人間⑤
「私…呪うほど好きって言われても、なんか徹兄ぃなら…嫌じゃなかった。涼くんはかっこ良くて話してて気が合うから好きで。…でも私、そんなに好きになった事、ないから、分かんない」
可奈の告白を聞いた3人は黙りこんだ。結局答えは、『保留』だ。翔は佳子に、どうすんだコレという顔を向けた。
「ふ、あはは!分かんないよな!俺もだわ!なんでこんなに可奈が好きなんだろうな!」
ケラケラと徹也は笑い出す。泣きながら笑う。力が抜けて立っていられなかった。
好きな相手の幸せを望んでた筈なのに呪っていると言われ、自分でも理解していなかった行動の謎を暴かれ。でも、好きな女の子には嫌われなかった。
「可奈、ごめんな」
「え、何が…?」
「……言わなかった事、好きだって。俺、『お隣のお兄ちゃん』じゃ嫌だわ!…でも今なら可奈を応援出来る。…気がする」
彼も彼で答えは『保留』だ。
どんなに夢の為に全力で努力しようが、どんなに背伸びをして大人ぶろうが。彼らは子供だ。分からない事だらけで、間違ってても認められなくて、滑稽で輝いている。そんな子供だ。
「…満足のいく展開でしたか?お嬢様」
「ん。呪いは消えたしね。ルゥは不服?」
「当たり前だろ。馬鹿馬鹿しい。先帰っていい?」
そう言いながら、翔は佳子にすり寄った。先に、と自分で言っておきながら佳子を連れて帰る気だ。
「もう!」
「ねぇ。…佳子?」
可奈に呼ばれて振り返る。もう日は沈みきっていて真っ暗だ。街灯だけじゃ顔が分かりづらい。微笑んでいるのだけはわかるが、瞳の奥にどんな感情があるのかを見るには、明るさが足りなかった。
「佳子は…何者、なの?」
聞いたら、佳子は消えるんじゃないかと可奈は思っていた。でも聞かずにいる事もできなかった。何故なら、それが佳子だというのなら。
「そっか。知りたいと思ってくれるんだね」
「…親友だから。でも言いたくないなら、いい」
佳子は首を横に降る。それに合わせて長い髪が揺れた。さらさらと音がする。
「ただね、どこまで言っていいものか悩んでる。知らなくても可奈は幸せに生きられるしね」
「そればっかだね。私の幸せを与える天使様か何かなの?」
「まさか!幸せを願うのは当たり前だよ。親友だから、ね」
二人は、昨日の続きの、いつもの放課後のように、笑う。明日もちゃんと続くといいな、と可奈は目の端に涙をためた。
「仙人って知ってる?」
「中国の御伽話の…?長生きしてて、霞を食べて生きるとか、世捨て人的なイメージ」
「私、それなの」
「………ドーナツ」
「…食べてろと言うならそうしますが?気体」
可奈と佳子は同時に吹き出した。気にする所はそこじゃない。
「…長生きなの?」
「不老不死だね。もうかれこれ5000年は生きてるよ」
それは。可奈が受け入れるには余りにも大きすぎる数字だった。さっきまで徹也が自分を好きだと想い続けていたという10年を、なんて長いと思っていた所だ。
どうしても想像してしまう。今まさに暗闇に立つ佳子の姿が、これまで孤独に生きていた姿そのものなのではと。
「大丈夫。私にはルゥがいるから!」
心得たように佳子が言った。可奈の表情も、それに対しての答えもずっとこの何百年と繰り返ししてきた事だ。
ああ、と佳子はその度に心震わす。彼女を利用する人間はいる。彼女は5000年生きた人外なのだから、同じ人間ですら家畜として扱う一面をもつ人間が否定したり不等に見るのは当然だ。それでもこうして理解の外にいる佳子という存在を、純粋に心配する人間が必ずいる。
可奈だってこんな深い友情を持っているんだから、きっとちゃんと誰かを愛する事が出来るようになるだろう。
「その、彼は、何なの?」
「化け物さ。解ってんだろお前は特に」
仲間外れは御免だとばかりに徹也が話しかけたが、翔は早帰りたいのかすぐに会話を終らせる。徹也はさっきの意味不明な圧力による苦痛を思い出して、黙るしかなかった。
「…吸血鬼、とか?」
「おー!やっぱ皆わかるんだね。私は全然バレないのに。なんでかな?」
まず隠す気が無いからのじゃないだろうか。徹也は思ったが言わなかった。また変に煽る事になったら嫌だからだ。
「まぁ、色々知りたい事はあると思うんだけど、これ以上はもう言えないかな」
「一つだけ聞かせて!」
「………なに?」
「明日も会える?」
佳子は笑った。嬉しくて。親友が何もかも飲み込んで理解してくれるという事も、まだこの年になっても親友が出来た事も。
「うん!日曜日の映画も、見に行こうね!」
「………………映画、誘えてない」
「…oh」
まだまだ可奈ちゃんの微妙な三角関係はつづきますが、人間の話はこれにておしまい。