#3「Mission start」
「あのー…」
「何だ?」
「…帰りたいです」
私と和樹、ついでに雪音と白神先輩は、渋谷駅付近の、落書きで埋め尽くされた歩道橋上を歩いていた。
あの日---MEIへの加入が正式に決まって早2週間。暦は2046年、4月29日。
MEIに入って早々仕事が舞い込んで、と思いきや、案外高校での多忙さは変わらない。雪音はまだ不登校のままだし、MEIから緊急電話が、という事もない。
私は親が居ないので、高校付近のアパートに1人暮らしをしているのだが、そこは高校へは勿論、MEIへもアクセスが良かった。偶然にもその3ヶ所は全て渋谷区内だったのだ。
そして今回の事件の舞台も渋谷区内、駅の付近だ。
「仕方ないだろ、北東急ハンズでテロあったんだから」
「いや、だっていきなりテロ組織と戦うとか頭おかしいよ!?」
「大丈夫だよ黒乃ちゃん、今回のテロ組織は大した事無さそうだよ」
「テロに大した事無いとかあるんですか!?」
「この後、コンサートミーティングを控えているから早めに片付けようか…」
「コンサートとか余裕だね雪音!!?」
テロ組織に殺されるかも知れない事態に、余裕綽々の3人。
「僕らはこれから北東急ハンズの入口に行って、MEIのメンバーの一人の合流するんだ。それでその人と一緒にテロ組織を…おっと」
すると、白神先輩のポケットの中でスマートフォンが振動した。何やらアニメの女の子のキャラクターが印刷されたデザインのようで、こういう所にも性格が滲み出ているな、と思った。
「うん、うん…あー、分かった、はい」
「…何だって?」
白神先輩が会話を終えると、即座に和樹が尋ねる。
「相手の要求はムショの同志解放だって…その同志を北東急ハンズに連れて来させるみたいだ」
「何で分かるんですか? その組織にスパイでも…」
「ん…ああ、ツンデレちゃん、デパートの中に潜んでるんだよ、仲間が」
「私はツンデレじゃないですよ…」
私は先輩の言葉を軽く否定する。このまま行くと、ずっとツンデレと呼ばれそうだから。だが、
「あ、そ」
「私の言葉を2文字でスルーしないでくださいよ!!?」
「黒乃、彼はもう手遅れなんだ…」
雪音が私の右肩にぽんと手を置いて溜息をついた。
「いやー、すっかりA班の子には嫌われちゃったなー」
白神は頭の白髪を掻きながら派手に笑った。
「てか、そのA、Bって何なんですか…」
2週間前の邂逅で、私は白神先輩と雪音、あと紺堂リーダー---あの紺色髪の最年長の男から名刺を渡された。それら全てに記されていたのだ。
「うーんとね、MEIのメンバーを年代別にA、Bって分けてるんだ。今彼らの行動を監視しているのは僕と同じB組の女の子で、組織の正統派みたいな存在だ」
「正統派」
「うん」
「…まあいいや、私はA班なんですよね?」
謎のやりとりを挟みつつ、私は一応確認を取った。先週、私の名刺も紺堂リーダーに作ってもらったのだが、そこには「MEI所属A班班員」と記されていたのだ。
「ああ、基本的に大学生以上はB班、高校生以下はA班に所属される。うちのMEIには社会人枠のC班は存在しないけど、他の支部にはあるみたいだね」
「えっ…他の支部って…他にも似たような組織があるんですか」
「他のって言うか…全部MEIの傘下だ。都道府県ごとに《異能力者》の集まりがなされていて、東京都は本部になっているってだけだ。他の道府県についてはよく分からないけど」
「へえ…」
思ったよりMEIとやらは、大規模に活動しているようだ。
間もなくして、一行は問題のデパートに到着した。
「現場は7階、屋上階のすぐ下。正方形のフロアの真ん中が吹き抜けになっていて、1階まで通じてるって。犯行グループは非常階段の側で警察が仲間を釈放させて7階に連れて来られるのを待ってる」
「よし、一丁行くか」
私達はデパートの裏口に回った。いつの間にかこんな場所を調べていたのか。
やがて、非常階段の5階に到着した。大人数の避難を想定しているのか、随分と幅の広い階段だ。
「お、優那」
「あら、遅かったね」
階段の踊場には、瑠璃色のロングヘアーをした高身長の女性が。思わず見とれる容姿で、特にウエストなんかはモデル並の細さに思われた。服装も黒白タータンチェックのシャツに黒い上着と、何とも表現しがたい美貌ぶりだ。
そして、例の如く《右眼》を白い眼帯で隠している。一体、どんな異能力を使うのだろうか。
「それに、A班の子も…ん?」
「ああ、この子が例のツ…」
白神がそこまで言いかけた途端、私は彼の背中を突っついた。
私は鋭い眼光で訴える。
(…)
「…っ…ふぅ…」
白神先輩は一つ、大きなため息を付くと、
「例のツンデレちゃんだ」
「それで押し通す勇気がある白神先輩本当尊敬しますよ!!!?」
すごいよ、この人私の忠告完全無視したよ。瑠璃色の髪の女性も困った顔をした。
「あー…その、碧柳黒乃ちゃん…だっけ? この人は無視していいよ」
「はい」
「『はい』って言うのかぁ…」
白神先輩は悲しげに苦笑する。
「私はMEI所属B班、《探情眼》使いの瑠璃波優那。今は近くの私立大学で心理学科をやってて、将来はカウンセリングなんかいいかなーとか考えてるの」
そう言って瑠璃波と名乗った女性は眼帯を取り外す。
(…!!)
瑠璃だ。透き通るような瑠璃色の瞳で、その先に大海原が見えるようだった。よく見ると私の《眼》と似て、そこにはハートマークが小さく浮かび上がっていた。
「心理学…凄いですね」
心理学って、メンタリズムってやつか。数十年前にはメンタリストが流行っていたそうな。
(…てかハイヒールで身長盛ってるでしょ…)
言葉に出さずに、私は密かに思った。瑠璃波先輩が履いているのは、踵部分がかなり高い、茶色のハイヒールなのだ。
「あ? バレた?」
「え?」
突然言われて、私は戸惑う。
「ふふーん、黒乃ちゃんの考えていることはお見通しよー」
「え? え?」
ますます頭が混乱してきた所で、瑠璃波先輩は丁寧な解説を加えた。
「私の《眼》は《探情眼》…心情を探る、つまり相手の考えていることを見透かす能力」
「…!!」
そこで私ははっとした。
さっきのハイヒールの思考を…読まれた?
「ああああごめんなさい!! 私もよくチビ扱いされるから…」
とんでもない異能力だ。相手の脳内を覗き見する力。リテラシー皆無。《眼》に描かれていたハートはつまり、人の心という意味か。
「別に気にしなくていいって…それより」
瑠璃波先輩は真剣な顔つきになった。
「この非常階段をもう一つ上がると、6階なの。で、何か大きな紙袋があるのよ」
「…なるほど」
白神先輩は頷いた。
「ツンデレちゃん、一緒に来て」
「え!!? な、何で!!?」
「いいから」
「うー…」
私は嫌々ながら白神先輩と共に6階に上がる。段差を登る一歩一歩が随分と長く感じる。
すると、非常階段と本館フロアの境界線上に、一つの赤い紙袋。
「…これか。ツンデレちゃん、離れて」
「はい」
私は白神先輩の左についた。彼は慎重に紙袋を破る。そして、
「---《透視眼》発動」
白神先輩はニット帽を外した。透過先の物質の明度及び形状が分かる《眼》。
「んー、この形、コードが複雑に絡み合ってる…間違いない、起爆式の爆弾だ」
「ば、爆弾!!?」
「静かに!! ツンデレちゃん、この爆弾の《未来》は見られるかい?」
「え、ど、どういう事ですか?」
「《終末眼》を使って」
「…は?」
私は《終末眼》をそのような手段に使ったことはなかった。そもそも人ではなく物質に対して能力を使うこと自体、稀だ。だが、
「…やってみます」
私は心を落ち着かせた。
《終末眼》。相手の未来を見る《眼》。
その結末は、私が何かしらの行動を起こさない限り、絶対不変。
剣道試合でのチート行為ではなく、れっきとした、犯罪組織確保の為の行為。
責任が、私の狭い肩にのし掛かるようだ。
「《終末眼》…発動」
私の《左眼》が碧く染め上げられ、文字盤が水晶体に映る。《右》と違って、自分の意志によって発動できるのだ。
脳内に、時間軸の縦線がDNAの螺旋構造の様に現れた。私はゆっくりと時を進めていく。私が見られるのは、この原点から下方向。和樹はきっと上方向なのだろう。
1分、2分、3分…。時を漸増させる。
この直方体の起爆装置が、火を吹く刻は---
「…見えた!! 午後1時50分!!」
「…急ごう」
私は現実へと意識を戻す。二人は階段を下りた。瑠璃波先輩が上を見上げる。
「爆発は8分後!! 奴らの同志が来るのはその1分前程度だろう。だが、誰かがスイッチを押すと爆発する起爆式だから、時限爆弾と違っていきなり爆発するんだろう…《終末眼》の未来視も僕らの行動によって分岐するようだしね」
白神先輩の言葉を、瑠璃波先輩が繋ぐ。
「さっき、彼らをまた《眼》で見てきたよ。同志が警察と一緒にここまで来た後、警察はこの5Fで待たされ、同志だけで先に進む。万が一警察に不審な動きがあった場合は、6Fの爆弾を起動して足止め。その間に屋上からヘリで逃げるみたいよ」
「そうですか…」
私の心に、緊張の糸が張り詰める。
すると、白神先輩が5人に聞こえる声で言った。
「グループAの3人は向かいのフロアに行って、爆弾の様子を見張るんだ。何かあったら携帯で連絡。僕と優那は彼らを取り押さえよう」
そして、付け加えて一言。
「よーし、終わったらこのデパートで黒乃ちゃんのMEI入会御祝品を買おうー!!」
「おー!!!」
…この人たちの緊張の糸は、いつでも緩みっ放しのようだ。
私は和樹、雪音と共に6Fで3人の様子を下から伺っていた。
枠の形をしたフロアの一辺に、私たちは身を屈めて向かいのフロアにある爆弾を監視する。もうすぐテロ組織と対峙する頃だ。
「ねえ…2人はいつもあんなのと戦ってるの?」
「一応な。でも俺や雪音の《眼》は戦闘向きじゃないから、どちらかというとパトロール」
「…へえ」
そういえば和樹の《眼》は《遡刻眼》---人やものの過去が分かる能力。
私はこの《眼》を、戦っている相手の動きを先読みすることで回避や攻撃をする。一応、さっきみたいに爆弾がいつ起動されるかも分かるし、汎用性は高いのかも知れない。
だが、この《眼》の特徴は、私たちが何もしない時点では、その未来は絶対不変だということ。逆に言えば、さっきの爆弾だって、私に爆弾解除スキルがあれば止めることは可能だし、若しくは私の言葉によって先輩2人がテロ組織を取り押さえれば、起爆スイッチは押せなくなる。勿論、何もせずにこのまま放置すれば爆破する。要は、私が何か行動を起こせば、その未来を変えられるという事だ。
雪音の《眼》はまだよく分からないが、とにかく私はA班で唯一の戦闘要員らしい。私だけが、この絶えない不平和の中で戦い続ける。
---何故、戦う。
この《眼》を無くす為?
この世に平穏を取り戻す為?
これは、運命か。この《眼》を宿した私の、平和を掴み取るという使命なのか。
---そもそも、平和って何だ。
この世に一時でも、平和が訪れたか?
世界の誰もが争わない、そんな素晴らしい時間が、一瞬一時でも流れたか?
私にはそうは思えない。昔から国争、王位継承、朝廷反乱、領土争奪---明治時代になってからは国家政治に文句を言い、そして1945年まで第二次世界大戦。21世紀に入って早々、海の先では大規模なテロが起きた。
この2046年だって、世界では紛争が続く。
(…?)
そこまで思い起こして、ふと感じた。
あれ、おかしい。
私の中に、一つの疑問が生じる。
脳内に、あの20XX年の出来事が眠っている。
どんな災害だったっけ…?
あの光景、映像で見たのか? そんな貴重な映像、見たことあるだろうか?
思い出せそうで、思い出せない。
頭のスクリーンに、上映されかかってる。あの恐ろしい画が---。
その時、
「黒乃」
「ふぁっ!?」
私は和樹の一声で我に帰った。
「ど、どうした? 変な声出して」
「い…いや、何でもないよ!! それより何かあった!?」
「先輩が来た」
「え!?」
私は7Fを見上げた。
非常階段の出口に2人の姿。その10m先に犯人グループの一人が。その男は2人を睨み付けながら叫ぶ。
「何だ貴様ら!! 隠れてた人質か?」
下からただ傍観しているだけなのに、私の心臓が高鳴る。
その男の質問に対する答え、白神先輩の声は、距離が遠くて私の耳には届かなかった。
だけど、その口はにやりと笑って、こう動いていたんじゃないだろうか。
「---任務開始だ」