#23「Seek light and blood」
「もう…本当死ぬかと思いました」
「ははっ、久しぶりだったからちょっと悪戯したくて」
「最高に悪質な悪戯ですね…」
本当に世話の焼ける先輩だ。そういう所が、皆には受けているようだけど。
白神先輩が私を連れ出したのはエレベーターだった。地上階と第一展望台、第二展望台を接続している。この他にも、心柱の周りを下るようにある螺旋階段と、工事用の巨大エレベーターでもタワー上下間の移動が可能だ。
現在は非常電源がオンになっている。だが、インビジブルのメンバーが何かしらの細工をしたらしく、今は他のフロアの乗り場にあるボタンとは反応しなくなっているようだ。私たちが乗っているエレベーターの扉は閉まり、標高を示す電子パネルも真っ暗なので、どの辺の位置にあるかは分からない。電気は点いているので、特に恐怖という感情は持ち合わせていなかった。
「2人でいる間に、僕らの計画を伝えておこうか」
「僕らのって…ここから脱出する方法の事ですか?」
「違うよ、インビジブルがツンデレちゃんと和樹の《血》を回収する手筈だよ。琴梨からはどこまで聞いた?」
「えっと…今回来てるのは黄村昴と名前不明の《着色眼》使いで、私たちがここに来ているのを知って殺しに来た」
「和樹と零字も知ってる?」
「先に翠先輩が私だけに個別に話してて、その後先輩が2人に伝えに行くって去った所で停電しちゃったんですけど…。多分合流して話はされていると思う」
「分かった」
すると、白神先輩は座るように促した。壁を背にして、私と白神先輩は隣り合って座った。何だかんだ言って、2人だけで話をするのは本当に久し振りだ。
「この停電は、ここの地下電気室で《着色眼》の女の子が起こしたものだ」
「…女の子だったんですか」
「うん、トランシーバーで声を聞いたんだけど、ツンデレちゃんや雪音と同い歳かなぁ…」
「私と同い歳…」
少し、容姿が気になった。同年齢であっても民間警備組織に配属されているのと犯罪組織に加入しているのとでは大差あると思うが。一体どんな子なのだろう。
「僕は顔どころか名前も知らないけど、まあ高校生ぐらいの女の子が電気室に一人佇んでいれば一目瞭然だよね」
「まあ…それで、何で停電なんですか?」
「一般客が邪魔だからだよ」
「一般客?」
「ツンデレちゃんと和樹を見つけやすくするため」
「つまり…人数を減らして和樹を見つけやすくするってことですか?」
「そ」
和樹たちは恐らく下へ降りる前に、《奪命眼》の材料となる私を探す為に上に留まる。そうなれば、客が少ない空間で《眼》を隠した和樹を探すことは容易だ。
「え…でも」
「ん?」
「停電してたら、暗くて和樹たちを探せないじゃないですか」
「…それがね、探せちゃうんだ」
「え?」
「《黄》の要素を持つ《血》を所持する少年…黄村昴の《眼》は《光索眼》という能力を持つ」
「ライトニング…?」
「僕もさっきトランシーバーで作戦を聞いた時に初めて聞いたんだ。簡単に言えば暗視ゴーグルの役割を果たす《眼》らしい」
「あ、暗視ゴーグル?」
元々は軍事用に開発されたものだが、最近は被災地や地下水脈の捜索などにも利用されるようになってきたゴーグル、あるいはスコープの一種だ。暗い所が見えるようになる優れ物で、望遠鏡の様な形状をしている。現在はANVIS---つまり夜間航空中の飛行機で利用されるあの装置などは暗視技術が用いられているが、あれと同じと思えば良さそうだ。
「彼の能力は微小な光を探して、その光を最大限に強大化する。スマホのカメラで、画面全体を明るくする機能が付いてるだろ?あれと同じ仕組みだ」
「ああ…使ったことあります」
カメラアプリを起動すると、レンズ越しに見える景色がスクリーンに現れるが、そこをタップしたまま左右にスライドしようとすると横長のゲージコマンドが現れる。左にゲージを動かすと光を抑制、右に動かすと光を拡大する。薄暗い部屋では光を大きくし、蛍光灯のような強い光がある時は光を小さくする、といった感じに利用するのが一般的だ。
「黄村は恐らく《光索眼》を使って視界を照らし、和樹を襲って《血》を回収するつもりだ」
「で…でもそんなのどうしようも無いじゃないですか」
「ああ、一応琴梨にはこの事は伝えてあるから、何かしらの手は打ってくれるとは思うが…」
白神先輩は左拳を顎に当てて考える仕草をとる。
「その後は、どうするんですか?」
「黄村はエレベーターで戻って来る。そのついでにツンデレちゃんと合流して《血》を採り、電気室の女の子と一緒に遁走する」
「…白神先輩が私をここに誘導したのは、先輩が私の《血》を採るため?」
「勿論そんな事しないけどね…適当に逃げられたとか言って誤魔化しておくよ…」
先輩は笑顔で頷いた。後でメンバーに責められないか少し不安になるが、私にもそれしか言い訳が思い付かなかった。
「じゃあ、私たちは上の階に呼ばれるまで身動きが取れないから何か作戦を…」
そう言って私が立ち上がろうとした時。
ふっ、とエレベーター内の電気が消えた。
「え…?」
天井が消灯したのだ。内部からエレベーターは元々動かせないから、その点では状況は変わらない。非常電源さえも落とした、という事なのだろうか。
「先輩、これどういう…」
そう思って、私が振り向いて白神先輩の顔を覗き込んだ。
しかし。
「あ…あぁ…」
「せ…先輩?」
先輩は、恐怖の色に満ちた顔で座り込んでいた。
***
その頃。
「繰り返します、お客様は慌てず、こちらの非常階段を…」
第二展望台。混乱する一般客、哭声を上げる子供、怒鳴り散らす老人など多種多様な人間が第二展望室に佇む中、スタッフは懐中電灯を持ちながら、拡声器で客を非常階段へと誘導していた。
そして、そんなスタッフを横目で見る黄緑谷、翠、和樹の3人組。互いの顔は暗くて見えない。
「うわぁ…あの仕事大変そうだなぁ…僕にはできそうにないよ」
「何言ってんだ零字、俺だったらあんなキレた客なんか逆に怒鳴り散らしてやるよ」
「翠姉、それはやりすぎ…」
3人は柱の影に隠れていた。さっきから泣いて座り込む子供を見ては、黄緑谷があやし、和樹が精神論を語り、翠が子供を更に泣かせていた。客観的に見れば全く連携の成ってない愚かな話だ。
「取り敢えず、黒乃ちゃんを探さないと…あの子だけ単独になって《血》を採られては大変だ…」
「ああ…一緒に連れてくるべきだった」
翠は歯を食い縛る。
「…とりあえずさっき言った通り、聡の言っていた敵の情報は以上だ」
「…しかし《光索眼》かぁ…上手く言い当てたものだね」
黄緑谷は外の景色を眺める。
渋谷のど真ん中に屹立するこのタワーの周りには、企業やショッピングセンターが多数存在する。その内、幾つかの建物には照明が点灯しているようだ。白神曰く、スマホのカメラみたいにあれらの光を拡張して闇を照らすのが《光索眼》だと、翠は和樹や黄緑谷に伝えた。今はまだ人がいて、皆がスマホのライトで周りを照らしているが。
「…聡はいつもは馬鹿な奴だが、今回のは懸命に集めてくれた情報だ。有効に活用すべきだ」
「…何か作戦でもあるのかい?」
「成功するか分からねーが、一応な…」
翠は澄まして答える。だが、その呼吸が僅かに不規則になっているのを、黄緑谷は聞き逃さない。
「無茶はしないでね…あと、僕らは彼の《眼》を知らないことになってる…最初は少し、やられるフリをした方がいいかも」
「そうだな」
翠が開幕から優勢にあれば、黄村は自分の《眼》の効果を元々知っていたのではと疑う。そうなれば、次に懐疑の目をかけられるのは恐らく白神だ。演技でもいいから、戦闘が始まって暫くは劣勢に見せ掛けるべきだ。死なない程度に。
「零字の《眼》は、俺の作戦に必要だ。一緒に戦って…くれるか?」
「ガールフレンドのお願いとあらば、しょうがないね」
「おい今の台詞撤回しろ」
翠は黄緑谷の襟首を掴んだ。
「ああ痛い痛い!!分かった、分かったから」
黄緑谷は小声で叫びながら、翠の手をほどく。
「ふん…」
翠は持っていたバックから拳銃を取り出した。手探りで、新しい弾薬を詰めるが、
「んじゃあ和樹は…って、おい?」
その時和樹は、柱に背中を委ねて寡黙を貫いていた。反射で、首筋の汗が一瞬煌めく。
「…」
「おいおい、らしくねーな」
翠は和樹の右肩をぽんと叩く。
「大丈夫だ、お前の命も《血》も俺らが守る」
「…分かった、翠姉」
和樹の声は力強かった。
和樹がさっきのような顔を浮かべるのはかなり珍しかった。翠は、普段から和樹が黒乃たちを支えているように映っていたからだ。でも、自分の《血》が《奪命眼》に利用されるというのは確かにおぞましい。そう考えれば18歳の少年として妥当な反応なのだろう。A班での彼は一番所属期が長くて偉そうな顔ができているが、MEI全体となれば、やっぱりごくありふれた、平凡な高校生だ。これは別に何も特殊ではない。
---何故なら、自分だって他人のことは言えないから。
数分後、このフロアの客は全員螺旋階段に入ったようであった。
「…終わったみたいだね」
「よし、このフロアを廻るぞ。黒乃が居なかったら俺らも階段で降りよう」
そう言って、翠が立ち上がった時だった。
「お客様」
「うわっ!?」
突然、若い男の声がして、一同はそれが聞こえた方向を見た。そこには、スタッフ服を着た金髪の少年が居た。暗くて詳しい様子は分からなかったが、彼が自分の顔を持っていた懐中電灯で照らしたのだ。
「どうかされましたか?何もなければ、こちらの非常階段で」
「何だスタッフか…ちょっと迷子を探しててな」
「…それはもしかして青の《血》を持った少女ですかぁ?」
スタッフのその一言で、その場の3人は一気に凍り付いた。
「彼女は既に捕獲されていますよ。なので、そこに居る赤髪の少年を、頂きます」
「…逃げろ!!」
翠は和樹に叫んだ。同時に拳銃を取り出して発砲。
少年は柱を盾にして弾丸を避ける。そして、懐中電灯の電源をOFFにした。
第二展望台が、完全な闇に包まれる。
「俺の名は黄村昴---《光索眼》の使い手だ」




