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DiAL  作者:
第2章「最初の目標は」
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#6「Meaning」

『---分数計算とか、将来どこで使うの?』


これは、僕が小6の時に、隣の女子生徒がぼやいていた言葉。

彼女の言いたいことは分かる。自分の未来で使わないであろうその知識を何故学ぶのか、という意味だろう。


《知る》という過程は言い換えると、目で視た物や知識の情報を脳内に記憶する、という事。

人生には疑問や課題が付き物。それらを解決するのに必要なのが、知識。

宇宙はどこまで続くのか、死後の世界はどうなっているのか、人は何故生きるのか。

人々はどうにも、そういった哲学的な疑問に執着しがちだ。

だが、僕が言いたいのはそれらの疑問に対する答えでも、執着に対する反駁でもなく、そもそも何故そのような疑問を持つのかという、しかしながら一つの疑問だ。

早速矛盾する様な事を述べる僕であるが、僕の人生においては、疑問というのが全く生じない。

それは、疑問を解決する為の材料、つまり知識が溢れるようにあるから。

強いて言うでなれば先程の、疑問を持つことに対する疑問は、僕の唯一無二のそれだ。


僕には、この世界が退屈すぎるのだ。




何故なら、僕は---。






***






「おはよう」

「…あ、おはようございます」

本部の個室で寝泊まりをした翌日の朝。

白神先輩は部屋の扉を開いて起きたばかりの私に声を掛けた。

「…って、何勝手に覗いてるんですか!?」

「え、あ、ごめん」

「着替えてたらどうするんですか!?」

「それはラッキースケベってやつじゃん」

「ラッキースケベだめです!!」

私は反駁した。だが、

「どう?部屋の居心地は」

(…)

先輩は無視して話を続ける。仕方無いので、私は椅子に掛かっていた黒い上着を寝間着の上に羽織ってベッドの縁に腰掛けた。

「悪くないと思います…テレビもあるし」

泊まるだけなら十分に立派な部屋だった。ふかふかのベッドに24インチの薄型テレビ、勉強一式の道具は置ける広さの木の机と椅子。その他にお洒落なアナログ時計、数本の映画DVD、小さなクローゼット---私の住んでいる団地の部屋とほぼ同じか少し劣る程度の、非常に過ごしやすい空間だ。

「あ、夏希(なつき)ちゃんだ」

(…)

先輩、今度はテレビに映るアイドルに夢中だ。質問に答えてあげたのに、何たる自由奔放な性格だろうか。

またまた仕方無く、私は調子を合わせた。

「…先輩、橙本(とうもと)夏希なんて知ってるんですね」

「そりゃ勿論。雪音ちゃんと同期だしね」

橙本夏希、18歳。出身は岐阜県。私や雪音と同じ高3で、このニュースは先日大阪京セイラドームで開催された単独ライブの様子を伝えているようだ。この日の衣装は薄めのワンピースに貝殻と真珠のネックレスで、海岸を模したものらしい。彼女は天真爛漫な性格で、この上なく明るく元気な美少女だ。雪音のような中二病的キャラ属性は備えていないが、一定数のファンはいるらしい。そして、私もその内の一人だ。

(…和樹は、知らないって言ってたなぁ…)

和樹は普段、テレビは殆ど家では観ないそうだ。観てもサッカーや野球の観戦ぐらいだ、となかなか高校男児らしいレスポンスをされた覚えがある。でも確かに、あの性格ならエンタメ関連には疎そうな気はする。雪音は流石にテレビに顔を出す機会が多い為か、MEIで出会う前からかなり詳しく知っていたらしい。

「それにしても勿体無いよね、彼女」

「何がですか?」

「水着撮影はお断りってやつ」

「ああ…」

彼女は性格と比例してなのか、プライベートなどに関してはやけに公開的だ。その反面、秘密にしている部分にファンは食い付くわけだ。その一つが、彼女が頑なに水着撮影を拒否する話である。

「スタイル良いのに勿体無いよね」

「肌出すのを嫌う女性なんて幾らでもいるでしょう」

「…そういうものなのか」

「そういうものです」

彼女のBWHは81-60-86。モデル並の体質で、他の女優と雑誌に載せられても見劣りしないだろう。にも関わらず、彼女は水着撮影は全て断っているらしい。序に言うと、普段のライブ衣装も上半身は露出が少なめだ。性格の悪いファンは胸に切り傷があるだの火傷があるだのほざいているが、根も葉もないただの噂話であろう。

『さて、続いてのニュースです』

「あ…そういえば」

テレビの画面が切り替わると、白神先輩は思い出したように扉の奥でガサゴソとし始めた。

「…?」

「はい、これ」

「…何ですかこれ」

先輩はある物を手渡してきた。全長90cmはある、黒い棒のような---

「刀」

「いや、それは分かりますけど…」

私は白神先輩が手に持つ、ありふれた刀に見入る。

「大体MEIの皆は銃を1丁だけ装備するんだけど、ツンデレちゃんは剣道部ってことで、剣のほうがいいかなーと思ってね」

「真剣と竹刀って全然違いますよ!!? 適当ですよね!!」

「まーまーそう言わずに」

白神先輩はそう言って刀を私に押し付けた。

(…)

理不尽だ。とは言え、少し気になって私は鞘を抜いてみた。刀身は80cm程度だろうか。

「切れ味抜群、刀身も簡単には折れないよ」

「…意外とかっこいい」

私は天井の照明に向けて刀を掲げた。刃紋がゆらゆらと眩く輝く。

「この刀、どうしたんですか?」

「と○らぶ好きの大学の腐女子が偶然家に持ってたんだ。刀鍛冶の見学とかで買ったって。挨拶しとく?」

「…私、腐向けは苦手なので遠慮しときます…」

「知ってるんだ」

あのオンラインゲーム、確か30年ぐらい前に流行ったのでは。

「んじゃ、今日はまだ仕事ないから、高校行っといでー」

「え、ちょっと…」

白神先輩はそう言い残すとたったと走り、廊下の奥へと消えた。

(…武器、か…)

私は刀を鞘に仕舞い、部屋の隅に置く。

---元々、そう言ったものへの憧憬は私の心に存在していた。

友達の死を折に剣道部を始めたお前が何を---と思うかも知れないが、小さい頃、時代劇なんかを見てると、刀を持った武士が敵を薙ぎ倒していくのだ。趣味と言えるほどに没頭していたわけではないが、ある程度鑑賞はしていた。さらに剣道部の部室にある掛け軸の前に一本だけ、真剣が置かれている。あんな危険な物、扱いたいなどと思った事無い、と言ったら嘘になる。

でも、一抹の不安もある。

私はA班で唯一の戦闘員。雪音から聞いた話だと和樹も短剣を2本持っているらしいが、剣道をやっていない彼にとって扱いは不馴れだろう。そして、雪音は恐らく銃が武器。歌手の彼女がそれを使いこなすかは微妙な所だ。私は剣道部主将の上、《終末眼》で相手の動作が先読み可能。戦闘には持って来いなのだ。

しかしながら剣道部と言っても、それは嘗ての同級生---乙葉の強引な誘い故の所属。運動神経は乏しい。

そして何よりの不安が、初めて真・剣・を扱うこと。

剣道は竹刀で試合を行う。相手を打つことはあっても《斬る》という作業は不可能だ。

だが真剣は、本気で人を殺すための武器。歴代の武士や騎士が使った、凶器なのだ。

人殺しは罪---女子高生の私に、そんなことをする勇気など皆無だ。

人の命は今も世界各地で奪われている。

だが、それを私にやれ、という事なのか?

---私は、罪を犯さなければならないのか?





「違うわ」





「…!! …瑠璃波先輩?」

ぴしゃりとしたその声に振り返ると、部屋の入口に《右眼》の眼帯を外した瑠璃波先輩がいた。

瑠璃色をした瞳孔が、廊下の薄暗い灯りの下でも猫の目の如く、美しく輝く。

「おはよ」

「って…先輩、また私の心覗いてますよね…?」

「ふふっ、ごめんなさい、少し呼ぼうとしたら、ぼうっと刀見てるもんだから」

そう言うと、瑠璃波先輩は黒いハイヒールを脱いで部屋の中に押し掛けた。踵が高くて身長を誤魔化しているという内心の発言は、この間《探情眼》で見抜かれてしまったので、なるべくそれを考えないよう意識を殺す。

「うー…」

「不満げな表情浮かべないの」

「いや…だって」

私は頬を膨らませる。

「ふふっ、可愛いわね」

「べ、別に可愛くなんか…」

「刀を扱うのが怖いの?」

「…っ」

急に質問を変えられ、私は言葉を迷った。《探情眼》は尚も私を定めるように私の心を詰る。

「無理に戦う必要は無いのよ」

「え…でも…私は人殺しなんか…」

「そんなの当たり前だよ、私もまだ無いし」

瑠璃波先輩はポケットから眼帯を取り出し、《右眼》の力を封じる。

「確かに私たちの《眼》は呪われているかも知れないけど、そんなのただの世間の偏見。あなたは一昨日、その《眼》を、人質を救う為に使った。あなたは剣道部の主将だから闘争本能に駆られがちになるのかは知らないけど、無理に人を倒す為に使う必要は無い。刀も同じ…敵を倒す為ではなく、仲間を守る為に使うんだと思って身に付けておけば?」

「仲間を…守る為?」

「そう、無駄な殺生はする必要はないし、目的意識を変えれば人は案外簡単に変われる。あなたは、その《眼》を試合に勝つ為に使うから後ろめたさを感じるんじゃないかな…。私がこの《眼》を使う事に抵抗が無いのは、世間の意見を気にしない事と、こうやってカウンセリングじみた手助けができるんじゃないかって思ったからなの。勿論、黒乃ちゃんが通う高校の剣道部の矜持を傷つけたくないなら《眼》を使うのもアリだと私は思うよ。多様性を以て活用しないとね、ふふっ」

瑠璃波先輩の話は長かったが、私の心の焦点を的確に撃ち抜いた。先輩は再び私に笑いかける。

…何だろう、私の全てを理解しているような先輩のこの姿は。彼女の笑顔は私にとても眩しく感じられた。

(心理学やってるからなのかな…)

私は心の中でそう思った。眼帯をしているから心は見破られない。

私には兄弟が居なかったから、瑠璃波先輩は頼れるお姉ちゃんのような感じがした。この人は心底信頼できる。私はそう確信した。

「そろそろ学校行かなくちゃじゃない?」

「え? あ、もうこんな時間!!」

私は部屋のスクールバックを取って走る。

「頑張ってね」

「はい!!」

私は先輩の姿を後ろに、廊下を駆け出した。





***





助けて。


誰か助けて。


僕は何も悪くないんだ。


《眼》は要らなかったのに。


生まれた時から、宿命的な、こんなの。


僕もまた、ズルして生きている。


誰か、お願いだ。




仲間は、いないのか…?



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