第二話 宇宙人とプラネットバスターと日常と
光のトンネルを抜けるとそこは──。
草原だった。
「どこ、ここ?」
「さぁ……」
どこを見渡しても地平線が見える、広大な草原のど真ん中に僕たちはいた。
振り返ると光の扉は消えていた。
三六〇度、どこを見ても全部地平線。
地球上のどこにこんな場所があるのか、僕には思いつかなかった。アメリカとかモンゴルとかならあるかも知れないが……。
「あ、そうだ」
アカリが何か思い付いたらしい。
「携帯のGPS!」
「おお! その手があったか」
僕は早速携帯を手に地図アプリを起動した。だが画面上には何も映らなかった。
「……どこだか、分からないね」
「うーん……。GPSの信号自体拾ってないな、これ」
携帯の電波も圏外表示だ。
「じゃ、ここはどこなの?」
「……うーん」
僕は唸りながら携帯をポケットにしまった。何となく想像はついたが仮定に仮定を重ねても仕方がない。
「とりあえずアカリの腕のリングが光ってそこを通ってきたけど、何が何だかさっぱりだな」
「そだねえ」
アカリは面白そうにきょろきょろと辺りを見回している。いくら見回しても何もないよと言いかけた時。
「ユキ、あれ!」
アカリが指差す方向には一本の木が立っていた。あれ? さっきまではなかったような気がするが……まぁいいや。
「とりあえず、行ってみようよ」
「うーん……」
僕はアカリに腕を引っ張られながら色々考えた。アカリが持っていたリング。突如出現した光の扉。そしてこの草原。さらに木が一本。
──仮定はあくまで仮定だ。それを裏付ける何かが必要だよなあ。
程なく『木』の目の前に到着した。
遠目ではそんなに大きく見えなかったが、比較対象がないせいで実感が湧かなかった。
「大きい木だねぇ」
アカリが素直が感想を口にした。確かに大きい。大人が一〇人くらい手を繋いても一周出来るかどうか。僕はごつごつした幹に手を置いた。
「……メタセコイアだね。随分立派だ」
「メタ、何?」
「いや、何でもない」
別にアカリがこの木の名前を知っていても知らなくても、多分この世界には影響ない。
その時だった。
「おやおや。やっと誰かいらしたと思ったら、招かれざる客もご一緒とは」
背後から男の声がした。
振り向くと、そこには黒いスーツを着こなした男性が立っていた。顔立ちが中性過ぎて、年上か下かも判断出来ない。
ただ、目が。
目が赤かった。
「私は地球人はお呼びしていないのだが」
「それは僕の事ですか?」
「他にどなたが?」
僕は木の周りではしゃいでいるアカリを指差した。
「アレは違うんですか?」
「ユキ! 今私の事アレって言った!」
アカリがすっ飛んできた。こう言う事だけは耳ざといアカリだった。
「……ユキ? 何この人?」
今気が付いたんですかアカリさん……。
「私がお呼びしたのはその方だけなのですが」
男は露骨に顔を顰めた。どうやら僕はお呼びではないようだ。
でもそんな事は僕には関係ない。
「帰るぞ。きっとここに用事はない」
僕は男に背を向けた。とにかくこの男はどこか気に入らない。
だが男は、そんな僕を平然と無視した。
「アカリさん、貴女は私を呼びましたね?」
「ユキ、この人は?」
アカリは男の質問を無視した。僕たち三人は、それぞれの思惑を無視して会話している。なんとも奇妙な光景だった。
「とにかくだ。僕たちはここから戻る方法を考えよう」
「そだね。大学の講義に遅れるもんね」
「……珍しい。お前がそんなに大学の心配をしているとは思ってなかった」
「失礼ね。これでも、女 子 大 生 ! なんですけど!」
アカリは『女子大生』を強調し、一語一語区切るように言った。
「そうなんだよな。つい忘れるんだよな」
「ユキのバカ!」
「なにおう!」
「私はアカリさんに呼ばれたのですが?」
「バカって言った方がバカなんだぞ?」
「それって私がバカって事?」
「私はそのバカに呼ばれたのですが?」
「……」
男が釣られてアカリを『バカ』呼ばわりした。
「ユキ! この人私をバカって言った?」
「ああ、多分そうだ」
アカリは男にずいっと向き直った。
そして言った。
「バカって言った方がバカなのよ!」
僕はひどい頭痛がした。
アカリは言うだけ言って、話をリセットした。
「ところで、あなた誰?」
「やっと私にお声をかけて下さいましたね、アカリさん」
男は嬉しそうに手を叩いた。
──バカと言われて喜ぶバカがいるとは……。
僕はさらに頭痛がひどくなった。
その激痛の中で、一つの疑問が生じた。
──こいつ、なんでアカリの名前を知っている?
少なくとも僕はこの男の前でアカリの名を呼んでいない。
ではなぜ知っているのか。
一つ。初めから知っていた。
二つ。何らかの手段でアカリの名前を知った。
一つ目はないだろうから、二つ目だ。
──リングかぁ……。
この二人に共通するのは赤い目とリングだ。
となれば、リングはパーソナルデータを保持していると考えていいだろう。
そしてアカリのリングから『名前』を読みだしたと言う事は、この男のリングがアカリのリングより大きな権限を持っていると言う事だ。
僕はアカリの袖を引いた。
「……なに?」
「ちょっと実験」
「ほい?」
僕は、男に向き直った。
「ここに来たのは、僕たちが初めてですか?」
「それを貴方に答える義務はありますか?」
「もちろんないです」
僕はあっさり引き下がった。
ここから先が『実験』だ。
「ただ……先に来ていたのなら、こちらにも『連絡』があるはずですからね。単なる確認ですよ」
「な……他の同志から連絡が……?」
男の表情が豹変した。
──分かりやすいなぁ。
「なぁアカリ、たまに連絡入るんだよなそのリング」
さて。アカリが僕の意図を察してくれればいいが……。僕はバチバチとアカリに向けウィンクした。
「そ、そういえばそうね。たまにお喋りするよ」
よし、なんとか汲み取った。偉いぞアカリ。
「そんなバカな……私のリングには一切連絡が入っていないと言うのに……」
これで確定だ。
六人いると思われる『宇宙人』は、こいつと連絡を取り合っていない。
そしてこいつの『招待』に応じたのは僕たちだけだ。
「ねね、ユキ」
アカリが小声になり、僕の袖を引いた。
「何だよ?」
「この人、もしかして『宇宙人』?」
「ああ、多分な」
僕は目の前で狼狽えまくっている『宇宙人』を見た。
登場当初の威圧感はすっかり消えていた。
──さて、もうここに用はないな。
訊くだけ聞いて退散しよう。
「さてアカリ。そろそろここから出ないと遅刻する」
「おおっと! そだねー」
ここで『宇宙人』が我に返った。
「勝手にここを出て行かれても困ります」
「いや、僕たちはここに用はありません」
「私はアカリさんと話をしているのです。貴方ではない」
どうやら立ち直ったようだ。
しかし、きっちりと矛盾を抱えた話し方だ。アカリを相手にしていると言いつつ、僕の質問にも答えている。
「ではアカリが受け答えすればいいんですね?」
「お分りいただけましたか。よかった。言葉が通じていないかと思いましたよ」
どうにもさっきから聞いていると礼儀正しい話し方をしてはいるが、僕には慇懃無礼にしか映らない。しかも鼻につく。
僕はぶん殴りたい衝動を堪えつつアカリに耳打ちした。大きな声で。多分これで『引っかかって』くれるはずだ。
「アカリ、とりあえず『爆弾の事』は伏せておけ。ここから出る方法だけ訊くんだ」
「? 何で?」
「コイツは信用出来ない」
「聞こえてますよ、地球人さん?」
「聞こえるように言ったんですよ」
「……貴方、言葉に気をつけた方がいい」
「それは大変申し訳ない。どうも『宇宙人』とやらをいつも相手にしているもので。そいつははっきりと意思を伝えないとダメなんですよ」
「えー、それって私?」
僕はアカリの抗議を無視した。
──これで機嫌を損なうはず。
「ほぉ……」
男の目の色が変わり、凶暴な赤が目の奥で光った。思った通りだ。何と単純な。宇宙人ってのは皆こうなのだろうか?
「貴方は何も分かってらっしゃらないようだ。プラネットバスターの事も我々の事も」
──引っかかった。
こいつは『爆弾』の事を知っている。これで『宇宙人たち』のそれぞれの立場がはっきりした。
この男を主軸に、アカリを含めた六人の『宇宙人』がいる。
そしてこの男の呼びかけに応じたのは『アカリ』だけだ。残り五人の『宇宙人』がどこで何をやっているのかは分からないが。
さて。次の情報だ。
「──確かに僕にはここがどこなのかさえ分からない。でも地球ではない事だけは分かる」
「ほぉ」
「並行宇宙。世界はいくつも重なり合って存在している、と言う理屈がありましてね──もちろん僕は信じてませんがね」
「ほほぅ……」
男が理解しているのか不明だが、そんなに外してはいないはずだ。
大分非日常的だが、『宇宙人』相手にしていれば信じざるを得ない事象だってある。『空間ゲート』がいい例だ。亜空間なるものが存在している以上、並行宇宙があると言われても不思議じゃない。
「でもそんな事は僕にとってはどうでもいい事なんです。少なくとも僕の日常には関係ない。さぁ僕とアカリを元の場所に戻して下さい。あなたならそれが出来るはずだ」
アカリは僕と男の顔を行ったり来たりしていた。
「どうしてそれが私に可能だと?」
「先ほど『アカリに呼ばれた』とおっしゃいました。僕たちはアカリの腕についてるリングに呼びかけを行い、それで出現した光の扉をくぐったらここに来た。つまりあなたを呼んであなたが応えたからここにいるんです。それならその逆も可能でしょう? 宇宙人さん?」
半分は適当。もう半分ははったりだ。どっちにしてもこの男は信用出来ない。僕はアカリに『爆弾の事』を伏せるようにわざと言った。それをこの男は『プラネットバスター』と言い直した。つまりあれが何なのか知っている。でもそれをコイツに訊いてはいけない気がした。
「ふふっ、あははは」
男は笑い出した。いけすかない笑い方だった。とにかく気に入らない。
「……ユキ?」
「大丈夫。ちょっと待ってて」
僕はアカリの前に立ち、笑い続けている男から遮った。
「僕のジョークがここまで受けるとは思ってませんでしたよ」
「ははは、ジョークですか? 笑えませんねぇ」
「それなら僕の役目はお終い。帰っていいですか?」
「アカリさんは置いて行ってもらいますけど?」
「それはダメです」
僕は即答した。
「なぜ?」
「アカリは僕の大事な友人です。しかも今日は、珍しく自分で大学の講義を受けようとしている。友人ならそれを後押しするものだと思いますが?」
「友人なのー? 幼馴染じゃないのー?」
アカリが抗議の声をあげた。当然無視した。
「友人、ですか?」
「そうです」
「その友人が『宇宙人』だったとしても?」
「友人です。僕にとっては」
男の表情に変化があった。
「……貴方は、我々と同格だと思っておられるのか?」
「友人に優劣はありません」
「どうも見解の相違があるようですね」
「同感です」
僕と男は目を合わせた。絶対に目を逸らさない。これはそう言ったケンカだ。
静かに時間だけが過ぎていった。
でもその『時間』は、今の僕にとっては味方だ。
「ねぇ、ユキ。そろそろ行かないと。遅刻するよ?」
ほら来た。
「早く元の場所に戻らなくちゃ」
「!」
男が目を逸らした。僕の勝ちだ。見るとアカリが腕についているリングが発光していた。そしてそれは空間を押し広げ、人が通れる程の大きさになった。
「と言うわけで僕たちは帰ります」
「……なぜゲートが……、リングが発動した……?」
男のポーカーフェイスが崩れている。驚いているな? もちろんこいつに種明かしなんてするつもりはない。
「じゃ僕たちは講義があるんで。行くよアカリ」
「はいはーい」
僕たちは光の扉をくぐった。光が消えると元の場所にいた。
日常に戻って来た。
何が起こったのか大体は事態が飲み込めたと思う。問題はアカリに上手く説明出来るかどうかだ。と言うかアカリに理解出来るかな?
「……せめて、名前くらい訊けば良かったかな?」
「ユキ」
アカリがまっすぐ僕を見ていた。
──しまった。先手打たれた。
僕はアカリから目を逸らせない。
「今起きた事、説明してくれるんでしょ?」
にっこり。
ダメだ。この笑顔はダメだ。僕は昔からアカリの視線とこの笑顔のせいで色んな目に危ない目に遭ってきたのだ。大抵は最悪の事態に陥るんだ。分かっている。分かっているんだ。
でもそれが僕の日常だったりするから始末に負えない。日常に逆らってもいい事なんて一つもない。
僕はため息を一つ。
同時に頭に中で先ほどまでの出来事を整理した。アカリが分かるように噛み砕きながら。
「……いいか? 一回しか言わないからな」
「もちろん」
アカリが、ぴょんと僕の横に並んだ。
「大きくは三つ」
「うん」
「一つ目。あの空間はアカリのリングが作り出した『ゲート』から行き来出来る。ただ、使い手と応じる側の意思が必要になる」
「どゆこと?」
ほら。やっぱり。
理解できないだろうなとは思ったんだ。
僕は再度言葉を噛み砕いて説明を試みた。
「ええとだな。お前、とりあえずリングに声かけただろう? 『宇宙人はいますかー?』とか。で、最後に『宇宙人を信じますか』って言っただろう?」
「え、えと、そうだったかな?」
「まぁ、とりあえずそう言う事にしておけ」
「う、うん」
アカリは汗をかきかき頷いた。
「で、ゲートが開いてそこを通ったらあの場所にいた」
「そ、そだね」
「あの男は『アカリが呼んだ』と言っていた。つまりアカリが宇宙人を探していて、あの男が応じた──それで『ゲート』が開いたのさ」
「『ゲート』?」
お前はいつも『空間ゲート』なんてものを使いこなしているくせに、ちょっと言葉が変わると理解できんのか!
とは言わず、僕は淡々と説明を続けた。
「あの男が言ってただろう? なぜ『ゲート』がって」
「覚えてない」
僕はため息をついた。
「まぁいい」
「ユキの意地悪」
アカリはぷーっと膨れっ面になった。
お。ちょっと可愛い。じゃなくて。
「次だ」
「……はぁい……」
アカリは、頭の後ろに手を組んだ。
「で、色々すったもんだがあって、アカリが『元の場所に戻らなくちゃ』と言って、また『ゲート』が開いた」
「ユキって人のセリフいちいち覚えてるの?」
「……大事な所くらいは覚えておくだろ普通。普段どうやって講義受けてんだよお前は」
「ユキにノート借りるから大丈夫」
僕はこめかみを押さえた。脳味噌の奥の方に鈍い痛みがあった。
「……とにかくアカリの意思で『ゲート』が開いて、ここに戻ってこれた。ここまではいいな?」
「質問」
アカリが挙手した。
「はいどうぞ」
「ユキは、『ゲート』を使った行き来には、使う側と応じる側の意思が必要だって言ったよね?」
「その通り。なんだちゃんと聞いてたじゃないか。えらいぞ」
「へへー。……でも帰りは何で勝手に『ゲート』が開いたの?」
「前言撤回。お前は僕の会話全然聞いてないのな」
「む……」
アカリは口をつぐんだ。
「僕はあの男に、と言うか、あの男が作り出した世界から拒絶されるように仕向けたんだ。『見解の相違がある』ってはっきりと言葉で言わせた。つまり、僕たちがあの世界にいる事を否定させたんだ」
「でもそれだと、ユキだけが拒絶された事になるんじゃないの?」
「僕はその前に『友人に優劣はない』と言った。意味としては僕とアカリは友人と言う関係で同じ立場にあると強調したんだ。男はそれに対して『見解の相違がある』と言った。ヤツは気付いてないかも知れないけど、そこまでの会話の流れでは僕たちを拒絶した事と同義だ──まぁ、だから最後に驚いた顔してたんだろうけどね」
僕はここで深呼吸した。ちょっと疲れたからだ。
「今度はどうだ? 理解はできたか?」
「んー。何となく」
アカリはたははーと笑って頭を掻いた。
まぁ何となくで充分だ。僕が理解できていれば万が一の事態になってもアカリを止められる。
「じゃ、二つ目」
「ほい」
アカリはじっと僕を見つめた。頼むからそんな期待感のこめた目で僕を見ないで欲しい……。大した事じゃないんだ。あの男がバカなだけなんだ。
こほん。
僕はわざとらしく咳払いをした。
「プラネットバスターな、あれは ダミーだ」
「え? 何でそう思うの?」
「僕とあの男との会話……って覚えてないか……」
「うん」
アカリは元気良く頷いた。
「……ええとな、僕は『爆弾の事は伏せておけ』ってお前に言っただろ? そしたらあの男はしっかりと『プラネットバスター』と言い直した。つまりあれはあの男が送ってよこしたんだ」
「何のために?」
「宇宙人探しさ」
僕は即答した。
「あの男は、地球人が自分と同格ではないと言っていた。それはつまり宇宙人なら同格ならわけだ。でも、具体的にどう同格なのか言わなかった。それにアカリがリングを発動させた時、ヤツの表情が大きく変わった──多分ヤツも知らないのさ。恐らくリングの機能を完全に把握出来ていない。ゲートが開いた時に驚いたのがその証拠だ。自分達がどんな能力を持っているのか、それが自分の他の宇宙人ならどうなのかきっと知らない」
「でもユキに迷いがあるように見えなかったよ?」
──コイツ、どうでもいいところは見てるな……。
「アカリの言う通り、僕は出来るだけ冷静に迷わないように話をした。半分以上ははったりだ。状況だけで推察した情報を喋っただけだ」
「……なんだかユキが探偵さんに見えるよ」
「ハッタリを並べるって意味なら近いかな」
僕は首を回した。『宇宙人』を相手にするのは疲れるのだ。
「だからその爆弾はダミーだ。多分ボタンを押すと、自動的にあの空間に転送される仕掛けにでもなっているんじゃないか?」
「これが?」
アカリが、よいしょ、と空間からプラネットバスターをとり出した。
「改めて見ると良く分かる。いかにも押せって言わんばかりのボタンだ。ボタンにカバーも何もない。誤作動すら誘っているように見える。少なくとも惑星破壊するような強大な兵器には見えないよな」
と言いつつ僕はボタンを押した。何も起こらなかった。
「あれ? 何にも反応なし?」
「もう既に一回行っているからね。それに、ヤツは本人がどう考えたかは別として僕たちを拒絶している。もう機能としては無効になっているよ」
「ユキは思い切りがいいね」
「半分は賭けだった」
「……ぇ」
「そう睨むなよ。どっちにしてもこれを放っておくわけにはいかなかっただろ? 爆弾じゃない事も分かったんだし良かったじゃないか。粗大ゴミになっちまったけどね」
そうだ。これどうやって捨てよう? しばらくはアカリの空間ゲートにしまって置いてもらうか。
「……もし本物だったら、どうする気だったの?」
「それはない。ヤツは自分の仲間を探しているのさ。説明書に、六人の宇宙人に送ったって書いてあっただろ? それにヤツは、僕たちを見つけた時、『やっと誰かが来た』と言っていた。間違いなくこの爆弾のおもちゃは仲間探しの道具だ。誰だって『惑星破壊爆弾』がいきなり送られてきて、そこに赤いボタンがこれ見よがしに付いてたら警戒するだろう?」
「それって、ユキが私を信用してくれてるって事だよね?」
ちょっと違うが、何の相談もなしにボタンを押さなかった点ではそうだ。とりあえずそれでいい事に決めた。話が進まなくなるからだ。
「三つ目。リングの機能だけど、多分これは周囲の状況を自分で判断して機能する。これは分かるな?」
「帰りのゲートが開いた理由だよね?」
「そう。このリングが言葉だけに反応して機能するのなら、僕はアカリと一緒にあっちに行ったり戻ってきたりする事は出来ない。僕も一緒に行動出来たと言う事は、このリングを扱える又は対象とするのは別に宇宙人だけじゃないって事だ。多分状況を判断して適切な機能を発動させるって機能を持ってる」
と、ここでリングが光り出した。僕は直観めいたものがあった。多分間違いない。
「……四つ目かな?」
「?」
リングの光は今度は大きくならない。ただ明滅を繰り返している。
「……アカリ。もしリングから声がしても絶対に『はい』って言うなよ。必ず『いいえ』って言え」
「……了解」
と言い終えると、リングから『あの男の声』がした。
『……先ほどはしてやられましたよ地球人さん。そこにいるんでしょう?』
僕は当然無視した。
『……まぁいい。用があるのはアカリさんだ。アカリさん、そこにいますね?』
「い、いいえ!」
『……? 返事がおかしいですよ? いらっしゃるんでしょう?』
「いいえ!」
『……また地球人さんの入れ知恵ですか……。まぁいいです。一応ご挨拶にと思いましてね』
割と律義だなコイツ。それともバカなのか?
『まだ、私の名前を伝えていなかったので、それをお伝えしようと思いまして。私は『交渉人』。地球侵略の総責任者です』
アカリは僕を見た。返答に困っているようだ。
しかし何だ。言うに事欠いて地球侵略?
言葉だましで僕に引っかけられる程度の器しか持っていない宇宙人が『交渉人』?
その上まだ仲間すら見つけられないような宇宙人が総責任者?
僕はアカリのリングに向かって、ズバリと言い放った。
「じゃ頑張って下さい。応援はしませんよ、僕たちは忙しいので──リング、通話終了だ」
『え、ちょ、ちょっとま』
ぶつ。
音声が途切れた。五つ目の謎まで解けてしまった。どこまで間抜けなんだあの宇宙人は。
「ユキ? 今のは?」
アカリが、ポカンとした顔で、こちらを見る。
「四つ目と五つ目だよ」
「ほえ?」
「ヤツは『交渉人』と名乗った。しかしまぁ、あれで交渉人とは恐れ入る。僕に言い負かされっぱなしのくせにね。これが四つ目。で、五つ目はリングの機能。これ地球人の僕でも使える。随分便利なものを送ってきたんだね『宇宙人』は」
僕は今日何度目かのため息をついた。
地球侵略の責任者とか言う宇宙人を言い負かした。爆弾も偽物だった。地球侵略なんて、やろうとしても当分は先の話だと言う事も分かった──責任者がヤツである限りは。
要は僕に何の関係もないと言う事だけは分かった。
問題なのは時間だ。
「アカリ、時間は?」
「……あ」
「今日の講義はもう間に合わない。言っとくけど、僕がここにいる以上ノートを見せられない」
「それはほら。私のせいじゃないし」
「僕のせいでもない」
「……明日、誰かにノート見せてもらおう。ね?」
今まで必ず出席してきた講義だったのに。
誰かにノートを見せてもらうなんてした事なかったのに。
「ユキ?」
「アカリ。今度あの男から連絡があったら即座に僕に教えろ。たっぷり説教食らわしてやる」
「……目が怖いんですけど?」
「怒っているからな」
僕はきびすを返してアパートに向かった。
「どこに?」
「部屋に戻る」
「学校は?」
「休みだ。今日はもうどうでも良くなった」
「やった! お休み!」
アカリは小躍りして喜んだ。もうちょっと大学生としての自覚を持てよ『宇宙人』。
「じゃ一緒にご飯食べよう。もうお昼だし」
僕はアカリの顔を見てこう思わずにはいられなかった。
──宇宙人って全員こんななのかな。
とりあえず僕の日常は守られた。
でもあの男は並行宇宙と言うか、空間をある程度コントロール出来る能力かその手の設備を持っている。それがリングが持つ機能なのか、もっと大がかりな物なのかは判断出来ない。
生身のケンカなら勝つ自信はあるが、科学力となるとちょっと不利かも知れない。
どちらにせよ、惑星規模でケンカするならこっちが負ける理由はない。この星は皮肉にも、自分自身を何十回も破壊出来る武器を持ってしまっている。
でもまぁ、それらを全部引き受けてくれるならこの星を差し出してもいいかな。
──それよりまずご飯だな。
人間はそんなスケールのデカイ事考えたって仕方ない。まず目の前の事を一個ずつ片付けるしかないのだ。
僕の場合、アカリが作るご飯と破壊される部屋の事を考え、そして憂鬱になった。