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DiAL  作者:
第2章「最初の目標は」
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#9「Unfamiliar world」

「…疲…れた」

私がMEI本部へ戻ると、そこには和樹と先輩2人---そして、自殺未遂の少年がテーブルの周りに座っていた。

「どうでした?」

「こっぴどく叱られましたよ…もう二度と押しません」

「はは…」

黄緑谷先輩は苦笑。私が和樹と緑髪少年の間に着席すると、先輩は水の入った硝子のコップを差し出した。

「ありがとうございます」

「さーて、役者も揃ったことだし、始めるか」

私の向かいに座っている翠先輩が啖呵を切った。が、

「ちょっと待つっす」

早速一時停止の声が掛かる。その幼い声の持ち主は、緑髪の少年。

「…何だ」

「理不尽っすよ、いきなりこんな所に連れて来られて」

「…」

翠先輩は机の上からコップを取って、静かに口へと注ぐ。

「何も理由無しには連れて来ないさ。お前が自殺しそうだったから連れてきただけの話だろ…はぁ」

先輩は溜め息混じりに話す。だが、少年はそこで驚くべき返答をした。

「逆に言いますが、僕だって理由無しには自殺しないっすよ。自殺しようとしている人がいたら、その人の事情を察して何もしないのが普通じゃないんすか?」

「…」

翠先輩は寸時黙る。が、

「---ふざけるな!!!」

先輩はコップを机に叩きつけた。コップが割れ、中の水が零れる。

「うわっ!!? ちょ、琴梨ってば」

「てめえは引っ込んでろ!!!」

「は、はい…」

先輩の鋭い《翠色》の視線に、黄緑谷先輩はしゅんとする。

「いいか!! どんな事情があるか知らねーがな、自殺なんて絶対にダメだ!!! 取り残された奴等の気持ちを考えてみろ!!! てめーの両親はお前を愛情込めて育ててきただろうが!!?」

「…何を根拠にそう思う?」

翠先輩の強い語調に、少年は全く動じない。

机の側面を、一筋の水が伝っては、落ちていく。

「てめえが今生きていることだ!! 自殺ってのはな、お前が良くてもお前を思う周りの大切な人達は傷つくんだよ!! この世に存在しなくなる奴が得しても意味無えよ!!!」




「…貴女は、さぞかし大切な人を失ったんすね」




「…っ!!」

私は、その少年の言葉に戦慄を覚えた。

私は先輩の過去の事情は一切聞いていなかったが、その真偽は明確だった。先輩の顔を見れば。

「相当愛されて育てられたんすね。それが当然だと思わない方が良いっすよ。僕みたいな、愛情の欠片も無しに自立した人間もいる、と」

少年の話は、残酷ながらも、筋は通っていた。そのままの意味だった。彼の家は決して普通ではない。それだけは容易に察しがついた。

「…」

翠先輩は拳をわなわなと震わせながら歯を食い縛るが、

「…帰る」

「え?」

先輩は玄関へと踵を返した。

「そいつは頼んだ」

「た、頼んだって僕一人じゃ…」

「…頼んだぞ?」

「はい…」

黄緑谷先輩に軽く威圧をかけると、翠先輩は入口のロックを外して本当に帰ってしまった。

取り残された4人の中に、重い沈黙が流れる。

翠先輩がコップを割って空気が一気に冷め、先輩の怒号、闇の深そうな少年の発言によって、その気温はぐんぐん下がっていく。

きつい。この雰囲気。

(…っ!!!)

私は耐えられなくなって立ち上がった。

「…ど、どうしたの? 黒乃ちゃん」

「あ、いや…コップの破片片付けるだけです」

「あ、申し訳ないね…」

私は小走りで向かうと、小箒と塵取りをロッカーから取り出した。

「あーあと、その…君にも悪かったね」

「僕っすか?」

「琴梨は元々あういう性格なんだ…気にしないでやってくれ」

「うぃっす」

返事が軽いな。私は側で聞いててそう思った。

「んじゃ、そろそろ本題に入ろうか」

私が硝子を集めてゴミ箱に捨てると、黄緑谷先輩は話を再開した。

「君をここに連れて来たのは…まあ、自殺のこともあるんだけど、その《眼》についてなんだ」

「…まさか人体実験(モルモット)に?」

「あー違う違う!! ここは…」

黄緑谷先輩は弁解を織り交ぜながら説明した。私も初めてここに来た時は、こんな感じだったのだろうか。

MEIの活動内容。《眼》の性質。ついでに私たちの自己紹介も。

それを聞き終えた少年は、全てを理解したかのような口調で言った。

「なるほど…皆さんが眼帯や眼鏡をしているのはそういうことっすかか」

「ああ、《眼》を封じてないと他人の過去覗きっ放しだからな」

和樹は答える。

「へー…でも、こっちの碧柳さんは《眼》が着色してないようですが…」

「あー、それ言い忘れてた…左側の《眼》は術者の意思によって効果のオンオフが出来るんだ」

「そんな便利なことが出来るんすか」

「うん、内部では黒乃ちゃんだけ」

私は、剣道の試合以外では殆ど《眼》を使ってこなかった。常に使っていると疲れてしまうからだ。《眼》の使用に、魔力なんてファンタジスタなものは消費しない。それの代償としては、単純に術者の体力が奪われる。この世界、《異能力眼》なんてものが存在する時点で既に狂っているのに、その点に関しては現実的だ。

「そういえば君の《眼》は?」

「え? 僕のっすか?」

「うん、眼帯してないあたり、常時開放でOKな類の《眼》っぽいけど…」

「全てを記憶する《眼》」

「え?」

言われている意味が分からず、先輩は疑問符を浮かべる。

「《刷憶眼(メモリアルアイ)》とでも言うんすかね? 視界に入った全ての情報を記憶する能力」

「…うーん、いまいち意味が…」

「そうだなー、じゃあ」

すると、少年は右手の人差し指をピンと立てた。




「さっき此処に入る時、入口で暗証番号式のパネルロックがありましたけど、あれのパスワード、36E4K1B1K1C3G1E1B1D3D1っすよね?」




さらっとそう言われて、私は頭がパンクしそうになった。

私だってここに入って間もなく4ヶ月だが、パスワードを覚えたのは最近のことだ。ましてや、口でこう言われても脳内で処理できるものではないのだが…。

「…やば、変えなきゃ」

「え、嘘!!!!?」

どうやら正解だったようだ。黄緑谷先輩がパネルを操作しているのを盗み見して、《記憶》したのか。たった一回で。

「なんなら円周率小数点以下100万桁まで言ってあげましょうか? 3.14…」

「ちょ、待って!! 今はいいよ…それより」

《刷憶眼》怖い、と言わんばかりに黄緑谷先輩は話の路線を変える。

「…僕から頼みがあるんだ。君にこの組織に入って欲しい」

「いいっすよ」

「だよねー…普通無理…って…え?」

少年からの意外過ぎる言葉に、黄緑谷先輩は口を止めた。




緑道(ろくどう)(おさむ)っす」






***






「え? 何で承諾したか?」

「う、うん…普通、面倒で入りたがらないから」

あの後、新たな本部メンバー---理を家に送る為、私は渋谷駅に歩みを向かわせていた。和樹はMEIの個室に泊まるようだ。

高3と中1が夜の渋谷を散歩。性別が逆転したら完全に犯罪者扱いだったろうし、これでも私がショタ好きに思われてしまいそうだ。もしくは姉弟だろうか。

「…面白そうだったから」

「…え?」

星が雲に覆われた夜空の下、私は首を傾げる。

「僕は皆さんに会うまで、この《力》は自分だけに宿ったものだと思ってた」

「…それは当たり前だよ」

「僕は《刷憶眼》持ちなんすよ? 僕にとって、()()()()()()()()()()()()

「あ…」

私は思い当たる節があって、少しどきっとした。

世界の未来が分かってしまう私にとって、世界は退屈でしかない、という私の思い。

「この世界の全て、生きる意味さえも熟知する僕にとって、この世界そのものが退屈なんすよ。だから、未知の知識が溢れていそうなMEIの一員になった。これで動機は十分でしょう」

「…生きる意味? 理くんには、生きる意味が分かってるの?」

「教えませんけどね」

「…」

性格の悪い後輩だ。

「それと、もう一つ理由が。それは、自分の矮小さを知ったこと」

「矮小?」

「先輩、本来《眼》というのはトラウマと共に宿るものなんすよね?」

「え? あ、うん…って、何で知ってるの!!?」

私は素直に驚いた。黄緑谷先輩はその点については理に配慮して言わなかったのだが。

「和樹先輩の《あれ》を見れば容易に想像できるっすよ」

「《あれ》って…ああ、火傷のこと?」

そうか、それがあったか。和樹が銀行強盗で負った火傷は、眼帯だけでは隠しきれないほどの大きさだ。

それに、翠先輩のトラウマも言い当てた。そういうところは鋭いのに、人のメンタル面に関しては黄緑谷先輩と似てかなり鈍いようだ。

「生まれつきの《眼》は珍しいものなんすか?」

「うん…MEIの中では理くんと黄緑谷先輩だけ…だと思う」

私がトラウマの話を尋ねたことがない人もMEIの中には大勢いるので、そこの点は言葉を濁してみる。

「だとしたら、この選択は正しかった」

「え?」

「僕の自殺の動機は、周りから理解されなかったことなんす」

「…頭が良すぎるが故に孤立した、っていうこと…?」

「それもっすね。だけど個人的にもっと嫌だったのは、周りからかけられる期待の方かと」

期待、と聞いて私は一瞬寒気を感じた。

一筋の汗が私の頬を垂れていく。が、理はそれに気付く様子もなく話を続けた。

「親や学校の教師、生徒から期待という名の《プレッシャー》をかけられた。『お前の将来は有望性がある』って、自分が不正をしているとも知らずに」

「…あ、あのさ…」

「その重圧に耐えられなかった。相手の願望を叶えられるかどうかじゃなくて、その願望をズルして叶えるという観点から…」

「あの!!!」

私は思わず大声で叫ぶ。

「な、何すか…」

「あ…いや、その…」

私たちが立ち止まった場所は交差点だった。周囲の大人達の目線がこちらに向けられる。

「…わ、私、帰り道こっちだから…」

私は適当にそんなことを言って誤魔化した。

「そうですか、じゃあ最後に一つだけ」

「…うん」

「僕の過去はまあ壮絶だったわけっすけど、和樹先輩の火傷を見てると、僕の苦難なんかそう大したこと無いんじゃないか、って思えたんす。碧柳先輩のその狼狽えぶりもですけど」

「あ、いや…これは」

「隠さなくてもいいじゃないんすか? 期待のあまり《眼》を使ってるなんて」

---完全に露見してるし。やっぱこの子、鋭いけど、鈍い。

「いずれにせよ、自殺する気は無くなった。それだけ辛い過去と向き合っている人がいるのに、この程度のことで自殺をする自分がどうにも許せない気もしてきたし。僕は辛い過去を持っていても、皆さんと同じような過去は持っていない。だから、碧柳先輩には感謝してるんすよ」

「…私に?」

「先輩は僕の人生の選択肢を一つ消した---《人生をやめる》という究極の選択肢を。そして、僕にMEIという新たな選択肢を提示してくれたのも、間違いなく先輩…」

「う…うん」

「…僕の可能性、その中で探していくっすよ---ありがとうございました」

理はそう言うと、青信号の人混みを駆け抜けて、消えてしまった。




何だかよく分からなかった。不思議な少年だ。

世界中の知識概念を記憶していて、やや特殊な人間じみているのか。

彼の周囲の人間の理解が及ばない、というのはこの感覚なのかも知れない。

どちらにせよ、私はその少年の助けとなれたのだろうか。




「…ふふっ、どういたしまして」



…まあ、自分に甘えるのも、悪くないかな。




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