表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DiAL  作者:
第1章「縋るべき場所」
3/48

#2「Encounter」

「ここだ」

私が赤髪の制服男に連れられたのは、渋谷区郊外にあるとある廃ビルの10階。

「え…?」

外観は寂れた灰色のビル。内部にも人の様子は全く無い。1階に全フロアの一覧表が書かれた板があったが、企業の名前は掠れてもう見えなくなっていた。

「まさか…ヤンキーの溜まり場とかですか?」

「いい加減信用してくれよ---少なくともお前が得する場所だ。あともうそろ敬語やめてくれ、やりづらい」

「え、あ、はい…うん」

私達は奥に進むとボタンを押してエレベーターに乗り込んだ。電気の供給は来ているようだ。

「そうえいばまだ名乗ってなかったな」

男は10Fのボタンをタッチすると、私の方に振り向いて胸ポケットから名刺を取り出した。

MEI(メイ)所属A班班長、赤原和樹(せきはらかずき)だ。和樹って呼んでくれ」

和樹と名乗った赤髪男から貰った名刺には彼の顔写真と所属組織名、管轄が記されていた。

やはり顔立ちはいいなとは思ったが、それより気になった点が一ヶ所。

(火傷…)

気に障るかも知れないと思って口には出さなかったが、どうにも気になった。理由は分からないが、能力を発動したまま写真を撮ったようで《右眼》も赤く染まっていた。

「俺はここに所属して3年目だ」

「…和樹…くん、これから行くのは、そのMEIって所なの?」

「ああ…あとくん付けもやめろ」

そんなことを駄弁りながらエレベーターを降りて歩みを進めると、二人は一枚の扉の前に立った。銀色に輝く鉄製の左右開閉式ドアだ。その隣には、電子操作ロックタッチパネル。廃ビルの癖して、何故かここだけ随分とハイテクだ。

「ちょっと待ってろ」

そう言うと、和樹はパネルに触れて画面を出した。


…。

……。

………。


「あの…長い…」

「数字、アルファベット混合の暗証番号22桁だからな」

「に、22桁!? し、しかもアルファベット混合って36進法…」

どんだけ厳重にしているんだ。やっぱり私、やばい施設に連れて来られたんじゃないだろうか。

「…3、D、1…っと。よし、開いた」

パネルには《UNLOCKED》の文字。和樹が扉のボタンを押すと、ドアは左右に開いた。

「リーダー、例の女の子、誘か…連れてきました」

「今完全に誘拐って言おうとしたよね?」

「気のせいだ」

そう言って和樹は私に中に入るように促した。私はたじろぎながら足を踏み入れた。




「うわっ!!?」

私はまず、部屋の様子に驚いた。

一番奥の壁には巨大なスクリーン。警視庁にありそうな、大きなパネル。東京23区全体の地図が映されているようだ。ところどころに赤い点が点滅している。その手前に置いてあるのは、大量の薄型パソコン。何人か作業している。本当に、廃ビルにしては似合わないハイテクっぷりだ。

そして、その中の一人、いかにもボスらしい風情の、初老は越えているであろう男が立ち上がった。

「和樹君」

「いえ、紺堂リーダー…それより」

和樹は、紺堂と呼ばれた紺色髪の男の前に私を連れ出す。スーツ姿で、いかにも現役のサラリーマンらしい姿だ。

両目には何の変化もないが、この人もまた、和樹と同じように、何かしらの能力を持っているのだろうか。

「すまない、少し手荒な真似をしてしまって。私は紺堂篤史(あつし)。和樹君と似たように、私も《改竄眼(リメイクアイ)》という特殊な《眼》を持っていてのだが、歳とともに老化して今はもう使えない」

(紺堂…篤史…。どこかで聴いたことがあるような…)

不思議な既視感があった。彼の貫禄ある容貌、名前、声のトーン…前にどこかであったような気がした。有名人の類ではないが、私の記憶の中に潜在的に存在する何か。

ついでに気になったのは、老化という言葉だ。この不思議な力は歳をとれば失われていくものなのだろうか?

すると、紺堂リーダーは私の《眼》を見て、高らかに宣言した。





「ようこそ、MEIへ」





「…あ、はい」

メイ。さっき和樹の名刺を見ても思ったが、どんな組織か全く予測不能だ。

「まあ、MEIと言っても分からんだろう…これから私が説明」

「僕が説明しよう!!!!!」

「うわっ!?」

いきなりパソコン群から一人の白髪男が立ち上がって顔を出した。和樹に負けず劣らずのイケメンフェイス。大学生ぐらいだろうか。上は白と黄色のボーダー服、下は青いジーンズ。何の飾り気もない服装だ。

だが、やはり注目すべき点が一つ。《右眼》を---黄緑色のニット帽で隠しているのだ。

私はそれについて尋ねようかと思ったが、取り敢えず先に名前を訊く事にした。

「だ…誰ですか?」

「彼はMEI所属B班班長の白神聡(しらかみさとる)君だ…。彼を一言で表すなら、そうだな…俗に言うロリコン」

「ろ、ロリコン?」

え、なんかイメージ違う。普通のまともな大学生に見えると思ったが、

「和樹君が《異能力者》の君を見つけてきた時、一番喜んでいたのは彼だったかな」

「う…」

私は一歩退く。が、

「いやー、君が黒乃ちゃんかい? 和樹が君を見つけてから何日待ったことか…」

「昨日見つけたんだけどな…」

和樹が私の横で一言添える。

「強調表現だよ和樹…ふふーん、身長155.2cmのJKか…」

「な、何で小数第一位まで知ってんですか!?」

私は身長を他言するは、小数点以下までは公言しないようにしているのだが…やばい、この人危険だ。

「見れば目測でわかるさ…っと、話が逸れるところだった。説明に入ろう」

白神先輩はYシャツの襟を正した。もう十分逸れていたと思うが…。

「…Magic Eyes Institution…縮めてMEI」

「ポ○ットモンスター、縮めてポ○モンみたいに言わないで下さい…」

凄ぶる神発音は、私の鼓膜に嫌な感覚を残して空中に消えた。すると、白神先輩は派手に驚いた様子をする。

「おお!! 何と17歳JK世代に、あの約30年前に生まれたポ○モンを知っている子がいるとは…」

「い、いいから話進めて下さいよ!!」

「おお…JK、古参要素に加えてツンデレ属性まで組み込んでくるか…」

「…もうやだこの人…」

私は頭を抱えて本気で悩んでいた。流石に白神先輩も反省したのか、きりっとした顔になった。

「MEIは君みたいな《異能力者》が集まる特殊組織だ。主に街の巡回をして治安維持をするけど、たまにヤバい組織とも戦う。他にも《異能力眼》の研究なんかもしている」

「さっきから気になってたんですけど、《異能力眼》って何ですか…?」

何となく想像はつくが、一応定義的なものがあるかも知れないので私は尋ねてみた。

「君の《眼》や、和樹の《遡刻眼》のように、特殊な力を持った《眼》の総称だ。ディスクリミネーションな話題で申し訳ないけど、《異能力眼》持ちの人々は他の人々に差別的に見られる傾向にある」

「え…?」

《異能力眼》は不思議な能力。それ故、普通の人間からは「人間じゃない」と怪訝な眼で見られるといいう意味なのだろうが、私は少しばかりショックを受けた。まあでも確かに、私がこの《終末眼》で相手の死亡時刻を時、分、秒まで当てたら、その相手は間違いなく私を恐れるだろう。

もし、私の《眼》が学校の皆にバレたら、剣道大会での実績は全てズルだと思われる。賞状を失うことが怖いのではない。周りからの視線が怖い。白神先輩の言葉に、私の周囲に対する意識はやや警戒心を抱く。

「基本的に《眼》は遺伝性だ。親が遺伝子を持っていれば、子供にその潜在意識が残る。そして、稀に生まれつきでも持つケースもあるけど、大体の場合《眼》は人生の中で何かしらのトラウマ的イベントがあった時、突然宿る能力だ」

「じゃあ、元々《異能力眼》の素質…その…遺伝子的なやつがなければ身に付かない?」

「ああ」




「---つまり、私の《眼》を無くすのは不可能ですか?」




私は白神先輩に問い掛けた。白神先輩は私の質問に少し驚いたような表情を浮かべた。

「…何か抹消したい理由でも?」

「はい」

剣道の実力より、周りからの信頼を失う方が怖い。私はそう思っている。

白神先輩は私の顔から意図を汲み取ろうとしたようだが、やがて諦めて言った。

「…今のところは無理だ。だが、研究が進めば可能かも知れない」

「…そうですか」

少しだけ、失望した。専門の組織ならどうにかできる問題なのかな、と僅かでも希望を持った私が愚かだった。

「あと一応言うと、《眼》は基本的に両目に身に付くことはないよ…ごく稀なケースだと、両眼に同じ種類の《眼》があることもあるけど」

「でもそれって意味ないじゃないですか…」

「それが、そうでもない」

すると白神先輩は、ニット帽を外した。隠された《右眼》が露わになる。

「…!! 白い《眼》…」

普通、人間の目は瞳孔部分が黒いものだが、和樹や白神先輩を見る限り、私たちはどうもそこの色が一般の人々とは異なるようだ。鏡で見れば即座に分かる話なのだが、私は《碧》で、和樹は《赤》。白神先輩の場合は《白》で、白目の部分を含めたら《右眼》は殆ど真っ白だ。

「僕の《異能力眼》は《透視眼(トランスアイ)》---壁や扉の奥の物質を透視して明度を見極められる《眼》だ。例えばここの左の部屋は寝室だとか、この床下は空き部屋だとか、今日の黒乃ちゃんは黒パ…」

「だあああああ!!!!! それ以上言わないで!!!!!!!」

私は白神先輩に飛び付いて《眼》を覆った。初対面の人に何て事を言う人だ…。

が、彼からは意外な返答が。

「お? やっぱり黒なの?」

「…え?」

白神先輩は私の手をぐいっと退けた。

「言っただろ? 僕の《眼》は《明度》を見極める---って。つまり色の三元素の残り2つ、《色相》と《彩度》に関しては見極められない。言ってしまえば、そのスカートの奥に見えてるのはただの白黒世界だ」

「…あの、急に頭いい感じのこと言っても許しませんよ?」

美術の授業で色の三原色については習ったので、先輩の言おうとしていることは理解できる。色相や彩度は区別できないから、壁の奥の物体に関して得られる情報は、その物体の形と色の明るさだけなのだろう。黒というのは明度の一番低い色だから、色の選択肢が削りやすかったのかもしれない。

「まあそんな事はどうでもいい。もう一つ《眼》について言わなきゃならないことが…」

(どうでもよくないって…)

私は不満を心の呟いたが、白神先輩はニット帽を再び深く被ると気にせず話を続けた。

「黒乃ちゃん、何か気付かないか? 君と僕らの《眼》を比べて」

「え、何って、色が違うだけ……あ」

そこで、私はずっと気がかりだった事を思い出した。

「何だい?」

白神が言葉を促す。





「位置が違う…」





和樹や先輩の《眼》は右側なのに対して、私の《眼》は左側だ。

「そうそう、それそれ。右の《眼》は制御不可能なんだ」

「え? そ、それ、すごい不便じゃないですか?」

「ああ」

代わりに答えたのは和樹だった。

「この《眼》が誰かを見ている限り、俺はその人の過去を見続けてしまう。《眼》が身について7年経つと流石に扱いが分かってきたが、それでも能力の制御が10秒持つか持たない程度のレベルだ。だから右の《異能力者》は大体眼帯やら何かをつけて日常を過ごす。偶然にもお前は左だけど、日本の《異能力者》の人口に占める割合は、右が約80%に対して、左はおよそ20%と推測されている」

「へえ…左の方がレアなんだ…」

やった、私、希少価値だ。ちなみに後から聞いた話によると、MEIの支部が渋谷の他にも国内に何ヶ所か極秘にあるらしい。統計結果はその各支部のデータから算出したのだろう。

「そこで、だ」

今まで沈黙を守っていた紺色髪の男が口を開いた。




「黒乃君、君にMEIに加入して欲しいんだ」


「---嫌です」




私は男が言い終わる前に答えた。

「…まさか即答されるとは」

さすがに男もこれには驚く。他の二人も「え? 何で?」という顔だ。



私が誘いを断ったのには理由が二つある。

一つは、MEIの危険性。

話を聞く限り、私がMEIに入ったら、間違いなくそういった犯罪組織と対峙する事になるのだろう。いくら何でも、リスクが大きすぎる。

そして、もう一つの理由は。

「あのー、もしかして僕が嫌いだから?」

「まあ、8割方そうです」

私は思わず言い切ってしまった。白神先輩は考える様な動作をする。

「んー困ったな…今も言ったけど、左の《異能力者》は希少だし、和樹から聞いた話だけど未来視ともなれば有力な戦闘員になる。僕みたいな変人の他にも、まともな人はいるから、さ…」

「いやでも…」

白神先輩が私との交渉を続けていると、突然、後ろの入口のドアが開いた。






「---戻ったよ」






私はまず、その透き通るような声に驚愕した。

(…!?)

私は、その声に聞き覚えがあって、すぐに入口を振り向いた。




「虚構世界は相も変わらず煩かった…」



その姿は。




「やはりこの地は僕に馴染む…が、一つ、見慣れない影が漂うね」




一面は私の同級生、もう一面は大人気アイドル的存在の歌手。






「---ここでの僕と君の出会いは、必然だったのかな?」






「ゆ…雪音!! どうしてここに!?」

そこに立っていたのは、紛れもなく私のクラスメイト---水樹雪音だった。

一人称は僕。《右眼》にはいつもの黒い眼帯。雪の結晶の模様が施されたそれは、相変わらず異質の力を思わせる。水色のショートヘアを小刻みに揺らしながら、彼女は私ににじり寄る。

「それは僕の台詞さ…何故、君が組織に?」

「うっ…」

私は言葉に詰まった。

私が《異能力者》である事を言えば、嫌われてしまわないだろうか。

「自分が《異能力者》である事を言えば、嫌われてしまわないだろうか---とか考えてるのかい?」

「うん…って、え!?」

思考をそのままリピートしたような雪音の言葉に、私は驚いた。

「大丈夫、君は僕の唯一無二の友だから」

雪音は私に笑ってかけた。久しぶりの顔、久しぶりの笑顔。

「…あ、ありがとう」

その天使の如く透き通ったな雪音の声に、私は安堵を覚えた。




その後、私は《眼》に関する秘密を全て話した。

私が《終末眼》持ちであること、学校のみんなにはその存在を隠していること。

話を聞き終えた雪音は一つ、ぽつりと言った。

「うん、知ってたよ」

「…」

私が長々と話していたのは、本当に無意味だったようだ。どうやら雪音が最初に私の《眼》に気付いて、和樹が学校へ迎えに行ったようだ。

「…それで、君は加入を拒絶するのかい?」

「…うん…危ない橋、渡るみたいだし」

「そうかい」

雪音は深い溜め息をつく。

「---僕がMEIに加入したのは、この《右眼》の力を完全に無くしたいからだ…この世界から」

雪音の動機は私と同じに感じられた。だが、ここからが、私と雪音の決定的な差だった。






「黒乃の《眼》…《終末眼》と云うのかい? 《それ》は未来が見えるようだけど、僕の《眼》はそんなに甘くない。未来の盗撮は、悪いことではないさ…ましてや左なら制御が効くし…。…でも、僕の《眼》は右側にある上、場合によっては人を殺すほどの威力を放つ」






「え…」

能力で人を殺す? そんな事が可能なのか?

今までは中二病を振る舞う為の眼帯だと思っていたが、雪音もどうやら《異能力者》らしい。MEIに来たのだから当たり前なのだが、その事実を受け入れるのは私にはやや難しかった。

---殺人兵に成り果てるほどの《眼》。

「僕はこの《眼》を消したいんじゃなく、消さなきゃならないのさ…。…謂わばそう、権利に対する義務。僕は元の姿を取り戻して、再び、この世界を普遍的な目で眺めてみたい」

雪音は私の肩にのしかかるように手を置いた。



「僕からもお願いだ、黒乃。自分の為にならなくても、助けるという行為は赦されることだ…僕の《異能力眼》除去を手伝う、という建前で、MEIに身を置いてくれないか?」



雪音の瞳は、真っ直ぐな眼差しをしていた。思わず私は、



「う、うん…」



流された。

「決まりだな」

私の決断にリーダーも笑っている。すると、和樹が寄ってきた。

「よろしくな、黒乃」

和樹は手を差し伸べる。私はその手を迷いなく握った。信頼できる仲間だと思ったのだ。

「うん、よろしく、和樹…」

彼の手は、誰よりも温かかった。




何だか、とても楽しそうな場所だ。

雪音があんなに楽しそうなところ、学校では見た事が無かった。

私は、この《眼》を消さなくちゃならない。

ズルして生きてきた自分を消さなくちゃならない。



---私が縋るべき場所は、ここだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ