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DiAL  作者:
最終章「みんなの未来は」
43/48

#42「His last shooting」

私は、ある財閥の令嬢として育てられた。

自由を束縛された生き方。自分が辛くても、笑顔を見せて生きていかなければならない。

私は部屋でテディベアの人形を愛でていると、父親が叱った。もっと財閥の《顔》らしくしろ、と。

私は抵抗した。私は玩具じゃない、と。



その度、父親は制裁を加えた。

睨圧眼(グランスアイ)》。自分の眼力を何倍にも増幅させ、相手をひれ伏せさせる《眼》。



能力だと分かっていても、私は畏怖した。

それ位の支配力を、あの《眼》は持っていた。

私はあの蛇に睨まれる度、麻痺した蛙のように従わざるを得ない。




私の夢は裁縫師だった。

広い部屋、無駄に着飾った家具の数々、それ故に孤独した私の唯一の友は、テディベアの人形だった。

《眼》による支配統制を受けた後でも、それを抱いていると自然と心の高鳴りが鎮まる。



私は父親に夢を語った。




瞬間、平手打ちを喰らった。




---ふざけた夢だ、と吐き捨てられた。




私の娘らしい夢を持て、か。

その《眼》から、父親の無愛想な言葉を感じ取った。

だが、夢を否定されたのが赦せなかった。

夢ぐらい自由に持たせてくれ、と。



強く願った時だ。

私の意識下に、何か得体の知れないものが迷い込んで来た。



不思議と、受け入れやすかった。

だが、どこか違う。

どこかが、私の恐れていたものと違う。



後に聞いた話だと、これが突然変異というものらしい。

願いの類に噛み合いの悪さが生じた時、それは起こる。





---《睨圧眼》から、《相殺眼》へと。





父親の視線は、まるで虚ろを見つめるようだった。

あるいは、愛玩動物でも眺めている目付き。

虹彩、瞳孔、水晶体---その全てが、鋭利さを喪失した。



父親は、私の変化に気付いたようだった。

私はこの後、家を遁走して、新たな人生を歩むのだった。



「---お父様って、意外と可愛い《瞳》をお持ちでしたのね」






***






---その幼女の残り70年の人生が、5秒に収縮された。

生命の終了という手続きが今、一瞬にして完了したのだ。

私は凛を見た。

静かにその場に倒れた---ただそれだけ。でも、彼女が死んだというのは、肌の色で分かった。死んでからまだ数秒なのに、既に温かみを喪失したような薄青色をしていた。彼女の虚ろな目玉は、ついさっきまで厚く信頼していたボスを、何故私を殺したのですか、という疑問を必死に訴えるような涙で滲んでいる。

その雫が床に滴り落ちると同時に、テディベアの人形が彼女の手から零れた。

私を睨んでいた《銀》の視線は、とっくに抜け落ちてしまった。

「…そんな…嘘…」

「事実だ」

私は傷だらけになって殺されかけたことはある。だけどこういう静寂で無傷の終焉は、むしろ私の恐怖心を駆り立てた。唐突で不合理な死は、こんなにも残酷だと私は思い知らされた。

「くく…なるほど、寿命を奪う…実にそのまま!!! 単純明快!!! これて世界の再構築を…」

「何で…」

「む?」

私は地鳴りのような声を響かせて立ち上がった。

「あの子は、あなたの仲間じゃなかったんですか!!」

私には、漆の常軌を逸した行為が理解不能だった。何故、無意味にも同じ組織の仲間を《奪命眼》の第一犠牲者にしたのか。

「…これは彼女が望んだことだが?」

漆は顔色一切変えずに返答した。

「彼女は私の世界構築論を支持、つまり人間殲滅に賛同していた。だから、人間である彼女を殺した」

「意味が分からない!!! 何で、あんな幼い子をそんな理論で説き伏せたりして…」

「そんな理論だと?」

漆の表情が大きく震える。

「貴様もまた…私の美学を貶すのか!!!」

「…美学?」

唐突にそんな不釣り合いな言葉が飛び出して、私は戸惑った。

「この組織の誰もが理解していたぞ!! 人間が世界を破壊してると!!」

漆はバッと手を振った。

「《眼》を使う者なら分かるはずだ…何故その《眼》が憑依した?」

「…交通事故ですけど」

()()()だと思わんか?」

「えっ…」

《眼》は自然現象では身に付かない。私は交通事故、和樹や白神先輩、翠先輩はテロ事件、雪音や瑠璃波先輩は虐め---つまり全て人間の行為が起因となって発生している。雪音の《凍結眼》とかは、雪崩に巻き込まれて身に付いたとかも有り得そうだが、実際に動機となったのは気温的な冷たさではなく、周りの人間の冷たさだった。

気付かなかった。今までの3年間、気にしたこともなかった。

「《奪命眼》が全ての《眼》の起源…という話は知っているか」

私はコクりと頷いた。前に瑠璃波先輩に渋谷区平均寿命の資料を見せてもらった時、明治時代初期に発生した《奪命眼》をルーツに様々な色に分裂した…そんな感じの説明をされた覚えがある。《虹色の血液》は特に《奪命眼》の力を強く受け継いだ色の血で、だからこの7色を混ぜて飲むと起源に戻ってしまう。絵の具で全色を混ぜると黒になるように。

「《奪命眼》は本来から、人間を滅ぼす為に宇宙から恵まれた。明治初期の頃は弾圧されたようだがな」

「…でも別に今それを再び創造する必要は…」

「大ありだ!!」

漆は強く叫んだ。

「私はな、元々幼少期は山暮らしだった。山中の白い狼と仲が良くて、時々噛まれたこともあったが、私の唯一の友達だった。だが、とある一団の狩猟グループにそいつは狩られた」

「…《末刻眼》は…その時…」

「それ以来、人間を善として認識しなくなった。あの血が飛び散る光景は美しくない」

「それなら、今私を殺している光景だって…!!」

「狼と人間の血を一緒にするな!!」

漆の《左眼》が色を変えた。《末刻眼》の茶色へと。

そして、その直後。

「…ぐっ!!!」

私の眼前に漆が急接近していて、途端にナイフを深く刺された。返り血が大量に漆のスーツに飛び散る。

「…がっ…は…!!」

「…人間の血は汚れている。人間は誕生の瞬間から悪でしかない。あの時も、時間を停めて狩猟者を逆に仕留めてやった。私が全て抹消する」

(…あれ…今、何か…)

私は今の攻撃---とても違和感を感じた。と言うより、今までの時間操作による攻撃、全てに共通する感覚だ。ただ時間停止を解除したら、ナイフが刺さっていただけなのに…。

(…刺さって()()()()…?)

何だ、この奇妙な感覚は。自分で思ったことなのに、途徹もない語弊を感じた。

(…そうか…違う…私は、()()()()…!!!)

私は予測を確信へと変える。そして。

「…何だ、諦めたのか?」

私は持っていた刀を床に落とした。

---だが、これで正解だ。

「違います…よっ!!」

瞬間、私は漆のナイフを握った手を押さえる。

「え…」




---そして、漆の鼻を思いっきり拳で殴り付けた。




「がっ…!!?」

不意を突かれた漆は、鼻から派手に鼻血を出した。だが私はそんなのお構い無しに、再び漆の顔を殴る。

「何で時を止めないんですか?」

「なっ…」

漆ははっとした顔で私の瞳を見た。

「止められるわけないですよね? ナイフを接点として私に()()()()()()なんだから」

私はさっきの攻撃で、漆の《末刻眼》の落とし穴を完璧に見切った。さっきのナイフは、気付いたら刺さっていたのではない。時が再生された瞬間、私の臍の数cm手前にあって、直後に刺されたのだ。つまり、時を停止させた状態では他人の体に干渉することはできない。さっきの拳銃も発砲まではしたが、弾丸が当たる直前でその弾丸に流れる時間を止めたのだろう。翠先輩がその弾丸を弾き出せたことから、それは容易に理論付けられた。

そして、今のこの状況も同じだ。私と漆はナイフを介して私に干渉している。漆がナイフを動かせば、私の体内の肉片も動くのだから当然だ。漆がナイフを持っている間、《末刻眼》は発動できない。

「こいつ…」

「…ナイフ、しっかり握ってて下さいよ!!」

私は更に漆の手を強く押さえ込む。そして、再び拳を頬に捻り込もうとした時。



「…っ!!」

私の突き出した細い手は、漆の左手に阻まれた。

「調子に…乗るなぁっ!!!」

漆は、私の額に頭突きを食らわせた。大きな衝撃が私の意識を眩ませ、私はナイフを固定していた左手を離してしまった。

ナイフが抜けて床に尻餅をついた私に、漆は上から見下した。

「どうやら理論は分かってもらえないようだな…ならば、私の寿命の糧と成れ」

瞬間、漆の《左眼》の黒みが増した。

つまり《奪命眼》の起動。

「…!!」

私は逃げようとしたが、もう体が言うことを聞かなかった。腹部を弾丸とナイフで2回貫通されて、徹底的に体力を使い尽くしてしまった。

漆は着色を終えた《眼》で私を睨む。





(…5)



カウントダウンが始まった。さっきの凛と同じ秒数。



(…4)



諦めた。肉弾戦に持ち込んだが、少女の私が大の男に勝てるわけない。



(…3)



私が死んだら、どうなるのかな。皆は悲しんでくれるのかな。



(…2)



いや、その前に皆も寿命を奪われてしまうのか。私のせいで、死ぬのか。



(…1)



呼吸が苦しくなっていく。許すものか。

皆が消えるなんて、私が絶対に…!!






***






「…はぁっ…はぁっ…!!」

「---何故だ」

漆は拳を握り締めた。

この不合理な現象に、理解を示せなかった。


5秒が経過した今。






私は---()()()()()






「何故だ…あと少しで、こいつは死ぬというのに!!!!」

漆がそう話す間も6秒、7秒と平穏に時が過ぎて行く。

(…何で)

そうだ。私は着実に死へと近付いていた。寿命の急激な経過を表象するように、私の心臓は段々と締め付けられていた。今も呼吸は不規則で、死なないのが不思議なくらいだ。

私は、漆から一切目を逸らさず、その場に立ち上がった。彼の視線から逃れることが、そのまま戦闘からの逃げを象徴する。こいつは幾ら強くとも、許してはいけない敵だから。

「こうなったら力ずくで…」

漆が憎げな視線を向けながら、そう言った時。





「伏せて!!」





(…!!?)

後ろから、甲高い女性の声が。私は振り返るより前に、体を伏せることを優先する。

そして1秒後。

「な…!!」

巨大な爆裂音が空を裂いた。

私の上空を爆心地として、爆弾が火花を散らしたようだった。部屋全体を一気に炎と煙が覆い、漆の姿は一瞬にして見えなくなった。不思議と私のいる所には爆撃が来ないが。

だが直後、私の体はひょいと持ち上げられてしまった。






「きゃっ…!!?」


「---悪い、遅れた」






私の視線の先に居たのは---赤原和樹。《遡刻眼》の赤い視線が私を貫く。

「か…和樹!!」

救世主じみたその登場に、私はしばし釘付けにされた。

「なるほど」

和樹が合点がいったように頷く。私の戦いの経過を大まかに覗いたのだろう。

「さっきの声、夏希…だよね?」

「そうだ、彼女の《眼》は炎を操るらしい」

和樹は冷静に呟いた。そういえばさっき埠頭では彼女自身の《眼》については言及していなかった。詳しくは分からないが、爆弾を投げて爆発させた後、炎が私たちの所に及ばないよう操作しているのだろうか。

「…時間がない、要点だけ話す」

「え、よ、要点?」






「---漆から《眼》を離さず、絶対に動くな」






「え?」

土煙の中、和樹から言われた言葉を私はすぐには理解できなかった。どうして《奪命眼》を持っている相手にそんなことを…?

「《奪命眼》で視られても死ななかったんだろ? 俺はその()()()()()()()()

「え? な、何でなの!?」

「だから時間がないって…」

和樹がそこまで言った瞬間。

「---ぐあっ…!!!」

「…!!」

少女の叫び声が聞こえた。土煙が晴れてその方向を見ると、夏希が漆に吹っ飛ばされたところだった。私と同じように、漆の身体か衣服を掴んだまま肉弾戦を挑んだのか。

「ね、ねえ和樹…!! って…」

私は振り返った。だが、そこに和樹の姿はない。

(一体何して…)

私は土煙の中の彼を追おうとしたが、途中で思いとどまる。




---漆から視線を外すな。動かずじっとしていろ。




(…)

和樹のあの言葉がどういう意味かは、戦いが終わったらたっぷり聞かせて貰おう。

そう思って、私が床の刀を拾った時だった。





「お待たせ」





(…っ!!)

《末刻眼》を使われた。

漆が瞬間移動で私の前に現れたのだ。手には血塗れのナイフ。

「今度こそ、終わりだ」

「しまっ…!!」

その銀色の輝きが、私の顔面を貫こうとした時---






「---終わるのは、お前だああああっ!!!」






和樹の勇敢な声が背後から聞こえると。

部屋全体に、一発の銃声が轟いた。




(え…嘘…!!?)

有り得ない。

和樹は()()()()()()はずだ。

その上、私の耳元を通過していった弾丸が貫いたのは---





漆の《奪命眼》兼《末刻眼》の役割を果たす《左眼》だっただった。





「ぐっ…ああああああ!!!!」

派手に鮮血を撒き散らした漆は、両手でその《眼》---いや、最早()()()()を押さえた。

その状況は皮肉にも、和樹が小6の時に経験した強盗事件と酷似していた。自身の目玉を弾丸で貫かれるという、この上ない苦痛。

自分がやられたことを、故意かは知らないが、他人にやってのけたのだ。

(まさか…!!)

そこで私は漸く和樹の意図を汲み取った。

夏希が投げた爆弾はただの牽制ではなく---和樹の姿を土煙の中に隠して《奪命眼》の()()()()身を確保させるため。

私に動くなと命令したのは---そのすぐ側に漆が《末刻眼》を利用して移動すると読んでいたから。

床に倒れた夏希も、ドヤ顔でこちらに微笑み掛けていた。事前に和樹と打ち合わせていたのか。

(これで向こうの《眼》は無力化した…!!!)

感嘆せざるを得なかった。赤原和樹---珍しく、策士的な相棒だ。





「---黒乃!!!」


「分かってる!!!」





私は踏み出した。最後の一手を決めるために。

「や…やめ…!!」

最早立っているのもやっとな漆は、慌てて制止を求める。

だが、私はもう止まれない---いや、止まらない!!

「はああああああああっ!!!」






***






白神先輩から貰った、他愛もない刀。

彼曰く、同級生の腐女子が持っていたという、ただの真剣。

そんな刃が、世界の滅亡を---止めた。



私の斬撃は、漆の腰を捉えていた。私は後ろを振り向く。

「…」

漆は、そのまま仰向きに倒れた。撃たれた左目が剥き出しになる。

「---願いの、敗北だ」

鮮血の水溜まりを床に拡げながら、漆は口を動かした。

「私は、世界の滅亡を願った…だが、君の願いは世界の救済…。…私の崇高なる美が、平凡な少女の愚に敗けた」

「私は世界の救済なんて願ってない」

刀から血を振り落として鞘にしまった私は、漆を上から見上げて断言した。




「私が願うのは、仲間の救済---これ以上、皆に消えてほしくなかっただけ」




「…」

「あなたは、仲間を粗末にし過ぎたんです。乙葉やさっきの子だって理論で捩じ伏せただけだし、夏希は芸能界関係で脅したんだろうし、褐間先生も私の抹消という利害が一致しただけでしょう?」

---それは説得ではなく、最早洗脳。

「…かもな」

呼吸音が、掠れていく。

「最期に…一つだけ…訊くが…」

「何ですか」

私は少し緊張気味に、彼の質問を待った。




「お前は---何者だ?」




「え?」

「寿命は奪えていた…凛の命を貰った時と…同じ感覚はした…。にも拘わらず、残り1秒で踏み止まったお前は…一体、何だ?」

「…。それは…」

私は僅かに声を震わせて、後ずさった。

返答に困った。答えの分からない質問をされて、答えられるわけがない。

様々な選択肢が浮かんだ。私は碧柳黒乃。ただの高校生で、他人とちょっと違うことといえば《終末眼》を持っていることぐらい。






---それ以上私の本質に近付いたら、その答えはあるのだろうか?


いや、近づいたら私は本当の私でいられなくなるのでは?






「私は…」




口は動いた。だが、その先が続けられない。敵に話すことを躊躇しているのではない。

その言葉を紡いだ瞬間、自分が正しく認識できなくなりそうなのだ。




「私は…!!!」





喉まで答えは来ている。その先を言えば…!!!






その時。

「…!!」

漆の首が、ガタンと右に倒れた。

左目は直視できないくらいにグチャグチャになっている。

右目は---虚空を視ているようだった。

「…っ」

私の口から自然と舌打ちが漏れた。


これで私が人を殺すのは2人目だ。

まだ、慣れない。慣れたくない。


これで充分だ。事件は終焉を迎え、こんな危険な目に遭うことは今後きっとない。私はそう願う。

《奪命眼》によって得られる不老不死の能力は、あくまで寿命が無限になるだけだ。殺したからと言って死なないわけではない。

私は静かに、それを悟った。何とも凶悪で、物悲しい能力だ。




「…黒乃」

不意に、和樹の声が遠くから響いた。煙が晴れてゆく。

「もう…大丈夫か?」

「うん…《奪命眼》は機能を失ったよ」

私がそう言うと、和樹は安心してこちらに歩み寄った。倒れていた夏希も何とか立ち上がる。幾つか殴打された場所はあったが、命の心配はなさそうだ。

「夏希…雪音は?」

「大丈夫…翠髪のお姉さんが本部まで送ってくれた」

「そうですか…良かった」

私はほっと胸を撫で下ろした。

「言ったでしょ?」

「え?」

()()()()倒せない、って」

「…ふふっ…本当だね」

これは夏希を含めて、MEI総力で獲得した勝利だ。

「…じゃあ…行こう…か…」

私はそこまで言い掛けて急に意識がくらっとした。出血多量で朦朧としているのか。

私が身体を委ねた先は、和樹だった。

「おっと…」

和樹は慌てて私の肩をキャッチした。無防備な寝顔がその胸元に急接近する。

「…」

「あら、照れてるの?」

「や、止めてくださいよ…」

夏希に言われ、和樹は頬を赤らめた。和樹はテレビをあまり観ない性分なので、夏希の本来の性格を詳しくは知らない。予想と違って、からかうのが好きなのだろう。

「行きましょう…夏希さんも本部に上がって下さい」

「じゃ、お邪魔するね」

そう言うと、夏希は部屋の出口へと向かった。和樹は私を背負う。




---取り敢えず、これで《奪命眼》による人類滅亡は免れた。MEIとインビジブルの約半年に及ぶ熾烈な争いは、我々が勝利して結末を迎えた。

残る問題が、あと一つ。

(…)

先刻の、漆が寿命を奪えきれない現象をどう説明するか、和樹は迷っていた。というか伝えるかどうかさえ、葛藤していた。

真実は、人を苦しめる。自分だって、あの過去を心底疑いたくなる。

「…どうしたの?」

夏希が振り返る。

「…いえ、行きましょう」

「ふふっ…敬語じゃなくていいんだよ」

和樹は、少しばかり靴を引き摺りながら出口へと足を進めた。




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