年、誕生日がきていないから十八年だけど。

 にもかかわらず、まだそれぐらいしか人生経験がないのに、一番、と言い切ってしまうのは大袈裟かもしれない。

 でも、これ以上のことはきっと起こらないと大学に入学したばかりの私は思っていたんだ。


 今なら当時の私の考えは浅はかだったと言える。

 世の中には私が想像する以上の不思議な出来事が実際にあって、誰かしらが巻き込まれていたってことを知った。

 まさか私が当事者になるなんて考えてもいなかったけれど。 






-----------------


 受験戦争を勝ち抜き、結構いい大学に入学したばかりの私、堂島瑠音どうじま るねは、初めての一人暮らしに戸惑いながらも充実した日々を送っていた。


「どうなることかと思ったけど、意外と一人でなんとかなるもんだね。死ぬ気で頑張って良い大学に入ったんだから、良いとこに就職して、お父さんとお母さんに恩返ししないと」


 そんな決意を胸に私の大学生活は始まった。



 講義を終えて、バイトもないし、今日の夕飯はどうしようかと考えながら廊下を歩いていると、鞄に入れていた携帯が鳴っていることに気付いて私は足を止める。

 短かかったのでメールだと思った私は携帯を取り出そうとすると、自分が立っている床が何やら光を放っていることに気が付く。

 なんだろうと思って、床を見ると、そこにはマンガやアニメで見たことのある魔方陣のようなものが描かれており、それが青白い光を放っていたのである。


「最近の塗料ってすごいのね」


 どこかの科学系サークルの仕業だと思った私は、よくできてるなぁと床に描かれた魔方陣らしきものを眺めていると、徐々に魔方陣らしきものの光が増していき、気が付いたときには目が開けられなくなっていた。


「やだっ! 何、何なの!?」


 大声を出した私に声をかけてくる人は誰もいない。

 もしかしたら、他の人もあまりの眩しさに目を閉じているのかもしれない

 他の人の声が聞こえないのはおかしいけど、目を開けて確認することができない。 

 とりあえず私は目を閉じて光が収まるのをひたすら待った。

 時間にしたら数分間だったかもしれない。ようやく光が収まった気配を感じた私はゆっくりと目を開ける。

 

 目を開けて最初に見えたのは大理石っぽい石が敷き詰められた床で、すぐに私は見えているものがおかしいことに気が付く。

 さっきまで私の目に見えていたのは石が敷き詰められた地面じゃない。普通の学校の床だったはず。

 ものの数分で石に変わるわけがない。


 何がどうなっているのか分からない私は、状況を確認しようと顔を上げると整った顔立ちの銀髪の外国人男性と目が合った。

 紫色の目をした男性は良い意味でとても優しそう、悪い意味で頼りない、弱々しい、そんな見た目をしている。

 私を見て信じられないものでも見たかのような表情を浮かべている男性は、洋画でしか見たことのない昔のヨーロッパ貴族のような綺麗な服装をしていた。

 状況が掴めずにひたすら呆然としている私の耳に、目の前の男性ではない誰かの声が聞こえてくる。


「成功しましたね」

「そ、そうですね」


 目の前の男性も呆然としているのか、返事を返すのがやっとという風に見えた。

 私は声を発したと思われる男性へと視線を移すが、ローブ姿でフードを被っているため顔を見ることはできなかった。 

 一体、誰なの? 何なの? 見た目は外国人なのに、言葉は日本語だったよね。ということはここは日本? 大学の構内?

 場所を確認しようと周囲を見渡すと、どこかの建物内ということは分かったけど、全然知らない場所だった。

 光が眩しくて目を閉じた一瞬の間にどこかへ連れ去られるなんて現実的に考えてありえない。

 神隠しという考えが私の頭を過ぎったが、そんなことが現実にあるわけがない。

 きっとそう。そうに違いないと思っていても、嫌な予感と不安は拭えなかった。

 

 と、とにかく、ここがどこなのかだけでも確認しないと。

 日本語を話してたんだから、言葉は通じるはず、と思った私は二人に向かって声をかけた。


「あの、ここはどこなんですか?」


 途端に銀髪の男性が息を飲み、ローブ姿の男性が私を警戒するような動きを見せた。


「殿下、その者の話し言葉には帝国訛りがあります。密偵の可能性がございますので、お下がり下さい」

「待って下さい。彼女は召喚の儀式の結果、あらわれたのですよ。エルノワ帝国に情報が漏れていたとは思えませんし、召喚の時間と合わせることは不可能です。そもそも、この世界にいない人を条件にしているはずです」

「それはそうですが……。書物には、これまでの召喚された人物がこちらの言葉を話せたという記述はございませんでした。やはり疑ってかかったほうがよろしいかと」


 何やら小難しい話をしているけど、密偵とは確かスパイのことだったはず。

 フードをかぶった人は私を見て口にしていたから、どうやら私はスパイだと疑われているらしい。

 帝国訛りと言っても、エルノワ帝国なんて聞いたこともない。

 もしかしたら、あの二人が映画オタクで、何かの映画のキャラクターになりきっているという可能性もある。

 なりきってても違っていても、あの二人は何か事情を知ってそうだし、ただでさえ私は状況を把握できてないんだから、どちらにしても説明をして欲しい。


「すみません! ここはどこなんですか! 私は大学にいたはずなんですけど、どうしてこんなところにいるんでしょうか?」


 大声でそう言うと、話に熱中していた二人は我に返ったようで、私に向き直った。


「すみません。話に熱中していました。まずは説明が先でしたね。……私はフィニアス・ベルクヴェイク=アイゼンと申します。ここはベルクヴェイク王国の王都シュトルツにある王宮の地下です。それと、なぜここに、ということですが、貴女の後ろにある宝玉。それを使って貴女を召喚したのです」


 召喚? 宝玉? と首を傾げながら私が振り返ると、確かに水晶玉のようなものが豪華な台の上に置かれていた。

 占いに使うような大きなもので、私はそっとそれに手を伸ばす。


「あ、触らないで! 王族以外の人間が触ると死にますよ!」


 その言葉に驚いた私はすぐに手を引っ込める。そんな恐ろしい物に近寄りたくない。

 後ずさった私は振り返り、宝玉の次に気になった国名のことを考える。

 頭の中でベルクヴェイク王国という国があったかを考えてみるけど、心当たりがまるでない。もしかして、教科書に載ってないだけで、存在していたのかもしれないが。

 ブツブツと「ベルクヴェイク王国?」と呟いていた私に、フィニアスさんの隣にいたローブ姿の男性が話しかけてきた。


「失礼ですが、貴女のいた国の名前は?」

「……日本ですけど。というか、もし何かのキャラになりきってるなら、ものすごく驚いたので、もう止めてもらえませんか? いい加減、家に帰りたいんですけど」


 私の台詞を聞いたフィニアスさんは、小声で「確かに古い書物に日本という記述がありましたね」などと呟いている。

 後半の私の台詞には触れてくれないところを見ると、ネタばらしをするつもりはないようだ。

 早く家に帰りたいんだけど、と思っていると、フィニアスさんがしっかりとした目で私を見てきた。

 あまりに真剣な表情だったので、ドキッとして思わず私の背筋が伸びる。


「申し訳ありません。我が国の事情で、ほんの少しでもエルノワ帝国側の人間と思われるところがあると、警戒してしまって」

「帝国側、帝国側って言いますけど、全く身に覚えがないんですけどね」


 無実なのは間違いないのに、スパイだと疑われてイラッとして、私の物言いがきつくなる。

 すると、申し訳なさそうな顔のフィニアスさんを庇うように、ローブ姿の男性が前に立ったが、その肩をフィニアスさんが掴んだ。


「テオバルト。お願いするのはこちら側なんですよ? 彼女はこの状況に混乱しているだけです」

「フィニアス殿下……。ですが」

「テオバルト。下がりなさい」


 声の感じは優しいものであったのに、有無を言わせぬ雰囲気のフィニアスさんを見て、私はこの人が優しいだけの人ではないと感じた。

 テオバルトと呼ばれた男性は不服そうな雰囲気を漂わせながらも横にどいた。


「テオバルトが失礼をしました。……それでは、召喚のことについて説明させて下さい。そちらの宝玉は召喚の宝玉と言われていまして、それを使って召喚されたのが貴女という訳です」

「……そ、それで、どうして私が?」


 現実離れした話だが、最後まで聞かないとネタばらししてくれなさそうな雰囲気だし、理解できるかは後にしてとりあえず話は全部聞こう。

 大学の構内がいきなりこんな場所になるのはおかしいと思っているけど、召喚だなんて言われても非現実的でありえない。

 それに適当に話を合わせて、さっさと終わらせた方が早く帰れるし、と私はフィニアスさんの話を聞いた。


「お恥ずかしながら、現在、我が王国は滅びに向かって進んでいる状態なんです。敵は強大で私共だけでは状況をひっくり返すことは難しい。そこで、敵を退けるまでの時間を稼ぐために貴女を召喚しました」

「は、はあ。そうなんですか。でも、時間を稼ぐってどうやって?」

「難しいことではありません。ただ貴女の持つ類い稀な力を使って欲しいんです」


 フィニアスさんの迫真の演技に飲まれそうになりながらも、私は類い稀な力、というものが何なのかが気になった。

 その設定をもう少し掘り下げてみたい。

 

「……ちなみに、類い稀な力って何ですか?」

「詳しく調べていないので、どちらなのかはまだ分かりませんが、半能力半魔法属性である吸収もしくは分解属性の人間、という条件でしたので、そのどちらかであるのは間違いないです」

「魔法!?」


 ファンタジー世界でしか存在しない魔法!? と私は目を丸くさせる。

 だけどその話を聞いた私は、これは嘘だ。作り話だと判断した。きっとどこかのサークルが瞬時にセットを組んだに違いない。

 毎年、新入生を相手に騙しているんだ。

 魔法なんて存在しないんだから、彼らが嘘をついているのは明白である。

 

「その様子ですと、魔法を実際に見たことはないんですね」


 フィニアスさんの言葉に私は、まだ続けるのかと思いながら頷くと、彼は手を前に出して手のひらを上に向けてブツブツと何かを呟き始めた。

 こうなったら、最後まで付き合おうと思い、私は手のひらをジッと見ていると、小さな塊が彼の手のひらの上に出現した。

 その小さな塊は徐々に大きくなり、あっという間に、こぶしほどの大きさになる。


「それは?」

「氷の塊です。どうぞ」


 と言って、フィニアスさんは氷の塊を私の方へと飛ばしてくる。

 ゆっくりと飛んできた氷の塊を、私は両手で受け取った。


「つめたい」

「氷ですからね」


 手に乗せられた氷の塊は本当に本物の氷であった。

 物が浮くとかであればトリックがあるんでしょ~とか思ったのに、何もないところからこれを作って、さらに私に向かって飛ばしてきたのだ。誰かが手を貸した気配はないし、タネも仕掛けも見当たらなかった。

 現実ではあり得ないことが行われたということは、ここは本当に魔法が使える世界ということになる。

 召喚されたのが事実で、これは現実なんだと理解した私は一気に血の気が引いた。


「あの! しょ、召喚したってことは、ちゃんと私は帰れるんですよね? ちゃんと日本に帰れるんですよね? 私は、お父さんとお母さんに会えるんですよね!?」


 言いながら、私がフィニアスさんに近づいたら、テオバルトさんに思いっきり肩を掴まれ身動きが取れなくなる。


「離してっ! 離してよ!」


 私の叫び声を聞いて、フィニアスさんは愕然としている。


「……貴女は……血縁者がいない、はずでは?」

「何を……!」

「召喚には血縁者のいない者という条件をつけてあったのです。ですから、そちらの世界には家族がおらず未練はないものだとばかり」

「……確かに、私には血縁者はいないよ! でも引き取って育ててくれた両親はいるし、私には家族がいるんだから! ねぇ、帰れるって言ってよ! 元の世界に返せるって言ってよ!」


 お願いだから、全部嘘だって言って!


 大声を出して興奮していた私は、そこで自分の視界がぼやけていくことに気が付いたけれど、何が起こっているのか考える間もなく、意識がぷっつりと途切れてしまった。

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