石川くんと福井さん
入部先を選ぶのはいつも悩みますよね
「石川くん。君に聞きたいことがあるんだ」
えっ、何だろうと言おうとした所を、福井さんにバッと手を突き出され遮られた。少々ムッとしないこともないが、まぁ、福井さんはいつもこんな感じだ。
人に話を振っておきながら、人の話は聞かない。平気で人の話のコシを折る。そして、こちらのことなどお構いなしに、つらつらとスラスラと、そしてグダグダと愚痴愚痴と話を進める。幼稚園からの仲の僕にとっては、もはや慣れっこ、日常の一つだ。怒っても暖簾に腕押しなのも知っているので、ここは見なかったことにしよう。
「あのな、石川くん。君はどの部活に入るか決めたのかい?」
ほら、きた。こちらのことなど関係ない。
「いや、まだだね。福井さんは何かアテがあるの?」
「そうか。私も決めかねていてね。君が何か決めているのなら、参考にしようと思ってね」
なるほど、そうかと頷くと、福井さんは職員室前の掲示板を見回した。ずらっと並んだ紙、紙、紙。内容は部活募集のお知らせだ。高校生らしく画用紙やA4判に、色鉛筆やマーカー、ボールペンで描かれている。ハンドメイドに描かれたそれは、小学生ほど乱雑でも無く、中学生ほど背伸びもしていない。まだ高校生になって日が浅いのにこんなことを言うのもなんだが、まさに高校生といった感じだ。
「しかし、色々な部活があるんだな」
「確かにたくさんあるね。学校の規模や校風にもよるのだろうけど、これは平均と比べても多い方みたいね」
それを聞いて思った。確かに多い。サッカー一つでざっと見ても、サッカー部、フットボール同好会、フットボールサークルと3つもある。あれ? 部活と同好会とサークルの違いってなんだろう。ちょっと悶々とする。後で校則を見るか、スマホで調べてみることにしよう。
「おお、石川くん。あのポスターは綺麗だな」
僕がサークルとは何なのか思いに耽っていると、それを掻き消すように福井さんが言った。
福井さんが促す方を見てみると、そこには黒ペン一つで描かれたポスターがあった。「おいでよ。華道部」と描かれたそのポスターは確かに美しい。文字もポップなキャラクターも美しいが、一つ一つで見るとありきたりだ。そこまでキャッチーではない。
だが、一つのポスターとして見ると、とても洗練されている。引きこまれてくる。そう、全体の構成が絶妙なのだろう。確かに、文字やキャラクターだけなら、素晴らしいポスターは他にもある。それが全体となると、残念ながら統一感がない。統制がとれなくなって、訴求力がなくなるのだ。なるほど、ポスターとは奥深い。
「なあ、福井さん。僕は決めたよ」
「ん? 何をだい?」
「だから、部活さ。僕はここにしようかな」
そう言いながら、僕はあるポスターを指差した。
「あっ、意外だな!」
「まぁ、中学は吹奏楽部だったしね。僕としても意外かもしれないな」
指差した先にあるのは「学んでみませんか? デザインの世界。アートデザインサークル」の文字。華道部でもなければ吹奏楽部でもない。ましてやサッカーでもない。アートデザインサークル。
「ん、ん。どうしてだ?」
「どうしてって。えーと」
「何、何?」
「何かさ、こういうものを作ってみたくなってさ」
「あのポスターのことか?」
そう言って、福井さんはアートデザインサークルのポスターを指差す。僕は「いや、こっちだよ」と指を華道部に向けた。
「変なの。それなら華道部で学べばいいんじゃないのかしら」
「何で?」
「何でって、これを描いたのは華道部の方じゃない。それならその人に教えてもらえばいいんじゃないかしら」
「ああ、そういう考えもあるか」
確かにその考えは一理ある。心惹かれたポスターは華道部のものだ。アートデザインサークルのものではないし、アートデザインサークルのポスターに心惹かれた訳でもない。
うん、やはり福井さんと話すと面白い。色々と考えさせられる。
「さて、何を話してたんだっけ?」
「もう、どの部活に入るかだよ」
「福井さんは決めたのかい?」
「だから、それの参考に君の意見を聞きたいんだよ」
「ああ、それなら……」
それから、僕と福井さんは掲示板の前で、ああだこうだと議論とも雑談とも言えない言葉の投げかけをした。為になるようでなっていない。一周回って為になるかもしれない、そんなおしゃべりだった。
しかし、本人は気づいていないようだが、やはり福井さんと話すと面白い。
もりやす たかと申します。よろしくお願いします




