#4「Sniper」
「---任務開始だ」
私と和樹、雪音は7Fの2人と犯人の様子を下から固唾を飲んで見守っていた。
(…ついに…MEIの本領発揮…!!)
私は口を真一文字に閉じる。
---が。
「…え」
突然、白神先輩達が睨んでいた犯人が床へと倒れた。
そして、その奥の仲間も続々と床へと突っ伏した。人質も含めて。
よく見ると、催涙弾らしきものが床に落ちて、辺りに煙を撒き散らしていた。
「何だよ」
「あれでいいの!!?」
「もっとドンパチなるのを期待してたのか?」
むしろならない方がすごい。これが無血開城。
「平和で良いじゃないか」
雪音は静かに呟く。まあ平和が一番良いのだが。
一番奥にいたリーダー格らしき男も白神先輩に気付いたが、言葉を発する前に眠ってしまった。
そして、白神先輩たちが次にとった行動は、人質の解放。人質の手首に巻かれたガムテープを片っ端から剥がしているようだ。
その時、和樹の上着のポケットで、スマートフォンの微弱な振動が。和樹はすぐに電話を取った。
『大体済んだ、君らも人質を助ける手伝いをしてくれ。非常階段の爆弾に気を付けて来るんだぞ』
「了解」
白神先輩の言葉に和樹は短く返事をした。急いで階段を全速力で駆け上がる。やっと任務らしい任務が来て、私は少しだけ心が高ぶった。
「白神先輩!!」
30秒掛からずに私達は7Fに辿り着いた。未だ、犯人グループや人質は昏睡状態だ。
「皆のガムテを剥がしてやってくれ」
「はい!!」
そう返事をして、私が側の小さな男の子のガムテープに触れようとした、その時だった。
「黒乃、危ない!!」
「え? …うわっ!?」
私は後ろからいきなり襟髪を掴まれ、体を宙吊りにされた。
「…ふっ」
「黒乃!!」
私は髪を引かれながらも、後ろを懸命に振り返る。さっきのリーダー格の男だ。
「…誰だか分らんが…惜しかったな」
リーダーが5人を見回して言う。リーダー以外のメンバーや人質も、少しずつ目を覚ましたようだ。状況は一転、最悪の状態に。催眠時間、流石に短すぎでは。
白神先輩がポケットから何かを取り出そうとしたが、
「おっとそこの兄ちゃん…何かするつもりなら…これだぞ?」
リーダーはホルスターから拳銃を取り出すと、私の頭に銃口を当てた。
(…!!)
頭皮に流れ込む鉛の冷たい感覚は、私を一気に恐怖へ引き摺り込んだ。
「くっ…」
先輩は金縛りにでも遭ったかのように右手を止める。
「もうすぐ俺らの仲間が来る…それまで待ってろ…こいつを殺されたくなければな」
(…っ!!)
「手を上げろ」
私は嘗てない程に怯えていた。恐怖に心を支配された、死と隣り合わせの状況。
だが、白神先輩が私に微笑んだ。
(え…)
手を上げて、指を鳴らす。
「---頼んだぞ」
彼がそう呟いた1秒後。
突如、回廊の硝子がパリンと音を立てる。
「ぐっあああああああああ!!!!」
「っ!?」
私の耳元でリーダーが大きな呻き声を上げ、拳銃が突如落下した。
見ると、拳銃を握っていた右手を押さえている。指と指の隙間からは鮮血が垂れていた。私は自由の身になっていた。
(…そうだ!! 拳銃!!)
私はフローリングの床に落とされた九四式拳銃を和樹の方へと蹴飛ばす。
拳銃は和樹の右足先に当たって滑りを止めた。
「うおっ!!?」
和樹はやけに驚いた様子で拳銃から飛び退ける。
「鎮まれ…和樹、問題ない」
側にいた雪音が和樹を宥めると、拳銃を拾い上げた。ちょっと乱暴だったか。
リーダーが苦しんでいる間に白神先輩はリーダーに掴みかかった。
「はあああぁぁっ!!」
「くっ…!!」
体を固定する。先輩は雪音から拳銃を預かると、リーダーが私にやったように、彼の頭へ銃口を向けた。
「他のお仲間さんー? リーダー殺されたくなかったら銃捨てよーねー?」
他の組織メンバーはびくりとした顔をすると、一瞬の躊躇いを見せつつも、次々に拳銃を落としていった。その間に人質は非常階段から次々に逃げて行く。
白神先輩はリーダーの衣服を一通り調べると、体の固定を解除して、ふうと大きく息を吐いた。そしてスマートフォンに向けて、一言。
「さんきゅー、琴梨」
『当然だ』
やや野太い女性の声がした後、白神先輩は電源を切った。
「あの…今のは?」
私は、やや息を荒げながら先輩に尋ねる。
「こんなこともあろうかと、他のメンバーを向こうのビルの屋上に配置しておいたんだ。MEIで1番の狙撃手をね」
私は白神先輩が指差した先を見た。
「…狙撃!?」
あのビルはこの辺りでも有数の商業施設、渋谷フカリエだ。このデパートまでは約600m。
渋谷フカリエの屋上の方が高いから実際はもう少し距離があるだろうし、その上俯瞰角度。
ましてや窓から離れたこの男の、しかも拳銃を持った右手だけを的確に狙えるのか。
「あー、なるほどね」
私が渋谷フカリエの方を見ていると、瑠璃波先輩が私を見て突如口を開いた。眼帯を外して。
「今の狙撃者は《千里眼》の使い手なのよ」
(え…あっ…そうか、思考が読めるんだ…)
「ふふっ…嫌な能力でしょ?」
「…」
先輩はやや自嘲気味に言う。全くその通りだ。多分和樹達には会話の内容が理解出来ていないだろうが。
「そ、それより、《千里眼》って…」
「桁外れに視力が良いの。視力値に直すと10.0」
「…視力に十の位まであったんですね」
私は嘆息する。《異能力眼》って何でもありだなぁ、と。
「多分今回のこの距離なら《千里眼》を使わなくてもスコープで行けたと思うけどね…確かいつも愛用してるのはSVDって言ってたなぁー…私、ミリタリーはさっぱりだけど…ま、後で本部に戻った時に挨拶しといたら? 琴梨に」
「はい」
「よし、じゃあ」
突然白神先輩が開口した。何を言うのかと思ったら、
「ツンデレちゃんのMEI入会祝いに何か買おうじゃないか!!」
私には、その光景が、あまりにもテロ事件後の様子とは思えなかった。
ふと、私は気が付いた。
「っ…」
いつもクールに振る舞った、和樹の顔が。何かに強く怯えているようであった事に。
(…?)
この時の私には、何故、和樹がそんな顔をするのか、理解できなかった。
---彼の過去が語られるまでは。




