#33「Dear my best friend」
スクールカーストという言葉を知っているだろうか。
カースト制度とは、ヒンドゥー教で用いられている身分階級の事だ。上からバラモン、クシャトリヤ、バイシャ、シュードラと4段階に別れており、下の階級に位置する者ほど冒涜される。実際はこの下に不可触民というのも居たようだが、今は詳細を省く。
スクールカーストは、その古代インドの階級制度を現代の《学校》というありふれた空間にそのまま持ち込んだものだ。秀才、運動神経抜群、ルックスが良いなど理由は様々だが、そのような人達は通常上級階級として周りから認識される。逆も然りで、馬鹿にされる者だっている。現代では差別というのはあまり好印象を持たれない思想だが、学校という子供の空間では、そういうものが自然発生してしまうのが現状だ。酷い場合、それが虐めに発展する場合もある。
そしてそれを実行したのが、私、瑠璃波優那だ。
中学校の頃の話だ。私のクラス---1年B組では虐めが起きていた。虐められたのは藤森という男子生徒。虐めたのは、私だった。
藤森は私と同じ1年B組の所属だ。頭の良さは平均並みだが、運動に関しては全くの無能で、ルックス最悪の下衆---当時の私の言葉を借りればこんな感じだろう。
実は、彼と私は小学校も同じで、私は子供時代の彼の姿を知っている。所謂、オタクだ。小学生にしては稀なアイドルオタで、主は3次元。小学校の頃はそれに関して全く隠す気は無かったようで、彼の友達も囃し立ててはいたが、虐めまでには発展していなかった。
だが、私は違った。
彼を虐めて、中学では学年のトップに君臨すると決めた。これが私の中学校での、スクールカーストの始まりだ。
彼は、中学校時代は自分がオタであることを隠匿しようとしていたようだが、私はその事実を彼の身近な人達に暴露した。忽ちその噂は広がり、彼への虐めは自然な流れとして発生した。というより私が最初に彼を罵り始めた。
一言、キモい、と。
私は晴れてスクールカーストのトップに屹立した。段階的にも楽勝だった。実際のカースト制度でいうバラモンだ。運動神経は良かった方だし、自他共に認める天才であったし、男子生徒からは学年のアイドルと称される程のルックスは兼ね備えていた。
だが、先生や皆は私の本性を知らない。私は度々、藤森を校舎裏に呼び出して、暴力を加えた。時には私の側近の女子生徒である菅原と山本も加わって彼を虐めていた。私はクラスの女王だった。
私は当時、彼を虐める事に何の抵抗も感じていなかった。何故、虐めがいけないのかもさえ理解していなかった。虐めは、虐められる奴が悪だから、女王が裁きを下す。悪を悪だと正しく認識している人間は私に加われば良いし、それ以外の介入は一切必要無い。
だが、それが間違いだった。私は、悪と一般の区別がつかない馬鹿だったと、後から気付いたのだ。その引き金になったのが、今の私が持つ《探情眼》だ。
MEI内では、トラウマ的現象・事件が発生した際にその逆転要素になる《眼》が身に付くというのが定石、そうでなければ遺伝性により、理や黄緑谷のように生まれつきからその《眼》を兼ね備えている、というのが一般的な推論になっている。
私は、そのどちらにも該当しない。ある日、朝早く起床したら《それ》は憑いていた。
私はMEIのメンバー全員のトラウマ現象を把握している。だが、誰もがこの様な特殊なケースは体験したことが無い、と言う。
当時、私は13歳。起きると《右眼》が激しく疼いた。ゴミでも入ったのだろうかと思って、鏡を見た。
だがそれは左目と色が異なる、《オッドアイ》だった。自分でも自惚れる程の、美しい瑠璃色だった。絵の具でこの色を再現するには一体どのくらいの手間が掛かるのだろう---そんな事を思いながら、私は取り敢えずリビングの母の元へ向かった。
母は、持っていた杓文字を落としてこちらの顔を見た。
「…」
口を開けたまま、ただ呆然とするだけだった。
だけど、私の脳内には訴えかけられていた。
『…何これ?』
「…!?」
突然、そんな声が聞こえた。エコー加工が入った感じの、でも間違いなく目の前にいる母の声だ。
母は喋ってない。腹話術でも使ったのだろうか、と考えていると、
「どうした?」
父がリビングに入って来た。私の顔立ちは、どちらかと言うと父の方が譲り受けが強い、とよく言われる。
だが、それを証明するものが顔の他にもあった。
『…っ!! まさか、親父が言っていたアレが…!!』
「…親父が言っていたアレって?」
「な…!!?」
「あ、やば…」
流れで言葉を漏らしてしまった。だが、もう遅い。
「…あなた」
母が父を睨み付ける。
「あ、いや、これは、その…」
父は慌てて弁解をしようとするが、言葉が紡がれない。こう言うのを、図星と言うのか。
私は溜め息をついた。
「めんどい…もう学校行く」
「お、おい!! 朝飯は?」
「要らない」
私は制服にさっと着替えると、足早に家を出て行った。
五月蝿い。とても騒がしい。脳が爆発しそうだ。
電車の中、私は乗客の声を聞いていた。
例えば目の前に座っているサラリーマンは、上司から何か言われたようで恐怖に打ち震えている。
例えば隣に立つ男子高校生は何かの本を片手に、脳内で必死に英単語の数々を繰り返している。
私は、どうやら人の心が覗けるようになったらしかった。十中八九、この《眼》が原因だろう。
朝の両親のやりとりは帰ってから片付けるとして、これは良い能力を手に入れた。これで高校の奴らの内情を剥き出しにしてやろう。
(…しかし)
つくづく、不完全な能力だ。この《眼》は開かれている間はずっと、私の意思に関係無く人の心を読み取ってしまうようだ。面倒な時は《眼》を閉じていれば能力は抑えられるが、ずっと《片眼》を瞑って生活するわけにも行かない。
(…薬局で眼帯でも買っていくか…)
私は電車を降りると、医療品店へ立ち寄った。
「あ、おはよう優那…って、それ、どしたの?」
「いや、ちょっとね…」
教室に入って早々、声を掛けてきたのは菅原だった。スクールカーストでは、せいぜい上の中程度だろうか。特別可愛いというわけではないが、私と一緒にいるお陰で上位に立てていると言っても過言では無いだろう。
すると、もう一人の側近、山本が教室に入って来た。虎の威を借りている、もう一人の狐。
「おはー、ん、優那?」
「あー…怪我しちゃて」
「何だ、中二病にでも目覚めたのかと思った」
「んなわけないでしょう?」
私は山本を強く睨み付ける。だが、片目だからか、いまいち威圧に欠けて彼女はびくりとも怯まなかった。
(…っ)
私は、何ともこの現状に理解を示せなかった。
(…あんまり意味無いな)
私は放課後のテニス部の活動中、校庭の水道で顔を洗っていた。
正面の鏡を見る。眼帯は取ったので瑠璃色の《眼》が露出していた。
《異能力眼》。能力自体は便利だが、使い勝手が非常に悪い。今日は教室で、度々眼帯を捲って色々な生徒の心を探ったが、こそこそやっているのはどうにも格好つかない。
(…左目に瑠璃色のカラコン入れて…いや、駄目だ)
既に学校の生徒には、私が生粋の黒目であることは露見している。だが、相手と面を向き合って相談、口論、虐めをしている時にその相手の思考が読み取れれば、私はどんな奴も論破できる。どうにかして、相手の心を正面から読み解く方法を編み出さなければ…。
そんな事を、私が考えている時だった。
「へぇ、面白い」
「!!!」
その声に、戦慄した。
正面の鏡を見て、驚愕した。
その男の歪んだ笑みを見て、恐怖した。
「《異能力眼》は本当にあったんだ」
「っ…藤森!! お前」
私は振り向いて藤森の顔を殴ろうとした。が、
「バラしていいんだ?」
彼のこの一言に、その拳は止められてしまった。
「…ちっ」
「いつもの所に行こう」
「…」
私は、藤森の歩みに連れて校舎裏に向かった。陰に隠れていて、他の生徒の視線は殆ど介入しない。
「…ここならゆっくり話ができる」
「何様のつもりだ」
私は、下を俯いて話す。
「…いつもならこんな事言えば、僕の事を殴って来るのに」
藤森は、顔のルックスが最悪だ。少なくとも私のクラスの中では最下位の顔立ちである。そんな奴に、私が口論で押されている。
「…黙ってれば今まで通りだ。お前は私にこれ以上干渉するな」
「なら僕が《それ》を黙っている代わりに、今まで僕に浴びせた罵声を全て撤回して…」
非常に苛立った。こいつは、私の《眼》を見た位でどこまで偉そうにするつもりなのか。
そんな思いが、こんな言葉を吐き出させた。
「…は? 嫌だよ、私の事だってアイドルみたいに付けてた癖に」
---それは、不意だった。
小さく、彼の舌打ちが聞こえると---
「っ!!!?」
藤森の右拳が私の左頬を強く殴打した。私は衝撃で後ろの壁に後頭部を打ち付けられる。
「っ…て…てめ…」
「嘗めてるのはどっちだ!!!」
いきなり彼が吠えて、私はびくりと身体を震わせた。
「散々僕を馬鹿にしやがって…アイドル好きで何が悪いんだ!!!」
再び、藤森の拳が襲いかかる。一発目の右ストレートは何とかかわすが、二発目の腹パンには反応が追い付かなかった。
「がっ…は!!」
私はお腹を押さえて地面に踞る。だが、更にそこに彼の膝蹴りが炸裂する。
「どこまで虚仮にするつもりだ!!! もうこっちは我慢の限界なんだよ!!!」
藤森は蹴り続けた。私は顔を上げて、彼を何とか《眼》で捉える。
心情は---殺意だった。
嫌悪、嫉妬、憤怒---それらの更に上を行く、本物の殺意だった。本気で、私を殺す気だ。
私は、畏怖した。私だって蹴った事はあるが、そんなのは、こいつにとっては痒い程度にしか感じていなかったのかも知れない。華奢な私の脚では、怪我にさえ及ばない。だが、こいつが今私にしている蹴りは、一発で私の身体に痣を作った。それが何発も繰り返される。中学時代は私に腕相撲さえ及ばなかったこいつを、恐ろしく感じてしまった。これ以上は、本当に死んでしまう。
「やめて…お願い、やめてよ!!!」
私は悲鳴に近い声で叫んだ。
藤森の蹴りはすぐに止んだ。上から声が降り掛かる。
「…そういう声を期待してんだ、こっちは」
(…!!)
こいつの本性は、本当はこれなのか。冗談だと思いたい。
「気分が良くなった…帰る」
藤森は微笑と共にそう吐き捨てると、さっさと私の前から去って行った。
---私は、初めて彼の前で涙を見せてしまった。
***
「その後両親は離婚、親権はお父さんの方に回ったけど、すぐ家は離れたよ。これが私の、くらーい過去」
全てを語り終えた瑠璃波先輩は私に微笑み掛けた。
「…」
「黒乃ちゃん、驚いてるわね」
先輩は《探情眼》を輝かせる。
「そ、そりゃ驚きますよ…瑠璃波先輩のサディスト時代なんて考えたくもない」
「そうね…だから私はどうにも、この《眼》に上手く付き合えない…人生を狂わせたものだから」
瑠璃波先輩は少し表情を曇らせる。
「私はこの《眼》で、菅原と関口にも嫌われてる事が分かったの」
「えっ!? あの、後ろ楯の…」
「そう、そもそも楯という認識が間違っていたのね…彼女たちとの関係は自分からすれば、少し歪ながらも友達であったはずなのに、あの2人はそうではないと思っていた」
「瑠璃波先輩…」
「それから藤森君。彼は悪ではなかった。そもそも私は、善悪の尺度を間違えていたのよ」
「…どういうことですか?」
「ある人が好きであるものは、その人が好きであるというただそれだけの事実で、そこに他人の干渉は不要。もしも干渉するなら、一時的に善悪判断の定規は、相手ではなく自分が直すべきだってこと」
「…でも、それは普遍的な事なんじゃ…」
「…黒乃ちゃんは良い子ね…でも、それが分からない、例えば昔の私みたいな愚者もいる」
私は褒められたらしいが、理解は伴わなかった。
「でもそうなると、批評家の存在を否定する事になるし、逆にテロ組織の過激思想を肯定する事になる…そこの線引きが難しいのよね」
「はぁ…」
そこは法律が何とかしてくれているのかも知れない。ある程度の思想の自由は認められているが、それが犯罪ラインを越えるとアウト。日本国憲法で言う「公共の福祉」とは、それに近いものなのだろう。
「てか、先輩…」
「ん、何?」
「今、そんな話をしている時でしょうか…」
実は、今の私たちは船内の廊下を走っている最中だった。
「こんな時だから話してるのよ。さっきの爆発で、もし私が死んだら、私から直接話すことは出来ないんだから」
「…皆は知らないんですか?」
「聡以外には一切話してないわ。和樹が《眼》で盗み見している可能性はあるけど」
「…いや、でも爆発ですよ? 早く逃げないと…」
数分前、船内に大きな轟音が鳴り響いたのだ。最初は何が起こったのか分からなかったが、暫くしてから船内放送が流れたのだ。船体に穴が空いた、と。
「この爆発…《インビジブル》ですかね」
「間違いないわ、船底に爆弾でも仕掛けてたんでしょ…加えて」
「加えて?」
私は先輩の顔を見る。
「黒乃ちゃんの《血》は回収済…もしも昨日のアザータワーの件で、その《着色眼》使いが言っていた通りあと2色なら、残るは雪音ちゃんの回収のみ…。だけど、その前に爆弾が爆発したって事は…」
「…インビジブルは既に雪音の《血》を採った…?」
「恐らく」
瑠璃波先輩は深刻な顔をした。
「ま…まずいじゃないですか!! 早く雪音の安否を確認しないと」
「そうね…芸能人相手にそんな手荒な真似はしてないとは思うけど」
---その時。
「!!!」
私と先輩は同時に立ち止まった。
私たちの20mほど先に立っていたのは、短い紫髪の少女。昨日会ったばかりの、亡霊。
そして、その細い左手に握られているのは、赤い液体の入った二つの小瓶。
「…っ!!! やっぱり…!!!」
「…大丈夫…殺しては…いない…」
紫髪の少女は背中から刀を抜き取りながら言った。やはり小声で、嘗ての彼女の様子ではなかった。
「あれが昨日の榛葉紫乙葉って子…やばそうだね…」
「瑠璃波先輩---先に行ってください」
私は、ドレスのスカートの中に隠してた刀の柄を隙間から出す。
「えっ!!! ちょ…駄目だよ、穏和に終わらせないと」
「向こうは穏和なんて言葉は知らないようですが?」
乙葉の顔を見る。相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。ただ、刀はこちらに向けるだけだ。
「でも…黒乃ちゃん、怪我してるし」
「先輩は武器持ってないでしょう? 私が戦った方が勝算があります」
「う…」
盲点を突かれた先輩は、言葉に詰まった。
今の私は、どうしてこんなにも強気でいられるのか。自分でも分からない。
いや、薄々気付いてはいるのだろうか。自分の戦わなければならない理由に。
「でも2人は…」
「先輩は雪音と白神先輩、あと課長を連れて先に脱出して…お願いですから…。…これは、私が蹴りをつける戦いなんです」
「黒乃ちゃん…」
私は、先輩に乙葉が2年前、私の犠牲になった死んだ友達である事は話していない。でも、どうせこの人は《探情眼》で分かっている筈だ。先輩は、元同級生同士が殺し合う所なんて見たくないし、実現させたくないのだろう。
「…分かった」
だからこう言い、こう言わせるのは互いに苦だった。先輩に、それを認めさせるのは、本来なら私だってしたくはないことだったのに。
「…ごめんなさい」
私が謝ると、瑠璃波先輩はそれ以上私の顔は見ずに乙葉の側を通過して先へ進んで行った。
「…乙葉、何で今、先輩を殺さなかったの?」
先輩の姿が見えなくなった後、私は乙葉に尋ねた。
「…私の…目的は……あなたたちを…止める事じゃない…この爆発も、言われてやってる…」
「え?」
「私の目的は…あなたと…決別する事」
「!!!」
私はその強い言葉にどきりとした。
「昨日…赤髪の人の《眼》を使って…それから…ずっと…。…苛んでる」
「そんな…」
《遡刻眼》で私の過去を見て、自分の存在意義が不鮮明になったのか。でも確かに、本人にとっては私は赤の他人で、その人の過去の中で彼女はトラックに轢かれて事故死しているのだ。これでは、自分が生きているのか死んでいるのか分からないだろう。
「あなたさえ…いなければ…このことは忘れられる」
「そんな…」
「だから…戦う」
乙葉は、改めて剣先を向ける。
---どうして、こうなってしまうのだ。
あまりに、道理が通っていない。こんな戦いは不要な筈なのに。
でも、戦わなければ。
私は、彼女に言いたいことがある。
「あのね---乙葉」
「…?」
「いきなりだけど、私、乙葉が死んでから、手紙を書いたの。2年も前に書いたんだけど、私、まだ復唱できるよ」
「…」
何度も推敲した。駄文だ。忘れる筈が無い。
***
拝啓---榛葉紫乙葉
私は乙葉の言う通りにすべきだった。
私はあの時、あなたとの関係に悩んでいるのに夢中だった。
どうしたらあなたとの仲を履修できるのか、って。
確かに一緒にいられた期間は短かったけど。
でもそれは私の心の中にしっかりと刻み込まれてる。
楽しくて、残酷な思い出。
私は結局、剣道部に入る予定です。
今更、本当遅いよね。
でも、それで乙葉の、この世界に残した未練を、少しでも代行してあげられたら、って思ってる。
それであなたが、少しでも私の事を見守ってくれたら、私は嬉しいです。
---どうか、安らかに、眠って。
***
私が2年前の手紙を読んだ後。
「…っ」
正面に立っている乙葉は、初めて感情を表に出した。
殺意だ。
瑠璃波先輩の話に出てきた、藤森という男子生徒の感情と一致するのだろう。目から、手の震えから、歯軋りから。私を許さないという意思が抑えきれずに溢れ出ていた。
「これ以上…余計なことは…思い出したくない…」
「うん、分かってる。うざいよね…気持ち悪いよね…殺したいよね…? でも、それじゃ私が駄目」
私は2年間、この辛い思い出を忘れていた。でもそれは自分勝手だ。私が彼女に送った手紙は短かったし、内容も薄っぺらい。本当にあの事故に向き合えた事なんてずっと無かった。長い間、逃げ続けていたんだ。
「その髪飾り」
私は乙葉の頭の左側を指差した。そして、同じ模様のリボンが私の頭の右側にも。いつもは乙葉の事を忘れたくて着けてなかった赤いリボン。
「私と乙葉が浅草寺で買ったお揃いのリボン…って言ったら、怒る?」
「…」
乙葉の顔には明らかな嫌悪感を示していた。
「昨日、乙葉が現れてくれなかったら、私はずっと遁走してたよ…あの思い出から」
「じゃあそのまま逃げていれば良かった!!!」
突然、乙葉が叫んだ。いきなりだったので、私は少しばかり怯んだ。
---だけど、逃げちゃけいない。
「…もうたくさん…私はあなたを殺して…昨日の事も、今日話した事も、全部忘れる」
「…だったら私は、乙葉にちゃんと向き合う。2年前の怒りも、理不尽さも、全部私にぶつけて」
私は抜刀した。竹刀とは違う、本気で相手を殺す為の剣。
船の沈没まで時間が無い。雪音たちも捜さなきゃならない。
速攻で片付けて、全てを終わらせる。
「乙葉---待ってて」
私がそう呟いた途端。
「---絶対に、殺す」
乙葉は、怒りの一歩を踏み出した。
絶対に、このまま終わらせたりはしない。
---2年の時を経て、私は戦うんだ。




