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DiAL  作者:
第5章「あなたは、誰」
25/48

#24「Black or white」

「白神先輩…?」

私は暗闇の中、屈み込んで先輩の顔色を窺う。そこには、先程までの血色の良い顔は消え去り、何か未知に怯える顔が現れていた。

「先輩、暗い所苦手なんですか」

「…僕らはもう駄目だ」

「え?」

挙動が不審だった。今は発動の必要も無いはずの《透視眼》が白みを増している。

「先が透けて見える…絶望的な未来が…前もそうだった!!」

「ちょ、先輩…」

()()の先で皆は死んだ。今回も同じだ…僕は無力にも箱の中で叫ぶだけで!!」

「先輩!!」

私は先輩の両肩を大きく叩いた。僅かに、目の焦点が戻る。

「大丈夫です…大丈夫ですから」

「何を根拠に…精神論を騙るな!!」

「精神論じゃないです!!」

私は先輩をぎゅっと抱き締める。

頬を伝って体温を感じた。そこに流れる涙の温度も。とても悲しく、辛い心内だ。

私は、自分の《終末眼》と白神先輩の《透視眼》をかち合わせた。僅かな距離感に、《碧》と《白》の直線が静かに交錯する。

「私にはちゃんと見えてます…。確かにこの後何が起こるか分からなくて、私でもこの先の未来は予測がつかない」

「なら…」

「でも見えるんです。この戦いの後、先輩がちゃんと笑って過ごしている姿が」

私には完全に予測しているのだ。確かに、この先何時間かは色々な可能性が混在していて、時間軸を一つに絞れない。でもこれだけは言える。




---先輩は、絶対に死なない。いや、死なせない。




「そのグレーゾーンの未来は…?」

先輩は、か細い声を発する。

「不鮮明です。でも、そこの出来事を、私たちで紡ぎ出すんです。先輩の《眼》で見てください…私のこの《眼》の奥に、虚言が在りますか?」

「…僕の《眼》は物質の先に存在するものを透視するだけだ」

「そうじゃなくて…先輩の視界には、今モノクロの世界しか見えていないんでしょう? だったら、分かるはずですよ…」




---私のこの言葉は、(しろ)(くろ)か。




「…まあ、真かな」

「まあって…でも、いいです」

私は保証できる。1日後も、2日後も、きっとその先だって、私たちはこの世に存在し続ける。

私は《終末眼》を解除した。先輩も《透視眼》の光彩に黒の色素を取り戻していく。

「…ありがとう、だいぶ気が楽になった」

「いえ…先輩の不安な姿を見てたら、私も何だか怖くなってきて…」

「…だからずっと抱き付いてるの?」

「え?」

私は、自分の様子を確認した。

鼻と鼻の距離は僅か5cm。私の腕は座った状態の白神先輩の背中を包み込むように絡んでいた。この状態が、恐らく1分半ほど続いている。

「あっ!?」

「痛っ!!」

私は先輩の肩を電光石火の早さではね除けた。衝動で、先輩は後頭部をエレベーターの壁に打ち付けられる。

「あっ、べっ、別にそういうシチュエーションを作ったわけじゃないですよ!?こ、これは、その…話の流れで…って言うかいきなり先輩が叫んで…えーと」

「…やっぱりツンデレちゃんだ」

「なっ、何でそうなるんですかーっ!?人が折角慰めてあげたっていうのにー!!」

先輩の満足げな笑顔に、私は頬を膨らませる。

「ごめんごめん、でも本当助かったよ」

「え…」

そして、頬を染めた。

「そ、それは…えーと…ありがとうございます…えへへ」

「…単純」

白神先輩が何かぼそりと呟いた気がしたが、私の耳には届いていなかった。

「…そういえば…あのー…訊いていいのか分からないんですけど…先輩さっき本当にどうしたんですか?」

「あー…えーとね、閉所恐怖症…みたいな」

「みたいな?」

「僕の過去に関わる話なんだけど」

「あっ…。…じゃあ無理に話さなくても…」

何となくこれは聞いてはいけない話な気がした。MEIに入ってそこの裁量は大分理解したつもりだ。だが、

「いや、寧ろ聞いて欲しい。てか聞け」

「え?」

「僕は君に質問された以上、それに答える義務がある。それに、ツンデレちゃんの交通事故の過去話はもう聞いたしね」

「まあ、そうですけど…」

「他の人たちに比べればそんな重くないって」

「そういう問題じゃないです…」






***






僕の悲劇は、こんな感じのエレベーターの中で起きたんだ。実際に戦いの舞台になったのはタワーじゃなくてデパートだけどね。

当時11歳の僕は両親と一緒に新しい携帯電話を買いに来たんだ。その日は丁度僕の誕生日でね。

僕らは5階で買い物を済ませると、母親に2階の玩具売り場に行きたいと言った。両親はもう少し5階で家電を見たいそうであって、先に一人で行ったんだ。

エレベーター前で両親と別れて、下に降りようとした時だった。


扉が閉じた瞬間、ふっと電気が消えたんだ。


停電だろうね。ボタンは反応しないし、エレベーターは動かないし、そのフロアから動いてなかったんだと思う。扉の向こうでも、大人達の混乱している声が聞こえた。




そして、それに混ざって一発の銃声が響いたんだ。




恐ろしかったね、いきなりだったから。銃声だって分かったのは、その後に女性の叫び声が聞こえたんだ。これは只事ではないな、って咄嗟に思った。僕は幸運だったよ。発砲される前に偶々エレベーターの中に入っていたんだから。


でも、僕は同時に不幸でもあった。

両親がまだ扉の奥に居るんだ。もしかしたら、悪い奴等の人質にされてしまったかも知れない。親と一緒に行動することを拒んだ自分を呪いたくなったね。

…そう、ツンデレちゃん、勘がいいね。その通り、今の状況とほぼ同じだ。僕らは黄村から攻撃を受けているであろう琴梨たちに何の手助けも出来ない。僕らはただここに閉じ籠って戦いの結果を待つだけだ。無力だ。

そして、当時の僕もやっぱり無力だった。何とかしようとは思った。でも扉は開かないし、天井から出ようと思っても身長がまだ足りてなかった。

それでも僕は諦めなかった。

あの時の僕は、扉を叩いて叫んだ。お母さん、お父さん、って。大声で。

扉の奥の静寂が、少しざわめいた。言葉の一つ一つは全く聞き取れなかったが、自分の声は向こうに届いていたようだ。

そして、そのざわめきを切り裂く声が聞こえた。聡、ってお父さんの声がしたんだ。

親子揃って、本当愚かだったよ。親を人質に取られているのにテロ組織の気を即発させるように喚く子に、拳銃を持った彼らを無視して子の名を叫ぶ親。

その後、数秒の沈黙が流れていた。扉の奥が見えない僕は何が起こっているのか分からず、静かにしていた。両親の返信を求めて。






でも、返ってきたのは---銃声と血飛沫だった。






血飛沫は、勿論直に見たわけじゃない。銃声の後、夏場の打ち水みたいな音がしたんだ。幼い僕でも、起きたことは容易に想像がついた。




---父さんが殺された。




更に血飛沫の直後、エレベーターの扉をドンと叩くような音がした。

僕は何かとんでもない事を犯したんだと思った。事実、父親が殺される原因を作ったと言っても過言では無いだろうね。

僕は戦慄したよ。でもその感情はすぐ、別のものへと転換した。憤怒に。

僕は彼等を殺したくなった。父親が一人殺されたんだから、僕もテロ組織の誰か一人を殺す。11歳にしては恐ろしい思想だけど、本当にそう思ったんだ。

その為には、扉の先を見なくちゃならない。残酷であっても、僕には見る義務があるんじゃないか、って思った。強く懇願した。




---その時だったかな。

ふっ、と意識が消えたんだ。消えたというより、自分でない第三者に支配された、っていう感覚かな。あ、ツンデレちゃんもそんな感じだったの?奇妙な感覚だよね。

いい気分はしなかった。寧ろ、自分が何者か見失いそうで、恐怖さえ感じていた。

でも、瞼を開くと、驚きの光景が広がってた。


目の前がモノクロの世界になっていたんだ。

電気が消えていたから元々真っ暗だったわけだけど、そこに明度が追加されたんだ。

でもそれより驚いたのは、やっぱり扉の奥の景色が見えてしまったことかな。モノクロだからシルエットでしか分からないけど、一人の男が座った女の人に拳銃を向けているのが分かった。髪型から、僕のお母さんであることは分かった。お父さんを目の前で殺されて、喚いていたのだろうね。声も聞こえたし。

手前には、黒い斑模様があった。多分、エレベーターの扉に付着していたんだろうけど、多分お父さんの血だろうなとは思った。扉の前に、顔は分からないけど、一人の人間()()()者が倒れていたんだ。

これが、僕が初めて《透視眼》を使った時の状況だ。

僕は、心の整理をつける余裕なんて無かった。取り敢えず、お父さんが死んだのは間違い無かった。でも、扉の奥が見えるこの現象は何なんだ、って自問自答した。いや、答えられなかったけどね。

その時だったかな。

また銃声が響いたんだ。僕は再びモノクロの世界へ没入した。

見ると、女性が---僕のお母さんが、倒れたようであった。

男の銃を構える硬直状態から察して、脳幹を貫かれたのだろう。

また一人、死んだ。






僕は罪を背負った---《何もしなかった》、という罪。






…え、しょうがないじゃないかって?まあ、言い訳が許されるなら、そう言うかな。

でも事実、僕は理不尽に両親を殺された。そして、僕は何もできなかった。こんな《眼》では、奴らに何も仕返しなど不可能だった。

僕は何の為にこの《眼》を与えられたのだ?こんな《ガラクタ》、ただ僕に残酷な光景を見せただけだよ。僕を虐めてるのかい、って訊きたかったね。



僕は数時間後、警察が彼らを取り押さえるまでずっと、箱の中でこの疑問の答えを探し求めていたが、遂に分からないまま---僕は、救助されたとさ。




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