13
時はリコの元にアイサを向かわせた後まで戻る。
絶妙な連携でゴーレムを無力化しながら少しずつ追い詰めていく二人の表情に一辺の曇りもなかった。
トリートの援護射撃に加え、マルコの近接格闘によりゴーレムの核が見つかるのも時間の問題となっていた。
ゴーレムが隕石のような拳を振り下ろすとそれだけでフロアは陥没し、でかでかとしたクレーターが跡を残す。
それでも二人の人間を破壊することも出来ない。
魔王の盾『ザ・ジャスティス』
それはマルコの盾であり、マルコの正義感の結晶とも言えるものだ。
その能力は『持ち主の正義感に比例し、強度を増す』というもの。悪人が手に取れば、その強度は青銅以下と下がり果ててしまう。
マルコの正義感がどれほどのものかはマルコ自身も知らない。だがマルコがこの盾を手にして壊れた事は今まで一度もないという。
ゴーレムの拳を受け流すように捌くと、一度距離を取りトリートと合流する。
「どうしたよマルコ。疲れたか?」
ご機嫌に言うトリート。マルコは息を切らしながら額から流れ落ちる汗を拭い捨て澄ました顔でトリートを見る。
「これでも生身の人間なんでな。休憩も必要さ」
「それじゃあ俺は機械兵士ってか、あぁん?」
ガシャンと機械音を鳴らしながらウォーマシンに弾丸を装填しながらトリートは唇を尖らせる。
「瓦礫の嵐を避けながら接近するのは骨が折れるんだ。機嫌を悪くしないでくれ」
「難なら俺が手伝ってやってもいいんだぜ?」
「だがそうすると今度は後方支援がなくなってしまうな」
「だったらその盾でも投げればいいだろ?」
「その時君を守る盾はないがそれでも大丈夫か?」
「誰に物言ってるんだァ?自分の身ぐらい自分で守ってやんよ!」
トリートが一歩前に出てウォーマシンのレバーを引く。
大掛かりな兵器が折り畳むように収縮していき、こぢんまりとした篭手へと形を変える。
『ウォーマシン白兵戦闘形態』
肘の延長線上に伸びた棒が黒光りするフレームと相まって存在感を醸し出している。
「コンビネーションといこうぜマルコ」
「健闘を」
二人は拳を合わせた。直後にトリートが地を蹴る。
ゴーレムは補修の為に周りの地形を吸収して更に巨大化を果たしていた。核を隠すにも巨大化はなかなか利に叶っている。
馬鹿みたいに大きな腕が二つに裂け、計四本の腕が形成される。ゴーレムは目下に躍り出たトリートに狙いを定め、四つの拳が一度に振り下ろされた。
「ハッハー!!」
狂ったかのような笑い声を上げトリートが跳躍。二つの拳の僅かな隙間を縫うように潜り抜け、迫り来る三つ目の拳に照準を定める。
「でけぇ的だぜェ!!」
空中で体を反らせ、弓を引くように右腕を振りかぶる。
端から見れば結果は一目瞭然だったろう。大質量のゴーレムの拳を止めることなど普通の人間にはまず不可能なことだ。
だが、それはあくまでトリートが普通の人間なら、の話だが。
衝撃の刹那、トリートは犬歯を剥き出しにして、醜悪なまでの笑みを見せた。
拳が合わさった瞬間にゴーレムの拳はまるで粘土細工のように崩れ落ち、トリートが拳を振り抜くと衝撃はゴーレムの腕をから肩までを通り抜け、その通り道を完膚無きまでに破壊する。
感情の無いゴーレムの顔に驚愕の色が映ったように見えた。体勢を崩されながらもゴーレムは目の前の天敵に四つ目の拳を振り下ろした。
トリートもそれに喜んで応対する。しかし、二人の間を挟んで巨大な盾が展開された。マルコのザ・ジャスティスだ。
「失礼するよ」
ザ・ジャスティスに魔力を込めることで盾の体積が増加する。ゴーレムの拳を受けて尚微動だにしない。
「グランの方が重いな。この程度……!!」
マルコの強烈な打ち込みがゴーレムの拳を押し返した。完全にゴーレムの体が開き、がら空きの胴体の懐に潜り跳躍、ウォーマシンの着いた右手を分厚い胸板に押し当て、そのギミックを発動した。
肘先の棒が押し出されピストン。爆発的速度で拳が撃ち出され、ゴーレムの岩盤のような胸をぶち抜いた。
その先にある物を目にしてトリートは笑みを深める。心臓のような脈動を繰り返す球体状の核が破壊された胸部の端からひっそりと姿を見せていた。
慌てるような素振りでゴーレムは核を移動させたが時既に遅し。核の移動経路を予測したマルコの盾が弾丸さながらの勢いで投擲され、ゴーレムの横腹を貫いた。
ゴーレムは呆然と立ち尽くした。マルコの盾は狙いを違えることなくゴーレムの心臓である核を射抜いていたのだ。
トリートは距離を置いてゴーレムの最期を見送るべくマルコの隣に並ぶ。
「中々良い支援だったぜ」
「君も良い突撃だったな」
互いの健闘を讃え合い、二人はゴーレムを見上げた。
核を破壊され、魔力が漏れだし、ゴーレムの体は形状を維持出来なくなり始めていた。まるで人の肉が腐れ落ちるようにゴーレムの岩の肉がボロボロと頬、腕、腿と次々に崩れ落ちていく。それは同じ人間の形をしている二人としては気味の良いものではなかった。
ゴーレムの凄惨な最期を見届け、二人はくるりと向き直った。
「ヒィッ!!」
二人の目線の先では一体の魔族が尻尾を巻いて逃げるところだった。二人と目線が合って情けない悲鳴をあげる。バルポイだ。
ゴーレムとグランの死霊魔術に魔力を使い果たしたバルポイは息も絶え絶えに体を引きずり、地を這いずる。
「おーおー、見るに耐えねえぜ」
トリートが悠々とその間を縮め、バルポイの前で足を止めた。
バルポイの顔には驚愕と恐怖の色が浮かんでいた。
「ナゼだ……たかがニンゲン風情ににワタシのゴーレムが負けるなど………アルハズガ……」
くつくつと哄笑を漏らしトリートは手を膝に置き、屈み込んだ。
「あのなぁ、俺のウォーマシンはあの魔王が戦争する前提で作ったんだぜ?たかが一体の魔族の作ったゴーレムなんか目じゃねーんだよ」
「バカな、ワタシのゴーレムは……サイキョウの……」
「最強も糞も結果が全てさ。てめぇのゴーレムは俺達に完膚無きまでに叩きのめされた。そして次は……」
サングラス越しに剣呑な視線がバルポイを射抜いた。
蛇に睨まれた蛙のようにバルポイは縮み上がり、ガタガタと震える。
目の前の魔族は仲間の遺体を弄び、辱めた。相応の報いは受けてもらわなければトリートも気が済まない。
破滅的な機械音が唸った。明らかな殺意を持ってしてトリートはウォーマシンを振り上げ、とどめの一撃を加えようとする。
しかし、トリートの一撃は二人の間に割って入ったマルコによって阻まれた。
すんでのところで手を止め、トリートは眉を顰める。
「何の真似だマルコ?」
「落ち着けトリート、彼を殺したところで何の解決にもならないぞ?」
怯えきったバルポイを一瞥し、トリートと向き合う。
「術者を殺したとして、グランは解放されはしない。魔力はグランの中に残り彼は永遠に生ける屍のままこの世に残り続ける」
「何だって?」
トリートに魔力の教えは無いに等しい。それこそ初歩的な浮遊魔術すらも行使出来ないだろう。
それは、もしトリートが魔術に懸けられたら自力で逃れる術は無いというだ。故にトリートは魔術師との対峙を得意としない。
対策をしないのは彼自身、その手の勉強には辟易としていることもあるが、何より彼の右腕に着いたウォーマシンの扱いに絶対なる自信を持っているからだ。
「ああそうかい。悪かったよマルコ。カッとしすぎた」
ウォーマシンを非戦闘形態に戻すと巨大な砲筒や銃器類の一切が格納され、持ち主の動きを阻害しない外郭へと形を変える。
一歩引いたところでトリートはマルコとバルポイのやり取りを見守った。
トリートが落ち着いたところでマルコは改めてバルポイのところへ歩み寄った。
「マ、マッてくれ!ワタシはまだ……シにたくない!」
「ならば取引をしよう。君の命と引き換えにグランを解放するんだ」
バルポイは必死に震える体を押さえ込み首を縦に振った。
それで命が助かるならば彼にとっても安いものだったのだろう。取引はあっさりと成立した。
マルコは首を巡らせ、リコ達の様子を伺う。
「どうやら向こうも決着したようだな」
バルポイに目で合図するとバルポイはいそいそとした様子で解放の呪文を唱え始めた。
マルコとトリートの戦闘を目の当たりにし、リコはきょとんとした表情で驚愕に呑まれていた。
ゴーレムの一撃を正面から打ち砕くトリートに、ゴーレムの一撃を軽々と防ぐマルコに、ゴーレムの核を撃ち抜いたマルコの正確無比の一撃に。
「今更彼等の強さに驚くんだ?」
傍らでアイサが呆れ気味に呟く。アイサ自身も人間離れした強さをしているだけにリコにとって説得力はない。
「君はもう少し自分の強さに自信を持っていいと思うよ」
「俺だってあれぐらい……出来るもん」
ふてくされたようにリコは唇を尖らせた。
彼もそんな反応をするのだと、アイサは意外に思いながらもその子供らしさにクスリと笑みを零した。
「気負わなくても君は十分に強いよ」
「それって慰め?」
「そうだね……でも半分は本心」
アイサは遠目にマルコ達の姿を捉えて、一匹の魔族とのやり取りを見守る。
「あの様子だとグランは解放されそうだね」
バルポイが呪文を唱え始めるのを確認すると確信を持ってアイサは言った。
死霊魔術によって媒体となった者の魂はその体に縛り付けられると言われている。もしグランが解放されなければグランの魂は屍の中に残り続け、永遠にこの世をさまようことになるのだ。
だからバルポイは生かしてグランを解放させる必要があった。
見事マルコ達はそれをやり遂げた。
たとえ傷付こうと仲間を救うためなら全力で強敵に立ち向かう彼等に、リコは尊敬の念を抱いていた。
『なぁリコ、人間は嫌いか?』
ふと、頭の中で恩人の声が反響する。嘗ての自分はその問いに頷き、肯定した。
自分の居場所を奪った人間が、自分を痛めつけ嘲笑う人間が、自分を裏切った人間が、嫌いで。
そして最高の親友を死なせてしまった人間の自分が嫌いだった。
『お前は悪いとこばっか見過ぎなんだよ。人間………そんなに悪いもんじゃないさ。まあ今はわかんなくても…………何れわかる時が……来る…さ』
また恩人の声が頭の中に響く。それは彼との別れの言葉。
この言葉の意味が今ならよく分かる気がした。
今目の前にいるアイサやマルコ、トリートこそが恩人の言っていたことの意味するものなのだろうか。
心のどこかでそうであって欲しいと願う自分がいる事に気付いた。
自分は人間が嫌いだ。それなのに、彼等のことが好きだ。
矛盾した感情を抱いている割にリコの気持ちは晴れ晴れとしていた。可笑しな気分だ。胸の奥に何かがつっかえてもどかしいのに、その大元を吐き出したくない。ずっと引き止めていたい。
――――これが人を好きになるということなのだろうか?
一人自問自答している内にグランを押さえていたアイサがいつの間にか隣まで来て、その横顔をまじまじと見つめていた。
「わっ!なんだアイサか……グランの方は大丈夫なの?」
「もう大丈夫、あいつの魔術も弱まってきてるから。それより君、気難しそうな顔してたよ?」
ふと我に帰りグランの方に目線を向ける。そこにはまるで邪気の抜け出たように清らかな表情で天を仰ぐように地に転がるグランの姿があった。
既に意識はないようだが、彼が救われたということだけは後光が差したような彼の姿から見て取れた。
「質問に答えて」
ずいと一歩詰め寄られ、たまらずのけぞってしまう。
足がもつれてずっこけてしまいそうになると背中に手を回され、まるでダンスでも踊っているような体勢になってしまった。
「まだグランのこと引きずってる?それとも別のこと?」
貫くような鋭利な視線がピタリとリコの目を射止めて逃してくれない。リコはたじろぎながら、勘弁したように問いに答えた。
「ちょっと昔の事を思い出してただけだよ」
言いながらアイサを引き離し、言葉を続ける。
「偶にあるんだ。昔の友達のことが頭に浮かぶこと。だから僕は大丈夫だよアイサ」
そう言って心配してくれるアイサに目一杯の笑みを作って見せた。
「昔のこと……ね」
相対的にアイサはどこか哀しげに目を細め、小さな吐息を吐き出した。その中には落胆の色すら映っているようだった。
「君、何か隠してない?」
リコの自然と笑みが消えていく。ここまで心の内を見透かされているようだと不気味な気さえしてくる。
短い沈黙の後、一つ大きな深呼吸をし、頭に浮かべた幾つかの答えから一つを選び、口にした。
「そうだね。アイサの言うとおりだ。俺は隠し事だらけさ。ねぇアイサ……前アイサの家で耳打ちした言葉覚えてる?」
「『こう見えて昔は人じゃなかったんだ』。確かそう言ってたね」
「その言葉通りの意味さ。それが僕の秘密だよ」
暫くアイサの視線がリコのものと重なった。嘘をついているようなものではない、それこそ観念したような目をしている。
「じゃあ君って……?」
「ぅおーい!!お前らぁ!」
アイサの言葉は騒々しい大声にかき消された。アイサは嘆息を漏らし声の方に体を向けると 陥落したゴーレムの残骸を背に、人型の魔族の首根っこを捕まえて此方に歩いてくるトリートの姿があった。
「空気の読めない人……また後で聞くよ」
参ったように後ろ髪を掻きながらアイサはトリートと合流する。
リコもその後ろに続く。心の中は安心したような、でも言えなかったことの悔いも確かにあった。
「それでもいつかは……」
誰にも聞こえないような、今にも消え入りそうな声でリコは呟く。それはあくまで自分の意志を確かめるもの。だから誰にも聞かれたくない気持ちもあったのかもしれない。
やや不機嫌気味にアイサは腕組みし、トリートの抱えてきたバルポイに目をやる。
「そいつ、殺さないの?」
明確な殺意を持ってアイサはバルポイを睨む。身内の遺体を辱められたのだ。表では澄ましているが内心ドロドロとした憎悪と殺意に満ちていただろう。
「気持ちは分からなくもないがなぁ……うちのリーダーが勝手に交渉しちまったんだよ」
手荒くバルポイを地面に下ろしながらトリートも苦言を呈する。
「そんな口約束、破っちゃえばいい」
「マてマて!ハナシがちがう!!」
冷淡な瞳で見下ろすアイサにバルポイは後退り、トリートの後ろに控えていたマルコにすがりつく。
「すまないなアイサ、確実にグランを解放させたくてな」
「それがマルコの判断なら……仕方ない」
名残惜しそうにしていたがアイサは渋々とリーダーに従うことにした。
バルポイを引き剥がすとマルコは他の三人に並び、バルポイの正面に立った。
「それでは約束は守ってもらうぞ。グランの解放、そして他の仲間達に私達のダンジョン攻略を邪魔させないよう命令を出す。そうすれば君の命だけは助けると私も誓おう」
バルポイはかくかくと頭を縦に揺らし、承諾する。
ダンジョン攻略の最中に魔族と取引するなどリコも初めてのことだった。それをやり遂げたのはマルコだ。相手の心理を理解し、相手が最も欲しているものを提示して取引を成立させる。簡単なようで上手くいかせるには相当な交渉術、話術がいるだろう。
マルコの人柄も取引を成功させる一因なのだろう。リコも彼と話す間、得も言われぬ安心感を得ていたのは確かなことだった。
「それにしても俺は腹が減ったぜ」
トリートが天を仰ぎ、腹をさする。魔力の消費の激しいウォーマシンを使うトリートは四人の中でも特に消耗しているようだった。
マルコは懐を漁ると、一本の補給食を取り出し、トリートに投げ渡す。
「今はそれで我慢してくれ」
「あいよ。贅沢は言わねえさ」
包装を破り捨て、中身のビスケット状の食糧を一口で一気に半分食べきった。
「悪いなトリート、安全なところに移るまでの辛抱だ」
へいへい、と言わんばかりにトリートはひらひらと手を振る。
少し間を置き、マルコは横たわるグランに目を向けた。既に事切れた彼を弔うように目を瞑った。
「グラン、聖騎士団の誰もが君を尊敬していたよ……ゆっくり休んでくれ」
胸の前で柔らかく拳を握り、嘗ての仲間に別れの言葉を告げるとマルコはゆっくりと目を開いた。気持ちを切り替え、三人の方を振り返る。
「先を急ごう。まだ終わったわけではない」
いつまでも悲しみに浸るわけにもいかない。それは誰もが理解していることだ。リコもアイサも力強く頷き返し、トリートも残りの補給食を押し込むように口に入れ了解の意を表すようにピンと親指を立てた。
放心状態のバルポイを背にし、一行は先の道に足を向けた。
「ほぉ、こんなところに隠し扉か」
その直後、この場の誰でもない何者かの声が轟いて、誰もが足を止めた。
背後からおぞましい程の殺気。刹那、青白い燐光が流星の如し勢いで一行に飛来する。
いち早く察知したリコがパニッシャーの一振りでそれを掻き消した。
いつか来るとは踏んでいたが故に、リコはその一撃に対処出来たとリコも痛感する。燐光が晴れ二つの影が姿を現す。
「やっぱりお前か……ロメオ・スプラット!!」
「これはこれは、また会うとは……これも巡り合わせかな?リコ君」
人懐っこい笑みを浮かべる美丈夫は再会を喜ぶように鷹揚に両手を広げていた。
「こいつがあの殺人鬼か?」
予想に反するロメオの外見に拍子抜けしたようにトリートは目を細める。
「でもかなり強いよ。気をつけてトリート」
そう言うリコもほんの一度の手合わせだった。お互い手の内を見せない小手調べ程度でしかなかった為その強さは未知数である。
「何だ知り合いかよ?」
「顔見知りだよ」
トリートとのやりとりにロメオはショックを受けたように悲痛の表情をする。
「そんなリコ君、一度は共にダンジョン攻略をしようと誓いかけた仲ではないか?顔見知りとは傷付くなぁ」
リコは顔を顰めた。二度も殺しに掛かっておいてどの口がそんな戯言を吐けるのか。問いただしてみたかったが話が拗れそうになりそうだから言及はしなかった。
「こんな奴がグランを殺ったってのかよ……?」
未だ信じ難い様子でトリートは唸る。マルコも同じような顔をしていたが細心の注意を払ってロメオと相対している。アイサに限っては至って平静でいるようだった。
ふとロメオの視線が下の方を向く。視線の先にはすっかり弱り切った魔族を視界に捉えた。バルポイだ。
ロメオは笑みに狂暴さを含ませた。
「今日は運がいい。宿敵を二人も葬れる」
魔力の解放をリコは肌で感じた。背筋に悪寒が走る。初めて目にするロメオ・スプラットの魔王のコレクションに目を奪われてしまっていた。
しかし次の瞬間、ロメオのした行動は魔王のコレクションの現出ではなく、腰に差したステッキを抜き、その先端をバルポイに照準した。
「射て『トリックスター』」
解放した魔力は魔王のコレクションを現出させるものではなく、魔力の補充だったのだ。
先程目にした青白い燐光がステッキの先端に集い、バスケットボール程の球体を作る。
一同身構えるとほぼ同時に球体は形を崩し、針状になって目の前一帯を制圧するように覆った。
「みんな僕の後ろに下がって!」
パニッシャーを振りかぶり、リコが一歩大きく前に出る。薙ぎ払うように手に持った斧槍を振るい、一本残らず降り注ぐ閃光の針を打ち払う。
強すぎる光に眩んだ視力が回復に向かうに連れ、目の前の景色が鮮明に映っていく。リコは息を飲んだ。
「一人でも巻き込めれば良しと思っていたが……やはり一筋縄ではいかないか」
バタリとバルポイが地に伏した。体中、蜂の巣のように穴だらけにされ毒々しい青色の血を溢れ出させていた。
「ヤ、ヤだ…………ワタシは……マダ………」
最期の最期までバルポイは己の死に恐怖しながら息絶えた。
ふん、とロメオは短く鼻を鳴らした。
「私の怒りを買って生きている者など、そうはいないさ」
ロメオはダンジョン制覇の半ばまで来てバルポイ率いるウィッチにダンジョン外に追い出された身だ。怒る気持ちも解らなくもない。
ロメオは改めて四人に視線を飛ばす。その瞳には刃のような剣呑さを含んでいた。
「さて、邪魔者はいなくなった。私達の戦いを始めようではないか!」
高らかとロメオの声が響く。怖じ気づく者は一人といない。
戦いの時だ。
リコだけではなく、誰もがそう感じていた。




