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DiAL  作者:
第2章「最初の目標は」
8/48

#7「Survival eye」

7月15日。午後6時11分。

MEIの加入から漸く3ヶ月が経ち、この忙しない日々にも慣れてきた。と言っても、MEIとしての活動をするのは週1回程度なのだが。

テロ事件が済んでからは、大した仕事は来なかった。相変わらず資料の整理や、私が知らなかった《眼》の知識について先輩から教えてもらったり、緊迫した生活を送るような事にはならなかった。最近やったことと言えば、私が《終末眼》で交通事故が起きる事を予測して、道を通りかかったおばあさんを助けた---その程度だ。戦いなんてしたくないし、これでいいのだが、私は少しばかり刀を抜く機会が無い事をつまらなく感じた。

私は部活が終わると、廊下を走って玄関へと向かった。あの部活にも、1週間後の大会でお別れなのだが。

「あー、碧柳じゃん」

「帰るんだね?」

玄関で靴を履き替えている時、二人の女子生徒が後ろから話しかけていた。同級生だ。

「え、そうだけど…」

「じゃあの人は?」

長髪の方の女子生徒は校門の方を指差す。そこには、バイクに跨がった和樹がこちらに手を振っていた。

(…何してんだ…)

いつもは迎えなど行かないのに、どうして今日に限って来ているんだろうか。

すると、もう一人の短髪の女子生徒が言う。

「彼氏?」

「え? そ、そんな訳ないでしょ!?」

「でもこっちに手振ってるよ?」

「そ…それは…」

「この間、バイクで2人乗りしてたって言う噂もあるし」

「う…と、とにかく和樹とは関係ない!!」

「和樹?」

…あ。

「…もー何でもない!! 帰る!!」

私は黒革靴を履くと、和樹のいる方へと一目散に逃げて行った。

「…ありゃ図星だね」

「ふーん」

私が和樹に乗せられて消えた後、二人の女子生徒はそんな話をしていた。

「それにしても…さっきの赤髪、眼帯してたよね」

「だねだね、火傷の跡、隠し切れてなかったよね」

「…まさか、あの噂に聞く…何だっけ…《異能力眼》とか?」

「うっそー、碧柳、そんな呪われた子と付き合ってんのー?」

「例えばの話だよ、まさかあの子に限って」

「だねー」

二人の不穏な会話は、私の耳には届いていなかった。

いや、届かなくて良かったと思う。

---これは、()()()()()()()()()()()





国道を2人で走る中、ヘルメットを嵌めた和樹が言った。

「ははっ、今日もズルして剣道か?」

「そんな言い方しないでよ…それより何であそこに?」

危うく恋人扱いされるところだった、とは口が裂けても言えない。

「近くの売店に行ったついでに迎えようと思ってな」

和樹はアクセルを踏みながら語る。ヘルメット越しの上、エンジンの音が鳴って声が聞き取りづらかった。

そういえば、初めて和樹に会った時もこんな状況だった。大して昔のことではないが、あの時は和樹がヘルメットを外して火傷と《遡刻眼》を曝したのだ。

「そういえば」

「何だ?」

「何で私が《終末眼》持ちだって分かったの」

「ああ、そういえば話してなかったな」

和樹は赤になりかけた信号を無視し、バイクを右折させながら話し始めた。

「ええとなぁ…今年の4月に俺の高校で離任式があって、俺が2年生の時の担任が偶々お前の高校に転勤してたもんだから、その先生に挨拶しに行こうと思ったんだ…別れの挨拶をな」

(意外と真面目だな…)

友人の出迎えにヤンキーみたくバイク使ってる癖に、礼儀は弁えるのか。

「で、その帰り際に見掛けたんだ、剣道着姿のお前を」

「え? 校内で?」

「ああ、そしたら校庭の水飲み場で友達と話してるお前を見かけて…高校の入ってすぐの所に《剣道都大会優勝 碧柳黒乃》って垂れ幕がでかでかとあったのを思い出して、もしかしてあいつかなーって思ってちょっと見てた。剣道の試合も見学して気が付いたよ、こいつは未来視ができるんだと」

「へえ…試合を1回見ただけで未来視だって分かるなんてすごいね」

私が垂れ幕に書いてあった《碧柳黒乃》という少女だと思ったのは、頭髪が碧だからというフィーリングだろうか。それに私は見た目からしたら全く運動など出来そうにないが。幾つか疑問点はあったが、その辺りについて言及するのは止めた。

数分後、バイクは目的地へと到着した。MEI本部のある廃ビルだ。和樹はバイクを降り、ヘルメットを外して言葉を連ねる。和樹はやや早足ぎみに建物の中へと入る。私は慌てて後を追い掛けてエレベーターに入った。

10Fに着き、扉が開く。私たちは他にも色々と駄弁りながらもMEIの入口に到着した。ドアの側にはタッチパネル。

「黒乃、そろそろ暗証番号覚えたか? 22桁のやつ」

「あんなの無理だよ…入ってまだ3ヶ月しか経ってないんだし…今はまだ和樹に貰ったメモを見ないと入力できない」

「そうか」

和樹はタッチパネルの番号を慣れた手つきで押していく。あの数字・アルファベット混合で36進法の22桁をよく覚えられるものだ。

すると、私は和樹の右腰に短剣があるのに気付いた。柄と鍔の間から銀色の光が僅かに覗く。

---雪音が言っていた。彼は《過去》のせいで銃が握れない。だから代わりに剣を装備している、と。

私は不意に訊いてみた。

「和樹は…人を斬った事、ある?」

「なんだ突然? 無いけど」

和樹は操作を続けながら平坦に答える。

---やっぱり、瑠璃波先輩の言う通りだ。

「…ありがと」

「ん? 何か言った?」

「…ううん、何も」

私は確かMEIの一員だけど、人を殺す必要はない。それが確かめられたから、よかった。

白神先輩から貰ったあの刀は、お守りだ。誰かの血を吸わせたりはしない。吸わせたくない。私はそう願った。

「開いたぞー、お疲れです紺堂さん」

扉が解錠されると、私たちはそそくさとロビーに入った。

奥の机でパソコンに向かっていた紺堂リーダーが此方を向く。その左隣には瑠璃波先輩も。

「おお、和樹君、丁度良い所に…ちとこちらに来てくれぬか」

「はい」

和樹はたったと走る。何か用だろうか。

「黒乃ちゃん、また資料室来てくれない?」

「あ、はい…」

私は瑠璃波先輩の後を追い掛けた。また資料整理か、と少し嘆息を漏らす。

廊下を行き、昨日の部屋に入ると、雪音が音楽をかけながら本の整理をしていた。

「やあ、黒乃…この音色に導かれたのかな?」

「はは…この曲は何?」

流れている音楽はJ-POPのようだが、少しバイオリンの音が入ってクラシカルな雰囲気だ。肝心のボーカルは無い。

「《Air》という曲でね…8月24日に開催予定の《Summer Music Festival 2047》で奏でる新たな歌さ」

Summer Music Festival、通称SMF。毎年8月下旬に、千葉の幕張メッサのイベントホールで開催される音楽イベントだ。

「へえ…ボイスはまだなの?」

「歌詞をまだ書いてないからね…今考えているのさ」

そうだった。雪音は自分の歌は自分で歌詞を書いていると言っていた。

どうやら、先に音源を提供されて、そこに音楽に合うよう歌詞を嵌め込んでいく、というのが雪音の作詞スタイルらしい。なかなか奇抜である。雪音の書く歌詞は、同世代の高校生に共感できる箇所が多く、そこか支持される要因とされる。

「それより」

突然瑠璃波先輩が喋り始めて、私はどきりとする。まさか心を覗かれたか、と思ったが瑠璃色の瞳はしっかりと白い布で塞がれていた。

「な、何ですか?」

「黒乃ちゃんに見て欲しいデータがあるの」

すると、瑠璃波先輩は机の上のタブレット端末を手に取った。新品の黒いカバーが付いている。

「よっと…これ」

「…《東京23区における平均寿命の比較》?」

とあるニュースアプリの記事のようだ。都内23区それぞれの平均寿命が棒グラフで記載されている。

「そそ、んで私たちが住む渋谷区の棒グラフを見て欲しいのよ」

「渋谷区…あった」

MEIの本部、つまりこの場所がある渋谷区。そのグラフは、

「…変わって無いですね」

私はグラフを凝視する。1980年から2年おきにデータが取られているようだが、2010年からその先、多少の増減はあるものの殆ど変化が無い。

「そうそう、他の区は上がってるのに渋谷区だけ変わらないの」

「渋谷区だけ? な、何でですか?」

すると、雪音が横から言葉を挟む。

「君、平均寿命の測定方法、知ってるかい?」

「え…亡くなった人の寿命の平均値を計算するんじゃないの?」

「やっぱりね」

雪音は瑠璃波先輩からタブレットを借りると、インターネットで検索にかける。

「ほら、見て」

「ふむふむ…えっ!?」

「《平均寿命》は、現在の死亡率が将来的に持続すると仮に定めて、何歳まで生きられるかを計算予測(シュミレーション)するのさ」

知らなかった。つまりは宗教的によく言われる天から宣言された予めの寿命---つまり天寿ではなく、全ての死因を考慮した生誕から死亡までの時間、という事なのか。

「え…じゃ、じゃあ何かしらの災害で死亡率が一気に上がって」

「そんな渋谷区に重点的な災害、この20年間起きてないよ」

瑠璃波先輩はそう言うと、タブレット端末からファイルを開く。

ファイル名は「《異能力眼》一覧表」。

「そこで私たちはもう一つの可能性を考慮したわけよ。それが《異能力眼》」

「…え? どういう事ですか? まさか寿命を縮める《眼》があるじゃ…」

「そのまさかだよ」

「…え?」

突拍子に言った恐ろしい予想が当たり、思わず顎が落ちる。

「正確には相手の寿()()()()()眼だね…仮名称は《奪命眼(サバイバルアイ)》」

「え? ちょ、ちょっと待って!!」

余りに急な話で、思わず混乱する。

「…寿命を《奪う》って、どういうことですか?」



「そのままの意味だよ。例えば天寿残り30年、現在50歳の《奪命眼》術者が、天寿残り60年の私に《眼》を適応すれば、術者は140歳まで延命される。当然、寿命を奪われた私は死ぬ」



「…は?」

延命? 寿命を奪う?

()()()()()()()()?

「…て、ていうか!! そもそもその《奪命眼》という概念はどこから」

私はその《眼》の存在を否定したくなった。とても脅威に感じられたのだ。

「この本からさ」

隣で雪音が古そうな本を持ちながら話す。

「これは今から約200年前、この国に於ける明治時代に該当する歴史の本…。そこに記されているのさ…見た者の命を奪う《奪命眼》があったって…見て」

「…ホントだ」

確かに墨汁筆で書かれている。達筆で読みにくいが。

「…ってこの本どっから!!?」

「リーダーの部屋」

「リーダーって…紺堂さん?」

「彼の家系は《異能力者》の中では名が知られていて、当時も似たような組織があったのさ。《奪命眼》使いの目撃情報が現在あるわけじゃないし、詳しい効果や性能も不鮮明だが、僕の推理では、もしかしたらこれが平均寿命減少の要因なんじゃないかと踏んでいる」

「…じゃあ、《奪命眼》を使ったら必ず死ぬかどうかっていうのは、まだ分かってないの?」

「ああ、先刻の予測はかなり極端なヤツさ」

---《奪命眼》。命を奪う眼。

瞳孔の色はどうなんだろうか。命を奪うというからには、きっとおぞましい色なのだろうか。

「繰り返し言うけど、これは推測だ。渋谷区だけ集中的に平均寿命が減っていて、もしかしたら、その何色かも不明で邪悪な《眼》が区内に存在するかも、という話さ…」

「邪悪な《眼》…」

私は雪音の言葉を反芻する。

その時、部屋に流れていた伴奏が止まった。

「ん…もう終わったのか…。全く聴けなかったな」

雪音は古本を棚の中へと戻すと、歌詞のメモを書き始めた。






***






記憶って、ホント面倒。


誰か助けて。


この記憶の樹海に埋もれた僕を助けて。


もう、記憶は散々なんだ。


嫌な思い出が、僕の脳裏にこびついているんだ。


僕の存在論が、否定されかかっているんだ。


誰か、僕の---。




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