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 ぐらぐらと揺れる気持ち悪さでリコは目を覚ました。まだ覚醒し切らない意識では状況の把握も難しい。視界がぼやけ、頭痛が頭の裏側でガンガンと響く。気分は最悪に近い上魔力も一切ないときた。


「おう起きたかリコ」


 耳の近くから息を切らすトリートの声がする。そこで初めて自分が抱えられている状態にあることに気付かされた。


「生憎今鬼ごっこの途中なんだよ。鬼さん思ったより速くてよ。休む暇もねぇぜ」


 その笑みに余裕はなく見かねてリコは乾いた喉に鞭を打って声を絞り出した。


「僕を……置いていって。そうすれば……トリートだけでも」


 先刻のトリートの驚愕の表情が脳裏に浮ぶ。ほんの一瞬とはいえ人ではないものを、化物を見る目が見えた。だから置いていったほうがトリートも気が楽だろうと思った。だが帰ってきた反応はリコの予想とは違うものだった。

 トリートはきょとんとした表情をして、リコの言葉を聞き違えたかと耳に指を突っ込み大袈裟に掻き回して見せる。


「どうやらまだ寝ぼけてるみたいだなぁ!俺の子供と同じくらいのガキ捨てて自分はトンズラこくってか!?」


 だって、とリコは呟き、唇を尖らせる。


「じゃあ僕の能力(ちから)見たときトリートはどう思った?」


 自分でも高速再生能力は見てて気分の良いものではない。

 何せ自分の血肉が自立したように動き出し傷口を塞ぐのだから端から見れば化物と思われても仕方ないとリコは自覚している。だから見られたくはなかった。トリートは久しぶりに心を許せる人間の一人だったから自分のこんな力は知られたくなかった。

 トリートは息を切らせながらも開き直るように笑って見せた。


「そりゃあよぉ!馬鹿でけぇ風穴があっという間に塞がっちまったんだ。びっくりしてよ、確かにお前のこと化物みたいなもんと思っちまったさ。だがな――――」


 言葉が途切れたのは息を切らせたからではなかった。衝撃がトリートの肩を通じてリコにも届いた。

 鋭利な刃の形をした影の一本がトリートの右の腱から突き刺さり、中を抉っていき膝を食い破るようにしてトリートの血を撒き散らしながら這い出てきた。


「クソ……がぁ!!」


 左足で地を蹴って跳躍し影を強引に引き抜く。リコを手放し、無様に地に転がるトリートを後から追いかけるロメオは冷徹に見下した。アイサがトリートの負傷に気付いたのはもう少し先を行った後のことだ。助けは期待出来ない。

 ウォーマシンを起動させる魔力も彼には残っていない。それでも彼はダンジョン攻略経験者だ。不足の事態には慣れつつある。腰のホルスターに手を回し一丁の拳銃を抜き打ち(クイックドロウ)

 だが今更拳銃など護身用としても心許ないものだ。当然のように影によって弾き返される銃弾が石の壁にめり込む。


「そんな玩具では足止めにもなるまい」

「それはどうかな?」


 含みのある言葉にロメオは眉を顰めた。爆音が轟き、石壁が崩壊しその瓦礫がロメオに降り注いだ。影を傘のように伸ばすことでそれを防ぐも更なるトリートの射撃に対処が遅れる。

 発射された弾丸はロメオの眼前で弾かれた。しかしそれもトリートの狙い通り。装填されていた炸裂弾はロメオの傍らで爆発し、新たな瓦礫が横殴りにロメオを押し潰した。


「コレクションなんてなくても俺はやってけんだよ色男さんよ」


 小馬鹿にするようにトリートは笑い捨て、這いずるように壁に背を預ける。右脚はもう使い物にならないだろう。逃げるどころか歩けるかどうかも怪しいところだ。

 息を整えながら同じくして体を引きずってまでして寄ってくるリコに視線を落とした。必死に伸ばす手を掴むと引き上げるように隣に置き、同じ態勢でリコも壁に寄りかかる。


「あぁ話の続きだったか。なぁリコ、お前がどんな化物みたいな力持っててもお前はまだ子供だ。ガキだ。そんな時期から他人に化物扱いされてたらよ、お前はいつかその苦しみに潰されちまいそうな気がするんだよ」

「大丈夫だよ……慣れてるから」

「そう強がんな。人間誰だって心に支えが欲しいんだよ。俺だってそうさ。仲間がいて家族がいるからこうして今ここにいる」

「そんなの……ただの綺麗事だよ」


 目を伏せ、リコは緩く首を振る。


「捻くれたガキめ。それでだ、俺がなってやろうと思った。お前の心の支えに」

「………………はい?」


 予想の斜め上をいった発言にリコは困惑の表情をし目を泳がせた。心境的にはプロポーズされた初心な女性のそれに近いだろうか。靄がかった意識が一気に覚醒する。

 トリートらしからぬ言葉になんて返せばいいかも分からず、生返事しか出てこなかった。唇がわなわなと震え、返す言葉を探している内にトリートに先を越されてしまった。


「一緒に冒険してよ。一緒に飯食って、何ならうちの子と遊ばせてやってもいい。そうなりゃさぞかし人生楽しくなると思ったんだが」

「それは……きっと楽しいだろうね」


 想像するだけでなんだか心が弾むような気分になった。自然と口元が緩み、まんざらでもなさそうな顔になってしまった。


「あぁ、だが……残念なことに叶いそうにねぇや」


 トリートの視線がもう動かない右脚へ向けられた。出血こそ抑えられてはいるが、これ以上の移動は望めない上、瓦礫に埋もれたロメオも死んではいないだろう。いずれ脱出してまた一行に牙を剥くに違いない。そうなれば動けないトリートは為す術はないだろう。

 諦めの混じった自嘲気味にトリートは笑った。


「俺も歳だ。元は美味い飯が食いたくて始めた冒険者稼業がこんなに続くとは思ってもみなかったが退くには良い頃さ。これからは若い奴らの時代さ」

「なんだよそれ!人をその気にさせといて何でそんなこと言うんだよ!?」


 ふつふつと湧き上がる感情に自分でも不思議な感覚を覚えていた。会って間もない人間にここまで怒りを覚えたのは初めてだった。憎しみからくるものじゃない。胸に染み渡るような、もっと切なさを持った何かがあった。

 トリートは心配ないと言わんばかりに笑ってみせる。


「俺の代わりはもういるからさ」


 トリートの視線の先を追うとそこには漸く合流することの出来たアイサの姿があった。


「ほら行きな。さっさとしねぇと敵さんが出てきちまうぜ?」

「トリートはどうするんだよ!?見殺しにしろって言うの?」

「置いてけって言ってんだろ。怪我人二人もアイサに担がせるわけにもいかねえだろうが」

「でも……家族はどうするんだよ……残される人の気持ちを考えたことはあるの?子供が待ってるんだよ?クロムとクリスティが、奥さんが、トリートの帰りを待ってるだろ!」


 今にも泣き出しそうな目でリコは必死に食い下がる。ひたむきにまっすぐな瞳がトリートに突き刺さるようだった。

 根負けしたようにトリートは懐を漁ると、一枚の写真をリコの手に持たせた。トリートの家族写真だ。


「ほら持ってろ。後で取りに来るからよ」


 写真とトリートの顔を交互に見てリコは哀切そうに首を振る。幸福感に満ちた写真のトリートを見るとトリートを置き去りにしたくないという想いが一段と膨れ上がってしまう。


「嫌だ……行かないで……」

「お前が行くんだよ。いいか絶対に失くすなよ。後で取りに来たとき持ってなかったら酷い目見るからな?ってなわけだアイサ、そいつすぐへこたれそうなんだ。そんときゃ頼んだぜ」


 アイサは無言のまま頷き、リコの体を持ち上げ肩に掛ける。


「貴方と此処に来れて良かった。御武運を」

「おう、お前も気をつけろよ」


 名残惜しそうに何度か振り返るアイサをトリートは出来る限りの笑顔で見送った。リコの方は我慢に限界がきたようで目に涙を溢れさせ、それを悟られまいと顔を合わせてくれなかった。トリートとしてはバレバレだったから最後ぐらい顔を見せて欲しかったところだ。

 アイサの姿が見えなくなるのを確かめるとトリートは一つ大きく嘆息した。


「ったく、おっさんには世知辛いもんだぜダンジョンってのはよ」


 ロメオが出てくるまでにトリートは手早く準備を済ませる。右脚の応急処置をして、拳銃に弾を込める。先程と同様の炸裂弾だ。

 魔石はもう欠片程度しか残っていない。魔力の回復は殆ど望めないだろうが、藁にも縋る思いでそれを口の中に転がり込ませた。ジャリジャリとした不快な食感とほんのちょっとの魔力を残して魔石はただの石と化す。

 唾液の混じった石ころを吐き捨て、トリートは体の具合を確かめた。

 脚以外なら問題なく自由に動かせる。壁に手を着きながら立ち上がるとロメオの埋まる瓦礫に体毎向き直った。

 トリートは自らを鼓舞するように握り拳を作り左胸を力強く叩く。

 自分は戦争の機械(ウォーマシン)に選ばれた男だ。あの時のダンジョンは酷いものだった。周囲を重火器に取り囲まれ、爆炎と硝煙の中を駆け抜け、気付けば仲間も指で数える程度まで減ってしまい、最終的に残った中から自分が魔王のコレクションに選ばれた。

 偶然自分だったのかもしれない。己の欲を満たしたいだけの自分にこんな大それたコレクションは不釣合いだった。でも今だからこそ自分で良かったと言える。ほんの短い間でも一緒にいた仲間を必死に守りたいと思っている自分がいる。

 残りの魔力を全てウォーマシンへと注ぎ込む。補充したばかりの魔力も全て絞りつくし、強大な魔王のコレクションを起動。


「さぁて正念場だぜトリート・グライウェル」


 するとトリートの準備が終えるのを待ち侘びたかのように瓦礫が隆起し、マグマのように噴き上がった影が瓦礫を退かすと中から忌々しいぐらい済ました表情でロメオ・スプラットが姿を現した。外傷の一つでもあれば儲けものと思っていたが、外傷どころか砂埃一つ付いてない有様だ。脇に抱えたリリスをそっと寝かせロメオは付いてもない埃を落とすようにコートを(はた)いた。


「はて?てっきり全員で取り囲んでいるものかと思ったが、足手まといは切り捨てていったのか」


 トリートの脚の傷口を見るなりロメオは納得したように手を叩く。


「仲間意識の強そうに見えてもその本質はこれとは……可哀想なものだ」


 そんなこと微塵たりとも思っていないだろうに、ロメオは哀れむように瞳を細める。

 勝手にほざいてろ、と言わんばかりに唾を吐き捨てた。そんなことを一々目の前の犯罪者に説いてやる義理なんてない。トリートはただ寡黙に来たる戦闘の準備に備えた。


「そんな体で戦うのかい?それは少々無理があるのではないか?」


 ロメオの背後では尻尾のように鋭利な影の触手が何本もうねっている。その一本一本に致命傷を与えるに十分な殺傷力を持っている上、恐らく破壊も不可能だろう。ロメオからすれば今のトリートは多勢に無勢ということわざを体現してくれているようなものだった。


「まぁ今に見とけや」


 やがてトリートのウォーマシンが右腕から外れその形状を瞬く間に造り替えていく。篭手の形をしていたウォーマシンは義足のような脚鎧と化し、傷ついた右脚に装着された。踵部の歯車が熱を持って回転。移動に当たっては何ら支障はないだろう。そして戦闘にも。


「さぁてこれで五分だぜロメオさんよぉ?」

「ほぉ、なかなか器用なことだ。それで一緒に逃げてればよかったものを」


 出来ることならそうしたかったが残り少ない魔力が切れればウォーマシンの変形は戻り、また無様に地を這い蹲ることとなる。トリートに残された道はこれしかなかった。


「それで?満足に動けるだけで私に勝てるとでも?」

「あぁそのつもりだぜ!!!!」


 開戦の合図はなかった。目を見張る速さでトリートが拳銃を抜き照準し、後退しながら三発立て続けに発砲。

 炸裂弾とわかっていればロメオも正面から受けたりはしない。丸みを持った影の触手が受け流すようにして後方へと弾を逸らすと転じてロメオは反撃に移った。魔王の杖『トリックスター』の魔力を解放し、銃口のように空いた穴から弾丸の如く魔力を発射させる。一気に距離を詰めてくる弾丸がトリートを穿つ直前に脚部のウォーマシンのカートリッジを激発させた。

 爆発的推進力で加速しロメオの弾丸が空を切る。続け様に内部カートリッジを激発させ通路を所狭しと跳ね回りロメオの前へと躍り出た。だが近距離だろうとロメオに死角はない。寧ろ望む所だ。足下の影が噴き上がり、目前の怨敵を突き上げんとばかりに襲った。巨大な剣山が出現し天井を軽々と突き破る。通路全体に激震が走り、パラパラと飛礫が落ちてくる。しかし手応えはない。

 直感的にロメオはトリックスターを脇に差し込むようにして背後へと向けて照準する。大袈裟なまでの接近はロメオの大技を誘発させる威嚇(ブラフ)、本命は背後からの確実に仕留める一撃というわけだ。ウォーマシンの急速旋回で背後へと回り込んだトリートの拳銃の銃口とロメオのトリックスターの先端部の穴が奇しくも重なる。


「オラァ!!」

「はっ!」


 炸裂弾と魔力の弾丸がぶつかり合い爆ぜ、二人の体を軽々と吹き飛ばした。ウォーマシンが地を擦ってブレーキを掛け即座に態勢を立て直すトリートに対し、地から伸びた影がクッションと化し吹き飛びかけたロメオを受け止め既にロメオは次の攻撃の初動に移っていた。トリックスターの先端に集まった魔力の塊が分散、散弾よろしく大量の小粒の弾が一斉に発射される。

 不味いと思うより先に体が動いていた。地に着けたウォーマシンを深くめり込ませ爪先で地面を絨毯を剥がすように蹴り上げた。石製の壁が立ち上がるも余りに脆く、魔王のコレクションから放たれる弾丸を防ぐには心許ないものだ。案の定、壁を貫通してきた弾丸は威力を衰えさせながらもトリートの元へ届き無防備な体を蹂躙するように抉り、パッと血の華を咲かせる。


「う……ぐぅ…!」


 喀血(かっけつ)し膝を折って崩れるトリートをロメオは不服そうに見下ろす。


「どうして魔王のコレクションで防御しなかった?牽制程度のつもりが拍子抜けだな」


 ロメオが語ってる間にもトリートは体中に空いた穴を見下ろした。まるで体温が穴から抜け出ていくような感覚に見舞われる。肌を伝う血液は温かいのに体温は一向に下がっていく。不思議な感覚だ。アドレナリンが分泌して痛みは抑えられていたが長くは保たないだろう。

 防御が出来なかったのは判断のミスなどではなかった。万全ならウォーマシンの迎撃システムを使用して無傷で切り抜けれただろう。だが魔力の底が近い故にウォーマシンのギミックも最低限にしか使えないのだ。


「だがその自己犠牲の精神はなかなか見上げたものだ。君の死後も私の中で君は生き続けるだろう。最期に名前を聞いておこう」


 勝ち誇るようにロメオは口角を吊り上げトリックスターを眉間に照準する。死神の長い手がすぐそこまで迫っているのを感じた。だが時間稼ぎとしては上々だろう。アイサもだいぶ先まで行ってくれたはずだ。

 目を瞑って覚悟を決めると今までの思い出が走馬灯のように流れてきた。その瞬間だけ一秒が永遠にすら思えた。家族と思い出、ダンジョン攻略の思い出、思い返してみればよくこんな綱渡りのような稼業が長続きしたものだと自分でも感心するものだ。それも今日で終わる。割と良い人生だった。


『嫌だ……行かないで……』


 走馬灯の最後に流れた少年の声が木霊のようになって反響する。大きく心臓が跳ね上がりカッと眼を見開く。内から発火したように体が熱を帯びて、手足に力が篭る。

 異変に感付いたロメオはトリックスターのギミックを発動させ至近距離から弾丸を発射させた。トリートの右足から爆音が発す。ウォーマシン内部の薬莢が爆ぜ、凄まじい速度で脚を跳ね上げ、弾丸を弾くと同時に体を竿のように反らせ跳ね起き神速の蹴りを一瞬の内に三発打ち込む。反射的に飛び出した影に阻まれたが衝撃を殺しきれなかったロメオは靴跡を残して吹き飛ばされる。


「わりぃ、死ねない理由があったんだわ」


 内臓が焼けるように熱い。魔力が底を着いて尚も使い続けると人体へ悪影響を多々引き起こすと聞く。頭痛と吐き気も酷い上血も足りない。自分が今どうやって立っていられるのか不思議なぐらいだった。それでも一度生きると決めた以上はやり遂げる。それがトリート・グライウェルだ。

 壊れた拳銃を捨て、立ち上がるロメオを霞む視界に収め、構える。頭の中に目の前の敵を排除することだけを浮かべる。ここにきてトリートは初めてウォーマシンの主足る片鱗を見せた。


「この状況でまだ生き残れるとでも?」

「そのつもりだぜ」


 首を竦めて見せロメオは自分の左右に影の腕を出現させ、トリックスターの燐光を発する魔力を剣の形に変化させた。影による捕縛からの必殺の一撃を叩き込む戦法か、縦横無尽に跳ね回るトリートには有効な戦法だろうが果たして上手くいくか。

 この先戦闘が始まれば言葉を交わすことはないだろう。だからその前に最後の言葉を交し合った。


「君に敬意を込めてこの言葉を送ろう。私の糧となれ」

「くたばれ似非紳士が」


 地面を踏みつけウォーマシンが唸りを上げた。膝部の砲身から放たれた撤甲弾が開戦の合図となった。一層厚い影の壁が這い上がり貫通力の高い弾だろうと易々と受け止める。だがそれはトリートも承知の上、予備の拳銃を抜きながらウォーマシンのカートリッジを激発させ、影により視界の塞がったところを突いて肉薄。更にもう一発カートリッジを激発させると共に横薙ぎの蹴りを放つ。影の壁を押し込み肉を潰し骨を砕く感触が脚鎧越しに伝わってきた。たとえ魔王のコレクションで強化された人間だろうとウォーマシンの直撃を食らえば致命傷と成り得るものだ。一瞬勝利を確信しかけたが直感的な違和感が脳を駆け巡り次の瞬間それは的中した。

 突如万力に締め付けられたように右脚を押さえつけられ青白い燐光を纏った刀身が閃きトリートの目の前で円を描いた。

 ぐらりと上体が傾き尻餅を着くように無様にも倒れこんだ。痛みは後からやってきた。脳が焼ききれるような鋭い痛み、血液がドッと噴き出しているのがわかった。立ち上がろうにも上手く立つことが出来なかった。ウォーマシンの装着された右足がないのだ。あるはずのものがない喪失感に襲われながらトリートは不可解な疑問を抱いていた。

 手応えはあった筈だ。ゴーレムだろうと問答無用に砕くウォーマシンの一撃を受けて何事もなかったかのように反撃に移るなど普通に考えて無理な筈だ。よもや相手は人間。

 何故だ、と言う前に答えは出た。影の壁が消え去り現れたのはトリックスターを手に邪悪な笑みを貼り付けたロメオとその傍らに佇むグチャグチャになって原型をとどめていない影の人形がいた。それはただの人形ではない。人の肉と骨の感触を再現した巧みに作られたものだ。ロメオには最初からこうなることがわかっていたのだろうか。考える間も無く戦いに終止符を打つべくしてトリックスターの銃口が向けられる。

 咄嗟の判断で拳銃を向けると同時に二つの銃声が重なった。

 トリートの放った弾丸は吸い込まれるようにロメオのトリックスターの持ち手を弾き飛ばし悪魔のステッキは宙空へと投げ出される。それに伴いトリートの拳銃も部品毎バラバラとなって地にばら撒かれた。

 相打ちか、とつまらなそうに呟きロメオは影を地面から伸ばし、その形を剣に変形させた。


「だが万策尽きたようだな」


 くつくつと嗤うロメオを見ながらトリートはその背後で影の手に掴まれたウォーマシンの着いた右足に目を向ける。一つ大きく嘆息し、覚悟を決めたように表情を引き締める。


「あぁ勝負はお前さんの勝ちだ。だがお前さんには此処で散ってもらうぜ」


 それは最終手段。魔力も体力も尽き敵対するものに敗れ去った時の為に用意されたもの。威力は絶大、魔力も必要としない。出来る限りの敵を巻き込み殺すためのギミックだ。


「ウォーマシン……自爆しろ」

「……ッ」


 今度は演技ではないだろう。憎たらしいまでの勝ち誇った笑みは消え去り弾かれたようにすぐ後ろのウォーマシンの着いた右足を見やった。赤い光点がインターバルを短くしながら点滅していることからトリートの言葉ははったりではないと確信する。


「悪あがきか……だが悲しいな。それも無意味なことだ」


 ロメオの影がウォーマシンの着いた足を放り投げると影はロメオを包み込むような形態をとる。漆黒の球体は万物を通さない完全なる防御体系なのだろう。一切逃げに走らないところを見るにその見当に違いはない。爆発までにその体系を取れば自然と勝利は転がり込む。だがロメオは忘れていた。勝利を目の前に、ただ時間も迫っていたことからの焦りもあったかもしれない。影が完全にロメオを覆い尽くそうとしたとき、ふと目に飛び込んだ人物の名が口に出た。


「リリス……!」


 虚ろに開いた目を何度も瞬かせるリリスはまだ意識も覚醒しておらず、とてもではないが動けるような状態ではなかった。

 今まで思考の片隅にも彼女のことがなかったことを恥じながらロメオは影の防御体系を解除しすぐさま彼女の元へ駆け寄った。愛娘を抱きかかえるように丁重に彼女の体を抱き留め、今度こそ影による防御体系へと入ろうとする。だがその前に長い電子音が終わりを告げるように響き渡った。


「ゲームセットだぜ。馬鹿野郎」


 諦観するようにトリートは哄笑を漏らし眠るように地べたに這いつくばった。心の中で家族とリコ達への謝意を込め静かに目を瞑った。


 明らかに間に合わない。短い舌打ちを漏らし、ロメオは爆発寸前のウォーマシンの方へ手を伸ばした。蔓のように伸びた影がウォーマシンを囲うように即席の球体を作り上げた。

 爆発の瞬間、ダンジョン全体が揺れ動くような地響きが起こった。ウォーマシンの爆発は影の包囲網を軽々と突き破り、その威力衰えることなく爆風が噴き出した。

 ロメオは影の球体を解除。土壇場で間に合わないと判断するや出現させた影で通路一帯を塞ぐような壁を作り出し防護壁の役割を持たせた。しかし仮にも魔王のコレクションの自爆、外に逃げた衝撃が通路の壁面に皹を走らせる。熱を持った衝撃波が漏れ出し肌を焼き付け、目も開けてられないような風圧が押し寄せた。

 やがて生き物のように業火は牙を剥き、通路全体を飲み込み尽くし一つのフロアを壊滅へと向かわせた。

 瓦礫が全てを嘲笑うように踏み潰し蹂躙する。人間も魔族も関係ない。爆炎が晴れたときそこに立つ者は愚か生物の一つもありはしなかった。

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