第三話 僕たちの隣人
「ユキっ!」
ぼす。
「ぐはっ!」
今日は何事もなく平穏で、気持ち良く眠りに入れる。布団に潜ってそう思っていたらアカリが降ってきた。これで朝と夜の二回だ。
どんどん蓄積されていくダメージに、僕は自分の体が心配になった。
しかもだ。
今何時だと思っているんだ、この『宇宙人』は?
僕は枕元に置いてある携帯を開き、時間を見た。
……午前二時。
「……お前なぁ、もうちょっと時間とか場所とか考えて降って来いよ」
「リング! リングに反応があったの!」
「ああ……リング? 明日にしてくれ」
「だって英語みたいなのよー。それに翻訳してくれるって言ったじゃん」
──ぐ。
確かにそうは言ったが、僕は録音しておけとも言ったはずだ。きっとそこまで聞いていないか忘れている。アカリはそう言う『宇宙人』だ。
「分かった。分かったから、まず布団からどきなさい」
「はーい」
──基本的には素直なんだがなー。
僕はぶつぶつ言いながら体を起こした。
「で、何て言ってる?」
「はいこれ」
アカリは勢い良くリングを自分の腕ごとぐりぐりと僕の顔に押しつけた。
「……確かに英語っぽいな。どれ……」
僕はアカリのリングに聞き耳を立てた。
んー……。アリア? 相談したい? プラネットバスターの事で?
「これ最初から再生出来ないのかな?」
「さぁ……」
これだ。自分の持ち物なのに何でこんなに無頓着なんだ?
試しに僕はリングに向かって「最初から再生してくれ」と頼んでみた。
『それではメッセージを最初から再生します。宜しいですか?』
「!」
なんて便利な。しかも日本語だ。と言う事はもしかして……。
「リング、メッセージを最初から再生。ただし再生言語は日本語で」
『了解しました。日本語に翻訳して再生します』
何だ、やれば出来る子じゃないか。
「ユキ、なんでリングの機能にそんなに詳しいの?」
アカリが不思議そうな顔をしている。
「実験だよ。分からないなら実験すればいい。そうすれば出来るのか出来ないのか判断が出来る」
「凄いね、ユキ」
アカリはとても感心したようだった。
──頭は悪くはないんだ。気付いていないだけなんだ。
僕はアカリに説教を食らわせようとする自分を、理性で何とか抑え込んだ。
「で、何て言ってるの?」
「日本語で再生するらしいからちょっと待ってろ」
程なくリングから音声が流れ出した。
『私はアリア・スミスです。アメリカに住んでいます。昨日の朝、私の空間ゲートにプラネットバスターが届きました。赤いボタンがついています。私はちょっと怖いので押していません。誰かこれが何なのか知っていたら、どうしたらいいか相談させて下さい。──メッセージは以上です。繰り返しますか?』
「いや、いい。再生終了で」
『了解しました。再生終了します。メッセージを削除しますか?』
何この留守録機能みたいな音声案内は?
「一応残しておいてくれ」
『了解しました』
「……何か凄いね、これ」
「お前が感心するなよ。お前のだろこれ」
「ユキの意地悪」
また頭痛が……頭の奥で、鈍い痛みが……。
「……とにかく……メッセージは聞いたな?」
「うん、まぁ」
「宇宙人がもう一人いる事が分かった」
「そう、だね」
「僕たちと同じように、プラネットバスターが届いて困っているのも分かった」
「どうしようか」
「すぐに捨ててしまえ、と言いたいけどアカリはどうしたい?」
「私?」
アカリは鳩豆な顔をした。
「と言うかお前アレどうした?」
「粗大ゴミの日に捨てた」
僕はがっくりと肩を落とした。
「……捨てた……まさかあの形のままでか?」
「ううん。リングにお願いして、出来るだけ原形を留めないように粉砕して、分別してから捨てた」
このリング、シュレッダー機能も付いてるのか……。
「大丈夫、中はほとんど空っぽ。空間転移チップがあっただけ」
「空間転移チップ?」
「ほら、例の男の人の所に行った時のゲート。あれを形成する機能が備わっていたんだって」
「それもリングから聞いたのか?」
「うん」
僕はちょっと殺意を覚えた。
もしかして先日の空間転移やら交渉人の件、リングに訊けば全部解決したんじゃないか? そもそもアカリがこのリングに頓着しないと放置しているのが問題なんじゃないのか?
「ユ、ユキ?」
僕の殺意を感じ取ったのか、アカリが怯えた声で僕を呼んだ。
「なんだ」
「い、いやほら。私もリングの機能がどんなのかは最近まで興味がなかったと言うか、その、『空間ゲート』さえ使えればそれで良かったし、それ以外に機能があるかどうかなんて知らなかったわけだし、その……」
アカリは必死に言い訳した。
だが僕はそれを無視し、別な事を考えていた。
──このリング、実は何もかも知ってるな?
「アカリ」
「はい!」
「そのリング、僕によこせ」
「え?」
「お前はそのリングがなければただの人間と変わらない。ちょっとおかしな考え方するけど」
「……最後の一言、余計」
アカリが頬を膨らませて僕を睨んだ。赤い目が昏く光っていた。
──赤い目って何か怖いんだよなぁ。
「とにかくそのリング、僕によこしなさい」
「ダメー」
即答された。
「何で?」
「外れないの」
「外れない?」
見たところ、アカリの右腕とリングには充分な隙間がある。
「抜けるだろ?」
「抜いてみる?」
アカリは不敵な笑みを浮かべた。
出来るもんならやって見ろって顔だ。
「よし分かった。アカリ、手出せ」
「ほい」
アカリが右腕を僕の前に差し出した。
「こんなもんすぐだ」
僕はリングに手をかけ、アカリの腕から外そうとした。だがどうやっても手首より先に進まない。まるで見えない壁のようなものが遮っているかのようだ。
僕はリングを離してアカリの手首をさすってみた。
「あ……ん……くすぐったい」
アカリが変な声を出したが今は無視。壁みたいなものはない。
もう一回試す。
でもどうしても、手首の辺りで何かに引っ掛かって抜けない。
「ね? 抜けないでしょ?」
アカリが勝ち誇ったような顔でそう言った。
悔しいがリングは抜けない。
目に見えないフィールド(?)があって、それがリングを抜くのを邪魔している。
──地球人の僕には無理って事か。
僕は話題を変えた。
「リングはいい。それよりアリアさんだ」
「アリアさんて誰よ」
アカリの目が凶暴に煌めいた。だからその目止めろって。
「お前なー。さっきのメッセージ聞いてなかったのか?」
「……? ああ! アメリカ人の」
「そう、そのアリアさん」
「ユキ! 何で名前まで覚えてんの!」
アカリが再び僕を睨んだ。
「普通覚えるだろう! そんな事でいちいち睨むなよ」
「だってぇ」
アカリは僕に叱られしょげた。
「しょぼんとしてもダメ!」
「えー……」
「今はアリアさんのプラネットバスターの処分の話だ。わけの分からん方向に話を持っていくなよ」
「はーい……」
アメリカのゴミ出しのルールはどうなっているんだろう?
いくら自由の国とはいえ、勝手にポイではダメだろう。
「……粗大ゴミの日に捨てちゃえば、って言えばいいのかな?」
「捨てられるもんならな。あっちは平和の国日本と違って自由の国だ。あんなあからさまに爆発物でござい的な形をしたものを、ポイと捨てちゃまずいだろう」
「じゃ私みたいにリングに粉砕してもらえば?」
「アリアさんのリングにその機能が備わっていればな」
「どゆこと?」
「リングの機能の全容が解明されていない以上、試してみて下さいでは済まない可能性がある。お前のリングはかなり素直そうだけど、アリアさんのリングがそうだとは限らない」
「考えすぎじゃないの?」
「僕もそう思う。だから訊いて見る」
「誰に?」
頭が痛い。会話を成立させるのにどんだけのエネルギー使わせる気だよこの宇宙人は。
「……ユキ、今私の悪口考えたね?」
僕は疲れた頭でブンブンと首を横に振った。
「リングだよ。本人に自分がどこまでの機能持っているか、他のリングがどうなのか訊いて見るんだよ。僕の見立てではある程度の受け答えは出来ると見た」
「これが?」
アカリは半信半疑だ。自分でシュレッダー機能や空間転移チップの事を訊き出しているのを忘れたのか?
「まぁ、とりあえず訊いてみ?」
「なんて?」
「リングの個体差があるのか。あるならどの程度か。んで、どこまでの意思疎通が可能か」
『お話し中に申し訳ないのですが、それらの質問にはお答え致しかねます』
「うおっ!」
僕はかなりびっくりした。
まさかリングが直接反応するとは思っていなかったからだ。
「おお! 喋った!」
アカリは面白そうにリングを撫でた。そこからランプの精でも出てきそうだった。
それはさておき。
リングが『自律的』に行動可能であるなら、さっきの質問に答えられない理由を訊き出さないと。
「答えられないのは、セキュリティ?」
『いいえ』
「そうか」
なるほどね。
「なになに? どうしたの?」
アカリが興味津々に首を突っ込んできた。
まぁリングの持ち主なわけだから、教えておいた方がいいだろうな。
「どうやらリングは、それぞれ知性を持っているらしいって事」
『ご明察です』
リングの返答は僕の推測通りだ。
「どゆこと?」
「僕は初め、このリングをただの工業製品だと思っていた。だから機能も性能も画一的で、若干の個体差がある程度だと思っていた。でも違うんだな?」
『その通りです』
「と言うわけだ」
「?」
僕は納得したが、アカリはさっぱり分かっていない。やっぱり、説明しないとダメか……。
「いいか、よく聞け」
「はい」
「お前のそのリングは、お前専用だ。他の誰も持つ事が出来ない。唯一の例外はこの僕だ」
『はい。ユキト様は、アカリ様が幼少の頃よりお仕えして頂いているので、特例として許可しております』
「僕はアカリに仕えてなどいない……」
僕はがっくりと地に伏した。
『え? では、なぜいつも一緒におられるのですか? ──まさか許嫁でございますか?』
「い──違う!」
僕は力いっぱい否定した。何で僕が宇宙人の許嫁にならなきゃならないんだ。
「……ユキ?」
アカリが僕を見た。まっすぐな視線。赤い目。うわぁ……これは逃げられないかも……。
「ユキは宇宙人嫌いなの?」
「宇宙人なんていない。地球人もいない。全部宇宙の一部だ」
「誤魔化さないで」
アカリはすっぱりと僕の言い訳を断ち切った。
「ユキは私の事嫌い?」
──何でそうなる!
「お前ね。今話していたのはリングに備わっている機能についてだな……」
「答えられないの?」
アカリは静かに僕を追い詰める。
僕は時間と場所を呪った。
良く考えたらお互いパジャマ姿だ。でもピロートークなんて雰囲気じゃない。
僕は目だけで逃げ場を探した。
部屋の扉まではとてつもなく遠い。退路は……きっとない。
でもこれは今出すべき答えじゃない。
「お願い」
アカリの何かを期待する目。
赤い目がわずかに揺れる。
目を逸らせない。体が動かない。
嫌でも意識がアカリの唇に集中する。
ダメだ別の事を考えるんだ──。
「ぼ、僕は──」
ダメだ。今言っちゃいけない。まだ早い。この言葉は。
その時。
『お取り込み中、申し訳ないのですが……』
リングが割り込んで来た。
──助かった……。
僕は心の底から安堵した。
*
リングが割り込んで来たのは、アリアさんから連絡が入ったからだった。アメリカに住んでいると言っていたので、多分あっちは朝だろう。僕たちは簡単に自己紹介し『プラネットバスター』の扱いについて説明した。
『じゃ、捨ててもいいのね?』
リングがアリアさんの言葉を日本語に翻訳してくれるおかげで、話はスムーズに進んだ。
「ええ。こっちもバラバラにして捨ててしまったけど、今の所問題はないし」
まぁバラバラにしたのはアカリの独断だが。
『バラバラ?』
「うん。リングに頼んで粉砕して貰ったんです」
『ちょっと待ってね……ああ、こっちでも出来るって』
「よかった。でもこれ便利よねー。国際通話なんてとんでもなくお金かかるのにリング使うとタダだし」
『そうね。それにあなたたちと知り合えたのもリングのおかげだしね』
「ところで──他の誰かにコンタクト取った事あるんですか?」
僕は一番気になっていた疑問をぶつけてみた。
『……いいえ。宇宙人だなんて誰にも言えないでしょう? このリングを付けていればお互い気付くでしょうけど……私はまだ会った事ないです』
うーん。
少なくとも後四人の『宇宙人』がいる。
彼らの状況を調べる術はないかな?
少なくとも、昨日の段階では『交渉人』にコンタクトを取った『宇宙人』はアカリだけだ。
「おいリング」
『はい』
「稼働状態にあるリングの個数って感知できるのか?」
『アカリ様のリング──つまり私ですが、私を含めて三つのリングが稼働しています』
三つ?
一つはあの『交渉人』、そして二つはアカリとアリアさん。そして残る四つは稼働していない。
「稼働していないか破壊されたリングがあるな」
「え? 破壊?」
アカリが驚いた顔をした。
「可能性だよ。僕が知る範囲で、本当に稼働しているリングは三つ。『交渉人』とアカリとアリアさんのリングだ。残る四つは稼働状態にない。って事は身につけられていないか、破壊された可能性がある。リング、君らに自壊機能って備わってるか?」
『ございます』
「それは機密保持のため?」
『左様でございます』
「ふわわ……。ねね、ユキ。どゆこと?」
アカリが小さくあくびをしながら説明を求めてきた。
午前二時過ぎだもんなぁ……。
時差だけはどうにもならない。
「リングはさ、装着した『宇宙人』とセットなんだよきっと。アカリみたいにおじさんやおばさんに引き取られた時は、ちゃんとリングも付けてくれた。そうじゃないケースがあったらどうなると思う?」
「雨風に晒される」
ちょっと違う気もするが、午前二時の頭の中なんてこんなものだ。
「んー……。まぁそんなトコかな。とにかく放置されてはリングは機能を発揮できない。人として、道端に置かれたままになっている赤ん坊を見つけたら、きっと付属品のリングまで気が回らない。でもまぁ、値打ち物だと思い込んで骨董屋に売るとか、分解しようとするかも知れない。僕は前者だと思うけどね」
アカリは、自分の『リング』をまじまじと見つめていた。
『な、なんでございましょうか?』
リングが照れている。大変おかしな光景だ。
「つまり『宇宙人』とセットなはずの『リング』が放置され、数年経っても回収されなかったとかの条件を満たした場合、リングは自壊する。そんなところじゃないかな? リング、君らの稼働記録ってどこかに記録されてるかい?」
『ログと言う形で共有ストレージに記録されています』
「その記録には、自壊した場合も記録される?」
『はい』
「じゃあ、四つのリングの自壊記録はある?」
『ございます』
「自壊の条件は、さっきので合ってるかな?」
『ほぼ正解でございます。マスターに装着されず、この星で三周期経過した場合、自動的に自壊します。また、マスター以外の、つまり『地球人』に装着されるか持ち去られた場合は即、自壊致します。自壊と申しましても、爆発ではなく有機物として自らを分解し、痕跡を残さない仕様になっています』
三年経ったら土に還るわけだ。なんと環境に優しい装置だ。『プラネットバスター』なんぞを作って粗大ゴミを増やしたやつに爪の垢を飲ませてやりたい。
それにリングが言う条件だと、『地球人』の手に渡る心配はない。
ともあれこれで解決だ。
今この地球上で『リング』を装着している『宇宙人』は三人だけだ。悪用されたりとかNASAとかで解析されたりせずに済んだわけだ。
少なくとも『交渉人』以外とは友好的なコミュニケーションが可能だ。
しかしまぁ『宇宙人』も随分非効率な手段を選択したもんだ。
これで誰もリングをつけなかったら『交渉人』だけで地球を制圧しなきゃならない。
「アリアさん」
『はい』
「一つ提案が」
『はい? 何でしょう?』
「『宇宙人』はこちらのアカリとアリアさんの二名。これは間違いなく存在しています。で、残りの四名はリングが自壊しているので、『宇宙人』としてではなく『地球人』として何食わぬ顔で生活しているでしょう」
『そうですね』
「僕たちは良好な関係を築きましたけど、さっき説明した『交渉人』は地球侵略なんて絵空事をほざいてます」
『そうですね。私はそんなの嫌ですけど』
「それはこちらも同意見です。幸いな事に『交渉人』に協力する『宇宙人』はいないわけです。かといって『交渉人』を放置するわけにはいきません。何をしでかすか分かったもんじゃない」
『そんなに変な人……いえ『宇宙人』なんですか? その『交渉人』さんは』
「変なんてもんじゃないですよ。まぁ『宇宙人』ですからね。ああ、そのアリアさんの事じゃないですよ念のため」
『わかります』
アリアさんは笑ったようだ。Understandの発音がちょっと明るく弾んだ。だいぶ打ち解けてきたようだ。
これなら僕の計画を進めても問題ないと思う。
「それでですね。アリアさん」
『はい』
「僕たちは何をしでかすかわからない『交渉人』を止めるか闇に葬る必要があるんです。そこで出来る限り情報の連携を図りたいと考えています」
『具体的には?』
「『空間ゲート』です。そちらの『ゲート』をこの部屋に繋ぐ事は出来ますか?」
『え? ええと、ちょっと待って下さい。確認します』
ちょっと間が開いた。おそらく、アリアさんが自分のリングに僕の提案を確認しているのだろう。
その間で、アカリが僕のパジャマの袖を引いた。なぜか小声だった。
「ちょ、ちょっとユキ。何言ってるの?」
「何って、仲間が多いに越した事はないだろう?」
「だからってアメリカ娘を『ここ』に呼ばなくても」
「いいかアカリ。今僕たちに必要なのは情報と連携だ。仲間が必要なんだ」
「う、うん」
「少なくとも地球侵略なんて考えを持っていない『宇宙人』二人と、そのリング二つ。こっちが結束していれば、『交渉人』がバカな事をしようが何をしようがどうとでもなるだろう?」
「確かにそうなんだけど……」
どうにもアカリのセリフにキレがない。携帯の画面を見れば午前四時。そりゃ頭も回るまい。僕としてはアカリと二人っきりになる方が不安だ。そこに第三者がいれば抑止力になる。
──はて? 何の抑止力だ?
考えたはいいが、それが何に対して発揮されるのか。
僕は寝ぼけた頭で考えたが、なぜか思いつかなかった。
「……どしたの?」
アカリが僕の顔を下から覗き込んだ。ピンクのパジャマの胸元が大きく開き、見てはいけないものが見えた。気がした。
「いや! 何でもない!」
僕は瞬時に姿勢を正し、正座した。
そして言った。
「と、とにかく今必要なのは志を同じくする仲間だ。で、『交渉人』をへこます知恵を絞らないといけない。な? そうだろう?」
「……まぁ、ユキがそう言うなら……」
アカリは不承不承頷いた。
とか何とか。
アカリを説得している間で、アリアさんの確認が終わったようだ。
『出来るそうです』
「じゃあ、早速ゲートを繋いでみて下さい」
『分かりました』
──ブゥン。
低いうなり声のような音がして、空間にぽっかりと穴が開いた。
そして。
そこからアリアさんが降ってきた。しかも僕の上に。
「ぐはっ!」
「あ、ごめんなさい!」
アリアさんはパッと僕の上からどいて立ち上がった。その時僕が感じた重さはアカリの比ではなかった。さすがアメリカンって感じの重量感があった。
アリアさんは部屋着なのか、ノースリーブのシャツに丈の短いデニムと言った出で立ちだった。
髪の毛はやっぱり金髪。
年齢は僕たちと同じか、年上か……これは訊くと殺されそうだから止めた。
そしてやっぱり目は赤かった。
あれ? 日本語?
「アリアさん、日本語話せるんですか?」
僕はアリアさんに座布団を勧めた。アリアさんはそこに『正座』した。ある程度日本の文化を知っているようだ。
「ああ、これ? リングが自動翻訳してくれるらしいの。以前スペインの人と話した時もそうだった」
「へぇ……」
発声している口の形と聞こえる音が違うってのは結構な違和感だ。
「まぁ逆でもいいけど、ここは日本だし。郷には入れば郷に従えってね」
「When in Rome, do as the Romans do. ですね?」
「Sure. そう言う事」
僕とアリアさんはにっこりと微笑み合った。
「とにかく! ちょっと離れなさい!」
そんな僕たちの間にアカリが割って入った。何怒ってるんだ?
「怒ってない!」
「怒ってるじゃないか」
「怒ってないって!」
「どうしたんだよ、一体」
「アカリさん、どうしたんですか?」
「うー……」
と。
アカリのリングとアリアさんのリングが何やら点滅した。何かの情報をやり取りしているように見える。
『なるほど』
アリアさんのリング──男性の声だった──は、一言だけ相づちを打った。
『そう言う事なんです』
アカリのリングが続ける。どうやらリング同士で何かの意思疎通をしたらしい。
『ミス・アカリ』
「……何よ」
『ミス・アカリが怒っている理由は、今理解した』
「?」
『アリアにも特定のボーイフレンドはいないが、二人の邪魔をするつもりはない』
「ちょ、な、何言ってんだお前は!」
僕は狼狽えた。また蒸し返される。
ぎぎぎ、音を立てて後ろを振り向くと、アカリが僕を睨んでいた。
「ああ、そう言う事。安心してアカリさん。さすがの私も初対面の人をどうこうする気はないから」
──初対面じゃなかったらどうなるんだ?
僕は思わずツッコミを入れそうになった。
「それに時差を考えてなかったわ。今は日本は夜なのよね。お邪魔しちゃったかな? ごめんね」
最後の「ごめんね」はSorryだった。
「あ、い、いいいえその……」
アカリは真っ赤になった。
アカリは基本的には素直で純情なのだ。あまりに突飛な行動を取るので、それを他の人が知らないだけなのだ。
「……わ、分かってくれれば、それで……」
アカリの語尾が消え入った。何とかこの場は乗り切ったと思った。
でもこれだけはアリアさんに言っておかないと。
僕とアカリはそんな関係じゃないです、とはっきりしておかないと。今後下手にアリアさんに遠慮されても困る。
──困る?
はて? そんなに困るような局面はあまりないような気がしたが、でも言っておかないと。
「いや、これはねアリアさん」
「Be Quiet!」
アリアさんはネイティブな発音で僕を制した。
「こう言う時は黙っておくの。だから日本の男性はモテないのよ」
「……そう言うもんなんですかねぇ」
「そうなんです──男子たるもの言い訳などしない。ユキト、あなた日本男子でしょう?」
どこか間違えている気がした。
──お米の国の人だしなぁ……。
きっと、外を出歩く時は刀を帯刀して歩くものだと思っているに違いない。
「とにかく、これで安心って事でいいかしら?」
「……そうですね。とりあえず連絡網は確保された。これからの事は追々って事で」
「分かりました。じゃ、私はこれで。お邪魔しましたー」
アリアさんは再び『空間ゲート』を開き、自分のお国に帰って行った。
部屋には気まずい雰囲気と僕とアカリが残された。
空が白み始めたのか、遮光カーテンの隙間から朝日がわずかに漏れていた。
「……あー、アカリさん」
「……何?」
「今日の講義、休みにしよう」
「……そだね……」
「とりあえずリングの機能の解明は、アリアさんにも進めてもらう。こっちはこっちで、アカリから……って、あれ?」
見るとアカリは、僕の布団の上で寝入っていた。携帯を見ると、時間は午前五時を回っていた。
アカリは一度寝てしまうと何をしても起きない。最低でも八時間は眠る。つまりアカリは、僕の布団をこれから八時間占有する。
「あー……僕は、どこで眠ればいいんだろう?」
まさか一緒の布団と言うわけにはいかない。起きた時の地獄絵図を想像すれば眠気も吹き飛ぶ。
「仕方ない……部屋の隅で寝るか……」
僕はアカリに布団を被せ、押し入れから毛布を何枚か引っ張り出してそれに潜り込んだ。枕がないのが痛かった。僕の枕はアカリががっしりと抱き込んでいたからだ。
──アリアさんもきっと降って来るんだろうなぁ。
僕の日常にもう一人登場人物が加わったわけだ。それも、宇宙人がだ。
──地球人だって宇宙人なんだ。
僕はそう考えつつ横になった。
とにかく寝る。これからの事は起きてから考えよう。
僕は隣ですやすや眠るアカリの顔を見ながら眠りに落ちた。