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 短く息継ぎしながらアイサは通路を走っていた。子供一人担いで尚その速度は常軌を逸するものだった。

 トリートを置いていった自分の選択に間違いはない筈だ。優先すべきはダンジョン攻略。誰よりも早く。それが当初の目的だ。仲良しごっこをしに来たのではない。直に出口が見える。そうなれば上層もすぐだ。ダンジョン攻略を終えればその時点で生きている者は皆ダンジョン外へ放り出される。それはトリートも知る上のことだ。自分達がダンジョン攻略を早く完了させればマルコもトリートも生きて帰ることは出来る。だからこれで良かった筈なのだ。

 纏わりつく邪念を振り払うように一心不乱にアイサは通路を駆けた。

 アイサはちらりと先程まで肩の上で泣き崩れていたリコを見やった。今は大人しくしているが時折嗚咽が耳元で聞こえ気不味さに拍車を掛けていた。どんな言葉を掛ければいいのかアイサには分からなかった。ただ沈黙を貫き、長い通路走り行く。

 すると、突如遥か後方で通路一帯を揺るがす衝撃が走った。面食らって振り返ると次第に衝撃は巨大さを増してきているのがわかった。嫌な予感がし、アイサは己の魔力を一気に引き出した。


「捕まってて」


 足先に魔力を一点集中させ地を蹴る瞬間に魔力を爆発させていく。凄まじい加速度で通路を駆け抜けると同時に後方から蛇のように迫りくる火柱が目に入った。

 トリートとロメオの戦いで何かあった。そう考えるのは自然なことだったが一体何が起きたのか、考える暇も持たせてくれず火柱は刻一刻と差を縮めてきていた。

 やがて前方に光が差し、出口が顔を出した。渾身の魔力による肉体強化を施し地を蹴る。目も開けてられない程の高速度を以って通路を抜け出した。だだっ広い風景が広がり、石造りの床には所々苔が生えた自然界のようなフロアだ。すぐさま軌道を変更し横に逸れるとつい先程自分のいた所を地獄へと誘う業火が飲み込んだ。

 小さな胸が上下し、アイサは額に浮かんだ汗を拭った。まだ獄炎は生きている。共に来た衝撃が出口の壁を登るように伝い、見上げる程高い天井に亀裂を走らせる。


「これは……不味いね」


 まるでダンジョンそのものが崩壊に向かっているようだ。大きく息を吸って肺に一杯の酸素を送るとアイサはまた走り出した。爆炎の次は瓦礫の雨だ。アイサの走り去っていった後を巨大な足が踏み潰すように瓦礫の山がフロアを埋め尽くす。盛大に砂埃が舞い、一寸先の視界すらも封じられる。大地を跳ね返って欠片となった破片が肌を刺した。背中を針山で貫かれたようだった。悲鳴が漏れそうになるのを歯を食い縛って耐え、アイサは決して足を止めなかった。

 その時、一際大きな破片がリコの背中に深々と突き刺さった。


「あぅ……!」


 弱々しい悲鳴が耳元で響き、しまったと一瞬とは言えリコに気を取られたのご命取りとなった。降り落ちてきた瓦礫の一片に足下を掬われてしまったのだ。大きな影がアイサを覆った。瓦礫が押し寄せる。体勢を立て直すも遅く、アイサとリコは瓦礫の中に姿を消した。





 夢を見ていた。それは自分を第三者からの視点で見たような光景だった。リコが目の当たりにしているのは自身の過去、初めてのダンジョン攻略であり、全ての始まりだ。

 そこは巨大な魔族ばかりが彷徨うダンジョンだった。自分をゴミのように扱ってきた男は巨人の魔族の足に踏み潰され息絶えた。ようやく解放されたのはダンジョンの中、つまりダンジョンをクリアしなければ自分達に自由は永遠に来なかったのだ。

 皆で協力し、犠牲を出しながらもダンジョン攻略は佳境となった。自分も生きたいという想いを胸に抱え、必死に集団に着いていった。だが途中、洞窟で魔族の襲撃にあってリコは瀕死の重症を負ってしまった。左腕が絞りカスのようにぐちゃぐちゃになって、赤黒く染まっていたのを当時のリコに見る勇気はなかった。

 見捨てられる。頭の片隅でそんな言葉が横切りまだ幼い子供ながらに死の覚悟を決めた。まともな食事すら与えてこられなかった自分がダンジョン攻略に駆り出されたのも半ば弾除けの為だった。その時から死は覚悟していた。だから仕方のないことだ。先に逝った仲間と天国或いは地獄で合流する手筈だった。

 しかし予想は裏切られ、リコは生かされた。集団をまとめていた男、ランスは瀕死の自分を抱え決死の想いでダンジョンを駆けた。他の仲間からは止められていた。当たり前だ。子供一人抱えて生きられるような環境ではない。それでもランスは聞く耳を持たなかった。


「悪いが約束しちまったんでな。生きて帰って一緒に暮らすってよ」


 朦朧とする意識の中であったがその言葉だけははっきりと覚えていた。今でも時折胸に響くことがある。この時自分はどうすれば良かったのか。どうすれば約束は果たされたのだろうか、後になって答えを導き出しても何もかも無駄なことだ。わかっているのに何度も自問自答しては自分の所為だと結論付く。


 記憶が飛ぶ。景色が早送りになって流れ、ダンジョン上層最深部まで行き着く。幼少のリコの意識が目覚めたのは全てが終わった後だった。

 全てを清めるかのような気品を持った大理石の柱は嘗ての仲間の血をブチまけられ、鏡のように透き通った床には幾つもの血の水溜りが形成され、そこに何人もの仲間が身を沈めていた。

 泣きそうになりながらリコは仲間だった者達の屍を超えて先へ進む。見覚えのある顔触れは皆凍えるように冷たくなっていた。しかし、ランスの姿が見当たらない。

 痛いほどの静寂の中、裸足のリコの足音だけが聞こえる。もしかしたら生きてダンジョンを攻略したのではないかという希望すら持てた。だがそんな淡い期待も直ぐに打ち砕かれてしまった。

 まず見えたのは巨大な魔族だった。黒を基調とした金色の装飾を付した西洋風の鎧を纏った巨人型の魔族だ。既に事切れていて鎧の隙間からは青緑色の血液を滝のように流していた。

 その前に横たわる人物を見つけた時、乾いた喉からその名前を必死に叫んだ。


「ランス……!」


 精一杯の力を振り絞り、リコはランスの元へ駆け寄った。


「どうして……どうしてこんな……」

「へへっ……最後の最後でドジっちまった」


 右目は潰れ、体中あちこちに噛み傷や切り傷が残っている。残った左目がリコの左手に向けられた。


「魔王のコレクションってのはすげえな。絞りカスみてえな左腕が綺麗さっぱりだ」

「えっ……」


 言われて初めて自分の体が新品のように綺麗になっていることに気付いた。


「どうして……?」

「譲ってやったんだよ。あのままじゃお前死んでたからよ」

「でも、ランスが……」

「いいってことよ。お前はまだ(わけ)えんだ。俺と違って未来がある」

「ランスも一緒の未来だ!」


 喉に痺れるような痛みが走る。咳込みながらリコはランスの手を取った。ランスの手は信られないぐらいに冷たくなっていた。生気が少しずつ抜けていくような、付けつけられる現実を認めたくなくてリコはかぶりを振る。


「嫌だ……嫌だよランス……」


 ランスの手がリコの頬に触れ、涙ぐむ目元を拭き取った。


「悪いな、約束は守れねえ。だがなリコ……世界は広い。俺達の知ってるもんなんて、ちっぽけなもんだ。俺がいなくなっても代わりなんて山程出てくるさ」

「ランスの代わりなんていないよ!お願いだよランス、行かないで…」


 ランスの手を通して彼の脈動が弱まっていくのをリコもはっきりと感じた。リコには何もしてやれない。治療はおろか、応急処置の方法すら知らない。ただ自分の無力さを噛み締めながらランスが冷たくなっていくのを見送ることしか出来ない。それが悔しくて、悲しくてまた涙が零れ落ちた。

 ランスはゆっくりと瞳を閉ざしていき、最期の言葉を送るべくして息を吸い込み、乾いた唇を開いた。


「なぁリコ、人間は嫌いか?」


 リコは涙で潤んだ瞳を擦りながら一度だけ首を縦に振った。

 人間は嫌いだ。同じ人間でありながら自分達のことをゴミのように扱う人間が、偽物の正義を堂々と掲げる人間が、そして大切な人が傷付いているのを目の前に何も出来ない無力な人間の自分が嫌いで仕方なかった。


 記憶の世界が崩壊する。目の前を無窮の闇が覆い尽くし、意識が切り替わる。夢の中の自分から現実の自分へと引き戻される。

 目蓋の裏に微かな明かりを感じる。感覚が戻ってきて何か心地良いものに包まれていることに気付いた。重たい目蓋を持ち上げ、視界が開けるとそこは狭い石壁に包まれた空間だった。だがよく目を凝らすと瓦礫が積み重なって偶然にも大きな隙間が出来ているだけに過ぎない。九死に一生を得たといったところか、こうも運が良いと不気味なくらいだ。

 ひとまず身を起こそうと腹筋に力を入れようとした時、背筋に鈍い痛みが走った。


「いッ……!」


 表情を苦痛に歪めながら痛みの大元をまさぐると背中にぬるりと生温い体液が滴っていた。魔力の回復もままならず新たな傷を修復するに至らなかったのだ。短く舌打ちを鳴らすとリコはまた仰向けに寝転んだ。


「ダメだよ安静にしてなきゃ」


 すると、擽るような声が耳元で囁かれリコは肩を震え上がらせた。ぞわぞわと総毛立つような感覚を覚えながら、ゆっくりと首を声の方へと巡らせると、ほぼ無表情のアイサの顔が視界いっぱいに収まった。

 たじろぐように顔だけ退かせると視界が開けたことで今の自分の体勢がどんなものか理解することが出来た。地面の上にしてはやけに柔らかみを帯びていると思ったわけだ。リコの体はアイサの体の上に寝かされているような状態だった。


 体全体を包み込まれているような温もりに溢れており、いつまでもこのままでいるのも悪くはないと思った。しかし、先程まで自分が枕として頭を置いていた所を知るなり顔が火が灯ったように熱くなり、今まで感じたこともないような羞恥心が込み上げてきて反射的に体を捩って転がり落ちるようにアイサの上から抜け出た。


「……何してるの?」

「こっちの台詞だよ!」


 早鐘を打つ心臓を鎮めながら、リコは熱く火照った頬に手を当てる。後頭部にさっきまであった柔らかい感触が残っていて、まだ気恥ずかしさがこびりついている。


「だいぶうなされてたから。それに此処、少し肌寒いからこうした方がいいかなって」


 だからと言って人を抱き枕代わりにする必要はないだろうに。それも頭を胸に置く必要性は皆無だ。

 改めてアイサに目を向けると、身に纏っていた黒装束は脱いでいて毛布の代わりにリコの体に被さっていた。今のアイサは下に着ていた黒のタートルネック姿をしている。露出は少ないのにそのボディラインがはっきりとわかる所為か、やたら色っぽく目に映ってしまった。


「傷の方はまだ痛む?」

「まぁね」

「一応手当はしたけど、大きな石の破片が背中に刺さってたからまだ動かない方がいいよ」


 それでどうにも体が言うことを聞いてくれないわけだ。

 心臓の鼓動も落ち着きを取り戻しつつあるところでリコは寝転がりながら話を切り出した。


「トリートは……大丈夫かな?マルコも」


 先程の衝撃は恐らくトリートの戦闘によるものとみて間違いないだろう。フロア一帯を巻き込むような衝撃だ。トリートもただでは済まないだろう。

 心配そうに眉を八の字に顰めるリコを見てアイサは暫く黙り込み、やがて彼を安心させるかのような微笑みを見せ、口を開いた。


「マルコもトリートも十分強いよ。少なくとも私よりは遥かにね。だから大丈夫、きっと彼等は生きてるよ」


 彼女はいつもこうだ。自分の言って欲しいことを的確に理解し、嘘偽りの一切ない言葉を掛けてくれる。

 心まで見透かすような翠色の瞳がきっかりとリコの目と合わさる。感情の一部がごっそり抜け落ちたような無感情さがありながらどこか温かみを帯びていて、不思議と気持ちが鎮まりゆくようだ。

 自然とリコの口元が緩まり、一つ小さく頷いて見せた。


「そうだね。トリートと約束したんだ。大切な写真を取りに来るって」


 彼は約束を破るような人間ではない。根拠はないが、短い付き合いの中で少なくともトリートがどのような人間かは分かり合えたつもりだ。


「きっとマルコもトリートも生きてる。だから僕達は僕達のやることをやろうアイサ」

「言われなくてもそのつもり」


 今すぐにでも行動に移りたいところだが体は言うことを聞かない上、瓦礫に埋れた状態では打つ手もない。一先ず体を休め、魔力と体力の回復に専念することにした。


「少し……お話しようよアイサ」

「別に構わないけど、どうしたの?」

「落ち着かないんだ。それに時間は沢山あるから」


 アイサは納得したように頷き、リコに体を寄せる。体同士が触れ合いそうになる距離にどきっとしながらも、至って落ち着き払ったように見せて、本性を悟られないように振る舞った。


「アイサはさ、どうしてダンジョン攻略しようって思ったの?」

「ダンジョン攻略しようと思った理由ね……どうしてだろうね?私もはっきりとした理由が見つからないや。強いて言うなら力試しってところかもしれない」

「それってどういう意味?」

「そのままの意味だよ。磨いてきた技術をぶつけるのに最も最適だと思ったから……冒険者の両親でも敵わなかったダンジョンに私がどれだけ通じるのか試してみたいからだと思う。でもダンジョン攻略の中で小さな目標も見つかったかも」


 ふと不敵に微笑むアイサを見てリコの中で嫌な予感がよぎった。それは目標というよりは欲望に近い何かだったのかもしれない。溢れ出す笑みを抑えるようにアイサは口元に手を当て、凍りつくような冷たさを声に持たせた。


「魔王の影、いいや魔王のコレクション、あれは途轍もない強さを秘めているね。私もあんな強さを手にしてみたい。心のどこかでそう思ってるんだ。有無を言わせない途方もない力が欲しいってさ」

「あんなのは本当の強さじゃないさ」


 自然とリコは喉から言葉を吐き出していた。そして後に何と言っていいのか分からず口籠ってしまう。そんな様子を見てアイサはぽんぽんとリコの頭を優しく撫でた。


「言いたいことは分かるよ。あれは元々魔王の持ってた力だもの。でもね、それを手に入れるまでの過酷なダンジョン攻略があってこそ手に入れれるものだし、それに使いこなせるか宝の持ち腐れになるかは持ち手次第ってこともある筈だよ」


 確かにそうだ。たとえダンジョンをクリアし、魔王のコレクションを手に入れようともそのコレクションの性質を見極め熟練した技術を以ってそれを扱えなければ正に宝の持ち腐れという言葉が相応しいものとなるだろう。

 そういう考え方もあるな、とリコは納得したように目を細める。


「じゃあ次は私から君にそっくりそのまま返すよ。君はどうしてダンジョン攻略を続けてるの?」


 これはまた難しい質問が来たものだ、とリコは目頭を掻いた。思えば深く考えたことはなかった。


「そうだね……一回目は半ば強制的に連れてかれるような形だったし、二回目は師匠に着いていくような形だったんだ」

「へぇ、君に師匠なんていたんだ」

「うんまぁね。それで三回目のダンジョンは師匠達と喧嘩別れした後だったんだ。思い返せば右も左もわからない状況で自分の拠り所がダンジョンにしかなかったからだったのかもしれない。そんなところだよ俺がダンジョン攻略してる理由なんて。他にやることがないしお金を稼ぐ術もこれぐらいしかないんだ」


 自嘲気味にリコは苦笑した。自分を見つめ直せば見つめ直すほど自分がどれだけ脆弱な人間か思い知り嫌気が差してくる。

 アイサはしばらく考え込むように黙り、やがて次なる質問を繰り出した。その言葉を聞いたとき、リコの表情が凍りついた。


「その師匠がランス?」


 アイサから出てきた人物の名がリコの脳内で反響し驚愕に瞳が大きく見開かれる。


「どうして……その名前を……?」

「君が寝てるときずっとその名前を呟いてたからひょっとしたらと思って」


 なんて失態だ。

 リコは目元に手を当てた。無意識にとはいえ自分の過去を他人に吐露してしまうとはなんと情けないことだ。

 リコはポッと熱くなった頭の中でどう返事をするか迷っていた。適当に誤魔化すことも出来ただろう。しかし、それはせっかく親身になって話を聞いてくれているアイサを騙す行為だ。暫く黙り込んでリコは考えた。怖かったのかもしれない。本当の自分を知られて彼女がどんな反応を示すのかが。もし彼女が本当の自分を受け入れてくれなかったらどうすればいいのかも見当がつかない。

 そっとアイサの表情を伺った。感情の読み取りにくい、ほんの僅かな微笑を浮かべているあたりリコの言葉を待っているのかもしれない。リコは一つ息を呑み、目線を落とした。


「ねぇランスって君の何なの?」

「……アイサは僕の秘密を知りたい?」


 声が震えているのが自分でもわかった。アイサにも気付かれてただろう。そんな自分を気遣ってくれたのか、アイサの返答は遠慮がちなものだった。


「君に任せるよ」

「ありがとうアイサ」


 気を遣ってくれたのが申し訳ないのと同時に嬉しくも会った。だからこそ彼女に聞いてもらいたかったのかもしれない。


「ランスはね、僕の最高の親友のことなんだ。師匠は弱い僕を拾って育ててくれた人のことなんだ。ねぇアイサ、前に僕が言った冒険者になれない条件の話覚えてる」


 アイサは首を縦に振るとリコは言葉を続けた。


「僕はね、純血の魔族でもないし指名手配犯でもないし、ましてや変な病気も持ってなんかない。でもねアイサ、僕はどうしても冒険者にはなれないんだ」


 体を起こすと背筋から体全体へとじんとした痛みが広がり苦い表情をした。

 呼吸を整え、痛みが引くのを待つとボロ切れのようなコートを脱ぎ去り、下に着たシャツまで脱ぎ捨てた。

 ひんやりとした外気に触れた肌が粟立って肩がぶるりと震えたがすぐに収まり、リコは小さく息を整えると、忙しく鳴る胸の鼓動を鎮めくるりと背を向けた。

 右の肩甲骨付近の所によく見ると薄い継ぎ目があり、それに爪を立てると、皮膚がシールのように剥げ落ち、その下の皮膚に刻み込まれた刺青が顔を出した。


「アイサ、これが……僕だ」


 鎖状の胴体を持った蛇がぐるりと円を描き、持ち主に絡みつかんとばかりに牙を剥いている。不気味な癖にやたらと目を引くその刺青にアイサは見覚えがあった。


「じゃあ……君は……」


 半ば信じ難くもあった。しかしその刺青こそ彼が人間以下の命たる証拠となってしまっていたのだ。


「奴隷なの?」

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