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DiAL  作者:
最終章「みんなの未来は」
38/48

#37「Fury blaze」

---本部は、静まり返っていた。

私はロビーのソファで珈琲を飲んでいた。隣に座っている瑠璃波先輩が淹れてくれたものだ。

「…」

私は、彼女の顔を見た。いつも通りの平静---を、装っている。《眼》の色が薄れ、疲労困憊した表情が見えていた。

ロビーには私と瑠璃波先輩。理は療養室で寝ている和樹の看病をしている。

そして私たち2人の眼前には、翠先輩と黄緑谷先輩。二人は私たちが着座してから、何も飲まずにずっと黙ったままだ。

私たちは昨日港湾に戻って警察の手厚い取調べを受けた後、MEI本部に戻った。パーティーに参加しなかった捜査科のメンバー全員がいた。客船沈没の件はニュース速報で流れたらしく、全員が認識済みだった。死亡者2人、と。

私は和樹たちにその2人の内訳を話した。

一人はインビジブルメンバー、榛葉紫乙葉。

もう一人はMEIメンバーB班班長、白神聡。

皆は、戻ってきたメンバーの中に彼がいない時点で察していたのだろう。特別騒ぐことはしなかった。

---でも、泣いた。

静かに涙を流した。察していたとは言え、そうではないという希望を微かに抱いていたから。

私たちは先輩の死を目の前にして、その上見捨てたのだから、もう、何だか泣き疲れてしまった。



「…なぁ、優那」

「…何?」

漸く重い口を開いた翠先輩は、瑠璃波先輩に尋ねた。受け答えできているのが不思議に感じる位、重苦しい返事だ。

「聡を殺ったのは誰だ?」

「…彼は、インビジブルのボスだと言った」

瑠璃波先輩がそう言った途端、翠先輩は珈琲カップを置いて立ち上がった。

「…!!! 琴梨、何を…!!」

「俺が仇を討つ」

「無理よ!!! 相手は人殺しのプロなのよ!!」

「そんな事言ってるんじゃ、一生黒乃と雪音は追われる身になるぞ」

「そ、そうだけど…!!」

その時。

「止めて!!!」

私は彼女たちの隣で叫んだ。

「…なんだ黒乃、お前は殺される側なんだぞ」

「知ってます…でも!!」

私は目に涙を浮かべる。




「これ以上、誰も失いたくない…」




「…!!」

先輩が僅かに息を呑んだ。

「考えちゃうんです…。先輩は私よりずっと強いはずなのに、もしかしたら、殺されちゃって…2度と会えなくなるんじゃないかって…」

私は、怖いんだ。自分のせいで、仲間がこれ以上殺されていくのが。

今回の《虹色の血液》事件に関して、白神先輩は初の死亡者だ。皆との別れ---特に、瑠璃波にとっては余りにも惨い最期だった。

こんな時、彼ならきっとこんなシビアな雰囲気をぶち壊して入口から入って来るんだ。私をツンデレちゃん呼ばわりして、素知らぬ顔でこの会話に割り込んで来て。

---でも、私をツンデレと呼ぶ人はもう居ない。

癖になっていたのだろうか。また、呼んで欲しくなった。嫌なはずなのに。彼自体を嫌悪していたはずなのに。

「…先輩は」

私がそう、嗚咽を漏らした時だった。

「!!!」

ポケットの中で、私のスマホが鳴動した。

(…まさか…!?)

私はスマホを取り出すと、コミュニケーションアプリを起動。メッセージの送り主は---

「…雪音?」

「…そう言えば、今日来てないね」

私は辺りを見回した。B班は全員、A班は私と、救護室に恐らく和樹と理がいる。

「あれ…リーダーがいつの間にか…」

瑠璃波の声に、私は課長のデスクの方へ向いた。さっきまで居たと思ったのに、忽然と姿を消していた。

「どこか出掛けたのかな」

「それで、あいつからのメッセージは?」

「ああ…そうでした」

翠の言葉に、私は雪音との個別トーク画面を出した。

メッセージは、ごく簡潔に記されていた。






「---《オレンジ》の正体が分かったから、今から決着をつける…?」






***






(…これで良し)

雪音はスマホをスリーブ状態にすると、上着のポケットに仕舞った。

ここは、昨日あの客船が出発した港の埠頭。周りはコンテナばかりで、雪音の他に人は全く居なかった。

昨日の、船が出発する前に本部で黒乃と会話した時の事。《奪命眼》完成まではあと3色ではなく、2色である可能性が色濃くなった。この小さくて大きい誤差が生じたのは、我々MEIの勝手な思い込みが原因だ。《オレンジ》は、MEIとインビジブルの抗争間には全くの無干渉でいる第三者だと予想していた。

きっとMEIのメンバーの多くは、未だにこの仮定に身を委ねているのだろう。そこまで行かなくとも《オレンジ》の正体を知っている人物なんて居ないだろう。




---雪音を除いて。




(…ああそうさ、僕は知っていた)

大方、人物像は浮かんでいた。

奇妙だとは思っていた。何色かまでは特定できなかったけど、昨日の時点でそれは確信へと変化していたのだ。

雪音はその人物をここに呼んだ。だから話して、説得する。




「久し振り」


「!!!」




聞き慣れた声色。聞き慣れない語調。

高圧的な態度を窺わせる。

雪音は後ろを振り向いた。






「…橙本夏希」






雪音が呼んだのは嘗ての同級生。

「どうしたの、いきなりフルネームで呼んで…」

「分かってる癖に」

雪音は憮然とした態度で夏希と直面した。

「分かってるって…ああ、昨日の事件? 災難だったね」

「違うさ、君の《眼》だよ」

雪音が直球でそう言い放つと、夏希は僅かに表情を強張らせた。

数秒の沈黙。そして、

「…なーんだ、知ってたのか」

夏希は思ったよりあっさりと諦めた。






「ほら、見なよ」


そう言った瞬間、夏希の《左眼》が変色した。

黒から、《(オレンジ)》へと。




「…前々から何か隠してるなとは思ってたけど」

「何で分かったの? 雪音の前では一度も使って…」

「いいや…使ったね、3年前」

雪音は微笑を含めた言いぶりをしてみた。

「あの日の放課後、君と別れてから、自分の《凍結眼》を色々と試してみたんだ…どうにかしてこの《眼》を抹消できないかって」

3年前。放課後、夏希に呼ばれて行くと、仕事のことで少しばかり口論した。そして感情の昂りによって潜在していた《眼》が覚醒し、金魚を殺した。忘れたくても忘れられない、冷酷な思い出。

「そしたら、僕の視界に入った生物全般は、皆凍死することが分かったのさ。ただ一人の例外を除いて」

「あー…そういえばあの時使ったなぁ」

夏希は《眼》を脱色した。

「そう…あの日、僕は完璧に君を視界に捉えた筈なのに、何故死ななかったのか…? 仮説を立てるのは容易だった」




---熱運動を加速させる《眼》が存在するならば、その《逆》があってもおかしくない。




「…なるほどね」

夏希は溜め息混じりに言った。

「それに、当時僕らにとって《眼》はイマジネーティブな存在だった。その割に夏希の口から軽くそのワードが登場したから、奇妙だとは思ったのさ」

「…私が《インビジブル》のメンバーだと思った理由は? 昨日、乙葉ちゃんに採られたんでしょ?」

「3年前、僕らが話したのは放課後…つまりオレンジ色の夕日が差し込む時間帯だ。偶然だろうけど、僕らは窓際で話していたから、僕は君の《眼》の使用を察知出来なかった…」

雪音が自らの推理を話すと、夏希は頷く。

「あの時は反射的に発動してたね、何か使わなきゃ死ぬみたいな感じがしてさ、途端に私の周囲にあった空気の粒子運動を激化させたの」

「…やっぱり」

「…だから何なの?」

だけど、夏希は毅然として態度を変えなかった。

「私が《インビジブル》だったら何なの? 雪音には関係らの無いことでしょ?」

「関係大ありだよ…どうしてこんなこと」

「黙って!!!」

夏希が叫ぶ。

「アイドルとして敵対する者同士、腹蔵なく過去を話すわ…私がこの《眼》を手に入れたのは6年前、まだ東京に越してない時の話よ」

「…確か、岐阜?」

夏希が東京に移り住んだのは中学校入学から、つまり雪音と夏希が出会うまで夏希は岐阜に住んでいた。雑誌などでも出身地は岐阜と掲載されていた。

「そう…2041年、岐阜…何か思い出す事はない?」

「…!! …まさか、例の山火事? でもそれが何か…?」

今から6年前、2041年。岐阜県の小さな村で大規模な山火事が発生して、13人が死亡した過去最悪の火災事故。




「そう、あれの犯人は私よ」




「なっ…!!?」

突然暴露されたその事実は、雪音を驚かすには十分だった。

「馬鹿な…あれは火の不始末が原因だったって警察の発表が…」

「その火の始末を怠ったのが私なのよ」

夏希は淡々と過去を晒していく。

「正確には犯人はもう一人、山の中で一緒に焚き火を楽しんでいた地元の女友達が居た。夕方頃、落ち葉をかき集めて二人だけでね」

雪音は状況を思い浮かべようとした。が、すっかり都会に馴染んだ夏希が田舎の山中に佇んでいる時点から全く想像が膨らまない。元々顔も可愛いし、スタイルも良いし、都会人と間違われても可笑しくないのだ。

「焚き火をしたその日の夜、私は木造の家からふと窓の外を眺めた。そして目に止まったのが」

「…赤く燃え盛る村…」

「そう、私たちが遊んでいた場所。そして、その側には友達の家」

「え…?」

添えられたその言葉に、雪音は嫌な予感を感じ取った。

「私はすぐに家を飛び出して彼女の家へと向かった。死ぬ気で走ったけど、到着した時には既に延焼が始まってた。彼女の家は…もう…既に…」

「…君はその後、どうしたんだ…?」

「家の鍵が開いていたから、彼女を探す為に入った」

「…入ったって…火事の家に?」

呆れるよ、と思ったが、雪音は口には出さなかった。仕方の無い状況だったのだろう。そして、どうしても彼女を救いたかったのだろう。

だけど。




「入ってすぐ見つけたのは、彼女の焼死体」




「…」

---結論は見えていた。

そうでもなければ、彼女の《眼》は憑依しない。それが《眼》のルールだから。

「…後は、僕と同じように…」

「うん…まさかあの日、雪音に《眼》が憑くところを目の前で目撃する羽目になるとは思わなかったけど」

夏希は笑う。雪音に対する蔑みか、或いは自嘲か。

「…私は黒焦げの彼女を見た瞬間、《眼》を発動したみたい。炎は拡大を続け、他の家や木々にまで延焼を引き起こし、最終的には有り得ない程の規模にまで村を壊滅させた。()()()

「…最初は自覚症状に気付かないものだから…」

「そんな優しい言い訳で決別できるわけないでしょ!!」

夏希は叫んだ。

「…すまない、無神経だった」

「…ホント、雪音は昔から変わらない」

自分でも気付いている。気付いているけど、変わらない。変われない。

「そうだ…今更だけどさっきの推測は当たりだよ。私の能力は《促熱眼(ヒートアイ)》による熱の発生」

「…じゃあ、僕と対極に位置する《異能力眼》…ということか」

「違うね」

「え?」

夏希の否定に、雪音は戸惑う。

「いつからか、考えていたの…この《促熱眼》は一体何の為に、私の中に生きるのか。でも3年前のあの日、私ははっきりと理解した」

すると、夏希は上着のポケットからライターを取り出した。

右手を正面に差し出すと、彼女はこう言った。

「見せてあげる。6年前の悲劇の再現を」

「…まさかっ…!!?」

雪音が攻撃を予測、身構えた瞬間。






夏希のライターが、火炎放射の如く火を吹いた。






「…っ!!!!」

反射的に左へと跳んだ。間一髪で、その右を業火が通過する。

「あら、よく避けたわね」

夏希は感心したように笑う。

倒れ込んだ雪音は即座に後ろ髪を確認した。首の辺りの右髪の先端から、焦げた臭いがする。

更に、後ろを見る。地面のコンクリートが、一直線に黒く染まっていた。

雪音はしかと目撃した。ライターから放たれた小さな火が延長されて、自らの側を通過した様を。




「---これはあなたを滅ぼす為の《眼》。…この圧倒的不利な状況のどこが、対極的なのかしら?」




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