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DiAL  作者:
第3章「夢に敗れた愚かな狙撃主」
14/48

#13「Hypothesis」

事件が起こってから数十分後。

「黒乃!!」

私が殺人現場である教室の外で待っていると、和樹が向こうから走ってやって来た。廊下に声がこだます。

「…和樹!! 何でここに?」

「それは…」

和樹の視線は、私の隣に座る褐間先生に向いていた。

「おや、赤原くん」

「…ああ。久しぶりですね」

和樹は驚愕---というより、敵対心を孕んだ顔で褐間先生を睨む。初対面にする態度ではないことは間違いない。

「…もしかして2人とも知り合い?」

「ああ、それどころか碧柳くんが赤原くんと接点がある事に驚きだよ。恋人関係かね?」

「「それはない」」

私と和樹は揃って否定した。

和樹は大きな溜め息をつくと、私に体を向けた。

「前に離任式の話したろ? その時の先生だよ」

「えっ!!? この間会った先生って、褐間先生だったの?」

私は驚きを隠せない。しかしさっきの態度は、離任式の前に何か先生とトラブルでもあったのだろうか。

「…ああ。黒乃と先生はどういう関係なんだ?」

「顧問と部員だよ。剣道部の。それが何か?」

私は端的に答えた。が、和樹は苦い顔をした。

普通の嫌がる顔ではなかった。何かを拒絶するような、とてもやり辛そうな顔。

「…何? 私の顔に何か付いてる?」

「…いや、何でもねーよ…」

和樹は視線を逸らした。今日の和樹は何を考えているのか全く分からない。

「…それより、殺人事件があったって聞いたんだが、誰が殺されたんだ」

「この高校の教師をしてた長谷川って人。私たちのクラスの出し物でカフェやってたんだけど、珈琲を飲んだ瞬間に…」

「お前がメイド服着てるのはそういうことか」

「…」

そういえば私、メイド服着てた。

そう言って和樹は私をじろじろと見まわす。頭の黒白カチューシャからヒールの黒い靴まで。

「あ、あんまり見ないでよ…。これ、死ぬほど恥ずかしいから」

着てからだいぶ経つが、羞恥心はなかなか薄らがないものだ。

「殺人事件が起こったっのに着替えてない奴がそれ言うか?」

「しょ、しょうがないじゃん!! これから取り調べ受けるんだから」

「取り調べ?」

そこで、私は少し口籠った。





「実は私、この事件の第一容疑者にされてるの…」






***






身体検査が終わって部屋から出ると、和樹が椅子に座って待っていた。

「…どうだ?」

「何ともないよ…でもやっぱり私、疑われてる」

私は和樹の隣に座ると、大きく溜息をついた。

「…ま、しょうがねーよ。珈琲淹れたのはお前なんだろ?」

「うん…他の生徒は全員他の客の対応してたし、褐間先生も長谷川先生の珈琲には干渉してない」

私は俯きながら話す。状況からして、長谷川先生を殺せるのは私か褐間先生だろうが、褐間先生は長谷川先生の珈琲に指一本触れていないのだ。そうなれば、警察の猜疑心は私に向けられるのが当然だ。

和樹は真剣な眼差しを私に向ける。

「でもこのままだと本当に逮捕されるぞ」

「分かってる!! けど…」

私には何をしたらいいのか、全く分からなかった。

自分の用意した珈琲で先生が死んだ、それは紛れもない事実だ。犯人じゃないなんて証拠、提示できない。そんなのどうやって証明しろと言うのだ。

不安な未来予測な思考回路が脳内で回転する中、和樹が突然隣から立ち上がった。

「---んじゃ、一丁やってみるか」

「…え?」

「シャーロック・ホームズみたいに上手くいくかは分かんねーが」

「こ…この殺人事件を解くの?」

「お前の無実を証明するのにそれ以外の方法無いっしょ」

「和樹…」

前向きな和樹を目の前に、私も一緒に立ち上がった。

「ありがとう」

「仲間が窮地に立たされていたら、俺には救う義務がある。当然だ」

和樹はそう言うとそっぽをむいた。ちょっと可愛らしささえ感じられて、私は少し微笑んだ。






私と和樹は殺人現場の教室に入った。

警察がこうやって実際に現場を調べている様子を見るのは初めてだった。そもそも目の前で殺人が起こる事自体、初めてだが。長谷川先生の遺体は回収され、今は白いテープでその枠が取られている。私も刑事ドラマなら何回か見たことがあったが、本当にこんな感じなのだな、と改めて実感した。

先生の腰が位置してた部分にはコーヒーを零した跡が。血痕じみていて気味が悪い。

続いてテーブルの机に目線を移す。中央には砂糖とシロップカップが入った白い陶器が2つ。褐間先生が座っていた場所には珈琲が残ったカップとその下の白い皿。

そして、長谷川先生の座っていた場所には白い皿と銀のスプーン。その右側には、黄土色の容器をしたシロップカップ。珈琲を淹れていたカップは床に落ちて割れてしまった。

「黒乃」

現場を見て早々、和樹が口を開いた。

「何?」

「褐間先生はシロップ入れてたか?」

「うん…って、あれ?」

「…ああ、褐間先生のシロップカップが無い」

もう一度机上に視線を戻す。確かに黄土色のシロップカップが見当たらない。床も見るが、やはり落ちていなかった。

「…先生が教室から出る時にごみ箱に捨てちゃったのかな?」

ごみ箱は今、警察が調べている。入口の近くに設置していたので、他の客もカップをそこに捨てているかも知れない。

警察の話によると、床にぶちまけられた長谷川先生の珈琲と、それをかき混ぜたスプーンからは毒が検出されたらしい。だが、机の上にある陶器の中に入っている砂糖及び砂糖用のスプーン、皿の右にあったシロップカップ、割れたカップの淵や取っ手からは一切の毒物反応が無かった、と言っている。

スプーンに塗られた可能性は恐らく0だ。私は塗ってないし、褐間先生もスプーンに触れていない。スプーンの毒は、毒入り珈琲を混ぜた時に付着したと見て間違いない。

他に何か手掛かりがないかと私が教室を見回すと、ふと、教室の掲示板に目が止まった。

(あれ?)

掲示板に貼られたこのクラスの学級目標だ。レタリングで「文武両道」と大きく書かれた模造紙は、隅の4ヶ所が画鋲で留められている。

私が注目したのはその模造紙の左角---の、真下。緑色をした掲示板の部分。

(…昨日、全部外したのに)

そこには別の画鋲が刺さっていた。黄土色に眩く輝くその光は、どこかくすんでいる。

昨日、文化祭の準備のために、必要ない画鋲は全部取り払ったのだ。メイドカフェのクラスとして、部屋の景観を綺麗にしようという事で、私が他の生徒と協力して無駄な画鋲は外した。

他の掲示物を見る。当番表や進路案内などが貼られているが、どれもしっかりと角の4ヶ所は固定されていた。昨日確認した通りだ。

「和樹、教卓から画鋲抜き取って来てくれない?」

「ちょっと待ってろ」

和樹は教卓の引き出しから画鋲抜きを借りると、私に手渡した。掲示板と画鋲の間に挟んで、画鋲を抜きやすくする優れものだ。

「よっと…」

誰が刺したんだろう、と思いながら私はその画鋲を引き抜いた。抜いたものは画鋲抜きの中の空洞に入るので、素手で抜いて私の指紋が付くより良いと考えたのだ。

私は画鋲抜きを引っくり返して中の画鋲を左手のハンカチに載せる。何か手掛かりになるかも知れないから、無駄な指紋は付けないのが得策だ。

だが、空洞から出したその画鋲に私は目---いや、鼻を疑った。

「何か変な匂いするな…甘い感じの」

隣からひょい和樹がコメントする。

「うん…何だろう」

私は画鋲抜きを教卓の引き出しに仕舞おうと思った。が、

「ちょっと君、あんまり現場を徘徊されると困るよ。容疑者なんだから」

「あっ…すいません」

入口で扉を調べていた警察官に注意された。私はその序に尋ねてみる。

「そういえばごみ箱から何か見つかりましたか?」

「うーん、珈琲に入れるシロップのカップが幾つか…。…あ」

「何ですか?」

「一つだけ、奇妙なカップがあったよ。底に小さな穴が開いている」

「え!?」

その言葉に、私は戦慄した。和樹も察したようだ。

「そ、それ見せてください!!」

「ほら」

警察官はシロップカップを見せた。私は先程のハンカチでそれを受け取る。底には直径1mm弱の小さな穴。

中を覗く。底を見ると、黄土色のプラスチックが僅かに内部構造側に開いている。外側から何かを刺した証拠だ。

「まあ多分、小さな子ども客が悪戯でシャーペンか何かで開けて…って、ちょっと!!」

私は警察官の言葉を最後まで聞かずに教室を走って出た。

謎は解けた。この仮説が正しければ、犯人は間違いなくあの人だ。

「お、おい!! どうしたんだ?」

後から追い駆けて来た和樹が問う。

「犯人分かった。今から行く」

「ちょ、待て!! 俺も何となく分かったけど、証拠は!?」

「証拠はさっきの画鋲だよ…後で指紋検査をすれば」

「で、でも待て!! 俺も一つ話したい事がある」

「…何?」

私は足を止めて振り返る。和樹は真剣な表情で答える。

「---俺がここに来た理由だ」






***






「…で、話って?」

私は和樹と共に、褐間先生の待つ教室に入った。先生が逃げないように施錠する。

もうすぐ17時だ。窓からは夕日が差し込み、私と和樹の影が後ろへ伸びていた。

「…鍵まで閉めちゃって、まるで私を犯人と疑って逃走を図られないようにしているみたいだ」

「…察しが良いですね」

椅子に座る先生を正面に、私は微笑を浮かべた。




「そうです、この殺人事件の犯人は褐間先生だと私は疑っています。というか、あなたが犯人です」




「---教え子に犯人だと真っ向から言われるなんて、先生参っちゃうよ、赤原くんまで揃って。ま、でも推理ぐらいは聞いてやろう」

褐間先生は戸惑いを見せない。

「ありがとうございます…では」

私は小さく息を吸い込んだ。

正直言って、脚が震えている。先生は犯人なのだ。目の前に犯人が居るのだ。何をされるか分からない。

それでも、私は自分自身の道を切り拓く為に、この事件の真相を証明しなくちゃならない。

「…まず、先生は私の様子を見に行こうと言って長谷川先生を誘った。そして二人揃って珈琲を注文し、私に容疑を掛けた」

「ふむ」

「先生は予めポケットか何処かに画鋲を仕込んでいた。針の部分に毒がたっぷりと塗られた、黄土色のものをね」

「…」

《画鋲》というワードが登場したせいか、推理ショーの冒頭から褐間先生は黙りこんだ。

「褐間先生は長谷川先生の珈琲には、()()()干渉できなかった。だったら間接的に干渉して、長谷川先生自ら毒を入れるように誘導すればいい。褐間先生が珈琲に間接的に干渉したのは、長谷川先生にシロップを渡した時ですね」

「…どうやって」

「カップが入っていた陶器は不透明だった。褐間先生は私が珈琲を運んできてすぐ、その陶器に手を伸ばし、シロップを取るふりをして、適当なシロップのカップの底にその画鋲を刺した。そしてそのシロップを長谷川先生に渡した」

「…うん」

「あのシロップの容器は黄土色だった。画鋲と同色なので、底に刺したとしてもばれにくい」

「だが、そんな画鋲の刺さった容器があったら警察がとっくに…」

「とっくに見つけてくれましたよ?」

私のその発言で、褐間先生は一瞬、私を睨み付けた。だが、すぐ元の余裕綽々な顔に戻る。

「教室のごみ箱に入っていました。底に穴の開いた容器が」

「…ふーん」

「褐間先生は恐らく計画を実行した後、警察が来る前に机上にあった長谷川先生のガムシロップを自分のものとすり替えたのでしょう…でも、一つだけ違和感があった」

「それは?」

「長谷川先生は左利きでした。珈琲のカップを握る手も、砂糖のスプーンを握る手も左…。なのに、シロップのカップは珈琲を載せていた白いお皿の右側にあった。誰かが取り換えた証拠です」

「…っ」

褐間先生は親指の爪を噛む。しくじった、といった顔だ。

「…だが、私がやったという証拠は…?」

私はその言葉を待っていたと言わんばかりに、ハンカチに包んだ画鋲をポケットから取り出した。

「教室の掲示板に、例の画鋲が刺さっていました。針の部分からはシロップじみた甘い香りも。これの先端に付着している成分と指紋を調べれば終わりでしょう」

計画が終了して画鋲を刺すという行為は、画鋲抜きで画鋲を抜くのと違って、どうしても素手でやる必要がある。指紋を残さない為に手袋をしながら画鋲を掲示板に刺すのは至難の技だし、仮に出来たとしても、事件が起きた直後のあの現場では周囲から不審がられていただろう。

「…大した事ない事件です。シロップの取り換え位置のミスはするし、長谷川先生が使っていたシロップのカップの処理も不十分だった。もしかしたから、あれにも指紋が付いているかも知れませんね」

「…っはは、教え子にあっさりと見抜かれちまうとは」

すると、先生は椅子から立ち上がった。事件は立証できたつもりだが、彼はまだ余裕の表情だ。

一気に緊張のボルテージが高まる。

ここまでの推理は何てこと無い。シャーロックだったら一瞬で解けていたであろう、他愛もない事件だ。

ここからは、先生との本当の戦いだ。

脚の震えが加速する。息苦しい。心拍数は上昇するばかり。

だが、それでも、避けられない道だ。

にわかに信じ難い話だし、こんな身近にいる人がまさか、と思いたい。最初は和樹の冗談かと思ったが、事件の前にした褐間先生とのあの会話でつっかかることがあって、最早何を信用していいのか私には分からないのだ。

「自首したらどうですか、先生…」

私だって先生を信用したい。

でも、もう遅い気がしたのだ。

「いや…」

後ろには和樹が居る。

B班の先輩たちも電話で呼んだ。もうすぐ来るだろう。

大丈夫だ。きっと説得出来る。




私が最後にこう言った途端、褐間先生は今度こそ完璧に、余裕の表情を消した。







「《隷属眼》使いのインビジブル構成員---褐間陸道」



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