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DiAL  作者:
第4章「私は、大丈夫」
20/48

#19「Memorable flashback」

私は行き場を失った亡霊のように交差点のど真ん中を彷徨っていた。そこら中で車のクラクションが鳴り響く。

そして、その視線の先には猛スピードで近づいてくる大型トラック。

「くそっ!! 黒乃!!」

和樹の足は、車が行き交う私の元と向かっていた。

だが、和樹の力では私の抗いは解除できない。《隷属眼》の強制力はそれほどに強力なものだ。

このままでは私を連れ出すのは…。



その時。

「うぉっ!?」

後ろで褐間の呻き声がした。和樹は走りながら後ろを振り返る。

「和樹!!」

そこには本部に滞在するはずだった雪音が居た。褐間に蹴りを入れて制御を弱めたようだ。

「ナイス!!」

彼女がどうしてここに来たのかは分からなかったが、和樹はそのまま直進して、私の体を乱暴に突き放す。



0.1秒後、その場所をトラックが突進した。

「ぐあっ…!!」

「和樹!?」

私の目の前で和樹が呻く。少し遅かったか。和樹の脚がトラックのヘッドライトに接触したのが見えた。

そのまま私と和樹はコンクリートの車道に体を委ねた。

「…っ!! 和樹!!」

私は腕を擦りむいたが、そんなのは和樹の比でない。必死に和樹の体を揺さぶるが、脚は全く動かない。

「くそっ!! 邪魔しやがって」

褐間が雄叫びを上げると、再び《隷属眼》を開眼する。

「うっ…」

雪音が後ろのガードレールまで突き飛ばさ、彼女の被っていたフードがはらりと取れた。そして、その褐色の視線は再び私に向けられる。

(!!)

また、体の制御が効かなくなった。

今度は、横断歩道の側に停まっていた青い自動車まで誘導される。私は来た道を戻らされて、自分ではない他力によって助手席に座らせられた。

「…っ…褐間!!」

和樹は漸くの思いで立ち上がり、交差点から車まで走ろうとするが、その途中で倒れてしまう。その間に褐間は運転席に座ると、




「4色目、回収」




とだけ吐き捨てて、車を猛スピードで発進させた。周りのトラックは無視して、北方向へと消え去る。

「くそっ…雪音、追いかけるぞ!!」

和樹は立ち上がって雪音の元へ走る。が、そこで雪音は予想外の行動に出た。

「待て!!」

雪音は和樹の襟首を掴むと、和樹の左頬を思いっきり叩いた。

「…え?」

「何故《隷属眼》の彼を攻撃しなかった」

「何でって、黒乃を助け出した方が…」

「早いわけないだろう? 僕が来なかったら確実に2人で逝っていた」

「…」

雪音の言っていることは確かに的を射ている。あのまま和樹が走り続けていても、黒乃の四肢を車線外に突き飛ばすのは無理だった可能性が高い。それ位、あの教室での出来事において、黒乃の首を絞める自らの手を解放することは難しい、いや、不可能だったのだ。褐間の《隷属眼》はその名の通り、主人に従う奴隷のように自分達を操る。

雪音は、滅多なことでは感情を表に出さない。泣き叫んだりはしない。だけど、その抑えきれなかった感情は顔に滲み出ていた。怒りの顔だ。

その冷徹な視線に一瞬怯む和樹だったが、調子を取り戻して雪音に反駁する。

「あ、あのなぁ…あの状況で黒乃を選ばないとかおかしいだろ」

「彼を攻撃すれば黒乃は自力で逃げられた。今の状況は一番損をしたと思わないのかい」

「…っ…じゃあ雪音、仲間が海で溺れている状況を見てたら助けないのか!!!」

和樹も限界が近かった。雪音のあまりの言い草に思わず怒りが爆発した。

「僕の《それ》は《助ける》だ。君は溺れた彼女を直接救助に行くなら、僕はライフセイバーに助けを求める。君と手段が違うだけさ。手段を誤れば---」

「細かい事は気にしないで…っ---!!!」

和樹がそこまで言いかけて、ふと気付く。回りの視線に。

夜の渋谷で、思わせ振りな眼帯をした高校生2人が喧嘩をしていたらこうなるのも当然だろう。中には「あれ、水樹雪音か?」と呟く声も聞かれた。

「---場所が悪い、一度本部に戻ろう」

「…ああ」

二人は元来た道を戻るように、事故現場の交差点に背を向けた。

和樹と雪音は互いに思っている。

自分たちは、何でこんな争いをしているんだ、と。





***





「え? GPS?」

「うぃっす」

和樹の問いに、パソコンの前に座る理は答えた。

「黒乃先輩が『もしも私が誘拐された時でも大丈夫なように』って自分の携帯にGPSのチップを組み込んでくれって頼まれたんすよ」

「あいつ、そんなこと頼んでたのか…」

和樹はほっと溜息をつく。そういえばさっき本部に帰る直前、理から何か受け取っていたが、あれは彼女の携帯電話だったのか。全く、ストーカー願望じみた依頼だ。

「それで、彼女の位置情報は分かるのかい?」

「はい、ちょっと待ってくださいねー」

理はウィンドウ内に地図を広げる。渋谷区の地図だ。

「うーん、これは、結構な距離移動してますね…まだ区内っすけど、もうすぐ新宿区に入る」

渋谷区の北部で赤い丸が点滅しながら、副都心線を沿うように移動している。北参道駅はとっくに通過し、右側には新宿御苑を表す広い緑のエリアが広がっている。

すると、新宿区に入る一歩手前で赤い丸が止まった。褐間と黒乃が乗る車が停車したようだ。

「…タカジマヤ?」

「百貨店っすね。下層階は主にファッションブランドで、上はスポーツショップとか子供服とかの店ばっかりです。12階より上がレストランで、最上階は14階」

「お前、よくそんなの知ってんな…」

「一度行った事ありますから。そして見たものは二度と忘れない」

「…《刷憶眼》、やっぱりえげつない…」

彼の能力、いらない知識まで増えて嫌になりそうだ。

ふと、側のホワイトボードを見る。今日の出席が記されている。今日の宿泊利用は雪音と理だけのようだ。

「…今は俺ら3人以外全員出払ってる。俺と雪音はバイクで向こうに行くから、理はここで待っててくれ」

「うぃっす」

「行くぞ、雪音」

「…ああ」

雪音は、やや鈍足で和樹の後に付いて行った。






***






「少し飛ばし過ぎじゃないかい」

「事態は一刻を争うんだ、んなこと言ってられるか」

バイクの後ろからヘルメットをかぶった雪音の忠告を無視して、和樹はバイクのスピードを上げる。



---先程の喧嘩を、無かったかのように扱う和樹。

---そして、その行為を当然のよつに享受する雪音。



胸の中では晴れない気持ちが確かに存在していた。でも、これ以上話してもあの喧嘩に結末は見えない気がしていた。自分の持論が脆弱だからだとか、雪音は論破が得意そうだとか、そういう下らない理由ではない。あの罵詈雑言が続いたら、互いに傷を深めるだけだと思った。

---だけど、傷の治癒も望めない。

それでもいいのだと思う。先刻の件に関しては、もう互いに無干渉であるべきだ。きっと雪音もそう思っていることだろう。

「視えた」

「不思議な建物だな」

前方左側に見えたのは、巨大な建造物だった。二つの分裂した11階建て程度のビルの間に、T字のガラス張りのブロックを挟んだような、見た目のデザインに驚かされるデパートだ。

和樹は側の小道にバイクを停める。

「とはいえ、このGPSじゃ2次元的にしか分からない」

「どうしようか…やはり1階から順番に探すしか」

後ろの雪音はスマホの画面を眺めている。本部に居る理がGPS信号のデータを送っているのだ。だが、この地図は平面的に捉えているから、黒乃が建物の何階にいるのかまでは分からない。立体的に場所を確認するには、3次元の世界で実際に見る他ない。

和樹は側のガードレールにバイクを立て掛けると、歩道に入って駆け出した。雪音は後を追う。

猶予も残り僅か。どうしようかと思い悩んでいた和樹だったが、入口に辿り着いた瞬間、流れ星のように傑作の案が脳内に飛び込んだ。

「…良い考えがある」






***






タカジマヤ、屋上。

和樹たちは必ず来る。そう信じていた私は、褐間の前でもある程度余裕の表情ができていた。そうでもしなければ、この男は調子に乗る。

「これは、先生の独断ですか? それとも組織の…」

「まあ、両方だな」

褐間は夜風に吹かれた服を正しながら話す。いつもの、教師だった頃の服装だ。

「《血》の回収だけなら、あそこでもっと派手な事故を起こして君の《血》を採ればいいだけだ。誘拐したのは私の勝手だよ」

「あげません。献血だってしたことないです」

「そうか、なら」

途端、褐間の《眼》が褐色に色づく。そして、自分の両足に一瞬、電気が流れるような感覚が。

私は、私ではない意志によって歩かされた。屋上を真っ直ぐに。

何がしたいのだろう。その無知という恐怖の下、冷や汗が額に姿を現す。

「私は傲慢を酷く嫌悪している。そして私は君を傲慢と認識している」

「…」

歩みを続けて、私は褐間の左を通り過ぎた。声の向きが変わる。

「私は怒っているんだ」

褐間の声が微かに震えて聞こえた瞬間。

私の足が突如スピードを上げた。

「!?」

私が走っているのではない。支配されたこの心が私を死に追いやっている。

転落死、という自殺行為へと。

(…このままじゃ…!!)

空気へ足を踏み入れるまであと5m。柵は無い。死を覚悟して、私はきゅっと目を閉じた。




だけど、やっぱり悪戯だ。

恐る恐る目を開けた。眼下には、駐車場が広がっていた。

赤、青、白…。色とりどりの自動車がそこには停められていた。もうすぐ閉店時間というだけあって、黒いコンクリートの面が目立つ。

視線を手前に戻す。何の変哲もない、ただの屋上だった。鉄が錆びて、黴のような青緑の部分がある。

私の足裏はその空と地の()()()に接地していた。

「…っ!!」

本当に、そういうプロセスを通して自分が今どんなに危険な場所に立っているのかを理解したのだ。

すぐに足を退こうとする。が、先程と同じ麻痺が体を襲い、逃げる事を拒む。いっそのこと、このまま投身自殺してしまおうとさえ思った。だが、体を前にのめらせても結果は同じだった。

死ぬことも、生きることも許されない。私は、恐怖に支配されている。生死の折衷を漂っている。

「一つ、取引条件を提示しよう」

後ろから、褐間が近付く足音が聞こえた。さっきよりも、額の汗が増す。

「君たち…MEIのメンバー構成員を全員教えろ。教そしたら《血》の採取だけで済ませる」

「…」

意外な質問だった。もっと、《虹色の血液》の核心的な場所に関わる質問が来ると思っていたからだ。まあ、メンバーを言えば《血》の要素となる人物を自分の他に3人公言することになるのだが。

「嫌です」

私は即座に断った。当たり前の判断だ。

和樹や雪音、他の仲間たちを危険に晒すわけにはいかない。それなら、私だけが死ぬ覚悟はできてきた。

これは、私だけの責任だ。彼は、この誘拐は私情を含んでいると言った。つまり、私への復讐を含んでいる。

自分の罪は自覚できていた。相応の罰だって受けるつもりだ。

だから、この世に少しでも貢献してから、死にたい。そう思うと、この緊張感が少し和らいだ。

「黒乃くん」

褐間は私の真後ろに立った。声のボリュームからして、きっと1mも無いくらいの近い距離だ。

「私は今、葛藤している」

「…何とですか」

「元の生徒を生かすべきか殺すべきか」

---そんなのは歪んだ愛情ですよ。

私はそう思ったけど、言葉はしなかった。

「今、私には君の表情は見えない。生と死のボーダーラインに屹立して怯える顔か、とっくに死など受け入れて安らいでいる顔か」

後者です、と答えようと思った。だが、その前に褐間は次の言葉を続けた。




「或いは、仲間との別れを惜しむ顔か」




「…え?」

仲間と、別れる?

ふと、和樹たちの顔がフラッシュバックする。

(…駄目だ)

彼らの笑顔が、一瞬見えた。

私は、何でこんな大事なことを忘れて…。

(…まだ…死ねない!!)

私は《隷属眼》に抗う。最期の抵抗。全ての力を振り絞る。

「何だ、急にまた足を戻そうと」

《隷属眼》の力が強くなるのを感じた。必死に足を後ろに引き下げようとするが、痙攣レベルに収まってしまう。

「《終末眼》を使って勝利の笑みを浮かべる君の姿は、実に滑稽だった。さらばだ」

褐間は、最期の最期まで、嘗ての教師の面影を見せなかった。見せたのは、外見だけ。

右の足底が屋上の冷たいコンクリートから離れる。

(…ごめん、もう無理だよ)

私は目を閉じた。もう終焉(おわり)だ。

華奢な右足が、空を踏もうとしたその時---






「ぐああああっ!?」






(…っ!!?)

後ろから褐間の悲痛な叫びが聞こえた。

足の痺れがなくなった。私の右足は磁石の如くコンクリートの屋上へと引き戻される。

(…もう…遅すぎ)

「褐間!!」

後ろを振り向くとそこには、双剣の片方を振り投げた和樹と、拳銃を構えた雪音が居た。




「…黒乃、お前が死ぬことは、俺たちが赦さない」




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