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DiAL  作者:
第1章「縋るべき場所」
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#1「Hypocritical victory」

「始め!!」

相手の竹刀が、太い指に強く握られる。

私より身長が10cmも上な彼女は、腕の長さを活かしてまず、私の小手を狙うだろう。そこで私が一歩引いた途端歩幅を一気に詰め、面を打つ。そして、それも避けたら私が竹刀を上に振り翳す間に、がら空きの右胴へ鋭い一撃を撃ち込む。

道場の中に、彼女の威圧掛かった声が警報の如く響いた。

「小手ええぇぇぇっ!!!!」

ほら、予想………






………いや、未来視通り。






手を引く。すかさず上から竹刀が降る。左手を上げて防御し、()()()右腰を空ける。

後ろで結んだ碧髪が面の下で暴れ回るが、一切気にしなかった。

相手の鋭い目が、面の隙間から僅かに見えると、相手の竹刀が私の手を弾いて時計回りに動き、私の右胴を狙う。刹那、

「面っ!!!!」

私は相手の頭上に一撃浴びせた。相手の右手の攻撃が僅かに遅れて入る。

「有効」

審判の目は、極めて正確にその一瞬の出来事を捉えていた。

私は相手に深く礼をして、面を外した。すぐに、

「すごーい!! 黒乃先輩やっぱ強いです!!」

「今の面攻撃、完璧でしたね!!」

後輩たちが小さな犬の様に私の元へやってくる。




「…ありがとう」


私は優しく、だけど少しぎこちなく、微笑み掛けた。






「それじゃ、今日の活動を終わります。姿勢を正して」

剣道部の慣習。活動が終了した後はいつもやること。

「---黙想」

正座をして目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。剣道は荒々しい競技だ。試合を終えた後は気持ちを転換させなければならない。

そう、気持ちを落ち着かせるはずの大事な儀式なのに…

(…)

何やら今日は気持ちが静まらない。身体の中で動悸が喘ぐ様だ。

誰かの視線を感じる。誰だ?

「やめ」

何やら色々と気になって、いつもより長い精神統一だった。なのに、この心は鎮まらない。

同級生や後輩達はいつも通りだ真っ直ぐな視線で、私の瞳を窺う。



---しかし私がその瞳で見ていたのは、違うものだった。

(…!!)

背筋が少しばかり、ひやりとする。

武道室の扉の窓から、一閃の赤い眼光を感じた。それは私の全てを見透かすかのような閃光。

だが、やがて消える。向こうの廊下を曲がって去っていったような感覚。

汗が私の双頬を伝う。

「…で、では、今日はここまでにします…お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

後輩や同級生の大きな声が部屋に響く。

(気の…せいか)

私は自身にそう言い聞かせるしかなかった。それが今、自分の心を安らがせる一番の策だと思った。





皆が部室を出た後、私は一人武道室を廻っていた。胴と籠手は流石に外したが、剣道着のままで。

この部屋から出る気にならなかった。。外に出たら、何か嫌なことがあると思った。




---この《眼》を看破されているんじゃないか、という恐れさえもあった。




ふと、私は壁の前で立ち止まった。額縁に閉じ込められた賞状が目線のやや上に、私を見下ろす形で飾られている。

偽善の勝利を表した、長方形の薄っぺらい紙。

《東京都高校剣道大会 準優勝 碧柳黒乃殿》

金箔で着飾ったその紙には、確かに私の名前が刻まれている。

「…何が準優勝、だ」

私はぽつり、と呟く。そして右手の拳で壁を強く叩く。

かたん、かたん。画鋲にぶら下がった額縁が、少し揺れて音を立てる。

さっきの後輩との戦いも、ズルだ。

身長155cm、腕や脚も華奢な私が、身長165cmの巨躯を持つ彼女に勝てるなんて、そんなのはおかしい。

なのに私は、勝利だと言い張る。言い張るしかなかった。

そしてまた呟きたくなる。そんなのは言い訳だ、と。




私は結局武道室を後にすると、廊下をただ一人、小さな足音を立てて歩いていた。綺麗な白い床に、闇雲に覆われた私の表情が反射してている。

私の所属するクラス、3-Dの前を通り過ぎる時、掲示板のレポートに私の目が引き寄せられた。

《3-D 16番 碧柳黒乃 「2056年の世界」》

現在、2046年4月15日。10年後の世界を描いたレポートだ。

私たち新高校3年生は春休みの課題として、自由レポートを出された。

皆がこれまでの人類史や、今後の微生物の活用、国際化社会についてパソコンで調べる中---私は何て呑気なことを調べてんだか。

---こんな10年後の()()()()()()を、B4サイズの紙に書いたところで。

それで未来視が当たったら皆から凄い、凄いと言われる事を僅かながら期待しているのか?



私は愚か。

全身を偽善で塗りたくった、嘘だらけの少女。

不意に、窓を見る。

奥には高層ビルと、スカイツリー。

そして、その634mという高さを上回って新たに建設された、蒼白に染まるアザータワー。

その手前にゆらゆらと映るのは、両方の水晶体が真っ黒な、私の瞳。

すうっと私の左手が、私の《左眼》に被る。





「…ほんと、この《眼》、大っ嫌い」





そして、手を外すと、そこには黒と碧の()()()()()を持った私がいた。

その《左眼》の水晶体には、アナログ時計の繊細な文字盤の模様が。碧い長針と短針は現在の時刻を指し示す。





---この《眼》は、見たもの全ての未来を予測する力を持つ。


そして、その未来は私が何かしらその予測を変えさせるような行動を起こさない限り、絶対不変。


付けた名は、全ての結末を見る《終末眼(ラストアイ)》。





先程の試合、あれは相手の動きを読んだのではなく、知っていたのだ。

数秒後、彼女がどの様に竹刀を振り、受け止め、とどめをさすのか。

それを知っていたからこそ、勝てた。


不正。チーター。ズル。愚者。偽善。


私は、それらの言葉を正面から受け入れられる準備は出来ている。

私が剣道部の主将になったのは、都大会で準優勝したからだ。性格まで考慮すれば、そんな事は絶対なかっただろう。脆弱な体で、遊んでばかりの小生意気な後輩にもはっきりと注意を出せず、ただ戦績を重ねるだけの女の子。それが、この呪われた《眼》を持った私の正体。

「…呆れる」

また、ぽつりと呟く。拳を握り締め、だけど今度は手柔らかに掲示板を叩く。

《終末眼》は発動しようとすればいつでも可能。だがその際に、虹彩の変色が起こる。

学校生活では剣道の試合以外では殆ど使わないし、剣道では面で隠れてしまうので《眼》は認識されにくい。高校内ではこの《眼》は露見していない筈だ。

私は《左眼》の碧をすっと消すと、再び玄関へと歩みを進めた。





下駄箱前。私は上履きを脱いで、黒い革靴へと履き替えた。私のロッカーの右に、空のロッカーがあった。

---3-D、出席番号26番、水樹雪音。現在不登校。


というのは彼女、国内でもそこそこ名の知れた歌手だ。

トレードマークは右目にしている黒い眼帯に描かれた、雪の結晶模様。

雪音の歌の特徴は、歌詞を彼女自身が書いていること。典型的な冬のラブソングから、友との別れを描いた悲しい歌まで、バリエーションは多様。そんな忙しい彼女だからこそ、今は高校を休んでいるのだ。

眼帯をしていることにも表れているが、雪音の言動は少し中二病寄りである。世間では、その立ち振舞いが寧ろ人気を博しているのだが、この高校という狭い空間の中では、彼女の言動に嫌悪感を持つ者が少なからずいた。ついでに言うと、そんな彼女が歌手として売れている事を恨んだ、或いは嫉妬した人も。私は基本的に、そういったものに偏見は無い。人が聴いてる曲も勧められたら聴くし、たとえ自分の性に合わなくても、曲の存在を否定したりはしない。だから、虐めまでには発展していないにせよ、雪音を見下す生徒たちの意図は、どうにも私には理解し難いものがあった。

雪音は中3の夏から歌手活動をしているらしい。私と雪音が会ったのは高1の春。元々彼女の歌に興味があった私は、他の雪音ファンの友達と共に、すぐ彼女と仲良くなった。

だが同年の冬から、欠席数が増え始めた。仕事の多忙さもあっただろうが、それ以来、少しずつ彼女は登校日を減らし、高2の時には完全に不登校になってしまった。

---人と違うことが、罪なのだろうか。そんなはずはない。

それが、私のポリシーだ。そして、彼女自身もきっと、同じ事を抱え込んでいる。





(…そろそろ帰らないと)

少し時間を無駄にし過ぎた。もうすぐ18時30分。

今日は帰りにコンビニでお弁当でも買って行こうか。一人暮らしなので、そのような怠惰な暮らしぶりに口出しする者はいない。

そう思って、私が校門から出ようとした時だった。





「---こんばんは」






真横から男の低い声が。

その声の威圧感に、私は思わず足を止めてしまった。

「…何ですか?」

私は恐怖しながら首を右に向けた。無視して通過した方が良かった、と後から後悔する。

そこには、ヘルメットを被った青年がバイクに跨がっていた。

たった5音の言葉ではあったが、何となく姿の想像はつく。恐らく私と同年齢程度の高校男子生徒。制服から見るに、他校の生徒だ。

青年は言葉を続ける。

「さっきの剣道試合、なかなかいい動きだった」

「---!!!」

さっきの試合を見ていたのか。まさか、他校の剣道部が偵察にでも来たのか。

だが、驚くのはまだ早かった。

「賞状見上げて何やら悔しそうにしていたな」

「え…」

「それに掲示板の前でも立ち止まって、そこの玄関でも何やら隣のロッカーを気にして…俺、ここで随分と待ったんだぞ」

私の先程の行動を完全に掌握している男が、さらにさらにと問い詰める。

まずい。ストーカーの類か確信は持てなかったが、こいつは危険だ。

そう思って走り出そうとしたが---

「おっと、逃がさねえぞ」

彼の右手が私の左手首を強く掴んだ。平均よりやや細めの私の手首を、容赦なく、それもかなり強く握り絞めてくる。

「---っ!! はっ、離して!!」

蛙を睨む蛇のような状況。そして、男は最後の一手で私を突き放す。





「さっきの試合---お前、ズルしただろ」





「---え!? そ、そんな訳…」

私はその場で取り繕おうとしたが、彼が更に続けた言葉に、そんな余裕は何処かへと行ってしまった。

「あの状況、相手の竹刀はお前の竹刀より右側、つまり左腰を狙いやすい位置にあった。なのに相手はお前の竹刀を振り払って右腰を狙った上、お前は相手が攻撃を仕掛けるより前に面への攻撃を始めていた…んー、何て言えばいいかなー、そう、例えば《未来視》とか」

「…!!!」

この男、完全に《眼》の正体を知っている。知ってて、知らないふりをしている。一体何者なのだ。

「…だ、だとしたら---」

「お前を連れて行く」

「…え?」

その瞬間、彼は私の腕を身体ごと引っ張って、自分のバイクの後部座席に放り投げた。思わず、男の肩を掴む。

「---大丈夫、警察とか少年院とかじゃないから」

「一体どこへ---」

「お前のその《眼》は使える。いいから行くぞ!!」

刹那、アクセルが踏まれる。というか、やはり《眼》の存在を知って…。

「う、うわっ!! ちょ、二人乗りは禁止だし、何か絶対変な施設に…」

「じゃ、これを見ろ」

すると、男は時速80kmで国道を走る中、ヘルメットを外した。

「ちょ、こんなところで外したら…」

「見ろ」

「え?」

私は彼が後ろを振り向いたのに気付いた。ようやく顔が明らかになる。

そう思って、彼の顔を見た私は絶句した。




赤いボサボサの髪。

少なくとも、クラスのどの男子よりも顔立ちは良かった。私の中では余裕でイケメンの部類に入る。

だが、そんなことはどうでもいい。

私が一番《眼》を見張ったのは---






「《右眼》が、赤い…」






私と反対側の、右側に。

《それ》は宿っていた。

私と同じ、アナログ時計の文字盤が細かく刻印された、深紅の《眼》。

そしてその周りに広がる、見るだけでも身の毛が弥立つ程の大きな火傷の跡。

「分かってくれたか」

その青年は、初めて笑顔を浮かべた。





「俺の眼は《遡刻眼(パスアイ)》---見た者や物質の過去を覗くことができる、お前と真逆の《異能力眼》だ」






こんな呪われた《眼》は、私だけだと思った。

だけど、《眼》の前には。

---過去を遡る赤髪の青年が、ただ笑っていた。



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