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DiAL  作者:
第4章「私は、大丈夫」
19/48

#18「Kidnapping」

10月1日。夏の暑さが完全に消え去った頃。

「朗報っす」

A班、B班と紺堂リーダーが揃った会議で、最初に開口したのは理だった。

「《インビジブル》と思わしきコンピューターへの侵入経路を発見したっす」

「おお」

「やってくれたようだね」

和樹と雪音が口々にする。MEIの頭脳担当とも言える理は、渋谷駅で自殺を図っていた時とは変わって、しっかりとメンバーとしての役割を果たしていた。

「恐らく彼らの本部にあるコンピューター…これに侵入できれば彼らの情報を一気に入手可能っす。ですが…」

そう言うと、理は目の前のノートパソコンを動かして皆に見せた。

「…えーと、パスワード?」

「それが分からないとアクセスが出来ない」

画面には半角英字や数字、その他スラッシュなどの記号が多種多様に並んでいた。

「何桁なの?」

「さあ? 別に何桁であろうと、僕には関係の無い話っすけど」

そういえばそうだった。何たって理は、MEIに入る為のパスワード22桁を1秒で覚えた化け物だから。

「とりあえず、パスワードが分かれば《虹色の血液》の件に関してこちらが優位に立てる。皆さん、パスワードの調査を頼むっす」






「とは言っても、ねえ…」

会議が終わった後、ロビーにはA組の4人が残っていた。

「パスワードなんてどうやって調べれば…」

「直接彼らに干渉するしかないっすよ」

「僕は賛同できないな。この前の悲劇を忘れたのかい」

和樹と理、雪音が次々に適当なことを言う。

「でも早急に解決しなきゃいけないよね…。私達の身も危ないし」

私達A班の4人は全員《虹色の血液》の要素だ。インビジブルには黄色の《眼》を所持する《異能力者》もいるようだから、彼らが集めるのは私たちと、他の《オレンジ》と《紫》の要素を持つ、世界のどこかに居る2人。

場合によっては、その2人の《血液》は彼らによって既に回収されてしまっているかもしれない。

「そういえば、雪音は仕事大丈夫なの?」

「まあ、余裕は持てないかな」

「今度は船上パーティーだろ?」

和樹が尋ねる。

「ああ。同級生も招待したいって言って許可を貰ったよ」

「でもその船上パーティーって偉い人が沢山いるんでしょ…?私たち浮いちゃわないかな」

「周囲の視線なんて、ただの戯言さ」

「そういうものかな…」

私は小さい頃から一人暮らしだったし、そういう団体パーティーに参加する機会はほとんどなかった。全く想像がつかない。

「ドレスとか、みんな着てるんでしょ」

「それは制服を着れば済む話じゃないか?制服は立派な礼服さ」

「えー…」

うちの高校の制服はあまりデザインがよくない。平成臭が漂って今時らしくないのだ。公の場であれを着るのは私の女子力が許さない。

「瑠璃波や翠からドレスでも借りられないかな」

「あ、それいいね!! 瑠璃波先輩!!」

私はロビーの隅で紺堂リーダーと話していた瑠璃波先輩に声をかける。瑠璃波先輩は持っていた珈琲の表面を微かに震わせた。

「く、黒乃ちゃん? どうしたの?」

「ドレスを貸して欲しいんです!! 雪音のパーティの時に」

「…んー…ごめんね、私1着しか持ってないの」




---嘘だ。

瑠璃波先輩は《虹色の血液》でのミスを犯してから、私と接するのを避けている。接していても、ずっとこんな調子だ。

いや、あんなのはミスとは言わない。相手が悪かっただけだ。当時どんな状況だったかは知らないが、自分の心を覗かれたのは仕方の無い事だ。

でも、先輩はそれをずっと引き摺っている。自分のせいで、私たち4人が危険に晒されてたと責任を感じているのだ。

私もあの時、少しきついことを言ってしまったかもしれない。

どうして情報が漏れたんですか。そんなことを聞いたって、自分の状況が変わるわけではないのに。瑠璃波先輩の顔色を伺ってから白神先輩にそう尋ねた私が卑怯に感じられた。

リーダーとの会話を終えた先輩は、珈琲を持ったままたったと走って廊下の奥へと消えた。

「…どうしたんすかね」

「さあ」

理と和樹は他人事のように話す。

「…でもしょうがないね、1着しか持ってないなら…翠先輩はどこかな」

「いつもの部屋じゃないか」

「分かった」

私はソファから立ち上がると、雪音の告げた部屋へと駆けて行った。

(でも翠先輩…ドレスなんか持ってるのかな)

あのミリタリー大好きで大柄な女性が、ふりふりドレスなんか持っている気がしない。いつもは黒いYシャツに迷彩柄の上着を着ている先輩は確かにカッコいいが、あんなのを雪音の船上パーティーに着用して行ったら、侵入者か警備員に勘違いされそうだ。

私は先輩のいる部屋の扉をノックして開いた。

「先輩、今度の船上パーティーで…って…え?」

「あ…」




そこには、()()()()()()()翠先輩がいた。

いや、本当に「めっちゃ可愛い」としか形容のしようがないのだ。

「それ…栗鼠(りす)の人形…?」

そう、先輩は栗鼠を頭に載せて寝ていたのだ。

「か、帰れー!!」

先輩は一気に紅潮すると、側にあった拳銃を取ってこちらに向けて発砲した。

「うわぁあああああああ!?」

実弾だった。私は急いでドアを閉めると、雪音がいるソファへと走って戻った。《終末眼》を使わずに回避できたのは本当に奇跡的だ。

「…お前何やってんの?」

10m程離れたロビーから、和樹は呆れて私を見る。

「せ…先輩が栗鼠を…」

「は?栗鼠?」

「黒乃…」

その呪怨に満ちた声に、私は振り返る。

そこには、ドアの隙間からおぞましい顔を覗かす翠先輩がいた。

「…それ以上話したら、もう一発撃つぞ?」




「何だ、そんなことか」

「そんなことって、先に発砲したのは先輩ですからね!?」

私は翠先輩の部屋で怒鳴る。

「悪ぃ、あれはマジで。…でもこれのことは誰にも話すな」

そう言うと翠先輩は栗鼠の人形を指差す。

「は、はい…」

「言ったら殺すぞ」

「も、勿論です…はぁ」

私は大きな溜息を零す。

「んで、ドレスだっけ? あるぞ」

「え、あるんですか?」

「…一応黄緑谷と付き合ってるからな」

「あーなるほど、そういえば先輩たちリア…」

「お前マジでさっきの話分かってるか?」

翠先輩は私を鬼の形相で睨む。

「わ、分かってますよ…」

「…まあいい。お前身長は? あとBWHも」

「152cmです。BWHは確か73-61-80だったかな…」

「152cm!?ちっさ」

「知ってますよ!!」

身長の小ささで弄られるのはもう慣れている。

翠先輩はスマホで自分のドレスの写真を探しているようだ。

「でも確かにMEIの女は皆身長高いよな…雪音でさえ165cmだし」

「先輩は何cmなんですか」

「165cm。雪音と同じだ」

「へえ…」

もう少し高いと思っていたので、少々驚いた。でも銃を扱う紛争なんかでは、小柄な方が動きやすくて良さそうだ。

「あった、これこれ」

「見せてください」

翠先輩はスマホを私に手渡した。

黒いドレスだ。腰より上、胸より下の位置に大きなリボン結びがあってなかなか可愛らしい。ウェディングみたいにスカート丈はそこまで長くはなっておらず、膝の関節よりちょっと上の位置に収まっている。先輩の翠色の髪にマッチングした、綺麗な服である。

「露出度高いですね」

「私が高2くらいの時に買ったやつだ。あの時BWHは84-61-83だったから、確かMサイズを選んだ気がするな」

身長といいBWHといい、絶対サイズ合わない気がする。とは言え、瑠璃波先輩には借りられないし、これを貸してもらうしかない。

「こ…これにします…」

「そうか?んじゃ、今度持ってきてやるよ」

翠先輩は立ち上がると、壁にかけてあった狙撃銃を手に取った。やっぱり、ミリタリー好きなのかよく分からなくなってきた。

「そういえば…」

「何だ?」

「この間はありがとうございます…。私を元気づけてくれて」

「この間って…ああ、あんなに罵倒されてありがとうってお前ドMか?」

「ちっ…違いますよ!!」

「冗談だよ」

先輩は椅子の上着を肩に背負うと、そのまま部屋を出てしまった。

何だか、はぐらかされた気がする。感謝されるのは、恥ずかしいだろうか。






***






「ありがとう、理くん」

黒乃は理から自分の携帯電話を受け取った。

「いえいえ、気を付けて帰って下さいね」

「うん」

黒乃は、和樹に続いてMEIの要塞から出た。

エレベーターで階下に降りると、和樹は待っていた。

「遅かったな、何かあったのか」

「いや、ちょっとね…」

黒乃は言葉を続けなかったが、和樹もこれ以上の踏み込みは無意味だと感じた。

その日、和樹は黒乃と共に帰途へついた。夜だが、相変わらず渋谷では星が見えない。

「そういえば、借りられたのか?ドレス」

「うん」

「翠姉、浮浪者の癖に金は持ってるんだよな」

「…」

和樹はずっと疑問だった。いくら恋人がいるからとはいえ、ドレスなんて普通持っているのだろうか。ましてやあんなミリタリー好きな人が。

でも、思い当たる節はあった。家族はある程度裕福であった、と話していた。彼女の過去を聞いた時。

彼女は11歳のあの時までは幸せな家庭で育てられて来たのだろう。だけど、それが一気に変わってしまった。お金は家を出る時にある程度貰ったのかも知れない。

和樹は、再び質問を黒乃に投げ掛ける。

「もう一つ、訊いていいか?」

「何?」

「学校はどうした?」

そう言うと、黒乃は表情を僅かに歪めた。

「あ、いや、言いたくないなら別に…」

「休んだよ」

「え?」

「学校側には連絡してない。どうせ、向こうも私が来ることは望んでない」

「…そうか」

そうだろうと思った。今まで平凡だった学校生活が崩壊していくのは、恐ろしいことだ。

目の前の信号が赤になって、二人が立ち止まろうと思った瞬間。




『無断欠席は看過できないな』




その声に、二人はひどく恐怖した。

「…っ!!」

和樹は振り返る。背後に、奴はいた。

褐色の頭髪。忘れたくても忘れられない、敵の顔。

「久しぶり、二人とも」

「…褐間!!」

和樹は強い恨みを含んだ目で褐間を睨む。

褐間は疲れ果てたような顔をしていた。髪と髭は長く伸び、長期間この辺りを彷徨っていたのは容易に窺うとこができた。そしてその手には何かの鍵が強く握られている。側の国道にドアが開けっ放しの自動車が停められていたので、車のキーかも知れない。

「捜したぜ、アンタのこと…。今ここで決着を」

「それより、いいのか?」

「は?」

「君の親友が死のうとしてるよ」

「…!?」

言われて、信号の方を振り返る。

黒乃が赤信号の横断歩道を渡っていた。そしてその体が車道に逸れる。

(まさか《隷属眼》で…!?)

和樹は褐間の《眼》を見る。能力発動中を示す、褐色だった。

「くそっ…!!」

和樹は駆け出した。


恐怖の顔を浮かべる彼女の元へ。

クラクションも気にせず。

足を懸命に動かして。



---それが、()()()()()()だと知らないまま。




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