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 目が開く。そう時間は経っていないだろう。

 暫く虚脱感に見舞われながらリコはぼんやりと暫く洞穴の天井を見つめる。

 恩人であり最高の親友の言葉が何度も心の中で反響する。

 リコは感傷に浸るように目を細めた。


「人間の良さ、か……」


 昔と比べるなら心身共に成長し、だいぶ落ち着いた方ではあったが未だに心の底から気を許せるような相手はそう多くない。

 記憶の映像が浮かび上がる。

 あの時、聖騎士団は救いの手を差し伸べてくれなかった。

 何となくその真意はわかっている。

 自分の持つ正義より価値観の高い物を手渡されればその正義は即座に濁り、崩れ落ちてしまうだろう。

 あの聖騎士団はそういう連中だった。


「そんな軽い正義、でかでかと掲げてんじゃねえよ……くそったれ」


 知らない内に体中、嫌な汗でぐっしょりになっていた。

 下着が肌にへばりついて気持ち悪い。仕方なくコートのファスナーを下ろし、コートとじとりと湿った下着までを脱ぎ捨てる。

 背嚢からハンドタオルとボトルを取り出すとボトルの水をタオルに染み込ませた。


「まったく、さっきシャワー浴びたのにもうこんなに汗だくだよ」


 軽くタオルを絞った後に首の後ろから胸の前までタオルを滑らせ、肌の上の汗を拭き取っていく。ひんやりと冷たさを纏ったタオルが心地良く、冷たさが失われない内にせっせと体を拭き上げていった。

 ふと、リコは自分の左腕に目を落とす。昔の小枝のような腕が嘘のように肉付き、薄らと引き締まった筋肉すら付いている。生活一つ変わるだけでここまで変わるものだ。それはリコ本人が一番驚いていたことだった。

 一通り体を拭き終え、替えの服に着替えると、パニッシャーを手に取った。

 一瞬、魔力による高揚感に煽られるが慣れもあって、すぐに落ち着いた。

 休息は取れた。これから厳しくなるだろう。ダンジョン攻略に備えてより一層、リコは気を引き締めた。

 パニッシャーを背のホルダーに納めるといよいよダンジョン攻略は再開した。

 洞穴の出口から辺りを見回し、何もないのを確認すると、こっそりと洞穴を後にする。また、人喰い植物のような魔族に襲われてはいくら休息を取ってもキリがない。

 冒険者達の足跡は途切れてしまっていたが、幸いにも今回のダンジョンは特別入り組んだものというわけでもなく、基本的に一本道に偶に分かれ道がある程度なので無駄な体力を使う必要もない。

 魔力探知能力に長けているなら魔力の濃い方を選べば必然的に正解の道は開けてくる。

 生憎リコは魔力探知能力は贔屓目に見ても高い方ではないがこうも構造が単純なら直感的に肌で感じる魔力の方を選べば良い。

 端から見れば適当に見えるその行動も割と理に適っているのである。それをリコが自覚していることなのかは怪しいところではあるが。



 歩くこと丁度一時間。一向に中層に続くようなものは見えないどころか、同じところを行ったり来たりしてるような気さえするぐらい景色に変化がない。

 先程から魔族と遭遇しないのも気掛かりだった。


 迷った?いや何か違う。違和感を感じる。こうも単純なものなのか。嘗て難攻不落とまで謳われたダンジョンが此処まで単調な迷路でしかない。何かがおかしい。


 首を巡らせて辺りをよく観察する。

 神経を研ぎ澄ませ、その景色を、物音の一つ一つを、空気の流れまで何もかもをジッと観察し続ける。

 昆虫型の魔族が壁を這って動いている。それを待ち構えているように壁の隙間から伺っているのは小型の肉食植物だろう。

 リコの研ぎ澄まされた聴覚は壁を擦る音すらも拾い、肌で空気の流れを感じ取る。

 ふと、耳に不可解な音が飛び込んできて、その音の方角にリコは目を向けた。

 早足で音の方角に歩いていくと、十字路に差し掛かり、直感で選んだ道を突き進む。

 何となくだが、今行ってる道は当たりな気がする。勘でしかないがこのまま行けば何か道が拓ける予感が心の奥で込み上げていた。

 何度目かの分かれ道、再度神経を研ぎ澄ませ、進むべき道を探る。ここで道を誤れば二度と正解は訪れない。そんな気がした。

 じっとしたままリコは耳を澄ます。

 すると、再び不可解な音がリコの耳に入り込んできた。

 ギギギという物体同士が擦れ合うような重低音が先程よりも鮮明に聴こえ、リコの耳朶を震わせていた。

 リコは目を細める。分かれ道の境目に何やら細い亀裂が走っているのだ。


「もしかして……次元の裂け目!?」


 話で聞いたことは何度かあったが、実際に見るのはこれが初めてのことだった。

 空間がひび割れたかのように裂け、その間からは虹色の液体が複雑にうねっているかのような現象が起きている。それはまるでダンジョンの入口に酷似していた。

 そして、話で聞いたことが事実ならばこの次元の裂け目は次に進むための鍵と見て間違いないだろう。

 背に携えたパニッシャーの柄に手を掛ける。


「断ち切れパニッシャー!」


 魔力をパニッシャーに充填し、その力を解放する。

 刹那、ピンッと空気を切り裂くような音と共にリコのパニッシャーは次元の裂け目を切り裂いていた。

 裂け目は文字通り横一文字に切り裂かれ、別の空間へと続く次元の穴が開通する。


 丁度人一人分が入る程の穴は、既に修復が始まり、ギギギとまた鈍い音を立てて、修繕に取り掛かっていた。

 これがダンジョン内での仕様かどうかは不明だったが、この穴を利用しない手はリコの中にはなかった。


 一呼吸置いて覚悟を決めると、何の躊躇いもなしにリコは次元の穴に飛び込んだ。

 次の瞬間、目の前がぐにゃりと歪む。平衡感覚が麻痺し、どちらが上で下なのかも解らなくなる。

 立っていられない。立ってすらいないのかもしれない。気持ちの悪い浮遊感と不安感。ダンジョンの入口とはまるで違う不親切で暴力的な、まるで嵐の日の荒波に投げ出されたような感覚に思わず吐き気を催す。

 意識までは持ってかれまいと必死に耐えるが出口も見えない。このまま無限にこの空間をさ迷うのではないかと思った直後、突然視界が真っ白な光に包まれた。

 チカチカと目の前が明滅し、体にズシンとした重みが伝わってくる。

 視界が開けたのは、次元の穴から放り出された後だった。

 無様に地に倒れ込み、リコは額に手を当てながら呼吸を整える。


「あー……もう、何だってんだよ……」


 ここまで酷いものとは予想だにしていなかった。心境は宇宙旅行から帰ってきた直後のものに近いだろうか。

 体が重く、立ち上がることも難しいものだ。

 リコは仰向けの体制になって周囲を見回した。

 石造りの建築様式だった下層とは打って変わって、辿り着いた場所の壁面はより近代的な金属質な物体で出来ていた。薄い琥珀色のそれは艶やかに輝いており、一種の宝石のようだ。

 近寄って色々と観察してみたいものだが、如何せん体に力が入らないお陰で近付くことすら叶わない。

 小さな溜め息が漏れ、リコはその場でぐったりと寝転がった。


「何はともあれ、少しは進んだかな……」


 今のところ、消耗も少なく進展度から言えば及第点だろう。

 寧ろ下層から躓いていてはダンジョン攻略など夢のまた夢でもあるが。

 手痛い足止めを食らってはいるが時間さえあれば直に万全に戻るだろう。

 気怠さはあったが少しながらの余裕と安心感がリコの中に芽生えていた。

 そして、数十分の時が過ぎた。ダンジョンの中は恐い位に静かで、幸い、魔族がやってくることはなかった。悩ましい頭痛も消え去り、上半身から腕に掛けて、力を取り戻しつつあることを確認すると、リコは這いずるようにして、金属質の壁まで移動し、背を預ける。

 先程から気になっていた琥珀色の壁を撫でてみたり、軽く叩いてみると、壁はゴツゴツとリコの手を押し返してくる。

 触ってみた感じだと、壁はとても滑らかで、更に硬度も相当あるようだ。よじ登ったり、破壊するのは容易ではなさそうだ。

 もし自分が本気でこの壁を破壊しに掛かったらどうなるか?そんなことを考えながら、時間を潰そうとしていた。

 しかし、リコの思考は直ぐに別のものに切り替えられた。


「今……足音が?」


 一瞬、何かが素早く駆けるような足音がして、消えた。

 瞬時にリコの警戒が強まったが、まだ下肢に力が入らなく、今襲われたとして、まともに戦えるかは怪しいところだ。

 すると、足音の主はリコが動けないことに気付いたのか、隠密性を解き、ひたひたと足音を立て、距離を詰めてくる。

 しかも相手は複数いるようで先頭を切る一体の後ろを幾つもの足音が(せわ)しく耳に入ってきた。


 リコは鼻をひくひくと動かし、表情を曇らせた。

 それは途方もない野生の臭い。

 足音の主達が姿を現し、リコは深く嘆息を吐いた。

 四つの足からは、獲物の肉を引き裂く事に特化したような爪が飛び出しており、丸っこい体や長い鼻面、全体的に焦げ茶色の毛並みから狼というよりは、ハイエナに近い形をしている。

 ただ人間界のハイエナとは違いその大きさは二回り近く本来のものより大きく、元からある二対の眼の他にもその側面をカバーするように二つずつ眼が着いており、計六つの眼を有していた。

 恐らく魔族のランクで言うならC級中位~上位程度だろう。

 万全の状態なら決して遅れは取らないだろう。しかし今のリコは万全とは程遠い状態にあった。

 瞬く間に周囲を取り囲まれ、ハイエナ達の得意な状態へと持ち込まれる。


「意志の疎通は……無理か」


 B級上位程度までくれば生物として意志を持ち、話の分かる者も少なくない。

 だが今相対しているハイエナ達はそういう類ではないらしい。

 粗い吐息を漏らし、今にも飛びかかってきそうな勢いで、仲間に『なぁ、まだ駄目なのか?』と言いたげな視線を送っている。

 リコはあくまで冷静にハイエナ達の数を目で追って数える。


(五、六、……七体か、多いな)


 表情にこそ出さないが内心うんざりとしていた。別に面倒くさいとは思わない。ダンジョンに身を置く以上は困難の連続も想定の内だ。

 痺れを切らしたのか、ハイエナの内の一匹がリコに飛びかかった。それは完全な独断での行動だったのだろう。他のハイエナ達にも想定外といったようで、味方の想定外の行動に脚を止めてしまっていた。

 自己の欲望の為、集団の輪を乱し、あまつさえ多対一での優位性を放棄したその浅はかさ、その代償として待っていたのは、死だった。


「ふっ!」


 迫り来る爪と牙を身を屈めて回避すると同時に魔力を纏った突き上げるような左の掌打がハイエナの顎と牙、そして頭蓋を粉砕する。パッと血の飛沫が上がり、金属質の壁とリコの顔を濡らす。


「どうした?手負いの獲物に気を緩めたか?」


 生憎(あいにく)魔力は十分にある。たとえ下肢の踏ん張りが効いてない掌打であっても、左手に込められた魔力によってその破壊力は計り知れないものとなる。


「パニッシャーを使うまでもないよ。かかっておいで」


 実際はこの体勢では満足にパニッシャーを振るうことが出来ないことが最たる理由なのだが丁度いい理由付けになった。

 挑発的に左手を差し出し手招きをする。ハイエナ達は暫く動揺し、一瞬目の前の獲物を諦めかけていたが、己の食欲には勝てなかったようで、各々四肢に力を込め戦闘準備を完了させた。

 リコはハイエナ達に気を配りながらも下肢の具合を確かめる。弛緩しきっていた筋肉は徐々に力を取り戻していたが本調子には程遠いと言える。それでも、C級数体相手取るに不足はない。


 リーダー格と思われる一回り大きなハイエナの号令と同時に部下のハイエナ達はリコに飛びかかった。


 だが、リコの正面に位置するハイエナの目の前に飛び込んできたのは味方の遺骸だった。

 それがリコによって投げ込まれたものと気付く頃には完全に出鼻を挫かれ、一匹のハイエナは短い悲鳴と共に遺骸に衝突し、地に転がる。


 まずは正面の一匹を足止め。次にリコは左手に魔力を集め、地に深々と指先を沈める。


「そぉら!」


 めきりと大地が隆起する。要は卓袱台(ちゃぶだい)返しの要領だ。地がひび割れ、無数の石の(つぶて)が右半分のハイエナ二匹に飛来する。何とか回避しようと試みていたようだが、如何せん空間に散りばめられた礫の密度は獣の反射神経を以てしてもかわしきれるものではなかった。

 爪や牙を砕き、石の礫がハイエナ二匹に食い込む。思わず同情すらする惨状だったがリコは即座に残りの右の三匹のハイエナに意識を向ける。

 仲間がやられようと、脚を止めはしない。獲物を狩る絶好のチャンスを彼等はみすみす逃がしはしないのだ。

 こちらも小細工を労するのはここまで。

 中級魔族六匹を相手取るか三匹を相手取るかでは当然ながらその大変さも大きく違ってくる。

 編隊を組み、タイミングをズラしながらハイエナ達は獲物であるリコを牽制しながら三匹がしきりに吠え猛る。


「いいから来なって。欠伸(あくび)が出そうだよ?」


 言葉が通じるわけではなかったがハイエナ共の()せるような呼気が鬱陶しく感じる苛立ちからリコは毒を吐いた。

 結果、一匹が仕掛けた。リーダー格の指示か、よく統率の取れた動きだ。その傍らでもう一匹が隙を伺うようにじっと此方を観察している。

 つまり仕掛けた一匹は陽動、続く二匹目からが本命と見るのが当たりか。

 一匹目唾液の滴る牙を剥き、大袈裟なくらいの特攻をかける。適度な緊張、上半身に力をたぎらせ敵を迎え撃つ。

 突き出された前足をいなし、即座に身を(よじ)ってハイエナの側面に回り込む。図らずして、二匹の死角を作り出すことに成功すると、ハイエナの首根っこを鷲掴みにし、次の瞬間、常人ならざる怪力でハイエナの頸椎をねじ切った。

 最後の脈動で何を思うか、知ったことではないが、とにかく二匹目の始末を完了する。

 死体を押しのけ、視界を確保すると、目の前いっぱいに広がるハイエナの牙に思わず短い悲鳴が漏れる。


(こいつ…!死角を利用して……)


 頬に生温い唾液がへばりつき、咄嗟に差し出した右腕にはその鋭利な牙が深々と肉を貫いていた。


「くっ…!このっ!」


 痛みと嫌悪感に瞳を細め、リコは懸命にハイエナを引き剥がそうとするが、まるで万力のように腕に食らいつく力は獲物を仕留めるというよりは足止めすることが目的のようだ。

 そこで漸くハイエナ共の意図に気付いた時には遅かった。

 陽動の次も陽動、どちらかで獲物の意識を逸らしたところで本命をぶつける。


「ミスった……!」


 目の前を巨大な影が覆う。改めて対面するとその大きさは屈んだ状態からだと見上げる程あり、毛並みも艶があり、やや鮮やかな色をしている。

 仕上げとばかりにリーダー格のハイエナは前足でリコの胸を踏みつける。

 ミシミシと骨に亀裂が走るのを感じ取り、肺の中の空気が押し出され一時呼吸が出来なくなる。

 爪が胸の中にズブリと沈む。感覚的には大振りのナイフを三本同時に刺されたようなものだろう。激痛に四肢がガクガクと痙攣し、体内から口の中に夥しい量の血液が流れ込んできた。


(クッソ、こんなところで………)


 こんな時でも力の入らない下肢をリコは呪った。一部内臓をやられたようで魔力のコントロールもまともに出来なくなっていた。

 いよいよ諦め時か。

 自嘲気味な笑みが零れ落ちる。思い返せば酷い人生だった。幾度の苦難を乗り越えてもその先に待つのは更なる苦難、そして苦痛。

 今ここでダンジョン内の食物連鎖に巻き込まれ楽になるのならそれも良いのかもしれない。


「…………そんなわけないだろうが!!」


 ブチリと頭の中で何かが切れた気がした。

 ハイエナの牙がリコの首筋にあてがわれる直前、右腕に渾身の力とガタガタな魔力を込めて腕に噛み付いたハイエナをリーダー格にぶつけた。

 リーダー格は横転し爪が引き抜かれ、右腕のハイエナも衝撃に喘ぎながら吹き飛ばされる。

 口に含んだ血を吐き出しながら、狙いをリーダー格に定めるやリコは上体を起こして左腕に魔力を込めた。ちぐはぐな状態ながら左腕の魔力を爆発させ、その推進力で飛ぶと、リーダー格のハイエナに馬乗りの体勢へと持ち込む。

 暴れさせる暇も与えない。左手に力を込め、頭部目掛けて殴りつける。ただただ殴る。二発、三発と魔力を込めて。

 頭蓋の砕ける感触が拳を通して伝わり、リコは愉悦に浸るような凶暴な笑みを見せた。

 既に事切れた群れの長にダメ押しの一発を入れ大きく深呼吸すると、リコは部下のハイエナ達に目を向けた。


「君達の親分こうなってるけど、まだやる?」


 挑発すると同時に威圧する眼光を受けて、ハイエナ達は竦み上がった。しかし、己の空腹が恐怖に勝ったらしく受けて立ったとばかりに吼え滾る。


「あぁはいはい、やるのね……」


 げんなりとしてリコは応じた。腹の傷が思ったより深くコートの下で鮮血が溢れかえってる。

 何故自分が立てているかも不思議なぐらいだ。それでもやらないと死ぬ。

 向かってくるハイエナ達の一匹に狙いを定め、拳を引き絞る。


 刹那、ハイエナの一匹の身体がよろめき、統率を乱してへたり込む。


「え?」


 自分ではない。目を見開き、そのハイエナを見やると、左半身にびっしりとナイフが突き刺さり、その艶やかな毛並みを己の血で汚していた。

 何が起きたのかも解らず、リコは呆然としてしまう。

 すると、追撃と言わんばかりに流星の如く速さで投擲された短剣が恐ろしいまでの精度でハイエナ達のの目を貫いた。

 ハイエナ達は暴れ狂い、辺り一面に血の華を咲かす。


「意外とタフだね」


 聞き覚えのある凛とした声にリコは弾かれたように振り向いた。


「じゃあ、これ」


 そう言って一本の朱色の光沢を纏った短剣が一匹のハイエナの横腹に見事命中する。


「伏せてて」


 言われるがまま、リコはバタリとその場で倒れこむように床に伏せると、中規模な爆発が起こり、爆炎が晴れた時にはハイエナ達の半数近くの命の灯は消えてしまっていた。

 残ったハイエナ達は身を起こすとよろよろと無様にも逃げ出していった。


 その跡に立つ一人の冒険者はまるで歴戦の強者(つわもの)のようで、藍色の髪は埃を被ってくすんでいたが、黄金色の瞳からはギラギラと殺気に満ちた眼光が溢れている。

 口元を覆うフェイスマスクから、身に纏う装束、靴まで黒尽くめの姿は、影に生きる暗殺者か、或いは死を告げる死神を想起させられる。


 恐怖こそなかったが以前会った時とのギャップに驚かされた。

 リコは右腕を庇いながら体を引きずって、壁に寄りかかると、その人物に顔を合わせ、少し無理に笑った。

 痛みもあったが予想外の出来事に脳が痛みを一時忘れてしまっていた。


「また助けられたね、アイサ」

「獣の臭いに誘われて来たら君がいた。ただそれだけのこと」


 言動こそどこか無愛想なものだったが、彼女に救われたという事実が胸の内に暖かく染み込んでいた。


「それにしても酷いやられようだね。手当てするから一度仲間と合流しようか?」


 肩と太股を抱き抱えられる。所謂お姫様だっこのような格好だ。

 異性にやられるその体勢にリコは気恥ずかしくなって唇をわなわなと震わせた。


「どうかした?」


「ち、血がいっぱい出たから目の前がふらふらするんだ。早く行こう」

「その割に血色はいいね」


 顔が茹で上がったかのように真っ赤になってることに気がつき、反射的にリコは両手で顔を覆ってしまった。

 アイサは不思議そうに片目を見開いて、リコの挙動を見つめたが、結局その意図に気付けず首を傾げた。

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