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――――――あぁ、私は負けたんだ。


薄れゆく意識の中、ロメオは自らを卑下した。無様に転がる自身の動かなくなった肢体を見やって、嘲笑し、呪った。

何が世界を統べる者だ。たかが子供に完膚無きまで叩きのめされ、最早死を待つだけの存在だ。


――――惨めだ。何故自分はまだ生きている?


負けを知らなかったロメオにとって初めての敗北はこの上ない恥辱だった。

迫りくる破壊の魔力に感謝すらした。塵も残さず消える事が出来る。終わりだ。何も思い残すこともない。

静かに目を瞑り、ロメオは死を受け入れた。そのときだった。ロメオを照らしていた赤い閃光が何者かによって遮られた。


「…………何をしているリリス?」


目の前に立つリリスにロメオは低く言い放った。彼女とて分かっている筈だ。アレに当たればどうなるかなど想像に難くない。

リリスの体は震えていた。小さな肩も、細い脚も、何もかも。今にも崩れ落ちてしまいそうになりながら、リリスは主へ向けて最期の言葉を贈る。


「お仕え出来て私は幸せでした。どうかご主人様だけでも……生きてください」


破壊の魔力がリリスを呑み込む。ぼろぼろと零れていた涙も、煌びやかな金髪も、魔王の篭手『ハウンドドッグ』も、彼女という存在を魔王の左腕の力は一瞬で消し去っていった。破壊の魔力の余波は下方へ逃げ地面に大きなクレーターを作り上げ、音もなくロメオはその中に落ちた。

ただ愕然と目を見開いたまま、ロメオは虚空に手を伸ばす。喪失感と虚無感に暫く放心状態になってしまっていた。

リリスが死んだ。その事実が胸に刺さり、悲しみに暮れる。いつも隣にいた彼女はもういない。何も残さず消えてしまった。

やがて、悲しみは怒りに変わっていった。

リリスを殺した少年はまだ生きている。ならばどうするかと言われれば決まっている。復讐だ。彼を、リコを殺すのだ。


ロメオは残り少ない魔力をフル稼働して影を体に這わせた。影が皮膚の代用品となり、皮膚同士を繋ぎ合わせ応急処置を済ませると、腰に差したステッキ、トリックスターに手を掛けた。

魔力を装填し、先端の銃口に筒状の消音機を拵える。クレーターを這いずって登り、フロア奥の怨敵を視界に捉える。細長い息を吐き出し、銃口をリコに照準。消音機に加え魔力の少なさから弾丸のサイズもかなり小さかったのが功を奏し、弾丸の発砲音は最小限にまで抑えられていた。

誰にも気付かれることなくリコを殺す。その筈だった。誤算はアイサにあった。発砲の直前、極僅かな殺気を感知した彼女はあろうことか身を盾にリコを守ったのだ。


「馬鹿な…………」


ロメオは狼狽した。アイサの姿と先程のリリスの姿がダブついて見えたからだ。それがロメオに二発目を撃たせることを戸惑わせた。

その一瞬の間が命運を分けた。フロアの崩壊が始まり、双方の間に大きな亀裂が走り、ロメオの方の床が沈下しだした。

ロメオはトリックスターを放り出し、体を地に預けた。もう動く力もない。

これといった心残りはなかった。もう自分には彼らを撃てなかったと自覚していたからだ。


「リリス……すまない…………」


崩壊していくフロア、落ち行く自分の行く先を運命に任せ、ロメオは静かに目を瞑った。












弱まっていく脈動を直に感じてリコはのしかかるアイサを退かし、仰向けにする。傷自体は小さなものだった。しかし、背から胸を通って弾が貫通して胸に穴を空けている。アイサが呼吸する度に、穴から空気が漏れ出し、苦悶の表情を浮かべた。


「アイサどうして…………どうして僕なんかを……」

「さぁ、どうしてかな……?君が傷付くところ、もう見たくなかったから、かな?」


そう言ってアイサは苦笑した。

リコは回復魔法が使えない。超速再生能力がある故、自分が単独冒険者だったが故、覚える必要がなかったのだ。ロメオがフロアの崩壊に巻き込まれてしまった為、止血剤の入手も不可能となってしまった。

急かすように鼓動を早める心臓を落ちつけながら必死に打開策を探す中、アイサは静かに首を横に振った。


「いいんだよリコ。自分の体の事は、自分が一番……知ってるから」


それが何を意味する言葉かはリコもすぐに理解する。アイサは無理したように笑った。


「ほら、早くしないと、此処も崩れちゃうよ。私の代わりに、ダンジョン攻略……お願い」


そして、眠るようにアイサは目を瞑った。


最期を飾るのがダンジョンなら悪くない。後悔がないと言えば嘘になるが、それでも精一杯やった結果なんだ。とアイサは自分に言い聞かせた。


いずれ来る死を待つだけの存在となり、アイサは意識を手放そうとした。しかし、それは許されなかった。

体に何かがきつく縛り付けられ、その直後に何かに乗せられ、それはゆさゆさと揺れ動き始めた。

重たい目蓋を持ち上げ、アイサは目の前の光景に疑問符を浮かべた。


「…………何してるの?」

「見ればわかるでしょ?ダンジョン攻略だよ!」


靄の掛かった視界に映るリコの横顔と次々と移り変わっていく景色を見て、今自分が彼に背負われているということを理解する。


「私の言葉聞い――――」

「――――聞いてたからこうしてるの!」


一拍置いてからリコは説明を始める。


「今から最深部で魔王のコレクションをアイサに取らせる。賭けだけどコレクションの能力に少しでも回復能力があれば……アイサは助かる」

「そんなことが……」


きっと上手くいく。そう言ってリコは更に走る速度を上げた。アイサへの負担は最小限に保ちながら出来るだけ速く、リコは一本道を駆け抜けた。

マルコならこうする。トリートもきっとこうするだろう。確率が零ではない限り諦めるなんて選択肢はありえない。仲間の命が懸っているんだ。体力の限界なんて知ったことではない。

必死になって駆けるリコの横顔をアイサは愛しそうに見つめ目を細めた。


「ねぇリコ、さっきの話の続きを聞いて欲しいんだ」


一瞬だけアイサと視線が合い、リコは無言のまま頷いた。アイサは薄く笑みを浮かべ、続けた。


「私ね、リコに……ううん、みんなに謝らなくちゃいけないの」


アイサは一度言葉を区切り、大きく深呼吸をする。


「私ね、最初は何もかも利用するつもりだったの。マルコもトリートもグランも、そしてリコ、君すらも。何をしてでもダンジョンを攻略して魔王のコレクションを手に入れて、もっと強くなりたかったの。でもね、気付いたんだ。本当に欲しかったのは魔王のコレクションなんかじゃなくて、マルコやトリートやリコみたいな素敵な仲間だったんだって」


アイサは苦笑混じりに笑みを零した。


「何でかな……あんなにダンジョン攻略に躍起になってたのに、いつの間にか君のことばかり考えてた。どうしたらもっとみんなと親しくなれるかなってさ」


次々と告げられる真実に、リコは驚愕するもどこか嬉しくて、鼻を鳴らした。


「いいんだよアイサ、謝んなくても。アイサの本音が聞けただけで僕は満足だよ。もっとアイサのこと知りたかったんだ。だから生きて、また一緒にご飯でも食べて話し合おうよ。皆も一緒にさ」


アイサの家での思い出、マルコとトリートと一緒に洞窟の中で過ごした思い出、懐かしくすら思える記憶が蘇ってくる。

ふと、耳元で掠れた笑い声が聞こえてきて、リコは何事かと驚きながらアイサの方を横目で見やった。

苦しそうにしながらも笑いを抑えられないでいるアイサがいてリコは不思議に思い首を傾げた。


「いや、ごめんね。こんな状況なのに何だか楽しくなっててさ。変かな?」


「変じゃないさ。僕だって楽しいよ。アイサがいるから……きっと助かるって信じてるから!」


すると、通路の奥から眩い光が差し込み、リコは最後の力を振り絞って力の限り地を蹴った。

視界が開け、目を焼くような光が飛び込んでくる。辺り一帯に並べられた陶器や宝石、トロフィーなどの全てが黄金色や白金色に輝き此処までやってきた二人を祝福するように迎えた。

眩んだ目を必死に凝らし、リコはその中から魔王のコレクションの素となる物を探す。出来るだけ早く、でも落ち着いて、目当ての物を探し出す。

それは中でも特有の存在感を醸し出していた。宙に浮かぶ真珠色の菱形の物体は目にするのは初めてじゃなかった。それは言わば宝箱のような物だ。それに最初に触れた者が魔王のコレクションの所有者となり、同時にダンジョンクリアの合図となる。

リコはその宝箱に駆け寄り、アイサの手を伸ばさせ、それに触れさせた。

空気が震え、触れた部分から波紋が広がるようにアイサの体に何かが入り込んだ。

リコは静かにアイサを仰向けに寝かせた。刹那、アイサの手に魔力の粒子が集まり、魔王のコレクションが形を見せた。

現れたのはそこらで市販されているものと何ら変わりない短剣だった。柄の部分に魔族の言語で掘られた文字以外はそこらのものと比べても遜色ない。

だが今重要なのは外見ではない。その能力に身体能力の強化さえあれば良いのだ。


「どうアイサ?身体の方に何か変化はない?」


アイサは暫く黙ったままだった。自分に起きた変化を確かめるように目を泳がせ、やがてリコと視線を合わせて、何かを悟ったように睫毛を伏せた。


「これが魔王のコレクションなんだね…………ずっと欲しくて欲しくて堪らなかったのに……何でかな?ちっとも感動出来ないの」

「アイサ……?」


アイサの様子のおかしいことにすぐに気付いた。ゆっくりと視線を下げていくとアイサの胸の傷口が塞がるどころか、流れる血の量を増していたのだ。


「残念だけど、この魔王のコレクションにそういった能力は……無かったみたい」


アイサが咳き込むと咳と一緒に大量の血を口から吐き出し、アイサは頭をかくかくと揺らす。それでも心配かけまいと無理に穏やかな笑みを作って


見せた。

大きな絶望感がリコを包み込んだ。他の手段が見つからない。何か無いかと狼狽えるリコの頬に冷たい手が伸ばされ、虚ろに開かれたアイサの瞳と目が合った。


「いいのリコ。もう充分だよ。私の為にありがとうね。私、今本当に嬉しいんだ。全部リコのお蔭だよ」

「ダメだアイサ……諦めたらダメだ!また皆で冒険するんだ。マルコもトリートも一緒に……四人で一緒に!」


半開きになった口が緩み、アイサは静かに笑った。


「生きたいなぁ……悔しいよ…………こんなところで終わりなんて」


丁度ダンジョンの崩壊が始まりだした。クリアされたダンジョンはやがてこの世から姿を消し、内部の生存者は順に外へ吐き出される。

すぐにリコの身体が光を帯び始めた。転送の予兆のようなものだ。


「お願いだから生きてアイサ!こんな終わり方なんて……」


眼尻に涙を溜め、懇願するもアイサは緩く首を横に振った。


「ごめんね一人にして。でもね……忘れないで、私が生きて君とダンジョンを攻略したこと。楽しかったよ、リコ………………さよなら」


やがて頬に伸ばされた手が地に落ち、それきり動くことはなかった。

吐く息が震えているのが自分でもわかった。まるで安らかに眠っているようで少し揺すればまた起きて微笑んでくれそうだった。

そっと右の手をアイサの頬に沿える。氷のように冷たくなった彼女の体温を直に感じ、リコは俯き、かぶりを振った。


「アイサ………………おいアイサ!!起きろよ!やっと……やっと此処まで来たんだよ!?何寝てるんだよ!!……アイサ…………お願いだよ…………お願いだから返事をしてよ……」


そのとき、転送の白い光がアイサを包み込んだ。ダンジョンが生存者を送り出す魔法がアイサにも働いているのだ。

まだアイサは生きている。微かな希望がリコの中で湧き上がった。


「アイサ、ダンジョンを出たら君を探し出すからね!それまで絶対に生きてるんだよ。何があっても助けるから――――――」


そこでリコに掛けられた転送魔法が発動した。白い光がリコを包み込み光の柱が天高く突き抜けていく。光の粒子が宙を舞う。財宝もリコも跡形もなく消え去り、ただ一人アイサを残し、辺りは静寂に包まれた。

ダンジョンはクリアされた。二人の冒険者とその仲間達の手によって。このダンジョンの物語はこれから始める少年達の転機となり、その運命を大きく変えることとなった。

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