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DiAL  作者:
第3章「夢に敗れた愚かな狙撃主」
13/48

#12「Poisoned coffee」

9月28日。

私が通う高校では、文化祭が開催されていた。

「ふむ」

目の前では白神先輩がコーヒーを飲みながら、私の姿を頭から足先まで、仏像を見るように眺める。

「うーん、いまいち」

「別に先輩の賛同なんか要りませんよ!?」

私は、メイド服を着ていた。黒い長袖の服に白いエプロンを被った型のものだ。襞が大量についていて、正直言うと剣道着より動きにくい。ロングスカートだったからまだよかったが、客からの視線がすごく恥ずかしい。

教室はカフェそのものだった。洒落た白い丸テーブルの上には砂糖の入った陶器。銀のスプーンが横に立て掛けてある。そして隣のもう一つの陶器にはシロップの入ったパックが。

黒板には萌えキャラと呼ばれる、髪色も様々な女の子のイラストが。平成の文化らしく、私にはいまいち分からない属性のアレであった。

「でも高校の文化祭でメイドカフェなんて珍しいな」

「この高校では映画とか展示とかの枠数が決まってるんですけど、何故か高校側がメイドカフェを設けてて…」

「そうかー、メイドやるって言ってくれれば他のMEIメンバーも連れてきたのに」

…うわぁ、言わなくて正解だった。

私の高校には高1から高3まで6×3、合計18クラスあり、出し物の配分が決まってる。

事前に撮影した映像を編集してスクリーンに投影する「映画」は5クラス。文化祭の定番「演劇」は4クラス。「屋台」「飲食物販売」はそれぞれ3クラス、射撃やお化け屋敷などの「ゲーム」枠が2クラス。そして何故か「メイドカフェ」が1クラス設置されている。確信犯だとか。

各クラスの委員長の集まりが以前あって、その時に取り決めたらしいのだが、私たちのクラスの委員長はじゃんけんで3連敗。結果、希望者の居なかったメイドカフェへ強制決定されただとか。

「それにしてもツンデレちゃん、もっとツンデレ演じないとお客さん満足しないよ」

白神先輩は机の上の砂糖をコーヒーに入れながらぶつぶつと不満を言う。

「それ白神先輩が得するだけですよね!?」

「…ツンデレに関しては否定しないんだね」

「もう慣れちゃったんですよ!! 誰かさんのせいで!! てか何時間いるつもりれしゅか!!」

「あ、噛んだ。ドジっ娘路線で行くの?」

「帰ってください!!」

この人に「明日文化祭です」と口を溢したことを、私は激しく後悔した。




「いやー、面白かったな」

白神は黒乃のカフェを後にしてから、高校の昇降口に向かっていた。

それにしても苦い珈琲だった。彼女、何か入れたのだろうか。

そんなくだらない事を考えていた、刹那。




「…!!?」




白神は思わず振り返った。

ある人物とすれ違ったのだ。顔合わせのある。

(…何故、あの男がここに!!?)

白神は顔を強張らせた。

よく知った人物であった。やや身長の低い、黒髪の女性を別に連れている。

そして、黒乃のクラスへ入っていった。二人揃って。

(まずい…!! だが僕が行くのは…)

そりゃそうだ。奴は自分の顔を知っている。そうなれば真っ先に訊かれる。

「貴様が何故ここにいる」と。

今のすれ違いざまに顔が露見しなかったのは本当にラッキーだった。

白神は携帯で黒乃と連絡をとろうとした。が、すぐにその手を止める。

ダメだ。この高校は、生徒が校内で携帯電話を操作するのが禁止だった。仮に黒乃が隠れて携帯を持っていたとしても、彼女が男の目の前で携帯を開いてメールの内容を見られたら、それこそ最悪の事態になりかねない。




そして、間違いなく彼女は()()()()




(…仕方ない)

白神は結局スマートフォンを取り出した。アプリを立ち上げ、電話をかける。

「もしもし…どうしたの、白神兄」

「…緊急事態だ」





「はい、いらっしゃいませー…って、うわー…」

「何だいその態度は」

私のいるメイドカフェに続けてやって来たのは、剣道部の顧問、ハネた茶髪が特徴的な、褐間陸道先生。後ろには黒髪の長谷川途子先生も。

「何で先生が来るんですか…」

「いや剣道部一の教え子を顧問が見に行かないわけにはいかないだろう。一人で来るのは流石に気が引けたがな」

「だからって何で私を…」

隣で長谷川先生がぼやく。

この二人の先生は、私が高校3年生に進級した時に、この学校に就いた。

褐間陸道。38歳、現代文教師。去年度まで別の先生が剣道部の顧問を務めていたのだが、その先生が転勤となり、代理で入ってきたのがこの人だ。自称、《平成の申し子》。

勿論先生が平成生まれなのは納得いくが、どうやら先生は剣道の関東大会で優勝経験があるらしい。実際に調べる気にはならなかったが、恐らくかなりの実力者なのであろう。一緒に戦った経験は無い。

そして、その隣にいるのは長谷川途子。艶がかった長い黒髪が綺麗な、25歳の倫理教師。文系科目で大学受験を予定している私にとって、とても頼りになる先生だ。子供がいると聞いた。

私は二人を向かい合わせのテーブル席に案内した。二人は揃って珈琲を注文。私は立てかけの裏の仮設キッチンに移動した。

(はあ…白神先輩だったり褐間先生だったり…もう嫌だ)

私は隠れて小さな溜息をつくと、珈琲を淹れたカップを木のお盆に載せた。

「お待たせしました」

「そこは《ご主人様》をつけなきゃ」

「褐間先生、あまり調子に乗ると私が制裁しますよ」

「はは、冗談ですよ」

「…」

二人の先生のやり取り、私はどうも口出ししづらかった。何処かぎこちない、というか…。

そもそも、この二人がこうやって話をしているところを私は初めて見た。何だかとても新鮮だ。同年度に配属された同士だからもっと話せばいいのに、とは日頃思っていたが。

褐間先生はシロップパックの入った陶器に手を伸ばす。シロップはクラスの集金で買ったものだ。

「どうぞ」

「有難うございます」

長谷川先生は褐間先生からシロップを受け取った。

「そういえば碧柳くん」

「何ですか」

「さっきこの店に白髪の男が来ていなかったか」

そう訊かれて、私はどきりとした。

「は、はい…ちょっと前に…それが何か?」

「いや、珍しい頭髪だなと思っただけだ」

「そ、そうですね…でも、私だって碧髪ですし…ね?」

私は前髪を手でさらっとして見せた。まるで私と白神先輩の関係を詮索されているかのようだった。私は必死に表情を崩さまいとした。

褐間先生はシロップの蓋を開けて透明な液体を投下すると、側のスプーンでかき混ぜた。

「うん、だから二人がもしかして…って、あっつ!!」

褐間先生は咳込んだ。言葉を珈琲に遮られたのは運が良かったのか、悪かったのか。

「あれ、熱かったですか」

「いや、私は昔から猫舌でね…どうも熱いのは苦手で」

「だったらアイスにすればよかったのに…」

向かいで長谷川先生がシロップを入れながら言う。

「それより碧柳さん」

「はい」

「倫理のレポート」

「…あはは」

私は笑って誤魔化した。そんなのあったな。

長谷川先生は左手で砂糖を投下しながら言葉を続ける。

「あれね、成績に大きく関わるやつだからね? ちゃんと期限までに提出しないと…」

そう言って、長谷川先生が珈琲を口に移した時だった。




それは突然だった。

「ぐっ…!?」

突然長谷川先生が右手で喉を押さえた。

「ちょっと長谷川先生、2回目はウけませんよ」

褐間先生はそう言って笑い飛ばす。だが、長谷川先生が左手からカップを離したことで、先生は表情を変えた。

「ぐああああっ…!!?」

床で白いカップが派手な音を響かせる。

「ちょ、先生!? 大丈夫ですか!? 先生!!」

何だ何だ、と周囲の客も異変に気付いて此方を見ていた。

そして、突然先生の体が左に傾く。

「せ、先生!!」

私はぎりぎりでその体を受け止めた。

だがその瞬間、長谷川先生の口から一筋の赤い液体が漏れた。

「ひっ……きゃあっ…!!」

私は思わず恐怖で手を離してしまう。長谷川先生は構わず床に倒れた---いや、落ちた。

先生の四肢は完全に脱力し、白いYシャツが珈琲の茶色で染め上げられる。血の如く。




---私は、宿題未提出の課題を聞かぬまま、長谷川途子とお別れした。




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