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INQUEST  作者: なぎのき
4/8

第四話 交渉人、襲来

 日曜日だ。

 それでもアカリはいつもの時間に降ってくる。

 朝食を食べるためだ。

 さらに時間差でアリアさんまで降ってくる。

 六畳ワンルームではもう狭いかも知れない。

 とは言え、アルバイトの収入と親からの仕送りではこの部屋の家賃で限界だ。

「で、リングの機能は大体は把握したな」

「そだね」

 アカリはリングを見つめながら呟いた。

「通信機能、翻訳機能、物質粉砕、空間ゲート制御、簡易ナビゲーション。それと留守番電話機能」

「なんか、今時のスマホみたいだな」

「スマホは空間ゲートを開けたり閉じたり出来ないよ」

「当たり前だ。まずバッテリーがもたない」

 ん?

 バッテリー?

 このリングの動力源は一体何だ? 地球上の物ではないので、まさかリチウムイオンバッテリーと言う事はないだろう。大体充電用のコネクタがない。

 なので訊いて見た。

『私は亜空間内に存在する相転移炉からエネルギーを供給されています。真空からエネルギーを直接取り出すので、効率の良いシステムです。この星の表現で言うのなら永久機関と言っても差し支えないと思います』

 さっぱり理解出来なかった。

 SFが現実化したって、それは普通の人間が理解出来る範疇にないんだ。

 普通に暮らしていくなら現存しているシステムで充分だ。

 それらの洗練と研鑽で充分なんじゃないか、等と思うのだが、この『宇宙人』は、きっとそこまで考えて行動していない。

「ねぇユキ」

 僕がそれなりに思索に耽っていても、アカリは全く遠慮なく割り込んで来る。時とか場所とかきっと彼女には無縁なのだ。てか空気読めよ……。

「……何?」

「何か、着信が入った見たいなんだけど……」

「着信……?」

 アカリがリングを僕に差し出した。リングが一定間隔で明滅を繰り返し、時折ブルブルと震える。まるでマナーモードのバイブレーションだ。

「何か表示されてるけど、これは?」

「さぁ……」

 少なくとも日本語でも英語でもない。どの角度から見てもただの記号。それも見た事のない記号だ。

「うーん」

 僕は首を捻った。アカリも捻った。リングは相変わらず明滅しブルブル震える。しばらくするとふいにそれが止まった。

「……何だと思う?」

「私にそれを訊くの?」

「他に訊く相手がいない──ああ、リングに訊けばいいのか。おい、リング」

『何でしょう?』

「今の点滅は何だ?」

『他の方から通信が入ったようです。ただ発信元が不明なのでお伝え出来ませんでした』

 つまり非通知で電話をよこしたような物か。それなら出る必要はない。非通知でかけてくる相手なんかろくな相手じゃない。

 ──と。

 リングがまた明滅し始めた。リングに、また意味不明の文字列が浮かび上がる。

「……出る?」

「そうだなぁ……」

 僕たちが迷っていると、今度は玄関の呼び鈴が鳴った。

 リングはともかく玄関は無視出来ない。僕は玄関のドアスコープから外を見た。

 ──ええー……。

 そこには。

 『交渉人』がいた。


 *


「なぜリングの呼びかけに応じて頂けなかったのか。まずそれをご説明頂きたい」

 『交渉人』は憮然とした面持ちで、部屋の真ん中に座り込んだ。もちろんお茶なんて出す気はない。ついでに言えば招き入れるつもりもなかった。

 しかし彼は強引だった。僕がドアスコープからのぞき込んだ瞬間、ドアを『すり抜けて』部屋に入り込んできた。そして靴を履いたまま部屋に上がり込んだ。

 無礼極まりない。

 礼を失している。

 でも僕は冷静に対応した。早く出て行ってもらおうとしたからだ。

「申し訳ないが、靴は脱いで頂けませんか?」

「靴?」

 『交渉人は』自分の足を見て納得したようだ。

「これは失敬」

 言うが早いか靴がかき消えた。

 ──もう何でもありだな。

 僕は冷静さと言うより、何かの悟りの境地に立っていた。

「それで、今日は何のご用でしょう?」

 本音としては用事なんか聞きたくはない。だがせめて、こちら側の礼儀だけは貫こうと思っただけだ。

「先日の非礼をお詫びしようと思いましてね」

 僕は目を丸くした。

 それほど『交渉人』の言葉は意外だった。

 僕は、無理やりアカリを拉致するか、それに近い行動をするかと思っていた。それなのに、ヤツの口から出てきた言葉が『お詫び』。

 とは言え、お詫びされても許す事がない。なんとも一方的だなぁと思った。

「──それと、なぜこちらの呼びかけに応じなかったのか、その説明をお願いしたい」

 その問いは簡単だ。

「非通知だから」

 僕は即答した。

「ヒツウチ?」

 『交渉人』はおうむ返しに訊き返してきた。カタカナだった。

 どうやら本人は意識していないようだ。

 だからと言って、電話や通信についての礼儀作法を説明する義務はないと思った。しかし今後の事もある。連絡に応じないからと言って、いちいち押し掛けられても面倒だ。

 ──どうしようかな。

 僕はコンマ一秒だけ迷った。

「ええとですね。連絡を取り合う場合、まず自分が誰なのか相手に知らせる必要があると思いませんか?」

「私が誰なのかはご存知でしょう?」

 僕は根気強く説明を続けた。

「どんな連絡手段を取っても構いませんが、そのインフラを初めて利用して連絡を取ろうとした場合、連絡を取りたい意思があると示さなければこちらは応じられません」

「初めてではないと思いますが」

 何か会話が不毛になってきた。

 ──こりゃリングに訊いた方が早いかも。

「あなたのリングに直接確認させて頂いても?」

「構いませんが……何をなさるんです?」

「非通知モードの解除です」

「はぁ……」

 どうにも要領を得ない。そんな表情だった。

「リング、通信手段時の情報開示の設定を見せてくれ」

 僕は『交渉人』のリングに話しかけた。

『それは何だ?』

 このリングは愛想がないようだ。

「アカリのリングに発信しただろう?」

『通信履歴の事か?』

「……まぁいい。まずそれを見せてくれ」

『了解した』

 目の前の空間にずらっと文字列が表示された。

 ──何でこんなに……一体誰と連絡取り合っているんだ?

「ちなみに通話履歴は見れるのか?」

『それはない』

「ない?」

『こちらから連絡を入れても誰も応じない。従って通話履歴はない』

 つまり。

 かけただけ。

 その相手が出た事がない。そりゃ出ないわな。非通知だし。宇宙人だし。

「番号とか識別番号とか何でいい。とにかく発信時にこちらの情報を伝える機能はないのか?」

『ある』

「……なぜ、それを有効にしない?」

『有効にすると何かあるのか?』

「多分、今の設定のままだと誰も出ないぞ」

『そうなのか?』

「恐らく」

『……マスター』

「い、今すぐ有効にしなさい」

 『交渉人』の声は震えていた。

 ──さては知らなかったな……。

「とにかく。これでこちらから連絡を入れても出て頂けますね」

「いいえ」

 僕は即答した。

 『交渉人』はあんぐりと口を開けた。

「な、なぜですかな?」

 それでも何とか言葉を絞り出す。いい根性をしている。

「答える義務はないと思います」

 僕は取りつく隙を与えない。こっちにはコイツに用事はない。出来るなら今すぐにでもお帰り頂きたいくらいだ。

「ね、ねえ、ユキ?」

 アカリがくいくいっと僕の服の裾を引いた。

「何?」

「ちょっとだけなら話を聞いてあげても……こっちで必要な情報って、まだ少ないし……」

「そ、そうですよ! きっとあなた方にとっても価値のある情報なんです。間違いありません!」

 ……売れないセールスマンか、コイツは。

 僕にはアカリが言う『情報』が、どれだけ有効なのかは分からない。だが、それが『ただ』で『ノーリスク』で手に入るなら聞いてやってもいいかなと、ちょっと思った。

「分かりました。お話を伺いましょう」

「そうですか……聞いて頂けますか……」

 『交渉人』は心底安心したようだ。顔にはっきりと出ている。

 ──コイツ、絶対交渉事は下手くそだ。

 主導権を全部僕に取られている。本当に地球侵略をする気があるのだろうか。僕は思いっきり粘って見る事にした。力量を図ってやる。

「……まず、どのような話をして頂けるのですか?」

 下手に出て見る。これで上から目線に変わるようならコイツの底が知れる。

「ではまず、我々の大いなる目的からお話しましょう」

 いきなり上から目線。ダメだな。

「我々の故郷はこの星から遠く離れた星系にあります。それこそ通常の手段では連絡すらも困難な距離に」

 ここは突っ込みドコロだ。だが我慢する。

「我々はこれまでにたくさんの星系を手中に収めてきました。そしてこの度、あなた方の言う『太陽系』も我々の版図として組み入れて差し上げたい」

 僕は我慢できず、ついツッコんでしまった。

「メリットは?」

「メリット?」

 自称『交渉人』は、はて? と首を傾げた。

 止むを得ず僕が説明する事になった。『交渉』するつもりがあるなら、メリットやデメリットを用意してから来い。そう思ったが口にはしなかった。

「僕たち──まぁ僕だけでは何も決まりませんけど、仮に太陽系があなたたちの勢力圏に組み入れられる場合、それによりもたらされるメリット、いや利点? うーんとにかく、何かいい事はありますか?」

「……我々の同志になる、ではいけませんか?」

「ですから、その同志になる事に対してのメリットをお伺いしているのですが?」

 ダメだ端っから平行線だ。交渉のテーブルに着く以前の問題だ。僕はわざと時間を与えてみた──つまり黙り込んでみた。

「……ねぇ、ユキ」

 アカリが小声で話しかけてきた。

「……何か、話が全然見えないんだけど?」

「……その通り。まだ話は何も進んでいない」

「……やっぱり? 私もそう思ってたんだけど、何かこう、先が見えない話を延々としているように聞こえて」

 さすがのアカリでも気付く話の停滞具合だ。

 これはどうしたものかと逆に考えてしまう。

 こんな連中だけしかいないのなら、逆に侵略してしまえるんじゃないか? と考えながら相手にはその表情は見せない。とにかくコイツに何か情報を出してもらう。それがこっちの目的だ。

「何をこそこそとお話になっているのです?」

「ああいえ、今日の昼食について見解の相違があったものですから」

「ちょっと何言ってるの?」とアカリが突っ込むが「いいから、アカリはちょっとだけ黙ってて」と僕はアカリを封じた。

「ところで。侵略するに当たってどのような戦略をお考えですか?」

 ストレートに訊いて見た。

「戦略……ですか?」

 『交渉人』は考え出した。

 なぜ考え込む?

 ここははったりでも、宇宙船団がすぐそこまで来ていて最悪武力衝突もあり得ますよ、くらいの脅し文句を言うべきだろうが。プラネットバスター等と言う代物を、いきなり送り付けた張本人とは思えない程の無策さだ。

「ちょっといいですか?」

 僕は一応断ってから席を立ち、アカリを手招きし部屋を出た。念のため外に出て鍵をかけた。

「アカリ。正直に言う。あの宇宙人、情報なんて何も持ってないと思うぞ」

「……私もそんな気がし始めたんだけど」

「でもそれなら、何でわざわざアカリのリングに連絡をした?」

「うーん……」

「それだけでも訊いて見るか。今日来たのだって実はそれだけが目的なのかも知れない」

「そだね」

 作戦会議終了。情報がないままなので作戦とも呼べない作戦だ。

 部屋に戻ると、居心地悪そうに『交渉人』が正座していた。

「お待たせしました」

「いえいえ。こちらは時間に余裕があります」

「こっちはそうも言っていられません」

「なぜですか?」

「そろそろ昼食の準備をしなけれななりません」

「それは大変ですね。自炊と言うのは」

 なにか所帯じみた事を言っているぞ?

「それで、ご用件をお伺いしたいのですが」

「ご用件?」

 僕は怒鳴りたい気持ちを力いっぱい押し留めた。

「先ほど、アカリのリングに連絡をされませんでしたか──非通知で」

 沈黙。

 沈黙。

「ああ!」

 ──ああ、じゃないだろう!

「あれはリングの動作テストです」

「動作テスト?」

「これから星系の侵略を実行するにあたり、仲間同士の連絡はとても大切です」

「それはそうでしょうね」

「そのため、リングの機能を使って連絡網の構築を進めている所だったのですよ」

「そうですか」

「ところが誰も私の呼びかけに応えない。これはおかしいと思ったんです」

「それはそうでしょうね」

「もしかしたら故障しているかも知れない。そう思ったのです」

「そうですか」

 僕は淡々と受け答えしてどんどん話を流した。聞く価値がないと思ったからだ。

「そこで、前回こちらにお出で頂いたアカリさんのリングから、順次点検をさせて頂こうと思った次第です」

 得意満面。全てを言い切った。そんな表情だった。

「……えーと、『交渉人』さん」

「はい」

「それだけ、ですか?」

「それだけ、とは?」

 ダメだコイツ本気だ。

「ちょっとリングを見せて下さい」

 僕は『交渉人』のリングを無理やり引っ張った。

「何をするんです、無礼ですよ!」

「おい、リング! お前のご主人は非通知で連絡しまくって誰からも応答がないからと言って一軒一軒回って歩くのか? 仮にも人工知性だろう? アドバイスとかしないのか?」

『私の役目は、マスターの行動の補佐だ。マスターが命令しない事を、なぜ私がする必要がある?』

「……分かった」

 融通が利かないと言う事だけは分かった。リングにここまで個性があるとは。これはある意味もの凄いテクノロジーだと思う。

「さて『交渉人』さん」

「はい」

「あなたの本日の目的は、僕が解決して差し上げる事が出来そうです」

「何と! それは大変ありがたい申し出です。これ程早期の段階で、原住民との良好な関係が築けるとは思ってもみませんでした」

 原住民……。

 僕はここも我慢した。

「それでは、先ほどあなたのリングの非通知モードを解除しましたので、アカリのリングと連絡を取ってみて頂けますか?」

「お安いご用です──リング、アカリさんのリングに向けて通信回線を」

『分かった』

 程なくアカリのリングが明滅を始めた。そこには、先ほどの意味不明な文字列ではなく、はっきりと『交渉人』と表示された。なぜ日本語なのかは気にしない事にした。きっとアカリのリングが気を利かせたのだろう。

「はい、もしもし?」

 アカリがリングを耳に押し当てて応えた。

 『交渉人』も同じようにリングを耳に押し当てた。

 ──携帯電話じゃないと思うけど……

「こちらは『交渉人』のユファナ・デラーナです。アカリさんですか?」

 ──こいつやっぱりバカだ。本名をあっさり明かしやがった……。

「はい。私は松山アカリです」

 僕は頭を抱えた。何でこの一メートルもない距離で通話する? 糸電話かこれは。

「用件は以上です。それでは」

「はい」

「失礼致します」

「はい」

 ガチャン。効果音が生々しかった。

「これでアカリさんへの連絡が出来るようになりました。ご助力感謝致します」

 『交渉人』──ユファナ・デラーナ氏は頭を下げた。

「今日の用件はこれでお終いでしょうか?」

「はい」

「それでは大変申し上げにくいのですがお引き取り頂いても?」

「え、ああ、そうですね。それでは今日のところはここで」

 ユファナ氏は立ち上がり、来た時と同じように玄関のドアをすり抜けて出て行った。疲れがどっと押し寄せてきた。

「で、結局何だったの?」

 アカリは条件反射のように僕に訊いてきた。僕は何を答えていいのか分からなかった。


 *


 お昼はコンビニで済ませる事にした。

 近所のコンビニで弁当を買い、アイスを食べたいと言い張るアカリを何とか宥めつつ部屋に戻った。部屋に戻るとアリアさんがいた。今日は千客万来なようだ。

「日本は平和ね。これが私の母国だったら、この部屋の物洗いざらい全部持って行かれるわよ?」

 普通、泥棒は玄関とか窓から入るんですよ? 空間ゲートなんて使わないんですよ?

「そこが日本のいいところ。アリアも引っ越してきたら?」

「そうしようかな。日本に留学ってのも悪くないわね」

「日本の伝統的なスイーツをご紹介致しますわ」

「あら、それは楽しみ」

 すっかり馴染んでいる二人だった。

 ──こいつら……。

 僕は頭の奥に鈍い痛みを感じた。

「あ、そう言えば、今日『交渉人』が来たの」

「え? ああ例の人?」

「そう」

「で、何て言ってた?」

「非通知だって?」

「はい?」

「ええとリングの機能がね、非通知だと、ええとその……ユキィ」

 アカリが泣きついて来た。僕はため息をついた。

「僕から説明します。話はとんでもなく簡単です」

 僕は説明を始めた。


 *


「──と言うわけなんです」

「一言で終わるのね」

「これ以上説明しようがありません」

 アリアさんはちょっと考えるような仕草をした。右手の人さし指を口に当て目が宙を泳ぐ。ちょっと可愛かった。

「ユキ……?」

 アカリに睨まれた。

「い、いやその何だ」

「浮気しようとした?」

 アカリの目が怖い。大体、浮気って何だ。

 ごほん。

 僕はわざとらしく咳払いをした。

「ええと。二人ともいい?」

「何?」「何かしら?」

「これからちょっと作戦会議をする」

「作戦?」

 二人が同じ言葉を口にした。アリアさんはきっと『mission』とでも言ったのかも知れないが、僕の耳にはきちんと『作戦』と聞こえた。リングの機能はよくよく考えると凄い。リングだけで地球侵略出来そうな気がした。いや実際可能なんじゃないか? エネルギーは無尽蔵だし、兵装こそ明らかにしていないが、何かビーム的な武器を内蔵していそうだ。

「ユキ?」

「は。ええと作戦ね」

 僕はアカリの声で我に返った。

「簡単な事さ。午前中──あ、アリアさんは時差があるので、日本時間のね」

「それは分かってます」

 アリアさんはにこにこしながら答えた。アカリが僕の太ももをつねった。

「……痛いじゃないか」

「……痛くしたんだもん」

 話が進まない。

「ええと──今日来た『交渉人』の本名が『ユファナ・デラーナ』なのは話しましたね」

「はい」

「で、アリアさんのリングにも非通知で連絡が山ほど入っていたと」

「そうです。まさか彼とは思わなかったわ」

 そりゃそうだ。誰だってどこの国の人だって得体の知れない人からの連絡は避けるだろう。

「で今回。ユファナ氏の識別コードをアカリのリングに登録しました。これからアリアさんのリングにも転送します」

「それで?」

「着信拒否をします」

「ほえ?」

 アカリが変な声を出した。

「要は、彼は誰にもリング間での連絡が取れないのが『非通知』のせいだって事を今日初めて知った。だからその設定を外せば、今度は必ず連絡が取れると思い込んでいる」

「まぁ、そうなるかな」

「うん、まぁそうね」

 二人は大体同じような感想を述べた。

「その盲点を突きます。盲点と言う程の事でもないですが」

 アリアさんが僕の後を引き継いだ。

「つまり、ミスタ・ユファナからの着信が来たら拒否するように各自のリングに設定しておけばいいのね?」

「その通りです」

「いいのそれ?」

 アカリが心配そうな目で僕を見た。

「いいんじゃないか? リングの連絡が取れないからと言ってわざわざ家まで押しかけるヤツだよ? もし連絡が取り放題になったら面倒くさい」

 アリアさんは大きく頷いた。

「確かに面倒だと思うわ」

「そうでしょ?」

 僕は思わず身を乗り出した。

「こらあまりくっつくな」

 アカリがまた僕の太ももをつねった。

「……痛いじゃないか」

「……痛くしたから」

 僕はため息をついた。

「でもいいのかしら。何か本当に緊急の連絡があった時困らない?」

「それは多分大丈夫です。彼の交渉能力はゼロに等しい。それに本当に困ったら多分ここに来ると思います」

「何で?」

「リングでは誰とも連絡がつかない。連絡がつくのはアカリとアリアさんだけ。そして今日、表面上は僕と『原住民との良好な関係』を築けたと思い込んでいる。それなら何かあった時必ずここにくるはずです。なにせ本星との連絡すら出来ないんですから」

 ユファナ氏は「我々の故郷はこの星から遠く離れた星系にあります。それこそ通常の手段では連絡すらも困難な距離に」と言った。

 僕の見立てでは、彼は嘘とか誤魔化すと言う事は苦手な部類だ。

 平たく言えば馬鹿正直だ。

 だから、本当に困った事──地球侵略の進め方とか? 交渉法とか? は近場の協力者に助言を求めるだろう。

 さらに言えば彼のリングは堅物だ。ユファナ氏本人が気付いて『命令』しない限り何もしない。

「──と、まぁ、こんなところです」

「つまり、実のある一日じゃなかったわけね」

「……そんな身も蓋もない一言で片づけますか」

「まぁ了解したわ。じゃ今日は遅いから私は帰るわね」

 時間を見ると午後の四時だ。アリアさんの時間ではもう夜中だろう。

「じゃ、またね」

 アリアさんはあくびをしながらゲートに入って行った。

「さて。こっちも夕食どうしようか……」

「私はハンバーグでいいよ」

「作る? それとも外で?」

「久しぶりに外で食べよう」

 僕は財布の中身を確かめた。一応僕にもプライドがある。男女二人で外で食事をするならそこは男子が出す。そう決めている。

「じゃちょっと早いけど、混む前に行きますかね」

「うん」

 アカリは嬉しそうについて来た。まぁ女の子が嬉しそうにするのも見るのは、どんな男子でも嬉しく感じるだろう。例え相手が宇宙人であっても。


 *


 家に戻るともう午後十時だった。僕は風呂に入り身支度と整え(パジャマに着替え)、アカリが来るのを待っていた。何か話があるとか言っていたのですぐ来ると思っていたのだが中々来ない。

 時間は十一時になろうとしていた。

 ──何やってんだか。

 僕は布団の上で横になり、ついうとうとしていた。つまり油断していた。

「来たよー」

 ぼす。

 まともに僕の上にパジャマ姿のアカリが降ってきた。僕は完全に油断していたので、アカリの体重を支え切れなかった。

「ぐぐえぇ」

「何で蛙が潰されたような声出してんのよ。私はそんなに重くないでしょ!」

「いや重さじゃなくて、筋肉が緩んで、ごほ」

 僕は腹筋やら横隔膜が回復するまでの五分程、むせたままだった。


 *


 一段落して話が始まった。

「で、ユキは地球侵略の協力者ってわけね」

「アカリ、お前何聞いてたんだよ。僕は一言も協力するなんて言ってない。ヤツが勝手に『良好な関係』を築いたと言ってただけだよ」

「何かユキがどんどんひねくれて来る……」

「だってさ、ユファナ氏があまりに馬鹿正直だから、被害がアリアさんまで及んだら可哀想じゃないか」

「どっちが?」

「アリアさんが」

「私は?」

 ──は?

「私は可哀想じゃないの?」

「いや、アカリにはそもそも被害は出ないと思うけど?」

「だってぇ。いくら着信拒否したと言ってもリングに連絡が来るんだよ?」

 まぁそれはそうだな。着信拒否は多分リング側で拒否するだろうが、連絡を取りたいとヤツが思えば、リングの場所を特定して直接乗り込んでくるかも知れない。

「と言うわけで、今日から私はこっちの部屋に泊まる」

「何ですと?」

 僕は声が裏返った。

 ──ヘヤニトマルデスト?

「だって怖いじゃない。あんな変な人」

「変な人って……、それ言ったらアリアさんだって怖いでしょうに」

「アリアはアメリカ人でしょ? きっと拳銃か何か持ってるし、ホームセキュリティも万全そうだし」

 何か違う気がする。絶対勘違いをしている。

「ユキはこのか弱い日本人女性を、あの変な宇宙人の脅威に晒す気なの?」

 変な宇宙人って同類でしょうに。

 それにか弱い?

 僕はか弱い日本人女性を想像しアカリと比較してみた。どうしても一致しなかった。

「……ユキ?」

「いやいや、何でもない。でもなー、同じ部屋に年頃の男女が一緒にってのはどうかと……」

「だって許嫁でしょ?」

「だ、だだ誰が決めたのさ、そんな事!」

「これ」

 アカリはリングを差し出した。

『はい。私のデータベースには、ユキト様はアカリ様の許嫁として登録されております』

「いや登録されてるって……」

「とにかく!」

 アカリは空間ゲートから自分の布団一式を取り出した。

 ええ? 準備済みですかアカリさん?

「私は今日からここで寝泊まりする。文句は?」

 アカリは仁王立になって僕を見下ろした。

 僕は天を仰いだ。

 天井の染みが気になっただけだった。

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