人間③
翌日。佳子は早速学校で決めてきた話しを翔にした。
「日曜、映画に行こうよ」
「今度はどこ行くかも決めてみたわけだ?」
「違うよ!実は…可奈って覚えてる?」
「あ~髪と背の短い」
「身長は短いっ言わないよ。で、可奈に好きな人がが出来たから、日曜に4人で出掛けようってなって。映画なら天気関係無いでしょ?」
「ん~いいよ」
「あっさりOKしたね。昨日のはなんだったの」
「お前をからかってるだけ」
「よくもはっきり言ってくれたわね~!」
拳をあげて怒る佳子に翔は声を出して笑った。そして、飲み込むように息を止め、低い声で言った。
「ケイ。こっち来いよ」
佳子の定位置はソファ。翔は部屋の一番奥、窓の下の壁にもたれかかるのが定位置だった。
というより。佳子は翔がそこから動くのをあまり見た事がない。
「…うん」
「何?俺に触るのまだ照れるの?顔赤いよ」
「…だめ?」
「普段はからかうと怒るくせに…なんでこんな時だけそんな顔すんの?ズルいな、ケイは」
佳子はゆっくりソファから立ち上がる。
自分の鼓動で翔の言葉が耳に入っていないのだろう。俯いたまま翔に近づいていく。
佳子が翔の膝にしゃがもうとする前に翔が立ち上っていた。
音もなく。前触れもなく。
長時間座っていたとは思えない。まるでさっきまで立っていた様な自然さで翔は佳子を抱きしめた。
「あ…」
佳子が震えるからか、翔は触れるか触れないかの力で抱きしめる。20cm以上の身長差を埋める為にゆっくりと下げられていく腰。それに合わせて、羽毛で撫でる様に優しく唇を這わしていく。
髪。
こめかみ。
耳。
頬。
それぞれに吐息を残しながら。
そして。
首筋まで進んで、ぴたりと止まる。ワイン楽しむ様に香りを吸い込んだ。
「…どうして翔は首の匂いを嗅ぐの?」
「耳の後ろから良い匂いがするんだよ」
「いい匂いなんて…」
「黙って」
それから何も喋れずに、佳子はただ立すくむ。くらくらと酸欠で思考が鈍って行く。
翔はいつも佳子を触ろうとする時は他に何もしない。純粋にそれだけを楽しむ。
「ケイは毒だね」
ゆっくり愛おしげに囁かれる。言葉にした内容とあまりにも違う声色で、佳子は思わず首を傾げる。
「後、1.2年なのに。おしいよ」
「なんの事か、分かんないよ。ほんとスイッチ入ると脈絡無いね」
ぐいと佳子が翔の胸を押す。いつもの終了の合図だ。翔はするりと佳子から離れる。十分堪能した後なのか、なんの抵抗もなかった。
気恥ずかしさからか、佳子は少しも乱れていない服や髪を直していく。
「俺はね、この時間がホント好き。もっとちゃんと触れ合えたら良いのにね」
「ん…そうだね」
「おー。今までない返事だ。これはもうちょっとで大丈夫か?」
「うるさい!やっぱ駄目!変態!ケダモノ!カリフラワー!」
「カリフラワーって言うんじゃねぇよ!」
同時刻、学校にて。可奈は想い人を呼び出す事までは成功していた。勉強の苦手な範囲で盛り上がり、志望校について情報交換をして。会話するのは普通に出来る。でもあと一歩踏み出せない。
やっぱり親友についてもらっていた方が良かっただろうか?少し考えて、佳子なら映画に誘うどころか、告白まで一気に言ってしまうんだろうなと可奈は笑った。
「どうしたの?」
「ちょっと佳子思い出して」
「ああ、いつも一緒に居るよね。仲良さそうにしてるの、よく見かける」
「仲良いよ!今度の日曜も映画見に行くんだ」
声に違和感は無かっただろうか?視線は?手はどこに置けばいい?いつもどんな風に身体を動かしていた?
「へー何見に行くの?」
「あ、ほら。最近よくテレビで宣伝してるでしょ?主人公の俳優さんが前から好きなんだ」
「恋愛物、だっけ?僕もちょっと気になってた」
「丁度いいね!良かったら一緒に…」
「可奈」
「は、え?あれ?徹兄ぃ?なんで」
「もう遅い時間だよ。早く帰らないと」
そんなまさか、そう思って可奈は窓の外を見た。確かに空が朱くなっていて、それならもう門限が過ぎそうだ。
「そうだね、帰らないと?」
教室のドアが閉じられて、待って!と誰かが呼んだ気がした。
でも駄目、早く、帰らないと。
翔さんは大人なので自制が出来ます。してるんです。させられてるとも言う。