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DiAL  作者:
第4章「私は、大丈夫」
22/48

#21「Eye bandage of the girl」

「…疲れた」

「…そうっすね」

23時05分。少しずつ街の光が少なくなり、闇に包まれていくようだ。

和樹と理は、背負っていた2人の少女をベッドに連れ出した。寝顔は、随分と安らかになってきた。褐間の遺体は、まだたかじまや

「俺はここに居るから、理は先にコンピューターの準備をしといてくれ」

「…何でコンピューター?」

「奴等のデータベースに侵入するパスワードを聞き出した」

「そういうことすか…うぃっす」

理は、部屋から出ていった。

ここは、救護室だ。MEIに滞在していると、少なからず危険な組織と対峙することもしばしばあるので、怪我人は頻繁に出るのだ。この部屋にはベッドが3つあるので、取り敢えずその内の2つを借りた。

和樹は、2つのベッドの間の空間に丸椅子を置くと、雪音の方に体を向けた。

ちらりと、後ろの黒乃を見る。

(黒乃は…多分すぐ目覚める…だが)

和樹は、雪音の瞳を見た。彼女の水色の髪はボサボサになっている。






***





一つの疑問が、ふと生じた。

---初めて和樹が彼女の《眼》を見たのは、いつか?




和樹と雪音の邂逅も、やはり運命的なものを秘めていた。

紺堂リーダーが彼女のライブチケットを貰っていなければ、2人の出会いは無かった。和樹も、あのチケットが無ければ自ら彼女のライブに行くなんてことはしなかっただろう。

当時1年生の和樹は、大した友達もおらず孤立していた。高校の同級生に《眼》のことは完全に露見している。能力に関しては和樹が完全に閉口しているので分かっていないはずだが、毎日眼帯をして学校に来れば誰もが怪しむのは当然だった。

和樹は、黒乃と違う道を選んだ。いや、時間軸的に言えば、黒乃が和樹と異なる道を選んでしまった、か。

和樹は《眼》の隠蔽なんて元々する気は無かった。眼帯をしているのは、常に他人の過去なんか見てても仕方無いからだ。隣の生徒の人生初告白とか、教師の高校時代の映像を脳裏で再生したってつまらないし、体力的に疲れる。時間の無駄だ。

だがあのライブの日は違った。

《眼》を持つ者同士、何かしらの感性が繋がったのかも知れない。和樹は、雪音が舞台上で「邪悪な力の抑制」と言い張ったあの眼帯がとても気になった。《眼》を手に入れて以来、初めて他人に興味を持った。和樹は歓声の中、ただ一人、彼女の真実を知る為に力を解き放った。



---その過去は凄絶だった。

自分の、目を拳銃撃たれるという過去を遥かに凌駕する昔話だった。

辛そうな彼女の顔がその映像の中で何度も見られた。

和樹は、ライブ終了後の彼女に尋ねた。控室に押し入った。周りのスタッフを押し退けて。






「---あんた、そんな過去を抱えてて、辛くないか?」






彼女は突然部屋に入って来た和樹にきょとんとしたが、数秒するといつもの澄ました口調で答えた。驚異的な順応性だと思った。

「…思い出は、どんなものでも寵愛の下に在るべきものだと思うよ」

「…そうかよ」

和樹は、思わず笑ってしまった。彼女の、自分自身による過去の扱いぶりに。寵愛するほど、そんなに記憶が大事か?

「明日午後7時、渋谷ハチ公像前。あんたの《邪悪な力》とやらを消したかったら来い」

「なっ…」

和樹は、駆け寄って注意を促す会場のスタッフを無視して、コンサートを後にした。




---翌日、彼女は来た。

意外だった。和樹は、取り敢えず自分の言いたいことをあの部屋で言っただけだった。確かに彼女に興味はあったが、あの勧誘の言葉は勢いで出たものだ。

「…まさか本当に来るとは」

「…暇じゃないから手短に済ませてくれ」

黒いフードを被って姿を隠す彼女は、どこか焦りが見えていた。時間の問題か、周囲の視線の問題か、或いはここに来たことは正解だったのかという迷いか。

「そうか」

そう言うと、和樹は眼帯を取る。《赤》の光が雪音の心を貫いた。

「…さっきまで新譜のボーカル収録、そして午前中はサイン会か。あんた、忙しいんだな」

「…何故、それを」

雪音の瞳孔が鋭くなる。

「《これ》さ」

和樹は自らの《右眼》を指差す。

「この《眼》は他人の過去を覗ける」

「!!」

彼女は一瞬、はっとした顔をした。だが、いつもの澄まし顔に戻ると、こう言い放った。

「---全く、趣味の悪い《眼》だ」

当時の雪音はまだ性格が刺々しくて、こんなことを言っていただろうか。


雪音はMEI本部に到着した後、その場にいた和樹と紺堂リーダー、白神先輩にだけ自分の《眼》の能力を見せた。

和樹は彼女の過去を見て、その能力が周りにどのような力を及ぼすのか知っていたし、恐ろしいと思った。だがそれでも、目の前でリアルに見るのとでは訳が違った。リーダーと先輩も背筋を震わせながら、その力に目を剥いた。

彼女は眼帯をし直すと言った。

「僕が予め『後ろに下がってくれ』って言ったのは、()()()()()()だよ。この《眼》は人を殺す可能性もある」

戦慄した。彼女の《眼》は、一種の凶器だった。それも、瞬殺。

この間、白神先輩から「全ての《眼》の起点は《奪命眼》」という話を聞いた。彼女は、今いるMEIのメンバーの中で、その血を一番強く引いているのではと思った。MEIの中では最も殺人に長けた、最凶の《眼》だ。

彼女の《眼》を直接見たら死ぬ。彼女に見られたら石化するという、メドゥーサのようだった。




その疑問は、極めて聡明だった。

---和樹は、そもそも彼女の《眼》を見たことがない。






***






「和樹」

呼ばれて、はっとした。黒乃が、後ろで静かに目を開いていた。その視線の先は、天井の電灯を虚ろに眺めているようだった。

「…目覚めたか」

「…そっか、私死んだのか…」

「何でそうなる」

和樹は卒倒した。寝惚けてるのか。

「え?」

「お前は生きてる。落ちるところを俺が掴んだんだ」

「そっか…。和樹には助けられてばっかりだね」

「別にいいんだ」

和樹は、小さく溜め息をついた。よくある映画だと、自殺寸前の少女を男が説得してハッピーエンド、だとかは王道路線だ。だが、今回は既に黒乃の片足が踏み出していたから、何だかアクション映画らしくなってしまった。ロマンチックな展開も少しならいいかなと思っていた和樹にとっては、思い通りにならなくて少し残念な気もした。

すると、黒乃が素朴に尋ねた。




「---褐間先生はどうした?」




「…あ」

色彩を失った和樹を余所に、黒乃は言葉は続ける。

「もっと話し合って解決したいな…そしたら、きっと先生も分かってくれるはずだよね?」

「あー…その」

「ん? 何?」






「褐間は…死んだよ」


「…え?」






色彩が、黒乃からも消え失せた。

「---とにかく死んだんだ。それ以上訊くな」

和樹は席を立ち上がった。だが、その服を黒乃が引っ張る。

「あつっ…」

上体を起こした黒乃は、突如腹を抑える。

「お、おい、まだ無理しないほうが…」

「---死んだってどういう事?」

彼女は痛みなど気にせず、真っ直ぐに純粋な視線を和樹に向ける。切迫感、威圧感というより、心配そうな瞳が和樹の心をロックオンした。

この状況で、目線を反らさずにいられる自信は無かった。

人間、嘘を言うときは何かしら心の中に迷いが生じるらしい。目線を反らすのも、その一種なのだろう。

だけど、その嘘は呆気なく吐き出された。






「…()()()()()よ」






「…え?」

「3人が生き残るにはそれしかなかった。すまない」

そう言うと、和樹は黒乃の手を取り払って、救護室を後にした。

凍てついたその顔を見るのが怖くて、振り返ることもせず。







(…愚かな)


この時の和樹は、静かに目覚めていた雪音が後ろから視線を送っているのに気付かなかった。




***




「あ、先輩」

和樹がロビーに戻ると、理がパソコンのディスプレイを見つめていた。入力準備が終わったようだ。

「これっす」

「…悪い、俺機械はさっぱりなんだわ…説明してくれ」

「うぃっす」

理は画面を和樹の方へと向けた。

「簡単に言えば、彼らのデータをコード化したんっす。この英数字の末尾にパスワードを入れればそのまま侵入できます」

「パスワードは、5963だ」

「…随分と簡素なパスワードっすね」

それは、和樹も思っていたことだった。MEIの入場パスワードが22桁だから、それに比べると相当緩い。和樹はやる気にはならなかったが、10000通り試せば確実にデータベースに入れる計算だ。

「何か胡散臭いよな…」

「例の教師が吐いたんですか?」

「ああ、脅迫したらあっさり」

「うーん、それなら正しいんすかね…」

理は、比較的人の心を読むのが苦手な人間性をしてる。《刷憶眼》で答えの在る問いだけをただただ追求してきたからだろう。だから、彼は漢字や慣用句を除いた、登場人物の心理状態を答えろといったような国語の問題は苦手だ。対して数学や理科に関して言えば、大学院レベルまでの知識を吸収している化物だ。和樹や黒乃は勿論、ナノサイエンス学科の翠や映像学科の白神の頭脳をも凌駕する中1だというから恐ろしい。

理が、国語のそういった類の問題が苦手なのは、恐らく別にも原因がある。彼は《眼》のせいで周囲から疎まれ、孤立したと言っていた。そして家に閉じ籠り、具体的な内容は聞いていないが、何かの研究を重ねているらしい。そうなると、他人とのコミュニケーションが疎かになる。したとしても、メールやSNSといったもので、感情というのを読み取るのが難しい。文面だけでは対話相手に誤解を招いたりもするし。

「俺も録音アプリ起動して理に聞かせようと思ったんだが…」

「それは意味無いっすよ」

「え?」

「僕が一瞬で覚えられるのは視覚で受けとる文字や絵だけっすよ。例えば『平家物語』を朗読されて、教科書見ずに暗唱しろとか、100種類のワインの匂いを嗅がされてこのワインはどの種類だとか、そういうのは無理っすよ。聴覚、嗅覚、その他諸々の感覚とはこの《能力》は乖離している。だから英語のリスニングは毎回あまり点数取れないっすね」

「そ…そうだな」

言われてみれば、当然の事だ。和樹も、今この場で理の過去を読み解くことは可能だが、本人がいない場所で第三者に能力を使うことは出来ない。《異能力眼》は、現在の視界にある人物や物質にのみ有効だ。

そんな事も忘れたんですか、と呆れた理はパソコンに向き直る。

「…取り敢えず、5963で試してみます。データベースに侵入出来なくてもやり直しは効くし」

「リセット出来るのか?」

「このコードはサイトのURLみたいなものですから、間違ってたら侵入できないだけっす。URLのスペルをミスると正しいサイトにアクセス出来ないでしょう」

「ああ…」

「分かったら、さっさとやるっすよ」

理はコードのラストにカーソルを合わせる。

「5、9、6、3…っと」

理は半角モードにすると、入力をそそくさと終わらせた。

画面を見た。間違いなく、数字4桁が入力されてる。

「これでいいんすね?」

「ああ」

「じゃ、押しますよ」

理はマウスを動かすと、右下の『OK』を押した。






瞬間。


ディスプレイの中央に、()()()()が現れた。






「「…え?」」

和樹と理は同時に声にした。

背景にあったコードは一気に消え去った。真っ白な画面にただ一羽、雷鳥のドット絵が中央で回転している。

暫くすると、吹き出しが現れた。

そこには、《Thank you》の文字。

「せ、せんきゅー?」

何故感謝されたのか、和樹には全く分からなかった。が、何をするべきか分からない。とりあえず待つ。

続けて《Downloading now…》と表示された。

「お、ちゃんと読み込んでるじゃないか」

和樹は笑う。向こうのパソコンに入って、データをダウンロードしているのだろう。

「…」

だが、その前で理だけが画面を静かに凝視していた。






そして。


次に表示されたのは《Sending now》。





「ん?」

意味不明だ。データを受け取っているなら《Receiving now》では?


「…まさか!?」

理が突然、立ち上がった。急いで、パソコンの主電源ボタンを押そうとした。

が、その前に、画面には《Completed》の文字が。


そして、雷鳥の羽根が黒く染まって、()()()()()()





束の間だった。

何が起こったのか全く理解できなかった和樹の横で、理だけが拳を机に叩き付けて悔しがっていた。

「くそっ!!」

理は歯を食い縛って、俯く。

「お、おい、一体どういう…」

和樹が理にそう尋ねようとした時、画面の鴉が再び吹き出し内で台詞を放つ。

《Thank you》と。

「…また《ありがとう》って…俺たちは何も」

「いや…文字通り感謝されたんすよ…《御苦労様》って」

「《御苦労様》?」

和樹は理の言葉を反芻する。理は椅子にかけると、ウィンドウを閉じた。

「今のは多分、《インビジブル》が仕掛けたコンピューターウィルスっす」

「う…ウィルス!?」

名前ぐらいは知っている。メールなどで稀に送られてくる、コンピューターにとっての有害物質だ。URLをクリックすると、コンピューターの情報を抜き取られたり…。

…抜き取られたり?

「…まさか」

「そのまさかっすよ…このウィルスはアクセスしたコンピューターのベースからデータを読み込んで、向こうのパソコンに送られるシステムになってたんすよ…」

「…じゃあ褐間が《5963》って言ったのは…」

「僕らを罠に嵌める為のパスワードだったんでしょう…わざわざデータを送信してくれて《(5)(9)(6)(3)》って」

「…雷鳥が(クロウ)に変わったのも…そういうことか…くそっ」

遊び心満載のトラップだった。見えていた手口の筈なのき、見過ごしてしまった。

「…もう送られてしまった以上、向こうのデータから取り戻すことは不可能っす…彼らもデータを抜き去って、何のセキュリティシステムも搭載していないとは思えないし」

「…今日はここまでだな」

褐間からの、最悪の置き土産だった。死んだ後にまで、自分たちの願望を遂げようと和樹たちを呪ったのか。

その時、和樹の腕時計から短い音が鳴った。深夜の12時を報せるアラームだ。

「理はもう帰るんだ。黒乃と雪音は俺が診ておく」

「…はい」

理は椅子から立ち上がると、荷物をまとめてMEIを後にした。やけに足早だった。

(…俺は…ま、いいか)

和樹は、今この時間から帰る気にはならなかった。待ってくれる家族も居ない。

和樹はパソコンの電源を落とすと、誰も居ない個室へと向かった。






***






(くそっ…)

理は、夜の渋谷の街を往く。周囲はやや物騒な雰囲気に包まれていた。ここに来るまでに、ジャージ姿のヤンキーや、危なっかしい言葉をぶつぶつと呟く猫背の男を見かけた。

渋谷駅前の歩道橋は、落書きだらけだ。こんなに遅くまで渋谷に居たことはなかったので、ヤンキーがこのようにたむろするといかにも不良の街らしい。彼らに対して無力な理は、そんな道を足早に抜けようとしていた。

すると、前方からフードを被った男が向かってきた。ヤンキーとは少し風情が違う気がした。顔は隠れて見えないが、身長の高さやシューズからして女ではないと判断した。

理はすれ違いざまに、その男を左に避けた。

だが。






「さっきは《Thank you》だったね」


その男の高い声が喧騒の中に小さく響いた後。






ぐさり。






「…っ!!?」

理は知らぬ内に、その男に上半身を委ねていた。

腹のあたりに痛みを感じて、視線を下に移す。




---包丁が刺さっている。




「…おま…さっきの…」

腹部から血が垂れる。

周りのヤンキーも異変に気付いた頃には、理は包丁を抜かれていた。無力にも、歩道橋の冷たいコンクリートに突っ伏す。

僅かに視界を上に持って来ると、そこには瓶を持った男の顔が見えた。男は、その瓶を血の水溜まりへと近付ける。




---《血》が、回収されたのだ。




男は赤い液体が入った瓶をこちらに向けて振った。中で小さな波を立てている。




「---あと、3人」




男はそれだけ言うと、漆黒の闇へと駆けて消え失せた。

周りのヤンキーは怯えながら、その男の背中を見届けるだけだった。




「…待…て…」




そして、理の意識も消え失せた。




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