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INQUEST  作者: なぎのき
1/8

第一話 僕の隣人

 日常と言うのは常に誰かに破壊される。

 僕の場合、それが日常だ。

「ユキ、おはよう」

「ぐはっ!」

 明るい声がして、いきなり布団の上に僕の日常が降ってきた。僕の日常を破壊する人物が『空間ゲート』を開いたのだ。

 もう慣れっこだ。慣れっこだが痛い。こんな日常はもう嫌だ。

「……アカリ。いい加減止めなよ、こう言う起こし方はさ」

 アカリ、最近体重増えたか?

 僕の内蔵にかかる負担が日増しに大きくなって行く気がするのは気のせいか?

 ──去年は、確か四六キロだったな。

 とは言え、それをレディに面と向かって伝える事はきっと失礼だ。

 たとえ相手がアカリであっても。

 僕はごもごもと口の中で文句を垂れたが、アカリは一向に気にしている様子はない。

 と言うか、きっと聞いていない。

 この隣の二〇二号室に住む、自称『宇宙人』 松山(まつやま)アカリは、保育所以来の腐れ縁だ。

 腐れ縁だが、この起こし方は問題がある。

 もう僕たちは大学生なんだよ? 

 いきなり布団の上に乗っかって起こすのはどうなんだ?

 いつまでも小学生気分でいられてもこっちが困る。色んな意味で。

「ほれ、さっさと起きる!」

 そんな事を考えていると、容赦なく布団を引き剥がされた。

「あー分かった、分かったから。起きるから。まずそこどいて」

 僕はまずメガネを探した。どうも手に届く範囲にはないようだ。さてメガネはどこ行った?

「あー、そんな事言って惰眠をむさぼる気だね?」

 ボヤーッと見えるアカリはまだパジャマ姿らしい。ピンク色の派手な色彩が目に映った。これも何とかして欲しい事の一つだ。

「違うよ。起きますよ。着替えるんだよ。だからそこどいて」

「はいはーい」

 アカリは素直に僕の上からどいた。 

 僕は上半身を起こしメガネを探した。このままじゃどこに何があるか分からない。

 ──アカリが布団を吹っ飛ばした方向は、と……。

 案の定、アカリが引き剥がした布団と一緒に部屋の隅に吹っ飛んていた。

 ──フレキシブルフレームでよかったよ。

 今までいくつのメガネが犠牲になった事か。

 ここ最近は柔らかいフレームを選び、レンズはプラスティック製にしている。ガラス製のレンズだと、間違いなくアカリに粉砕されるからだ。

 無事メガネを装着。

 アカリは僕の布団と様々な家具や雑誌類で占められた六畳一間の空間に自分が座れる隙間を見つけ、ちょこんと器用に正座していた。

「アカリ?」

「ほい?」

「いや、ほい、じゃなくて。着替えるから向こう向いてて」

「ほい?」

 アカリは小首を傾げた。

 セミロングの栗色の髪が重力に逆らわず斜めに垂れ、赤い瞳が僕を見つめていた。

「だから、向こう向いててってば」

「何で?」

 ──何でって……。

 この『宇宙人』は、どうも常識が通用しない。その上学習機能が未搭載だ。

「これから僕は着替えるんだよ? それをじっと見ているのはどうなんだ?」

「んー? 私は気にしないけど」

「僕が気にする」

「ユキは恥ずかしがり屋だね」

「……普通、恥ずかしがると思うけど」

「そかな?」

 アカリは、傾げた首をさらに傾げた。

 ──恥じらいがないのか! お前は!

「普通そうなんだよ! 毎朝言ってるだろう! いいからあっち向いて!」

 僕はアカリの後ろを指を差し声を張った。

 対して、アカリの態度はどうにもズレていた。

 やれやれと肩を竦め、本当に仕方ないと言う態度だった。

「じゃあ、四〇秒で支度して」

「何だよその四〇秒って」

「特に意味ない」

「……」

 ──黙ってれば何も言う事ないんだが……。

 そうなのだ。アカリは目鼻立ちもよく色白だ。ちょっと大きめな目が本人曰くのチャームポイントなのだそうだが、客観的に見てもそれなりに可愛い部類に入るだろう。

 寝起きなので化粧なしで髪の毛もボサボサのままだが、それが逆に可愛さを押し上げている。

 もちろんこの事を本人に言うつもりはない。拡大解釈をされては大変困るからだ。

 僕はアカリが向こうを向いたのを確認し、大急ぎで着替えながらそんな事を考えていた。

 このアパートに越してきた初日、アカリは僕の目覚まし役を買って出た。

 別に僕がお寝坊さんなわけではない。

 世の中には『目覚まし時計』と言う便利なものがあり、僕はそれさえあればきちんと起きられる。

 だが僕はこう考えた。

 僕を起こすと言う事はアカリが起きなければならない。つまり僕としてはアカリを起こす手間が省ける。一石二鳥だと思ったのだ。

 それに、せっかくの厚意を無下にはできないかなと思ったし、「ユキ、朝だよー」とか「ユキー、起きてー」「ねーユキー。遅刻するよー」などの可愛い声で起こされるのなら悪い気はしない。いかに相手がアカリであってもだ。

 ところが、その『起こし方』が僕の予想の斜め上をいっていた。

 これは僕の考えが甘かったと言わざるを得ない。

 その方法とは、『空間ゲート』を使って僕の寝床の直上に『穴』を開け、そこからアカリ自身が『落下』してその衝撃で僕を起こすと言う、SF的かつもっとも原始的な方法だったのだ。

 おかげで僕は毎朝爆撃に晒される。

 さらにその交換条件として、朝食をこちらで用意すると言う約束をしたものだから大変な事になった。

 アカリは朝食が済むまで僕の部屋から一歩も出ないのだ。

「アカリさん? そうじっと見つめられると着替えられないんですけど」

 幾度となくそう言った事か。

 アカリはその問いに対して必ずこう答えるのだ。

「何で?」

 どうも宇宙人には『恥じらい』のロジックは学習機能同様未搭載らしい。

 とにかく僕は四〇秒以内に着替えを済ませ、アカリに声をかけた。

 四〇秒の理由は聞く気にもならなかった。きっと聞いても頭痛のネタにしかならない。

「もういいよ」

「三八秒。おお、早いね」

 アカリの手にはなぜかストップウォッチが握られていた。

 ──なぜ時間を計る? なぜ感心する?

 僕は寝起き早々のこの状況に軽い頭痛を感じた。眉間に皺が寄るのを抑えられない。

 そんな当人は苦悩する僕を見ても一向に気にする様子はない。

 それどころか。

「今日の朝食は?」

 いい意味でマイペースとも言えるだろう。僕は好意的に解釈する事にした。これ以上のストレスはごめんだ。

「……いつものスクランブルエッグとサラダとトースト……あ、パンの買い置きがないな」

「パン? ちょっと待ってね」

 アカリは『空間ゲート』に手を突っ込んだ。手を戻すと六枚切りの食パンのパッケージが握られていた。

 何とも便利な代物だった。

「じゃ、後はよろしく! パンは私が焼く!」

 朝から元気いっぱいなアカリだった。

 

 *


 僕は 金堂(こんどう)ユキト。普通の大学一年生だ。

 僕の幼馴染にして自称『宇宙人』の松山アカリとは、それこそ保育所の頃からの付き合いだ。

 物心ついた頃、何となくアカリの行動が他と違うなーと感じ始め、どこか変だなーとは思っていた。

 だが僕はアカリを他者と区別した事はない。

 何事も当たり前になってしまえばそれが日常なのだと思う。

 そう考え出したのはつい最近だが。

 おっとと。スクランブルエッグが焦げる。

 僕はフライパンの中の卵を適当に混ぜつつフライ返しで二つに分けた。

 ──うんいい頃合いだ。

 それぞれ皿に盛りつける。サラダ用のレタスとトマトは既に盛りつけ済みだ。

 後はパンが焼けるのを待つだけ。

 これだけ聞くとほんわかしているように感じるが、実態は大いに異なる。

 ──そろそろかな?

 僕は耳を塞いだ。

 そして次の瞬間、隣の部屋から凄まじい爆音が鳴り響いた。

 パンが焼けたらしい。

 理由は一切不明だが、アカリが何か料理すると部屋を木っ端微塵にする『癖』があった。

 それはトースターも例外ではない。電熱線でパンを熱しているだけなのだが……。

 それを『癖』と言っていいのか、そもそも何か調理法に特徴があるのか。

 ともあれ。

 理由は不明だが、部屋が壊れるのは確かだった。

 さらに。

 それもしばらくすると元に戻ってしまうのだ。

 アカリは「世界の復元力って凄いね」とか意味不明な事を言うが、何の事かさっぱりだ。

 僕は既に理屈でアカリを扱う事を放棄している。

 いくら僕が何かを言ったところで、アカリはアカリであり、別な何かに変わるわけではないからだ。

 さぁ朝食が完成した。

 僕とアカリは小さなテーブルに対面で座り、トーストとスクランブルエッグ、サラダを前に手を合わせた。

「いただきます」

 何事もこの世の全ては曖昧だ。境界なんて人間が勝手に引いた物だ。はっきりしているのは、目の前のトーストが大変美味しい事だけだ。

 ──人間なんて、こんな小さな事で満足してしまうんだなぁ。

 まだ寝ぼけている頭で、僕はそんな事を考えていた。アカリはそれすらも考えていないに違いなかった。


 *


 話はちょっと遡る。

 僕が大学を受験しようと、受験勉強に本格的に着手した時の事だ。

 つまり高校三年の夏ごろ。

 当時同じクラスだったアカリが、僕に声をかけてきた。

「ユキ、ちょっと」

「何?」

「あの……」

 なぜかアカリはモジモジしていた。

「何だよ、どうしたんだ?」

「あのね……ちょっと、相談がある」

 アカリはいきなり僕の手を引っ張って校舎裏に連れ出した。

 授業中だった。

 先生を含めクラスの皆が冷やかしやら何やら発していたが、僕はそれどころじゃなかった。

 ──今度は一体何だ。

 アカリの突飛な行動にはすっかり慣れていたはずの僕だったが、今回ばかりは嫌な予感を感じていた。そして大概悪い予感と言うのは的中するものだ。それが当時の僕が出した結論だった。

 そしてやっぱりその予感は的中した。

「ユキに今まで黙っていた事があるの」

 アカリはしおらしく、両手をモジモジと動かしながら足下を見つめていた。

「それに今後の事も相談に乗って欲しいの」

 何だこの状況。

 今後の事って何だ?

 僕はなぜか焦った。

 目の前の腐れ縁の幼馴染みは、なぜか頬を赤らめ、とにかくモジモジしている。

 僕には、四〇名程の視線が注がれていた。どうやら校舎裏の角の向こうで聞き耳を立てているらしい。何やら後頭部がちくちくした。

 ──絶対何か期待している。

 僕は確信した。だがきっとその期待には応えられない。嫌な予感があったからだ。

「ユキ。いや金堂ユキト君」

「何だよ」

 僕はぶっきらぼうに応じた。

「いやそこは、はい、とかさ。ちゃんとしてよもう」

 いちいち形に拘るアカリだった。

「……はい……」

「よろしい」

「で?」

「で?」

「だから、何?」

「ああ!」

 ──お前、頭大丈夫か?

 僕は本気で心配になった。

「失礼ね、ちゃんと考えてますよ」

「……なぜ、僕の考えが分かる?」

「何年付き合ってると思ってんの?」

(ひゅーひゅー)

 後ろから口笛らしき音が風に乗って聞こえてきた。

 僕はそれを無視する事に決めた。

「で、用事は何?」

「うん、あのね」

「うん」

 僕はだんだん面倒になってきた。

「私ね」

「うん」

 これでつまらない話だったら土に埋めてやろうと思った。

「宇宙人だったの」

「……うん?」

「今朝知らされたのよねー。どうりで行く先々で物が壊れたり、消えてなくなったり、時々ユキの考えが読めたりすると思ったら。目の色も日本人の色じゃないし。お母さんに聞いたら、あんたは宇宙から来た隕石にみたいなのに入ってたのよって言うじゃない。これはもうスペースオペラだわ。SFの世界だわ。もう宇宙人もびっくりなのよ」

 それは僕もびっくりだ。

 薄々どこか人と違うと思ってたけど、ここまではっきり言われると何も言い返せない。

 それを突然娘に告げるおばさんもおばさんだと思った。

「でね? これからはそれをオープンにして、自分の一個性として売りにして行こうと思うわけよ」

「ああ、それで?」

「研究素材しては申し分ないでしょ? だから、それならユキと同じ大学に行けるかなと思って」

 ──ああ、そう言う事か……。

 僕はなんとなく会話の先が読めた。

 ──世間はそんなに甘くない。それを諭す必要があるな、この『宇宙人』に。

「ああ、それで?」

「……ええとつまり、勉強しなくても大学の研究に協力すると言うか何と言うか……」

「そ れ で ?」

「ごめんなさい」

 アカリは素直に謝った。どうやら僕が第一志望として挙げている大学にどうにかして一緒に行きたいと言っているらしい。

 でもいくら宇宙人でも、大学受験はそんなに甘いものではない。

 ──ここは仕切り直しだ。

 僕は足を踏ん張りアカリに向き直った。

 そしてメガネを直し、アカリを見据えた。

 アカリの赤い目が僕の視線と重なった。

「いいか、アカリ」

「……はい」

「よしんば、お前が宇宙人だったとしよう」

「……はい」

「日本の大学はそんなに甘くない。受験をすっ飛ばして入学させる程の余裕なんてない。しかもだ」

「……うん」

「今時、宇宙人の研究なんてしている大学はない。人類学だって全容を解明しているわけじゃないんだ。それを他の星の事まで手を伸ばしてしまったら本末転倒だ」

「……はい」

「だから僕と同じ大学に行きたかったらまず勉強だ。アカリはそんなに頭は良くはないが悪いわけじゃない」

「それ褒めてるの? けなしてるの?」

「問題をすり替えない!」

「……はぁい」

「とにかく。少なくとも僕に追いつく事。それを目標して勉学に励め。宇宙人云々はそれからだ」

「えー……」

「お前なぁ。楽して大学進もうなんてそもそも考えが甘い。僕はそんな風にアカリを育てた覚えはない!」

 もちろん育てたのは、アカリのお父さんとお母さんだが。

 だがそんな事はアカリにとってはどうでもいいらしい。

「うん分かったよ! 私、頑張る!」

 元気よくポジティブな答えが返ってきた。

 ──よし。言いくるめた。

 話は終わった。

 僕の後ろにいたクラス全員の気配が、期待から落胆に変わった。

 だから嫌な予感は当たるんだ。僕の場合は。


 *


 その努力の甲斐あって、何とか僕と一緒の大学に進学した。

 そこまではいい。

 僕たちは、なぜか同じアパートに住んでいた。

 もちろん部屋は違う(当たり前だ)。

 同じアパートの理由はシンプルだった。

 アカリを放置するとどうなるか。世間様に迷惑をかけやしないか。

 それが僕とアカリのご両親の出した結論だった。

 アカリは書類上の一親等とは言え、両親にも信用がないのだ。

 曰く。

「アカリが独り住い? そんなのは無理だ。暮らせるはずがない。だが、ユキト君がついていてくれるなら許そうじゃないか」とおじさん。

「そうね。ユキト君が一緒なら」とおばさん。

 こんな感じで、高校受験の時とほぼ同じような既視感を味わった。

 そして今。

 アカリはせっせと毎朝僕を起こし、朝食を食べ、大学に通う日々が続いている。

 空間ゲートの使い方を覚える前は、わざわざ僕の部屋の鍵を『こじ開けて』起こしに来ていた。

 それが空間ゲートを開くなどと言う便利な方法を発見して以来、僕は毎朝アカリの爆撃に晒される日が続いている。

 部屋の外でもそれを使おうとするので僕からすればヒヤヒヤものだが、アカリにも一応『思慮分別』があるらしく、使う時は人目につかない所を選んでいる。

 とは言え、いつバレるかと思うと気が気ではない。

 宇宙人、と言うか高度に科学が発達した地球外生命体と言う定義が正しいのだろうが、アカリがどこまでその『発達した科学』を理解しているのかは不明だった。

 アカリが言うには、亜空間を自在にコントロール出来るらしく、そこから色々とわけの分からないアイテムを出したりしまったり、空間ゲートなんてのをあちこちに開けて、瞬間移動したり出来るらしい。

 色々便利そうなので、僕もたまに使わせて貰っている。

 それくらいは、ちょっとだけなら……。 

 それはともかく。

 僕とアカリは、朝食を済ませ大学に向かった。

 道すがら、自然とアカリの話題になった。

「そもそも、何でアカリは地球に来たんだ?」

「うーん……。私も分かんないのよね。お母さんに聞いても」

 アカリは袖をまくって、腕に着けている金色のリングを見せた。

「お母さんが言うには、これが隣に置いてあったって言うだけだし」

「そのリング、何なんだろうね?」

「さぁ……たまに光ったり、わけの分からない言葉で喋り出したりするけど、私にはさっぱり」

 宝の持ち腐れかも知れない。

「……今、バカにしなかった?」

「いえいえいえ」

 僕は首をブンブンと横に振った。

「この地球にはアカリの他に何人くらいいるんだろうね」

 宇宙人が、とは言わなかった。

「うーん、日本にはいないようだけど、女の人がいるみたいね。リングからたまに英語の声が聞こえるし」

「英語で? それは初耳だな」

「でも、私には分からないし」

 すっかり日本人化した宇宙人。何の役に立つのかな?

「ユキ?」

「いや──今度喋り出したら録音してみて。翻訳してみるから」

「分かった」

 この金色のリング。これは、かなり厄介と言うか、便利と言うか、困った代物だった。

 アカリがこの大学に入学出来たのも、このリングのおかげだ。

 本人の名誉のため誓って言うが、カンニングに利用したのではない。

 一時的に脳の活動を活性化させる機能があるらしく、どんな難しい問題でも一瞬で解いてしまう。

 ただ副作用と言うか、反動があって、その後はしばらく寝込んでしまうらしい。

 まぁどんな物でも、便利な反面、何かしらの犠牲は付き物だと思う。

 ともあれ、どうにも謎の多い人物(?)である事には違いない。

 それでも放っておくわけにはいかない。誰かがちゃんと監視しておかないと、周囲にどんな迷惑がかかるか分かったものじゃない。それが腐れ縁で幼馴染たる僕の役目だと思っている。アカリがどう思っているかは知らないが。

 とにかくこの風変わりな幼馴染みは、いつも元気良く僕と行動を共にする。僕が振り回される事の方が圧倒的に多いが、それも僕の日常だ。

 深く考えない。

 潔く割り切る。

 考えてダメなら諦める。

 それが十数年宇宙人と一緒に過ごして来た僕の行動指針だった。

「ユキ、ちょっとちょっとちょっと」

 見ると、アカリが空間ゲートから何かを引きずり出していた。随分大きい。遠目で、何となく武器に見えなくもない。

「……アカリ、それは?」

「え? 何か、さっき届いたみたい」

 宅配便じゃないんだから、届いたとか言われても……。

「ちょっと手伝って」

「はいはい」

 僕はアカリと一緒に、その物体を空間ゲートから引きずり出した。

 それは、ゴトンと重い音を立てて路面に転がった。

 ──何だ? ミサイルみたいだけど?

「これ、何?」

「ちょっと待ってね」

 アカリはまた空間ゲートの中に手を突っ込んで、ごそごそ何かを探していた。

「あった」

 見ると、それは『取り扱い説明書』だった。ご丁寧に日本語と英語で書かれていた。

「惑星破壊装置 Planet Buster」

 ──は? 惑星破壊?

「これ、爆弾じゃないのか?」

「え?」

 僕はアカリから説明書を引ったくった。

 ざっと読む。

「……これ、ホントに爆弾だよ」

「え……?」

「一向に地球政府との交渉が進まないから、武力行使するって書いてある」

「え……?」

「アカリ。お前の役目ってさ、もしかして地球侵略?」

「え……? 知らない、けど……」

 そうだよなぁ。知らないよなぁ。知ってればここにいないよなぁ。

「全部で六つあって、それぞれに送ったって書いてある。つまりお前の他に最低五人いるって事だ」

「誰が?」

 アカリが首を傾げた。こいつはバカなのか?

「宇宙人がだよ!」

「おおー」

「何感心してる! そんな場合じゃないぞ、これは」

「でも、使い方知らないし」

「このボタン押せばいいらしいが……」

 その装置には、いかにもって感じで赤いボタンが付いていた。

 だが見た感じどうにも安っぽい。

 昔のSFで良く見るゴテゴテした外観。しかも外装材はプラスティック見える。

 その上、意味があるようでないようなLEDランプ。

 簡単に分解できそうな大きなネジ。

 そして極めつけは大きな赤い丸いボタン。それにはボタンカバーすら付いていない。

 ──これ、間違って押したら大変だろうに。

「押したら大変だよね」

「大変だろうね」

 僕たちは頷き合った。

「とにかく片づけよう。こんなのがあっても物騒だし。何より邪魔だし」

「そだね」

 僕たちは、何とかそのプラネットバスターとやらを亜空間にしまい込んだ。

「これ、誰かが発射したら大変な事になるぞ?」

「そうだよね」

「皆が皆、アカリみたいに能天気なわけじゃないし」

「……ユキ?」

 アカリの赤い目が殺気を帯びた。が、僕は無視した。

「真面目に地球侵略を考えてるヤツもいるかも知れない」

「……!」

 何があっても能天気なアカリが、真面目な顔に変わった。珍しい事だった。

「私だってちゃんと考えるのよ? 一応女子大生なんですからね」

「……言われて見ればそうだった」

「ユキト君?」

 アカリはまっすぐ僕を見た。赤い目が凶暴に光っている。

 ──ありゃ? 怒ったかな?

「や、ごめん言い過ぎた」

 僕は素直に頭を下げた。

「……それより、これの事考えないと」

 おお! アカリがまともな意見を言っている!

「ユキ?」

「いやいやいやいや。そうだねぇ。まさか警察に届けても意味ないしね」

「むぅ……。私たちだけで何とかしないといけないかなぁ?」

「僕たちだけで?」

「だってこの事知ってるの、私とユキだけだし」

 この事とはアカリが宇宙人だと言う事だ。こればっかりは誰かに知らせても信じてもらえないしなぁ。

「他の宇宙人とコンタクトは? っと言葉の壁か」

 僕はちょっと考えた。

 この件は僕たちだけでは対処出来ない。

 もしさっきの装置が『本当』に惑星破壊兵器なら、僕たち以外の誰が起動してしまえばそれを止める手段がない。

 かと言って政府や警察に頼るのは無理だ。きっと信じてくれない。

 そうすると選択肢は限られてくる。

 どうしてもアカリと同じ立場にいる宇宙人とコンタクトを取る必要がある。

 となれば、期待すべきは不思議機能満載のアカリのリングだ。

 空間ゲートを開けたり、六枚切りのパンを取り出せたりと、色々な機能がある。今知った『宅配』機能もある。たまに英語で会話する声が聞こえると言っていたから、きっと通信機能があるんだろう。

 とは言え、プラネットバスターとやらを配送したり受け取ったり出来るのは、ある意味脅威だ。

 リングを持っている人物(?)の元に爆弾を即座に届ける事が出来る。空港とかの検問を欺けるので、テロにでも悪用されたら大変だ。

 そんなわけで、僕はリングの通信機能に賭けてみるみる事にした。

「アカリ」

「ほい?」

「そのリングに向かって何でもいいから呼びかけてみて」

「何て呼びかけるの」

「何でもいいんだ。聞いてますか、でもいい。とにかく呼びかけて」

「……分かった」

 アカリは、リングに向けて色々呟いた。「聞いてますか?」「誰かいませんか?」「私はアカリって言います、あなたの名前は?」「宇宙人を信じますか?」等々。

 そして五分が経過した。

「ダメ?」

「ダメ。応答なし──って、あり?」

 リングが急に輝き出した。誰かがアカリの言葉に引っ掛かったのかな?

 その光は空間を押し広げ、人が通れる程の大きさになった。

「……これは、入れって事かな?」

「うーん」

 僕は正直迷った。

 もしこれが何かの罠だったら。

 これが罠であれば、地球人である僕にはきっと対処出来ない。アカリだってきっと対処出来ない。僕たちは地球人としての常識に縛られているからだ。

「どうする、ユキ? 行く?」

 アカリは頭の後ろに手を組み僕を見た。僕に決めろと言っているらしい。

「……仕方ない」

 僕はため息をつきつつ、アカリと一緒にその光へ足を踏み出した。

 多分僕の日常が粉々に破壊される。

 そうなる可能性は出たとこ勝負だ。

 そう思いながら。

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