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「ダンジョンを出る方法、だったね?」


 改めて話の本筋に触れるとアイサの表情は真剣そのものとなる。

 そんなアイサを見てリコは苦笑しながらも続ける。


「たしかに正攻法でダンジョンから出る方法は一つもないよ。でもダンジョンに生息するある魔族を利用すればあながち不可能なことでもないんだ」


 リコの中では粗方答えは出ていた。何故ならリコは既に原因の魔族を目にしていたからだ。


「僕が攻略したことあるダンジョンは三つ。その全てにそいつらは生息していた。魔族の名前はウィッチ。取るに足らない下級魔族さ」

「そのウィッチがダンジョンの外に出してくれるの?」

「いや、僕はダンジョンから出れたことはない。ただウィッチの使う魔術は少し特別なものでね。『空間魔法』っていって、自分か相手を空間移動(ワープ)させることができるんだ」

「それでダンジョンの外に?」

「そうだけどそんな現象はめったに起きる事でもないよ。そもそもウィッチの魔力の量は総じて少ないから空間移動も精々数メートルが限界。そこでここからは仮説だけど、もしダンジョンに侵入した生物が自身の種族を脅かすものだとしたら、アイサならどうする?」


「……団結して侵入者を排除する、かな?」


 「そう」と頷き、リコは一口水を口に含んだ。乾いた喉がまた潤いを取り戻すと話を続ける。


「微量なウィッチの魔力も集団になれば莫大なものになる。そうなれば勿論魔術の規模も大きくなる。そうしたらほら、なんとなく想像出来ない?」


 アイサの脳裏に一つの映像(ビジョン)が流れだす。

 一人の紳士を装った男がダンジョンに足を踏み入れ、蹂躙するように魔族達を蹴散らし悠然と歩を進める。

 魔族達は恐れ、男を排除しようと力を合わせる。だが大規模な魔術は下級魔族達には制御出来ずに暴発。

 その結果、ウィッチの空間魔術は無差別にダンジョンの生物を飲み込み、彼方此方へと空間移動していき、その一部が外部へと漏れ出していく。


「つまり大元の原因って……」

「十中八九、ロメオ・スプラットとウィッチで間違いないだろうね」


 リコも一度立ち合っただけであるがあの男の強さは肌で感じ取っていた。

 体術だけでなく感じ取れた魔力も大層なものだった。その力をダンジョン内で遺憾なく発揮したのだろう。こっちで起きている現象がその証拠だ。


「一度発動した魔術は注いだ魔力が切れるまで効果を発揮する。ウィッチがどれだけいるかは知らないけどこれ以上魔族が出現するようなら直接止めに行く必要があるかもね」

「じゃあそれって」

「勿論、ダンジョン攻略さ」


 すると、家の外からドアが二度ノックされた。

 話に気を取られてたとはいえ、今まで来訪者の接近に気付けなかっただけにアイサは驚愕した。

 リコに隠れるよう促すがリコは不敵に笑い、首を振る。


「いいんだよ。薄々感づかれてるとは思ってたから。そうでしょ、グラン聖騎士団長?」


 家の主の許可もなしにドアが開かれる。

 重厚な白銀の鎧、兜に付いた赤い羽根は騎士団長の象徴ともいえるものだ。


「やはり君だったのか……」


 振り返ると、そこには悲哀と落胆の表情を顔に貼りつけたグランが家の中に足を運んでいた。


「それで、いつ頃気付いてたの?」


 グランは「そうだな」と堅く目を瞑り暫く考えると短く息を吐くと目を開けリコと視線を合わせる。


「最初、尋問室で会った時、まさかとは思っていたよ。だが街道の魔族の死体に遺された魔力の残滓を見て確信したよ」

「僕がダンジョン攻略者だってね。流石に騎士団長クラスを誤魔化すのは厳しかったかぁ」

「ライセンスは持っていないのだろう?調べたが記録はなかった」

「持ってたらわざわざ隠す必要もないし」


 喉の奥から笑い声を漏らしリコは残りの目玉焼きを一口で食べきるとゆらりと立ち上がった。

 消耗した魔力は完全に回復しきっていないとはいえこの状況、戦闘を回避すること自体困難なものだ。


「君のような子供が攻略者とは……残酷な世の中だな」

「あんた達が望んで作り上げた世界だろう?」


 キッとリコは鋭い視線を送った。グランは悲痛な顔をする。


「それは違う」

「違わないさ。魔王がいなくなって世の中良い方向に転がったことなんて何一つない。お前ら聖騎士団が僕達に何をしてくれた?見捨てられて蔑まれている時、お前らは何をしてくれたっていうんだ!」


 怒声が室内で響いた。アイサは目を白黒させてリコを見た。

 リコは込み上げてきた怒りを抑えるように荒い呼吸を繰り返す。同時にフラッシュバックした幼少時の記憶がちらつき気分は最悪に近かった。

 頃合いと見てリコは魔力を解放しようとする。しかし寸でのところでそれをグランが制した。

 

「君の境遇は知らないがどうやら同胞が失礼を働いていたようだ。すまなかった」


 そう言ってグランは深く頭を下げる。


「だが勘違いしないでほしい。私は君を捕らえにきたのではない。協力を頼みにきたのだ」

「協力?」

「今ダンジョンから湧き出てくる魔族を我々が引き止めているが長くは保たない。だからダンジョンに入り直接騒動の原因を止めに行きたいのだ。どうか力を貸してもらえないか?」


 顔を上げグランは真剣な眼差しと共に手を伸ばしてきた。差し出された大きな右手は握れば承諾の意となる。


 だからリコは、それを力の限りひっぱたいた。

 一切の迷いすらない拒絶にグランの目が大きく見開かれた。


「残念だけど断るよ」


 鋭い眼光を飛ばしそのままグランを横切るとリコは億劫げに両手を広げる。


「僕はね、聖騎士団が嫌いなんだ。理由はそれだけだよ。だけどそうである限り僕はあんたの力にはなれないよ。わかってもらえる?グラン聖騎士団長」


 敢えて小馬鹿にするような口調で言い放った。

 どんな失望の言葉も受けるつもりでいた。だが次にグランから出てきた言葉はリコの予想していたどれよりもかけ離れていた。


「はっは、そうかそれは残念な話だ。だが我々の目的は共にダンジョン攻略だ。そうなればまたいずれ巡り会うことになるだろう。そのときもう一度同じ問いをさせてもらうとしよう」


 その目に偽りも虚勢もなかった。残念そうにしていながらそこに一切の敵意はない。


「もし、そのとき僕が断ったらどうするんだ?」

「そのときはそのときだ。また会おう若き攻略者よ」

「僕を捕まえなくていいの?無断でダンジョン攻略させてもらってるけど聖騎士さん?」

「必要ない。今はより大きな問題が目の前にあるのでな。それに、子供を相手にするのは……気が引ける」

「目の前の罪人を見逃すのか」

「いずれ捕まえる。まぁそれは問題解決した後になるだろうがね」


 グランは穏やかに笑って見せ、踵を返す。


「あぁそうだ。アイサ、冒険者に召集が掛けられる頃だ君も準備をしておいてくれ」


 そう言い残しグランは家を出て行った。

 リコはアイサと顔を見合わせる。


「だってよアイサ」

「…お別れ?」


 アイサはどこか哀しげな表情で問い掛ける。


「まぁそうだね。僕は冒険者じゃないしね」

「何で冒険者にならないの?」

「聖騎士団が嫌いだからさ。冒険者になれば否応無しに聖騎士団に従うことになるからさ」

「本当にそれだけ?」


 二人の視線が合う。アイサの瞳はまるでリコの心を見透かしているかのように透き通っていて、リコは困ったように目を逸らすと、苦笑いした。

 そして、観念したように口を開いた。。


「そうだね。僕が冒険者に入らない理由はそれだけじゃないよ。アイサは知ってる?冒険者になれない条件」


 アイサは暫く考えてから指を一つ一つ指を立てていきながら答えていく。

 純血の魔族、指名手配犯、特定の障害者―――

 その他幾つか挙げられたがリコは悄然と首を振る。


「案外知られてないんだね。まぁ冒険者なんてなろうと思えばなれるもんだから仕方ないか」


 リコは自嘲気味な笑みを見せるとアイサは首を傾げ、問う。


「じゃあ君は何なの?」


 リコは笑みをやや深めると問いに答えずアイサに歩み寄る。

 アイサは思わず身体を強ばらせたがリコに敵意がないとわかると警戒を緩める。

 リコはアイサの耳元に口を寄せた。


「こう見えて昔はね、人じゃなかったんだ」

「………えっ?」


 疑問符を浮かべるアイサはゆっくりとリコに視線を向けるとリコは苦笑を浮かべたあと一歩引いて腰の後ろで手を組んだ。


「なんてね。まぁそんなとこだよ僕が冒険者になれない理由はね」


 すると扉の隙間から一通の手紙が滑り込むように入り、ひらひらと床に落ちる。

 手紙の封に冒険者ギルドの紋が入っていたことからそれが召集の報せだというのは瞭然のことだった。


「お別れみたいだね」


 手紙を黙読しながら残念そうにアイサが言い、支度を始める。棚から小振りのナイフを次々に取り出し一本一本点検しながらホルダーに納めていく。


「正直ダンジョン攻略はおすすめしないよ」

「どうして?」


 支度を進めながらアイサは問い掛ける。


「要はリスクに対する見返りが見合わないからかな。それに時にダンジョンはね、後戻り出来ないモノを授けてくれるから」


 リコの最後の言葉はアイサに疑問符を持たせたがそれに言及することはなかった。それはどの道アイサがダンジョン攻略に向かうことに変わりないことを意味した。


「一応忠告したからね。それじゃあ行くよ。目玉焼き、美味しかったよ。ごちそうさま」


 それ以上は何も言うまいとリコは早足に家を出ようとしたが直後、「待って」と呼び止められ、ふと足を止めた。


「また会えるといいね。ダンジョンで」


 それは他愛のない、些細な激励の言葉だった。だが同時にそれは温かみを帯びた言葉でもあったのだ。

 リコは自然と口元が緩むのを感じた。言葉では表しようのない胸の躍るような気持ちが身体いっぱいに充満してくるのだ。

 リコは返事の代わりにひらひらと手を振ってみせた。しかし、柄にもない、と照れくさくなってすぐに手を引っ込め、リコはノブに手を掛ける。

 クスクスと微笑ましい笑い声を背にしてリコはアイサの家を出て行った。






 外はすっかり陽が暮れ、室内とは打って変わり外気はひんやりとしていて、一時的にリコの肌を粟立たせた。

 魔力も時間の経過と食事を以て粗方回復してはいる。その上、先方の事から気分も非常に優れていた。


 未だ街道は静けさに満ちていてダンジョンの方角からは聖騎士団のものと思われる篝火が見える。

 戦闘音がしないことから今のとこダンジョンから新たな魔族は出現していないようだが警戒は緩めない方針のようだ。


 そうなるとダンジョンへの侵入は面倒なものになる。出来る限りダンジョンに辿り着くまでは戦闘は避けたいものだからだ。

 出鼻から無駄な魔力を消耗させられていてはダンジョン攻略も糞もない。

 一番の手は隙を見つけてダンジョンに潜り込むことだ。入ってしまえば追っては来れない為最も有用な手段と言える。


「あとは適当な準備して明日の朝にでも忍び込むか……」


 大体の算段を着けリコは街道を歩きながら冒険者の専門店を探すべく首を左右に巡らす。

 すると盾に剣をかざした絵柄の看板が目に止まりリコは足を止めた。

 それは間違いなくリコの探していた店、冒険者支援店だ。生憎、店に灯りは点いていないがそこは仕様のないことだ、と、リコは懐を漁り茶巾袋を取り出すと幾つかの銀貨を中から出した。


「まぁ足りるか」

「支払う必要などないだろうに、律義なものだ」


 弾かれたようにリコは体を捻らせ声のする方へ手刀を繰り出した。しかしそれはすんでのところで止められる。無造作に出された手がリコの手刀をピタリと止めたのだ。


「御機嫌ようリコ君」

「なんでお前が此処にいる?ロメオ・スプラット」


 街灯に照らされロメオの顔が鮮明に映し出される。朝の時はよく見ることが出来なかったが改めて見るとその顔立ちは非常に整っており、美麗に煌めく赤毛も相まって色男と呼ぶに相応しい容姿を持っていた。

 人当たりの良い笑みで如何にも人の良さそうな人柄の男だがリコはこの男の本性を知っている。


「ふむ、誰かに私のことを聞いたか。ならば自己紹介は必要ないか」

「お前が此処にいるということはお前もダンジョンから追い出されたということか?」


 するとロメオは「おお」と感嘆の声をあげる。


「なかなか物分かりが良いじゃないか。如何にも、私達はウィッチ共の邪魔に遭ってダンジョンを追い返されてしまってね」


 そこでリコは思わず眉を顰めた。


「私達だって?」

「あぁ紹介が遅れたな。君の隣にいるのが私の従者だ」


 ロメオの目線の動きに沿ってリコも追って目線を右隣に動かすと、リコよりやや小さい背丈の少女が仏頂面で佇んでいた。

 リコは喉の奥で悲鳴をあげ、反射的に大きく退く。

 少女は小さく鼻で笑うと主であるロメオの元に歩み寄り、一歩後ろで畏まった様子で立ち竦む。


 煌びやかな金髪をお下げに纏め、その眼光は鋭く形容するなら抜き身の刃と言えるだろう。

 フリルの付いた白と黒のメイド服を纏っていて、ロメオと並ぶ姿はまるで一昔前の貴族を思わせる。


「紹介しようリコ君、この子はリリス。ほらリリス、ご挨拶はどうした?」


 しかし、リリスは身じろぎ一つせずにただただリコにジトリと粘つくような敵意の視線を送り続けている。


「あぁ、どうやら君のことが嫌いらしい。君が私に手傷を負わせたことを根に持っているようだ」


 呆れ気味にロメオは首を傾げてみせる。


「私は気にする必要はないと念を押したのだが……まったくもって世話の焼ける子だよ」

「お前の娘なのか?」

「いや、数年程前に貧困街(スラム)で拾った子だ。基本的に私に忠実だがどうも気難しいところがあってね」


 と、ロメオはリリスの頭にポンと手を置き屈むと、そっとリリスに耳打ちする。


「私の言うことが聞けないなら一ヶ月分のおやつは抜きだ」


 ゾッと一瞬だけ、リリスの表情に絶望の色が映し出される。

 たちまちリリスは身嗜みを整えると、小さく一歩前に出ると深々と頭を下げる。


「わ、私はリリスと申します。以後、お見知り置きを」


 凄く無理をしたような具合でその笑顔はパッと見ただけで精一杯取り繕ったものだと見て取れた。余程嫌われてるらしい。


「そんな幼い子を共犯者に仕立て上げているのか?」


 リコは嫌悪感を孕んだ感情をロメオに向ける。しかし、ロメオは芝居がかった調子で肩を竦めて見せると、


「何か勘違いしているようだが私に着いてきたのは彼女の意志だ。私は何ら強要させているわけではないんだ」


 リリスもそれに頷いてみせる。

 複雑な気持ちを抱きながらもリコは目の前の敵に気持ちを切り替えた。だがロメオは一切の殺気どころか敵意すら見せる様子はなく、話を切り出した。


「さて、他愛のない話は程々に本題に入ろうか」


 左腕を鷹揚に差し伸べると妖しく笑い、口を開いた。


「私と共に来ないかリコ君?」


 出てきた言葉にリコは暫し驚愕に呑まれてしまった。

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