#42「His last shooting」
私は、ある財閥の令嬢として育てられた。
自由を束縛された生き方。自分が辛くても、笑顔を見せて生きていかなければならない。
私は部屋でテディベアの人形を愛でていると、父親が叱った。もっと財閥の《顔》らしくしろ、と。
私は抵抗した。私は玩具じゃない、と。
その度、父親は制裁を加えた。
《睨圧眼》。自分の眼力を何倍にも増幅させ、相手をひれ伏せさせる《眼》。
能力だと分かっていても、私は畏怖した。
それ位の支配力を、あの《眼》は持っていた。
私はあの蛇に睨まれる度、麻痺した蛙のように従わざるを得ない。
私の夢は裁縫師だった。
広い部屋、無駄に着飾った家具の数々、それ故に孤独した私の唯一の友は、テディベアの人形だった。
《眼》による支配統制を受けた後でも、それを抱いていると自然と心の高鳴りが鎮まる。
私は父親に夢を語った。
瞬間、平手打ちを喰らった。
---ふざけた夢だ、と吐き捨てられた。
私の娘らしい夢を持て、か。
その《眼》から、父親の無愛想な言葉を感じ取った。
だが、夢を否定されたのが赦せなかった。
夢ぐらい自由に持たせてくれ、と。
強く願った時だ。
私の意識下に、何か得体の知れないものが迷い込んで来た。
不思議と、受け入れやすかった。
だが、どこか違う。
どこかが、私の恐れていたものと違う。
後に聞いた話だと、これが突然変異というものらしい。
願いの類に噛み合いの悪さが生じた時、それは起こる。
---《睨圧眼》から、《相殺眼》へと。
父親の視線は、まるで虚ろを見つめるようだった。
あるいは、愛玩動物でも眺めている目付き。
虹彩、瞳孔、水晶体---その全てが、鋭利さを喪失した。
父親は、私の変化に気付いたようだった。
私はこの後、家を遁走して、新たな人生を歩むのだった。
「---お父様って、意外と可愛い《瞳》をお持ちでしたのね」
***
---その幼女の残り70年の人生が、5秒に収縮された。
生命の終了という手続きが今、一瞬にして完了したのだ。
私は凛を見た。
静かにその場に倒れた---ただそれだけ。でも、彼女が死んだというのは、肌の色で分かった。死んでからまだ数秒なのに、既に温かみを喪失したような薄青色をしていた。彼女の虚ろな目玉は、ついさっきまで厚く信頼していたボスを、何故私を殺したのですか、という疑問を必死に訴えるような涙で滲んでいる。
その雫が床に滴り落ちると同時に、テディベアの人形が彼女の手から零れた。
私を睨んでいた《銀》の視線は、とっくに抜け落ちてしまった。
「…そんな…嘘…」
「事実だ」
私は傷だらけになって殺されかけたことはある。だけどこういう静寂で無傷の終焉は、むしろ私の恐怖心を駆り立てた。唐突で不合理な死は、こんなにも残酷だと私は思い知らされた。
「くく…なるほど、寿命を奪う…実にそのまま!!! 単純明快!!! これて世界の再構築を…」
「何で…」
「む?」
私は地鳴りのような声を響かせて立ち上がった。
「あの子は、あなたの仲間じゃなかったんですか!!」
私には、漆の常軌を逸した行為が理解不能だった。何故、無意味にも同じ組織の仲間を《奪命眼》の第一犠牲者にしたのか。
「…これは彼女が望んだことだが?」
漆は顔色一切変えずに返答した。
「彼女は私の世界構築論を支持、つまり人間殲滅に賛同していた。だから、人間である彼女を殺した」
「意味が分からない!!! 何で、あんな幼い子をそんな理論で説き伏せたりして…」
「そんな理論だと?」
漆の表情が大きく震える。
「貴様もまた…私の美学を貶すのか!!!」
「…美学?」
唐突にそんな不釣り合いな言葉が飛び出して、私は戸惑った。
「この組織の誰もが理解していたぞ!! 人間が世界を破壊してると!!」
漆はバッと手を振った。
「《眼》を使う者なら分かるはずだ…何故その《眼》が憑依した?」
「…交通事故ですけど」
「人為的だと思わんか?」
「えっ…」
《眼》は自然現象では身に付かない。私は交通事故、和樹や白神先輩、翠先輩はテロ事件、雪音や瑠璃波先輩は虐め---つまり全て人間の行為が起因となって発生している。雪音の《凍結眼》とかは、雪崩に巻き込まれて身に付いたとかも有り得そうだが、実際に動機となったのは気温的な冷たさではなく、周りの人間の冷たさだった。
気付かなかった。今までの3年間、気にしたこともなかった。
「《奪命眼》が全ての《眼》の起源…という話は知っているか」
私はコクりと頷いた。前に瑠璃波先輩に渋谷区平均寿命の資料を見せてもらった時、明治時代初期に発生した《奪命眼》をルーツに様々な色に分裂した…そんな感じの説明をされた覚えがある。《虹色の血液》は特に《奪命眼》の力を強く受け継いだ色の血で、だからこの7色を混ぜて飲むと起源に戻ってしまう。絵の具で全色を混ぜると黒になるように。
「《奪命眼》は本来から、人間を滅ぼす為に宇宙から恵まれた。明治初期の頃は弾圧されたようだがな」
「…でも別に今それを再び創造する必要は…」
「大ありだ!!」
漆は強く叫んだ。
「私はな、元々幼少期は山暮らしだった。山中の白い狼と仲が良くて、時々噛まれたこともあったが、私の唯一の友達だった。だが、とある一団の狩猟グループにそいつは狩られた」
「…《末刻眼》は…その時…」
「それ以来、人間を善として認識しなくなった。あの血が飛び散る光景は美しくない」
「それなら、今私を殺している光景だって…!!」
「狼と人間の血を一緒にするな!!」
漆の《左眼》が色を変えた。《末刻眼》の茶色へと。
そして、その直後。
「…ぐっ!!!」
私の眼前に漆が急接近していて、途端にナイフを深く刺された。返り血が大量に漆のスーツに飛び散る。
「…がっ…は…!!」
「…人間の血は汚れている。人間は誕生の瞬間から悪でしかない。あの時も、時間を停めて狩猟者を逆に仕留めてやった。私が全て抹消する」
(…あれ…今、何か…)
私は今の攻撃---とても違和感を感じた。と言うより、今までの時間操作による攻撃、全てに共通する感覚だ。ただ時間停止を解除したら、ナイフが刺さっていただけなのに…。
(…刺さっていただけ…?)
何だ、この奇妙な感覚は。自分で思ったことなのに、途徹もない語弊を感じた。
(…そうか…違う…私は、刺された…!!!)
私は予測を確信へと変える。そして。
「…何だ、諦めたのか?」
私は持っていた刀を床に落とした。
---だが、これで正解だ。
「違います…よっ!!」
瞬間、私は漆のナイフを握った手を押さえる。
「え…」
---そして、漆の鼻を思いっきり拳で殴り付けた。
「がっ…!!?」
不意を突かれた漆は、鼻から派手に鼻血を出した。だが私はそんなのお構い無しに、再び漆の顔を殴る。
「何で時を止めないんですか?」
「なっ…」
漆ははっとした顔で私の瞳を見た。
「止められるわけないですよね? ナイフを接点として私に接触したままなんだから」
私はさっきの攻撃で、漆の《末刻眼》の落とし穴を完璧に見切った。さっきのナイフは、気付いたら刺さっていたのではない。時が再生された瞬間、私の臍の数cm手前にあって、直後に刺されたのだ。つまり、時を停止させた状態では他人の体に干渉することはできない。さっきの拳銃も発砲まではしたが、弾丸が当たる直前でその弾丸に流れる時間を止めたのだろう。翠先輩がその弾丸を弾き出せたことから、それは容易に理論付けられた。
そして、今のこの状況も同じだ。私と漆はナイフを介して私に干渉している。漆がナイフを動かせば、私の体内の肉片も動くのだから当然だ。漆がナイフを持っている間、《末刻眼》は発動できない。
「こいつ…」
「…ナイフ、しっかり握ってて下さいよ!!」
私は更に漆の手を強く押さえ込む。そして、再び拳を頬に捻り込もうとした時。
「…っ!!」
私の突き出した細い手は、漆の左手に阻まれた。
「調子に…乗るなぁっ!!!」
漆は、私の額に頭突きを食らわせた。大きな衝撃が私の意識を眩ませ、私はナイフを固定していた左手を離してしまった。
ナイフが抜けて床に尻餅をついた私に、漆は上から見下した。
「どうやら理論は分かってもらえないようだな…ならば、私の寿命の糧と成れ」
瞬間、漆の《左眼》の黒みが増した。
つまり《奪命眼》の起動。
「…!!」
私は逃げようとしたが、もう体が言うことを聞かなかった。腹部を弾丸とナイフで2回貫通されて、徹底的に体力を使い尽くしてしまった。
漆は着色を終えた《眼》で私を睨む。
(…5)
カウントダウンが始まった。さっきの凛と同じ秒数。
(…4)
諦めた。肉弾戦に持ち込んだが、少女の私が大の男に勝てるわけない。
(…3)
私が死んだら、どうなるのかな。皆は悲しんでくれるのかな。
(…2)
いや、その前に皆も寿命を奪われてしまうのか。私のせいで、死ぬのか。
(…1)
呼吸が苦しくなっていく。許すものか。
皆が消えるなんて、私が絶対に…!!
***
「…はぁっ…はぁっ…!!」
「---何故だ」
漆は拳を握り締めた。
この不合理な現象に、理解を示せなかった。
5秒が経過した今。
私は---生きていた。
「何故だ…あと少しで、こいつは死ぬというのに!!!!」
漆がそう話す間も6秒、7秒と平穏に時が過ぎて行く。
(…何で)
そうだ。私は着実に死へと近付いていた。寿命の急激な経過を表象するように、私の心臓は段々と締め付けられていた。今も呼吸は不規則で、死なないのが不思議なくらいだ。
私は、漆から一切目を逸らさず、その場に立ち上がった。彼の視線から逃れることが、そのまま戦闘からの逃げを象徴する。こいつは幾ら強くとも、許してはいけない敵だから。
「こうなったら力ずくで…」
漆が憎げな視線を向けながら、そう言った時。
「伏せて!!」
(…!!?)
後ろから、甲高い女性の声が。私は振り返るより前に、体を伏せることを優先する。
そして1秒後。
「な…!!」
巨大な爆裂音が空を裂いた。
私の上空を爆心地として、爆弾が火花を散らしたようだった。部屋全体を一気に炎と煙が覆い、漆の姿は一瞬にして見えなくなった。不思議と私のいる所には爆撃が来ないが。
だが直後、私の体はひょいと持ち上げられてしまった。
「きゃっ…!!?」
「---悪い、遅れた」
私の視線の先に居たのは---赤原和樹。《遡刻眼》の赤い視線が私を貫く。
「か…和樹!!」
救世主じみたその登場に、私はしばし釘付けにされた。
「なるほど」
和樹が合点がいったように頷く。私の戦いの経過を大まかに覗いたのだろう。
「さっきの声、夏希…だよね?」
「そうだ、彼女の《眼》は炎を操るらしい」
和樹は冷静に呟いた。そういえばさっき埠頭では彼女自身の《眼》については言及していなかった。詳しくは分からないが、爆弾を投げて爆発させた後、炎が私たちの所に及ばないよう操作しているのだろうか。
「…時間がない、要点だけ話す」
「え、よ、要点?」
「---漆から《眼》を離さず、絶対に動くな」
「え?」
土煙の中、和樹から言われた言葉を私はすぐには理解できなかった。どうして《奪命眼》を持っている相手にそんなことを…?
「《奪命眼》で視られても死ななかったんだろ? 俺はその理由を説明できる」
「え? な、何でなの!?」
「だから時間がないって…」
和樹がそこまで言った瞬間。
「---ぐあっ…!!!」
「…!!」
少女の叫び声が聞こえた。土煙が晴れてその方向を見ると、夏希が漆に吹っ飛ばされたところだった。私と同じように、漆の身体か衣服を掴んだまま肉弾戦を挑んだのか。
「ね、ねえ和樹…!! って…」
私は振り返った。だが、そこに和樹の姿はない。
(一体何して…)
私は土煙の中の彼を追おうとしたが、途中で思いとどまる。
---漆から視線を外すな。動かずじっとしていろ。
(…)
和樹のあの言葉がどういう意味かは、戦いが終わったらたっぷり聞かせて貰おう。
そう思って、私が床の刀を拾った時だった。
「お待たせ」
(…っ!!)
《末刻眼》を使われた。
漆が瞬間移動で私の前に現れたのだ。手には血塗れのナイフ。
「今度こそ、終わりだ」
「しまっ…!!」
その銀色の輝きが、私の顔面を貫こうとした時---
「---終わるのは、お前だああああっ!!!」
和樹の勇敢な声が背後から聞こえると。
部屋全体に、一発の銃声が轟いた。
(え…嘘…!!?)
有り得ない。
和樹は銃を扱えないはずだ。
その上、私の耳元を通過していった弾丸が貫いたのは---
漆の《奪命眼》兼《末刻眼》の役割を果たす《左眼》だっただった。
「ぐっ…ああああああ!!!!」
派手に鮮血を撒き散らした漆は、両手でその《眼》---いや、最早ただの目を押さえた。
その状況は皮肉にも、和樹が小6の時に経験した強盗事件と酷似していた。自身の目玉を弾丸で貫かれるという、この上ない苦痛。
自分がやられたことを、故意かは知らないが、他人にやってのけたのだ。
(まさか…!!)
そこで私は漸く和樹の意図を汲み取った。
夏希が投げた爆弾はただの牽制ではなく---和樹の姿を土煙の中に隠して《奪命眼》の射程外に身を確保させるため。
私に動くなと命令したのは---そのすぐ側に漆が《末刻眼》を利用して移動すると読んでいたから。
床に倒れた夏希も、ドヤ顔でこちらに微笑み掛けていた。事前に和樹と打ち合わせていたのか。
(これで向こうの《眼》は無力化した…!!!)
感嘆せざるを得なかった。赤原和樹---珍しく、策士的な相棒だ。
「---黒乃!!!」
「分かってる!!!」
私は踏み出した。最後の一手を決めるために。
「や…やめ…!!」
最早立っているのもやっとな漆は、慌てて制止を求める。
だが、私はもう止まれない---いや、止まらない!!
「はああああああああっ!!!」
***
白神先輩から貰った、他愛もない刀。
彼曰く、同級生の腐女子が持っていたという、ただの真剣。
そんな刃が、世界の滅亡を---止めた。
私の斬撃は、漆の腰を捉えていた。私は後ろを振り向く。
「…」
漆は、そのまま仰向きに倒れた。撃たれた左目が剥き出しになる。
「---願いの、敗北だ」
鮮血の水溜まりを床に拡げながら、漆は口を動かした。
「私は、世界の滅亡を願った…だが、君の願いは世界の救済…。…私の崇高なる美が、平凡な少女の愚に敗けた」
「私は世界の救済なんて願ってない」
刀から血を振り落として鞘にしまった私は、漆を上から見上げて断言した。
「私が願うのは、仲間の救済---これ以上、皆に消えてほしくなかっただけ」
「…」
「あなたは、仲間を粗末にし過ぎたんです。乙葉やさっきの子だって理論で捩じ伏せただけだし、夏希は芸能界関係で脅したんだろうし、褐間先生も私の抹消という利害が一致しただけでしょう?」
---それは説得ではなく、最早洗脳。
「…かもな」
呼吸音が、掠れていく。
「最期に…一つだけ…訊くが…」
「何ですか」
私は少し緊張気味に、彼の質問を待った。
「お前は---何者だ?」
「え?」
「寿命は奪えていた…凛の命を貰った時と…同じ感覚はした…。にも拘わらず、残り1秒で踏み止まったお前は…一体、何だ?」
「…。それは…」
私は僅かに声を震わせて、後ずさった。
返答に困った。答えの分からない質問をされて、答えられるわけがない。
様々な選択肢が浮かんだ。私は碧柳黒乃。ただの高校生で、他人とちょっと違うことといえば《終末眼》を持っていることぐらい。
---それ以上私の本質に近付いたら、その答えはあるのだろうか?
いや、近づいたら私は本当の私でいられなくなるのでは?
「私は…」
口は動いた。だが、その先が続けられない。敵に話すことを躊躇しているのではない。
その言葉を紡いだ瞬間、自分が正しく認識できなくなりそうなのだ。
「私は…!!!」
喉まで答えは来ている。その先を言えば…!!!
その時。
「…!!」
漆の首が、ガタンと右に倒れた。
左目は直視できないくらいにグチャグチャになっている。
右目は---虚空を視ているようだった。
「…っ」
私の口から自然と舌打ちが漏れた。
これで私が人を殺すのは2人目だ。
まだ、慣れない。慣れたくない。
これで充分だ。事件は終焉を迎え、こんな危険な目に遭うことは今後きっとない。私はそう願う。
《奪命眼》によって得られる不老不死の能力は、あくまで寿命が無限になるだけだ。殺したからと言って死なないわけではない。
私は静かに、それを悟った。何とも凶悪で、物悲しい能力だ。
「…黒乃」
不意に、和樹の声が遠くから響いた。煙が晴れてゆく。
「もう…大丈夫か?」
「うん…《奪命眼》は機能を失ったよ」
私がそう言うと、和樹は安心してこちらに歩み寄った。倒れていた夏希も何とか立ち上がる。幾つか殴打された場所はあったが、命の心配はなさそうだ。
「夏希…雪音は?」
「大丈夫…翠髪のお姉さんが本部まで送ってくれた」
「そうですか…良かった」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「言ったでしょ?」
「え?」
「一人じゃ倒せない、って」
「…ふふっ…本当だね」
これは夏希を含めて、MEI総力で獲得した勝利だ。
「…じゃあ…行こう…か…」
私はそこまで言い掛けて急に意識がくらっとした。出血多量で朦朧としているのか。
私が身体を委ねた先は、和樹だった。
「おっと…」
和樹は慌てて私の肩をキャッチした。無防備な寝顔がその胸元に急接近する。
「…」
「あら、照れてるの?」
「や、止めてくださいよ…」
夏希に言われ、和樹は頬を赤らめた。和樹はテレビをあまり観ない性分なので、夏希の本来の性格を詳しくは知らない。予想と違って、からかうのが好きなのだろう。
「行きましょう…夏希さんも本部に上がって下さい」
「じゃ、お邪魔するね」
そう言うと、夏希は部屋の出口へと向かった。和樹は私を背負う。
---取り敢えず、これで《奪命眼》による人類滅亡は免れた。MEIとインビジブルの約半年に及ぶ熾烈な争いは、我々が勝利して結末を迎えた。
残る問題が、あと一つ。
(…)
先刻の、漆が寿命を奪えきれない現象をどう説明するか、和樹は迷っていた。というか伝えるかどうかさえ、葛藤していた。
真実は、人を苦しめる。自分だって、あの過去を心底疑いたくなる。
「…どうしたの?」
夏希が振り返る。
「…いえ、行きましょう」
「ふふっ…敬語じゃなくていいんだよ」
和樹は、少しばかり靴を引き摺りながら出口へと足を進めた。




