12
あの時、グランの誘いを断ってなかったらこうはなってなかったかもしれない。
そんなことを今更後悔したところで何も変わらないし変えられない。
「みんな、僕の合図で行って」
リコは意を決した。
グランを解放する。それが今出来るせめてもの償いだった。
魔力に不自由はない。傷も完治していた。魔王のコレクションの所有者足る所以か。その回復力は超速再生能力を使わずとも尋常ならざるものだ。
魔力をパニッシャーに充填。刃が紫色の魔力を纏い、リコはそれを背中の後ろにくるまで振りかぶり、地を振り抜いた。
破砕音と共に大地が隆起し、ひび割れる。大粒の石礫が推進力の塊となってグランとバルポイに飛来した。
「ハッハ!この程度……」
余裕を持ってバルポイはゆったりと右腕を持ち上げた。くいっと右手を天に向けて掲げると大規模の石の壁を大地から生成し、盾代わりに礫を受け止めさせた。
しかし、一時的に二人の視界を遮ることに成功すると、四人は一斉に動き出した。
中央に大きく一歩飛び出したトリートがウォーマシンのギミックを発動させ、腕部に収納された誘導弾が壁の先のバルポイをロックしていたのだ。
放物線状に軌道を描き、誘導弾の奇襲がバルポイを襲った。
たとえ防御しようと爆風によるダメージは必至。そこまで瞬時に理解し、バルポイは大きく後退した。
「うまく分断した……!」
不敵にトリートが微笑んだ。自分の作った壁によって逃げ道を制限されるのは皮肉なものだったろう。
バルポイは目の端で二つの影を捉えた。予め先回りしていたのだろう。マルコとアイサだ。
「この……コシャクなぁ!!」
苛立ちに声を荒げバルポイは両腕を交差させ、両手に魔力を漲らせる。
「アイサ!」
マルコの合図と同時にナイフを構え、握りのスイッチを押した。空を切り裂き、同時に耳を裂くようなバルポイの甲高い悲鳴が巻き起こった。
ガス噴射によって柄から射出されたナイフの刃がバルポイの右手を貫いたのだ。
集中力の乱れによって両手の魔力が掻き消え、二人は一気にバルポイとの距離を縮め、接近戦へと持ち込んだ。
魔術に依存する種族は肉弾戦において脆弱なものが多い。ウィッチはその典型だ。
マルコの盾による一撃を諸に食らい、バルポイの嘴に亀裂が走る。
白兵戦に秀でた二人の攻撃を同時にかわす術はバルポイにはなかった。それこそ最初から防護魔術を使用していたなら結果は変わっていたかもしれないが今はダメージで魔力を練ることも叶わないだろう。
アイサの右足刀が首を薙ぐ。アイサの足に骨を砕く感触が訪れ、アイサは心の内でほくそ笑んだ。
「クソ…………がぁ!」
あと一息というところでバルポイの風魔法が二人を吹き飛ばした。威力自体大したものはなく二人は容易に受け身を取ると、追撃態勢を取るが、バルポイから放たれている異様なまでの圧力にふと脚を止めた。
「クソ……クソ……クソォォォォォォォォォ!!ニンゲンふぜいがなめたマネをォ!!」
「首の骨折ったのによく喋れるものね」
呆れながらも感心するようにアイサが言うとバルポイはキッとアイサを睨んだ。
「ダマレ!!オアソビはオシマイだ!これでミナゴロシにしてやる!!」
両手に込めた魔力が禍々しく変色し、そのまま地面に流し込みバルポイは魔族の言葉で詠唱を施す。
すると、ボコリと大地が盛り上がり、七メートル近くの大質量の壁が出来上がる。拍子抜けしかけたとき、濃紫色の魔力が壁を駆け上がっていった。幾何学的な模様を描き、次々に壁が削られ、魔力によって成形。人間と同じ形をした岩の人形が現出した。
マルコは興味深そうにその人形を見上げ感心するように呟く。
「ゴーレムだな。石や金属を人の形にして生命を吹き込む魔術人形の一種だ。しかしこれほど大きなゴーレムは初めて見るな」
「これが動くの…?」
ぽかんとゴーレムを見上げるアイサがげんなりしたように呟く。
「そうだ!!これぞわが最大魔術!キサマラもオシマイだ!!キャハハハハハハハ」
息を切らせながらもバルポイは勝ち誇ったように耳障りな笑い声を上げる。
「一々うるせぇ野郎だぜ」
そこでトリートが合流し、三人は並んでゴーレムを見上げる。
「作戦はあんのかマルコ?」
「具体的にはないがこの魔術で奴の魔力はほぼ無くなったと見ていい」
バルポイに目を向けると、残りの魔力で防護結界を張り身を守る事に徹しているようだった。
「じゃあゴーレムに集中出来るね」
「そういうことだ。先ずは脆い箇所を探して、そこを重点的に狙う。そして……」
マルコはちらとフロア奥で戦いを続けるリコとグランの屍を見やる。
「グランは強い。彼一人で危険なときは最悪一人はあちらに向かっても構わないと思っている」
「やっぱり子供が心配か?」
トリートがニヤリと笑って言うと、隣のアイサも可笑しそうに微笑を浮かべる。
「それはトリートも一緒じゃ?」
「さぁな、ほら来るぞお前らぁ!」
魔力の充填を終えたゴーレムが拳を振り上げた。それをトリートのウォーマシンが迎え撃つ。ウォーマシンから連射された徹甲弾とゴーレムの拳が撃ち合わさり開戦の合図となった。
時は少し遡る。
トリートの誘導弾が発射され、バルポイを見事引き離すと同時にリコも駆け出していた。
爆風を掻き分けるように跳躍し、グランに肉薄し、その手に握るパニッシャーを振りかぶった。
目の前は見えなくとも、魔力の気配と硝煙の臭いの中に混じる微かな血臭に標的の居場所を掴むのは朝飯前だった。
「せあぁぁ!!」
「グガアァァ!!」
意外にもグランも既にリコの居場所を見抜いていた。生前に築いてきた直感力か。ミョルニルを腰の下で構え、天を突くような打ち上げが見舞われた。
雷のように打ち下ろされたパニッシャーとミョルニルが衝突する。
コレクション同士が打ち合わさる金属音。
断頭台の刃が雷神の鎚を弾き飛ばし、ミョルニルが地に転がる。
「はあぁぁ!」
着地と同時に返しの鎌を振るう。狙いを防備の薄い肩関節部に絞ると、身を捻り、膂力と遠心力に身を任せ、パニッシャーを振り抜いた。
メキリと鈍い音と感触にリコは顔をひきつらせた。
斬れない。思うより堅固な鎧だ。
「うらぁ!!」
グランが無茶苦茶に暴れ狂う。凶器のような拳が頬を擦過していき、一旦距離を取った。
「パニッシャーでも砕けない鎧……魔王のコレクションか?」
すぐにそれは違うと気付き、リコは大きくかぶりを振った。
魔王のコレクションを使うにはそれこそ多大な魔力を必要とする。いくら聖騎士団の騎士団長を務める者でも生身の人間だ。二つ同時に魔王のコレクションを使うのはいくら何でも体への負担が大きすぎる。
何か特殊な金属で加工されたものか。
考える間もなく、グランは足下のミョルニルを手に取り、間合いを詰め、物凄い勢いで接近してくる。
あまり鈍器相手に打ち合うものではない。先程から手が痺れて仕方ない上、いつパニッシャーが折れるかわからないし折られてはそれこそたまったもんじゃない。
グランの接近に先立ち、リコは屈むと左手を地に着けた。
地に己の魔力を流し込み、拡散させる。一瞬にして罠を作製し、グランが範囲内に入った瞬間、魔力を爆発させた。
リコの周囲約五メートルの地が耳をつんざくような爆発音を立てて吹き飛んだ。
本来のグランなら或いは咄嗟にかわせたかもしれない。だが生きる屍と化した今のグランにそこまでのものはなかった。
吹き上がる爆風に飲み込まれ、グランは吹き飛び、何度もバウンドし地に転がる。
「がぁ……!ヴぅ……」
口から止め処なく血を溢れさせながらもグランは獣のように呻きながら立ち上がる。
リコはその様を哀切そうに見つめ、目を細めた。
「グラン騎士団長……あなたと話したいことがいっぱいあった。でも、それももう叶わない」
言葉も最早通じない。それもわかりきった事だった。だからリコは、最後に自分の本音を打ち明けることにした。
「聖騎士団は嫌いだ。でも……俺はあなたが嫌いじゃなかったよ。あの時、誘いを断ったのは、半ば僕の意地みたいなもんだったんだ。その結果がこれだ。だから………せめてもの償いはしたい!」
パニッシャーが風を切り、魔力を纏う。覚悟は決まっている。グランを解放する。彼はもう死んでいるのだから。
「ゴアァ!!」
グランの怒声に応じるようにミョルニルに雷が発せられた。
転瞬、グランの姿が残像を残して消え、電光石火の速度でリコとの距離を一気に縮めた。
一度目にしていた甲斐もあり、咄嗟の反応に遅れは取らなかった。しかし、それでも音速を超えるグランの速さにカウンターを繰り出すまでには至らない。
反撃は無理と判断するや、両手でパニッシャーの柄を握り、防御の体勢を取る。
「ゼアァ!!」
一閃、グランのミョルニルがパニッシャーを振り抜き、受けたリコ毎、宙へと吹き飛ばした。
「ぐっ……!!」
チカチカと目の前が明滅し、一瞬何が起きたのか理解が遅れる。自分が空中に吹き飛ばされたと気付く頃には既にグランは次の攻撃に入っていた。
「ジャアアァァ!!」
すぐ側でグランの咆哮が木霊する。
ヤバいと思う前に体が動いていた。右手の魔力が六角形の盾の形を成し、声の先に向けると、ほぼ同時に衝撃が走り、凄まじい速度を以てリコは地に叩きつけられた。
盛大な土煙が舞い、一時視界が封じられる。出来ることなら今すぐにでも反撃の機会を伺いたいが、体が思うように動いてくれないでいた。
「あぁ……くそ……」
自分にしか聞き取れない、今にも消え入りそうな声でリコはぽつりと呟き、ゆっくりと身を起こした。
痛みに顔を歪めながら打ちつけられた右腕をちらりと見ると、そこには見るも無惨な、腕とはとても言えない姿をした右腕が辛うじてリコの肩に繋がっていた。
出来ることなら使いたくはなかったが今使わなければこの先もっと酷いことになるだろう。
『超速再生』
多量の魔力を行使し、それを右腕や体のあちこちの傷に集めると瞬く間に右腕が元の形を取り戻し、小さな擦り傷や出血等の全てが完治していく。
超速再生能力、便利なだけに燃費が非常にに悪いのが玉にきずだ。
気配を悟られないように気をつけながら、リコは身を起こしパニッシャーを握り締める。
グンッと体を引き締められるような魔力の高ぶりを感じながら、リコは感覚を研ぎ澄まし、索敵に当たった。
未だ土煙は舞い、一寸先も見えない。しかし、聴覚が敵の足音や息遣いを、視覚が土煙の微かな揺らぎを、そして嗅覚がグランの鎧にへばりついた血臭を、研ぎ澄まされた五感がグランの居所を教えてくれる。
二時の方向にその存在を感知し、リコは体を向けた。
刹那、パァンと爆発音に似た雷鳴がリコの鼓膜を震わせた。
二時の方向から青白い雷が走る。グランも此方に気付いているのだと予感する。
次の瞬間、雷が弾けた。不規則な軌道を描いて、蛇のようにうねる雷が飛来してきた。
「ッ!!」
面食らう間もなく回避に移る。横っ飛びで転がり、間一髪で雷の光線を避けると、リコは負けじとパニッシャーを振りかざした。
「死に帰れッ、グラン!!」
パニッシャーを覆う魔力が斧の刃となり、巨大な断頭台のようにその刃がグラン目掛けて打ち下ろされた。
土煙を吹き飛ばし、地をかち割り、空間を衝撃の余波が駆け抜ける。
手応えはあった。しかし、開けた視界に映ったのは尚も戦意を漲らせるグランの姿だ。
パニッシャーの渾身の一撃はグランの特殊な金属の鎧を切り裂き、右腕を肩口から吹き飛ばしていた。それでもグランの動きを止めるには至らなかった。
「紙一重でかわしたか……」
今のでも駄目か、と小さく舌打ちを漏らし、リコはパニッシャーを地から引き抜き、迎撃の構えを取る。
肩口から流れ落ちる夥しい量の血を気に止める様子もなく、グランは左手のミョルニルに雷を蓄えた。
『来る』と身構えたその時、視界の端から小ぶりのナイフが飛来し、グランを急襲した。ガキィンと鈍い音を立ててグランの横っ腹に衝突し、鎧の装甲に弾かれはしたが、グランは体勢を崩して大きくよろめいた。
更なる追撃がグランを襲った。今度はグランの足元に別のナイフが突き刺さり避ける間もなく爆風を巻き上げグランを吹き飛ばしたのだ。
前にも見た攻撃にリコはそれが誰によるものなのかすぐに理解した。
「アイサ……!」
いつの間にか傍らには冷淡な瞳で地に転がるグランを見つめるアイサがいた。アイサはグランが立ち上がってこないのを確認するとリコに体を向けた。
「無事だった?」
「何でアイサ……向こうの方は!?」
「君の方が気になって集中出来ないんだってさ」
首を巡らせてマルコ達を見ると、まさに激戦を絵に描いたようなものだった。
岩のゴーレムは砕かれた腕を幾つにも枝分かれさせ、まるで蛸の腕のように姿を自在に変え、二人に襲い掛かる。
一方でマルコとトリートは息のぴったりと合ったコンビネーションでゴーレムを追い詰めていく。
トリートはウォーマシンの形態を従来の篭手に戻し遠距離支援し、自分とマルコに襲い掛かる触腕を次々と撃ち落としていき、その隙をマルコが突いてゴーレムへと接近し、盾による痛烈な一撃、二撃を加えていく。
ゴーレムも負けじと再生を繰り返し、形態を変え、その力の源となる核を悟られまいとその居場所を移しながら戦っているようだ。
意外に知恵の働く戦い方をする。それこそバルポイの魔力を引き継いでいるからだろう。
「ああいうのは慣れっこなんだってあの二人」
ふん、と仲間外れにされたのが気に食わないのかアイサは不満げに鼻から息を吐き捨て、リコに目を向けた。
「でも君が気になって仕方ないんだって。だから私が君の手助けをしてあげようって話」
「でもアイサこれは俺の……」
「償い?」
ぎくりとして表情を曇らせるリコを見るやアイサは呆れ顔で溜め息を漏らした。
「君さ、まだ自分の所為だと思ってるでしょ?」
リコは押し黙ったまま小さく頷いた。アイサは首を横に振り、リコの目の高さまで屈むとその視線を絡ませた。
「誰も口にしない。マルコもトリートも私も。あの時、私達がグラン達からはぐれたりしなければこんな事態にはならなかったんじゃないかって」
「それって……」
「私達も自分の所為じゃないかって思ってる。決して君だけの所為じゃない。だから――――」
コツンとアイサの額がリコの額に合わさった。
「一人で全部背負い込まないでいいよ。私も手伝うから」
慈愛に満ちた微笑みがフェイスマスク越しに垣間見え、安心感からか目頭が熱くなるのを感じた。優しくされることに慣れてなかったからか、今にもアイサに泣きついてしまいそうだった。
「ごめんアイサ……ありがとう」
心からの謝罪と感謝が一緒に出てきてどういう顔をすればいいのか自分でもわからず、それでも心の荷が軽くなった解放感からか知らず知らずの内に口元が綻んでしまっていた。
「よし、じゃあ先ずは二人でグランを止めよう」
パシッとリコの背を激励代わりに叩くと、負傷し低く唸るグランに体を向けた。
腕の落ちた右肩からは未だとめどなく血が流れ落ち、グランが屍でなければ致命傷と言っても過言ではない。
しかしその肩からの血も時間の経過に伴い流量を減らしていっている。
「やっぱり、傷が塞がってきてるね。ウィッチの魔力のおかげ?」
先程、トリートに吹き飛ばされた時もバルポイの魔力により、その傷は完治した。
恐らくバルポイの魔力が切れなければグランは動きを止めないだろう。
「首を跳ねる……いやそれでも止まらないかも……」
「アイサ、グランのハンマーの能力だけど二、三回、強いのを一回撃った後は雷を溜めないといけないみたい」
成る程、とアイサは頷き小振りのナイフを一本ずつ、両手に取る。それに付け加えるようにリコは続けた。
「それにあの鎧、パニッシャーでも斬れないぐらい硬いもので出来てるよ」
リコの言葉にアイサは目を細め、その白銀の武装を注視した。激戦の傷跡が痛々しい程に刻みつけられてはいるが、大きな損壊は無いに等しい。
「あれは……多分聖水の効果」
「聖水……!」
それは聖騎士団とほんの一部の機関にしか配給されない代物、普通の冒険者なら手に入れられるようなものではない。
その効果は何にしても絶大なものを生む。魔力の九割半を弾き、聖水の込められた武具はその性能を飛躍的に向上させると言われている。
言わば人間の対魔族最終兵器と呼べるものだ。
聖水があったからこそ人間は質で勝る魔族との戦争で勝利を勝ち得たと言っても過言ではない。
「だからパニッシャーの刃が通らないんだ」
「構えて、動き出した」
アイサの瞳の剣呑さが増し、臨戦態勢を取った。リコもそれに習うようにパニッシャーを握り締める。
同時にグランも残った左手にミョルニルを携え、青白い雷を蓄えた。
「どうするアイサ?あの調子だとバラバラにしないと動き続きそうだよ」
「そこまでする必要はない。要は動きを止めればいい。アシストお願い」
グランの姿が消えるのとアイサが動き出したのはほぼ同時だった。
グランに感情が残っていたならさぞ驚いたことだろう。まさか光速に近い速さにカウンターを食らうなど思っても見なかったろう。
ミョルニルは空を切り、曲芸のようにアイサは宙で身を翻し、ナイフをグランの剥き出しの右肩へと突き立てた。傷口を抉る形となり、鮮血が飛び散り、アイサの藍の髪を赤く塗らす。
グランの動きが止まり、遅れてリコがグランに肉薄する。
闇雲に振りかざしたミョルニルを最低限の動きでかわし、リコは地を蹴って跳躍、空中で半回転し右脚を高々と振り上げた。
束の間、時がゆっくりと流れた気がした。
唖然とした顔で空中のリコを見上げるグランの表情が鮮明に映しだされる。
リコは靴裏を天井に向けた。断頭台から最後に振り下ろされた一撃はパニッシャーの刃ではなくリコ本人の踵だった。それは人の形をしていたグランへの最後の情だったのかもしれない。
風を切り、グランの頭頂部に魔力を纏った踵が打ち込まれた。
頭蓋の砕ける感触が靴を通してリコの神経に伝わり、そのまま右脚を振り抜きグランを地に叩き伏せる。
地が陥没し、ひび割れ、グランは頭から叩きつけられた。
それでも尚起き上がろうとするグランをアイサが押さえつけ、左腕の関節を取って封殺。完全にグランの動きを封じ込めた。
「ナイスアシスト」
暴れるグランを押さえつけながらアイサは優しげな声調で語りかける。
それがリコに一つの戦いの終わりを告げてくれた。
リコは大きく息を吐き、額に浮かんだ珠の汗を拭い、アイサに顔を向ける。
「アイサの動き、とても凄かったよ。どうしてグランの動きが見えたの?」
魔王のコレクションも持たないアイサの身体能力は人並しかない筈だ。しかしアイサはリコでも反応出来なかったグランの初動に着いていったのだ。
アイサは天を仰ぐように目を泳がせた。
「そうだね……グランの視線が一瞬私に向いたから粗方狙いは私かなって。後はグランの重心が動いた時を見計らって動き出したら思いの外上手くいってくれたね」
リコはポカンと口を開いてアイサを見つめる。
「……それだけ?」
「それだけ」
それをあの一瞬で見極める事がどれだけ難しい事か、果たして彼女は理解しているのだろうか。
「アイサって一体何者?」
「ただの見習い冒険者だよ」
「見習い冒険者がゾンビの騎士団長を倒せるわけないでしょ!?」
「君が弱らせてくれてたからね。どちらにしろ片付いたみたいだね。こっちも、向こうも」
見計らったように爆発音が轟き、思わずリコは小さく飛び上がってしまった。
恐る恐る振り返るとそこにはフロアの天井にも届きそうな程にまで巨大化したゴーレムが呆然と立ち尽くしていた。




