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INQUEST  作者: なぎのき
6/8

第六話 二人の交渉人

 僕の六畳一間のワンルームには、アカリとアリアさん、そしてユファナ氏がいた。

 もうこの部屋じゃ無理だ。引っ越さないと。僕は切実にそう思った。

「で、ミスタ・ユファナが『交渉人』を引退して、なんで私にそれが回ってくるのよ」

 アリアさんはご立腹だった。

 まぁ気持ちは分からなくはない。

 アカリもアリアさんも宇宙人ではあるが、同時に地球人でもある(どちらかといえば『地球人』なのだが)。

 普通に生活し、普通の日常を送っている。

 そこに「あなたは、今から地球侵略の計画を遂行するための交渉人となりました」なんて言われた日には、それは困惑するだろう。いや、事情を知っていれば困惑だけでは済まないだろう。

 アリアさんが言うには、急にリングからファンファーレが鳴り、「前任者が辞退したため、後任としてアリアが『交渉人』に選任された」と告げられたそうだ。

 二人目の交渉人が誕生した瞬間だった。

 同時にリングの色んな機能が開放されたらしく、世界中の経済や紛争、果ては失業率まで事細かな情報を見させられるハメになったのだそうだ。

 これを聞いて、僕はユファナ氏が持っているリングがいかに職務放棄をしていたか、そしてユファナ氏が何でこの地球の情報を何も持っていなかったかを理解した。

 実際、ユファナ氏のリングに日本国民として偽装工作するため色んな事を頼んだが『面倒だ』とか『これは明日ではダメなのか』とか、すぐ言い訳して先延ばししようとした。どうも面倒な事が嫌いなタイプなようだ。

「もう、ユキト! どうにかしてよ!」

 アリアさんが僕に詰め寄った。タンクトップから何かがこぼれそうだった。

「ユキっ! そこに直れっ!」

 アカリがどこから出したのか薙刀を持っていた。

「今すぐ、その首吹っ飛ばしてやる!」

「いやいやいや、何で僕?」

「問答無用だっ!」

 そして僕は絶命した。


 *


「とにかく困るのよ。リングはとっとと交渉しろしろってうるさいし」

 アリアさんのリングは非常に真面目な性格なようだ。

『交渉人となったからにはそれを全うする責任がある。私にはその補佐をする義務があるのだ』

「……ね? 何とかしてよ、ユキト」

「僕に言われましても」

「でも、何でアリアなの?」

 アカリは疑問に思ったようだ。

 ──そこに疑問を持つのかお前は……。

 リングは全部で七つあり、四つはすでに自壊している。

 つまり三つのリングが多数決で二代目の『交渉人』を決定したわけだ。

 問題はそのプロセスにある。

 ユファナ氏のリングは『どっちでもいい』立場だと思う。『面倒臭い』からだ。そこで問題となるのは、アカリのリングとアリアさんのリングの違いだ。

 アカリのリングは、僕とアカリの許嫁の関係をどうにかしようと、その事に腐心している。アリアさんのリングはクソ真面目で、与えられた任務をマスターの意思にかかわらず遂行しようとする。

 その優先順位が仇となったと推察される。

「あー多分こんな顛末だと思うよ?」

 僕はまず自分の仮説を証明するため、ユファナ氏のリングに問いかけた。

 どっちに投票したのか、と言う問いだ。

『私はどちらが交渉人になっても関係ない。辞任したからな。それなら他のリングに票を投じるのが筋だ』

 思った通りの答えが返ってきた。

 僕は次にアリアさんのリングの同じ質問をした。

『自分に投票するのは当然だろう。我々は地球の侵略を速やかに実行する義務がある。マスターにはそれを滞りなく実行して頂くために我々がいる』

「な、あんた! 私に一票入れたの?」

 アリアさんは泡食って自分のリングに詰め寄った。詰め寄ったと言っても、顔を近づけただけだが。

 でもこれでアリアさんが選出された事が確定した。

 なぜなら、アカリのリングは聞くまでもなく『地球侵略』の優先度を下げているからだ。

『私にはお訊きにならないのですか?』

「いや、訊くだけ無駄かなーと」

『正しい判断です』

 アカリのリングはどこか満足そうだった。

 ──リングそれぞれに人生(?)があるんだなぁ。

 しみじみ思う僕だった。

「えええ! じゃあアカリのリングも私に投票したって事?」

『左様でございます』

「こんな投票、無効だわ!」

 アリアさんは髪を振り乱してテーブルをバンバン叩いた。

 築三十年の部屋が、わずかに傾いた気がした。

「ユファナのリングはどっちでもいいんでしょうけど、私のリングが自分に投票するなんて信じられない!」

『私には課せられた任務と言うものがある。それは曲げられない。前任者が辞退したのなら速やかに後継者を選出するべきだ』

「あーもー! だからなんでそれが私なのよっ!」

 アリアさんは今度は髪を掻きむしった。

 さすがアメリカン。行動が全てオーバーアクションだ。

「ユキト! あんたからも言ってやってよ。こんなの無効だって」

「いや、僕は部外者だし」

「むきーーっ! あんたがそんなだから色々煮え切らないのよっ」

 色々て何だ?

「それにアカリ! 何であんた自分で立候補しないのよっ!」

 急に矛先を向けられたアカリは、自分で自分を指差した。

「わ、私が?」

「そう!」

「いやー私は私で色々忙しくて……」

「どうせユキトにどう迫るか考えるのに忙しいんでしょ?」

「む。私は現役の女子大生なんですけど! ベンガクにイソシムのに忙しいんです!」

 もしそれが本当なら結構な事だ。でもそれは嘘だ。

「アカリ。私たちの友情もここまでね。ユキト、私とアメリカに来なさい」

 ──は?

「何で僕が?」

「私はね、アカリがユキを好きだって言うから遠慮してたの。でももう遠慮はいらない」

「い、いつ、私がユキを、す、好きだなんて言ったのよ!」

「言ってないの? じゃ尚更だわ。ユキト、こんな女に縛られる必要はないわ。こっちにいらっしゃい!」

 なぜ僕が巻き込まれる?

「……は、初めて、心の中の不安を打ち明けられる男の子に会ったの。私はほら、どこか人と違ってて、それがコンプレックスになってて……。だからユキト、私にはあなたが必要なの!」

 なぜここで告白される? しかも外人さんに!

 そりゃ確かにアリアさんは可愛い。しかもグラマラスだ。アカリとは比較にならない。

「ユキぃ……」

 僕にすがりつくアカリは半泣きだ。

「アカリ! ユキトから離れなさい!」

「何よ! 後から降って湧いたくせに!」

「人をハエみたいに言うな!」

 怒号が飛び交う。

「とにかく!」

 僕はピシャリと言い放った。

 ──仕方ない。

 僕はこの不毛な論争を止めに入った。主に自分のために。

「僕の事はさて置き」

「置くなーっ!」

 アリアさんの鋭いツッコミが入ったが僕は無視した。

「そもそも『交渉人』選出の有効票が三つしかないのが問題なんだ。でも残りのリングが存在しない以上、この三つで物事を決めないといけない。ところが」

 僕はユファナ氏を見た。

 ユファナ氏は、私が何か? といった顔をした。

「ユファナ氏のリングは『どっちでもいい』、アカリのリングは『地球侵略』は二の次。となると、アリアさんのリングだけがやる気満々って事になる」

「うん? ユキト? 何を言いたいの?」

「いやね。リングの思惑がそれぞれ違うので『地球侵略』の『交渉人』を選出するにはちょっと偏りがあるかなーと思ってさ」

「そうよね! そう思うわよね?」

 アリアさんが僕の腕を取りしがみついた。

 何やら大きくて柔らかいものが腕に当たった。

「ユキっ! そこからすぐに離れなさいっ!」

 アカリが鬼の形相でこちらを睨んでいた。

「ヘヘーんだ。ユキトもこの投票は無効だって言っているわ。これは再投票じゃないかしら?」

 アリアさんは小さく舌を出した。ベーってな感じだ。

「いやだから僕の事はともかく、今は『交渉人』の件を話し合ってたんじゃないんですか?」

「むー……ユキト、割とずるい人間なのね? でもそんなに顔を赤くしちゃ説得力ないわよ?」

 はっ!

 さすがに生理現象までは抑え込めないか。

「と、とにかく『交渉人』の選出に話を戻しましょうよ。ね? ね?」

 僕はとにかくその場のテーマを逸らそうとした。

 そう。

 『交渉人』だ。

「しかし、私は辞任したので再任されませんよ?」

 ぼそりとユファナ氏が口を挟んだ。

 ──ナイスタイミング!

「と、と言う事だと、必然的にアカリかアリアさんが『交渉人』を引き継ぐ事になるわけだけど」

 ここで僕は、ちょっと閃いただけのその場凌ぎのアイディアを口にした。

「『交渉人』って必ず一人なのかな?」

 一瞬だが、その場(六畳ワンルーム)を沈黙が支配した。


 *


「ユキ?」

 沈黙を破ったのはアカリだった。

「それってどゆこと?」

 アカリの疑問はもっともだ。

 『交渉人』が一人である必要性を僕がひっくり返そうとしているからだ。

「その前に、皆のリングに訊かなきゃいけない事がある。それぞれのリングは僕の質問に答えてもらう事になるけど……いいかな?」

 原則、リングはマスターが許可しなければ、第三者は対話できない。だから事前に許可を得る必要があった。

「私はいいわ」

 アリアさんは僕を解放し、部屋の隅に座り込んだ。

「私も」

 アカリは僕に近寄り、僕の足元に正座した。

「だからなんであんたはユキトのそばに近寄るのよっ!」

「そんなの私の勝手でしょっ!」

 僕は、そんな二人のやりとりを完全に無視した。

「ユファナさんはどうされますか?」

「私は一度『交渉人』を退いた身です。そもそも何かを決める権利はありません。それはリングも同様です」

『面倒だが、やむを得まい』

 どうやらユファナ氏のリングは不承不承だが了承したようだ。

「じゃあ質問その一。リングが三つになった時点で、本星に連絡とかはしなかったの? 応援要請とかさ」

 責任感が強いのか、まずアリアさんのリングが答えた。

『それはアリアの指示がなければ出来ない。それに、仮に要請してもその返答を得るのに数十年は必要になる』

 遠いんだもんね本星。僕はリングが不憫になった。

「空間ゲートは?」

『空間ゲートはこの地球の重力圏でないと利用できない。相転移炉をフル稼働させても、太陽系の外にゲートを開く事は無理だ。一瞬だけなら可能だろうが、維持はできない』

 なんとも絶望的だ。

 これは、もし仮にユファナ氏が地球侵略を決行していたとしても、失敗に終わっただろう事を意味する。

 援軍は来ない。

 味方はいない。

 手駒や交渉カードが何もない。

 僕はちらりとユファナ氏を見たが、もう自分には関係ないといった表情をしていた。

「他のリングも同様でいいかな?」

『はい』

『ああ』

 それぞれが端的に肯定の意を示した。

「じゃあ次。質問その二。『交渉人』に選出された場合、リングの機能に何か変化はある?」

 三つのリングが瞬いた。誰(?)が喋るか話し合いをしたようだ。

『では私がお答えします』

 答えたのはアカリのリングだった。

『まず、稼働中のリングの居場所のモニタリングが可能になります。共闘関係を築く必要があるからです。今は現存する三つがここにありますけど……。それからこの星の様々な情報へのアクセスが可能になります。インターネット、でしたか? 今現存する最も広範囲で情報量が多いネットワークを掌握し、必要な情報収集を行います』

「セキュリティは?」

『破ります』

 リングの回答は淀みない。臆する事もない。

「じゃ、軍事関連の情報や国家機密も手に入れようとすれば手に入る?」

『はい』

 本当にリング単体で、地球侵略が出来そうだな。それなら、なんで『交渉人』を立てる必要がある?

 訊いてみた。

「実はリング単体で侵略を実行出来るんじゃないの?」

『マスターがそう望まれるならそうします』

 即答された。

 命令一つってわけだ。

 ユファナ氏がバカなのと、ユファナ氏のリングが面倒屋で助かった。

「兵装は?」

『亜空間からの荷電粒子砲や電磁波など様々です。ですが可能な限り使わないようにします。これは抑止力と外交カードなのです』

 なるほどね。

 あくまで対話重視なわけだ。

 どこぞの国の政治家とは大違いだ。

「じゃあ質問その三。『交渉人』って必ず一人しか選出されない?」

 リング間での通信に審議に時間がかかっているようだ。瞬く回数がやけに多い。

 数分が経過。割と難しい問題らしい。

 やがて、アカリのリングが大きく明滅した。どうやら何かが決まったらしい。

『お答え致します』

 僕の予想通りなら、全ての問題はクリアする。民主主義的な発想を他の星の文化が持ち得るかどうか。それが問題だ。

『交渉人は、必要なら複数存在できます。ただし条件があります』

 条件と来たか。

 僕はユファナ氏を見た。きっと彼が条件そのものだ。

『あくまでこれは特例です。交渉が難航し一人では交渉が進展しないと判断された場合に限り、複数の交渉人の選出が認められます』

「その判断は誰が?」

『リング同士で情報交換し、その上で判断します』

 ほら。

 やっぱり。

 僕はユファナ氏を見た。

 一向に進まない交渉。進展しない侵略。本人の資質もあるだろうが、そこはやっぱりフェイルセーフが組み込まれているわけだ。

「そうか……それから、これが最後の質問」

『はい』

「洗脳って出来るの?」

『『交渉人』であれば、可能です』

「ふうん……」

「何? 洗脳! そうかその手があったわ。リング、今すぐユキトを洗脳しなさい!」

 いきなりアリアさんが割り込んで来た。

「そんな事はさせない! リング! それは阻止よ、断固阻止!」

「何言ってんの? 『交渉人』は私よ? アカリには洗脳を指示できないでしょう?」

「じゃ立候補する!」

 アカリは元気よく手を挙げた。

「これで私も『交渉人』よ!」

 アカリとアリアさんは、それぞれ自分のリングに、勝手な命令を出し、二人のリングが淡く光り出した。

 ──まずい、僕にまた火の粉が降りかかる!

「こら、二人とも! 僕を洗脳してどうする!」

「やかましいっ!」

「ユキがはっきりしないからよ! 緊急措置だわ!」

「横暴だ!」

「それならユキトが選びなさいよ! 私かアカリか!」

「もちろん私よね、ね?」

「それを決めるのはユキトよ! ね? 私を選ぶのよね?」

 二人が僕に詰め寄ってきた。逃げ場は、と思って振り返ると、眠りこけていたユファナ氏がいた。どうやら逃げ場ないようだ。

 進退極まる。

 ここは逃げの一手だ。

「提案!」

 僕は声を張った。二人は突然の事に黙り込んだ。

「今、リングと話してはっきりした事がある」

「?」

 二人は頭上にハテナマークを掲げた。

「『交渉人』の機能、これは『複数』存在できる。これはさっきリングに確認しました。そうだよな、リング?」

『はい。交渉が難航した場合、複数の『交渉人』を立てる事が可能です』

「今、何の交渉かはともかく難航している。この状況は適用されるかな?」

『……かなりのへ理屈だが……適用されるだろう』

「アカリのリングは、どう?」

『私も……適用を認めます』

「ユファナ氏のリングは?」

 これは聞くだけ無駄な気がした。

『どっちでもいい』

 ほら。やっぱり。

「と言うわけで『交渉人』を、アリアさんだけじゃなくアカリにも担ってもらう。これが僕の提案。どうでしょ? お二人さん?」

 二人は顔を見合わせて黙り込んでしまった。

「『交渉人』になるとリングの機能が拡張される。今まで出来なかった事が可能になる。主に情報操作になるけど」

 二人はまだ黙ったままだ。まだ頭が切り替わっていない。

「ケンカ両成敗じゃないけど、アリアさんだけに出来てアカリに出来ないのは不公平だ。それならまず平均化すべき。同じ土俵に乗って、それからじゃないと対等な勝負が出来ない」

「それって、私も『交渉人』になれって事?」

 アカリが、自分を指差した。

「さっき立候補したじゃないか。そう言う事だよ。もう何の交渉だかさっぱり不明だけど、僕が絡んでいるようだし。一方的に洗脳なんてされても困るし」

 もう僕は自分を投げ出すようなものだ。好きにしてくれと言いたいが、本当に好きにされても困る。なので予防線を張っておく。

「今この時点をもって、アカリとアリアさんは『交渉人』だ。リング? それでいい?」

『了解した』

『依存はありません』

『……好きにしろ』

 これで少なくともリング同士の能力は均一化される。リングの力が拮抗していれば、それは無力化したも同然だ。後は人間同士の話だ。

 それならまだ『話し合い』に持ち込める。

 ──僕も覚悟しないとダメかなぁ。

 ため息しか出ないが、多分これが今打てる最善の策だ。

 二人は睨み合い、バチバチと火花を散らしていた。

 静かな戦いの幕開けだった。


 *


 とりあえず決める事を決め、やる事もできた。

 人間現金なもので、やる事をやった途端お腹が空いた。

 僕は携帯を取り出し、時間を見た。

 ──ああ、バイト行かないと。

 バイトと言えば。

 ユファナ氏を僕のバイト先に紹介したのだが、開けてびっくりだった。

 全然期待していなかったのに、ユファナ氏はバイト先では概ね好評だ。

 容姿も悪くはないし言葉遣いも丁寧だ。さらに正直者だ。

 意外だったのは、仕事を覚えるのが早い事だ。交渉事はまるっきりダメだが要領はいいようで、すぐに皿洗いを卒業してホール係で大活躍していた。

 ちょっと非常識な行動を取る事もあったが、それは愛嬌として受け入れられている。意外な一面だった。

 そんなユファナ氏を見つつ、無言の睨み合いを続けている二人を見た。

 ──せっかく揃ってるしな。

 僕は手を挙げた。

「とりあえず。今日はこれでお開きにしない?」

「……そうね、とりあえず『作戦』立てないといけないわけね……」

「……お腹も空いたし『作戦』を練るにしても、今日はこれで勘弁してあげるわ……」

 二人は疲れ切ったとは言え譲り合ってはいない。僕は恐ろしい闘いの渦中にいる事を実感した。

 実感したが、とりあえず腹が減った。

「せっかくだから、晩ご飯食べてく?」

 何気ない一言だった。

 僕はバイト先で厨房に入っている。それなりに長く勤めているので店長にも顔が利く。二人分くらいは社員価格で出してくれそうだと思ったからだ。

「なになに? ユキの手作りご飯?」

「え、ユキトって料理出来るの?」

「……そりゃバイトしてますから、それなりには」

 アリアさんはすっくと立ち上がった。アカリも負けじと立ち上がった。

「じゃあ」

 アカリが宣言した。

「行きましょう──バイト先に」

 僕は何かとんでもない提案をしたのかも知れなかった。


 *


「何これ美味しい!」

 アリアさんは、一口食べるなり絶賛した。

「これが日本のハンバーグか……!」

「いやいや、普通のハンバーグですって」

 僕は知り合いで且つ外人さんがいると言う事で、特別に厨房から出て接客していた。

「いやいや。あっちでもこれだけの、その、ハンバーグステーキって言うの? 作れる人いないって」

「ふふん。ユキが上手いのはこれだけじゃないのよ! パフェの盛りつけなんて、もう芸術の域なのよ!」

「じゃ、パフェ!」

「私も!」

「何よ真似しないでよ!」

「好きな物頼むのは真似って言わない!」

 ──失敗した──。

 店の奥を見ると店長が手招きしていた。

「なぁ、金堂君。君の交友関係に口を挟むつもりはないが、何かこう……バリエーションに富んでいるな」

 何と言っても宇宙人で外人さんですからね。

「はい……」

「ただな、二股はいかんよ二股は」

「……それは大丈夫です」

「でもなぁ……」

 店長が、店内を見まわす。アカリとアリアさん以外、客は二〜三組ほどしかいなかった。二人が入店した時、そのあまりに険悪な雰囲気のため、他のお客さんはそそくさと店を出て行ってしまったのだ。

 ──稼ぎ時なんだけどなぁ……。

 良くも悪くも目立つ二人は、機嫌は改善したようだが、なぜか一番目立つ席に陣取っていた。そのおかげで、どうにも客の入りが悪い。

 今日の売り上げは、昨日の半分以下になりそうだった。

 ユファナ氏はといえば、厨房で黙々と皿を洗っていた。客が少ないので、ホールが暇だからだ。

「……とりあえず、あの二人の伝票分は君のバイト代から引いておくから」

「……はい」

 来月の生活費が……。あの二人が地球侵略をしないと言うのなら僕がしようかな。そんな事を考えながらパフェの盛り付けをした。いっそこれに毒でも混ぜてやろうか。いやきっとリングが検知してしまうだろうな。

 ──まぁいいや。

 もうどうでもいい気分になってきた。


 *


 晩ご飯を食べて、気持ち良くお帰り頂く作戦は徒労に終わった。

 単に僕の体力と来月のバイト代が減っただけだった。

 バイトを終えて家路に就いた僕たちは、天下の往来でも不毛な論争を繰り広げていた。

「だからユキトは私と来るのが一番。頭いいし英語も喋れるんでしょう?」

「まぁ、多少は」

「それなら私を同じ大学に入っても大丈夫じゃない。さっさと留学の手続きしちゃいなさいよ。なんならリングにさせるわよ?」

「何言ってんの? ユキは日本人なの。こっちの大学に通ってるのはユキが興味ある分野がこっちの大学にしかないからなの。そうでしょ?」

「まぁそうなんだけどね」

「そんなの、空間ゲート使えばいいだけでしょう? その講義の時だけ日本に来ればいいし」

 その度に空間ゲートで行き来するのか?

「ちょっとそれは面倒かも」

「あーっ! ユキト、今面倒って言ったな!」

「そうそ、面倒なのよ、ユキは面倒な事は嫌いなの」

「うっさい! あんたこそいっつもユキトにベッタリ張り付いて。きっと面倒だと思っているわ!」

「そうなの? ユキ?」

「はっきりしなさい、ユキト!」

 ──来た。

 全ての矛先が僕に向けられた。絶対にこの局面は避けられない。どうする? 僕。

 ──ここは仕切り直さないと。

「問題を整理しましょう。まず冷静に」

「私は、冷静よ!」

「私だって!」

 とても冷静には見えなかった。

「ユキはいつもそう。冷静で。淡々としてて。いくら私が傍にいても何もしてくれないし……」

「こらこら、話がずれてますよアカリさん?」

「それは魅力がないからじゃないのー?」

 アリアさんが胸元を強調した。確かにボリュームではアカリの負けは決定的だ。

「うう……いいもん! 日本人女性はスレンダーなの。慎ましいの。そんなの大きければいいってもんじゃないもん」

「無い物ねだりね、Aカップさん?」

「年取って垂れる心配がないからいいもん!」

「何ですって!」

 もう収拾はつきそうになかった。


 *


 バイトが終わり、収拾がつかないまま六畳ワンルームの僕の部屋に戻った僕たちはぐったりしていた。主に僕が。

「さて、今日はもう遅いし、ってアリアさん。時差大丈夫?」

「え? ええ、大丈夫」

 アリアさんはそう言うが、こちらの一日に活動時間を合わせると言う事は半日以上の時差を気合いで吸収しなければならない。

 テンションは相変わらず高いままだが、疲れはピークだと思う。

「さて。今日はもうこれでお開きにしよう。それぞれの家なり部屋に戻って作戦練って来て。今日の話の内容だと、全然先に進まないから」

「ユキがそう言うなら……」

 アカリが憮然とした面持ちと声色で頷いた。

「そうね。まぁ私も同じく、ユキトがそう言うなら……」

 アリアさんも同様だった。

「じゃ今日はここまで。ユファナさん、起きて」

 僕はすっかりなぜか部屋に隅で寝こけていたユファナ氏を小突いた。

「ん……ああ、何ですか?」

「今日はお終い。また今度と言う事で」

「ああ、ええ。分かりました。ではお先に」

 ユファナ氏はゲートを開き部屋に戻って行った。

「じゃあ私も帰るけど……次に会う時が楽しみだわ」

 アリアさんはそんな捨て台詞を残し、お国に帰って行った。

 部屋には僕とアカリだけが残った。

「ほらアカリも」

「え? ええ、うん」

 ゲートを開く。

「じゃ、お休み」

「うん。お休みなさい」

 アカリもゲートに消えた。

 ──さあて。

 僕も作戦を練らないと。

 リングたちやユファナ氏にとって、地球侵略はもうどうでもいいらしい。『交渉人』たちの侵略の対象が『僕』になったからだ。

 だが侵略される側としては黙って侵略される気はない。

 色々作戦を用意しないといけない。

 どうすれば丸く収まるか。

 選べと言われて、はいそうですか、なんて素直に応じる気はそもそもない。そんな物みたいな扱いは僕には出来ない。

 それにどちらか一方を選んでしまった場合、リングの機能を使ってどんな事態になるか。ある意味、地球侵略より恐ろしい事になりそうだった。

 ──まず、寝よう。

 睡眠不足はいいアイディアの敵だ。ろくな考えが出ない。

 僕は天井の染みを数えながら、眠りについた。

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