11
だいぶ歩いた後、少し脚を止め、隠密行動の得意なアイサを偵察に出向かせた。
「だいたいこの辺か……?」
目を細め、トリートは辺りをぐるりと見回す。
「そういえば、何で魔力の探知なんて出来たの?」
端末の機能と言えばそこまでだが、ただでさえダンジョン内で通信出来るという画期的な機能を持つというのに、そこまでの機能を小型の機械に組み込むのは無理があるように見える。
「あぁ、それなら俺の魔王のコレクションを使ったんだよ」
トリートがさらっと言ってのける。何か別の道具を使ったのだとは予想していたが魔王のコレクションを使っていたとは、リコも驚かされた。
リコの驚愕する様を見てトリートは口角を吊り上げた。
「驚いたか?どうだ見たいだろ?」
「うん、まぁ見たいかな」
さらりと言うがリコの瞳は無垢な子供のように輝いていた。
「ふっふ、そんなに言うのならば見せてやろうじゃないか」
トリートは得意気になってもったいぶるように魔力を発しようと、両腕に力を漲らせた。
しかし、その直後、ホラー映画よろしく背後からゆらりと姿を現した影がトリートの肩に触れた。
背筋に氷塊を入れられたような感覚がトリートを襲った。体を投げ出すように前方に転がり込み、臨戦態勢に入るように腰を落とし影と対峙する。
が、すぐに警戒は解かれることとなった。
「そんなに驚く必要ある?」
そこには偵察を終えて帰還したアイサがやや呆れ気味に首を傾げて立っていた。
「なんだアイサかよ。せっかくいいとこだったのによお」
「それはごめん。でもそれより大変なことだったから」
トリートはリコと顔を見合わせた。事の優先度がアイサの方へと傾いたのを確認しあい、二人はアイサに顔を向ける。
「何があった?」
マルコも合流し、アイサは改めて報告を始める。
「私達と共にダンジョンに入った冒険者達の遺体を見つけた。詳しくは……実際に見た方が早い」
意味深にアイサは視線を落とし、額に手を当てた。よく見ればアイサの顔は酷く青ざめていて、今にも貧血で倒れそうだった。
リコの中で嫌な予感が胸を過ぎる。すぐにアイサの案内を受けて、その現場へと直行した。
奥に進んで行くに連れて、ツンと鼻にくる臭気が濃くなっていく。
胃の中のものがせり上がってきそうになってたまらず口元を塞ぐ。
隣を見ると他の者も同じだった。トリートは嫌悪感を剥き出しに鼻を摘み、マルコも眉間に皺を寄せ、袖で鼻と口元を押さえていた。
アイサも佳境に入るとフェイスマスクを装着する。
一際狭い通路に入ると周囲の湿度が一気に上昇する。蒸し暑さにじっとりと汗が滲み、闇が一行を包み込み、臭気も相まって最悪の環境だった。
自然と走る速度が上がる。口には出さないが誰もがこの通路を一秒でも早く抜けたいと思っているのは明らかだった。
「抜けるよ」
アイサが通路の出口を指差す。光が差し込み、闇を切り払って光に逃げ込むように通路を突破した。
待っていたのは――――地獄だった。
一度目にしていたアイサは目を伏せ、他の三人は顔面を蒼白にし、リコは膝から崩れ落ちた。
「うっ……ぐっ…………おえええぇぇぇ……」
頭がぐわんぐわんと揺れ、胃の中身が口から吐瀉物として吐き出される。口の中に胃液の酸っぱさが滲み渡り舌が焼けそうだった。苦しさと気持ち悪さに涙が出る。
出す物を全て出すと、何度も大きく呼吸繰り返し息を整えた。
幾分か気持ち悪さから解放され、顔を上げると、変わらぬ地獄の景色が改めて目に飛び込んだ。
「ひでぇなんてもんじゃねぇなこれは……」
口元を手で押さえるトリートはずれ落ちかけたサングラスを持ち上げ、唾を吐き捨てた。
足下から先は血の海が広がっていた。床一面が赤黒く変色していて、血液が蒸発し、空間の湿度を押し上げていた。
血の海には何人、何十人の冒険者達や聖騎士団の人間が沈んでいた。
マルコ達は血の隙間を縫うように歩きながら、その凄惨な現場をよく観察する。
手に短剣を持ったまま殺害された冒険者は死してなお顔に無念が張り付けていた。
首だけにされて胴体は細切れにされている者、目も合わせれなかった。
庇い合うように抱き合いながら息絶えている男女の冒険者もいた。体中めった刺しにされて、最期はお互い眉間に己の得物の小刀が突き刺されていた。恐らく死後、死体に手を加えたのだろう。
理由はない。ただの気紛れだったのだろう。
「エリザ、マイキー、バン、クワトロ――――みんな私の仲間達だ。共にダンジョンから生きて帰ろうと誓った者達だ……どうしてこんな……」
マルコの悲哀の声が痛々しかった。励ましの言葉なんて思い付かなかった。
マルコはダンジョンの深い天井を仰いだ。その瞳に涙はなかった。
つくづく彼は強い人間なのだとリコは実感した。
「……おかしい」
すると、死体を見回していたアイサが目を細めた。
「グラン騎士団長の遺体がどこにもない」
ハッとしてリコは現場を見渡す。
「本当だ。グラン騎士団長の遺体がない」
まだ生きているのか、それとも――――どちらにせよ進む他に選択肢はなかった。
血の海を避けて通り、先に進む。しかし、すぐに行き止まりが見えて、リコ達は足を止めた。
「アイサ、他に通路は?」
「残念だけど見つかってない」
リコは首を巡らせフロアを見回した。アイサの言う通り道はない。完全な行き止まりだ。
「そんな時こそ俺の出番だ」
名乗りを上げたのはトリートだった。既に魔力を漲らせ、魔王のコレクションを出す準備は完了させていた。
「待たせたなリコ、御披露目だぜ!」
魔力を成型、具現化させる。魔力がトリートの右腕を覆い、篭手のような形を作る。
「殲滅しろ『ウォーマシン』」
肩まで伸びた篭手は重厚な機械を思わせるシリンダが羅列し、指先は銃口となっており腕部には幾つもの砲身が並んでいる。
「少しうるせえが我慢しろよお前らァ!!」
ガシャンとけたたましい音を立てウォーマシンのギミックが起動、マガジンが腕部に装填される。
次の瞬間、ウォーマシンを中心にキィンという不協和音が発せられ一同、同じように耳を塞いだ。
トリートのウォーマシンによる魔力探知によって精密かつ遠距離までの魔力を感じ取り、トリートは首を巡らせ近辺の壁に目を向ける。
「壁の結構先に何体かの生命反応だ!派手にいくぜェ!!」
魔王のコレクションの反動か口調がいつもより猛々しくなっているトリートが一時の方向に手を伸ばす。
「消し飛ばせ!!ウォーマシン」
それこそ正にウォーマシンの名に相応しい破壊っ振りだった。もしそれが例えば人間や魔族のような生物に向けられたのなら文字通り粉微塵と化すだろう。
耳を塞いでいても鼓膜を揺るがす銃声、閃光。
指先から発射される弾丸だけでも物足りるだろうにあろうことか駄目押し。
腕部の砲身から小型垂直弾道ミサイルが火を噴いて発射、直撃と共にフロアを吹き飛ばしてしまいかねない爆風が一行を煽った。
琥珀色の金属の壁は見る影もなく、そこには次の段階へと進む扉が姿を見せた。
「ハッハーッ!!どんなもんよォ!?娘達には内緒で頼むぜ?見せたことないんだからよ!」
「……やりすぎ」
他の二人もアイサと全く同じ感想だった。
魔王のコレクションの影響だろう。その力が強ければ強い程、持ち主への影響も強いものとなる。今のトリートは些かハイになっているのだろう。
マルコはトリートの前までやってくると、魔石の欠片を手渡し、トリートの魔力を回復させる。
「君のウォーマシンは魔力の消費が激しすぎる。余り無駄撃ちすると後でへばるぞ」
「あぁわかってんよ」
魔力の回復に伴いトリートの頭も冷えたのか、素直に返事をし、ウォーマシンの機能を停止させた。
トリートが落ち着いたとこで、マルコは姿を現した扉に体を向けることにした。
「ウォーマシンの砲撃でも傷一つ付かないとは……この先に何かあるな」
「偵察なら任されるけど?」
アイサがマルコの顔を覗き込むように提言するがマルコはアイサの肩に手を置き、それを制した。
「いや、この先は君一人には任せられない。少々危険な臭いがする」
ふぅん、とアイサは少し納得いかない様子で一歩引いて、リコやトリートと肩を並べてると改めて言い直した。
「じゃあみんなで」
「それは偵察とは言わないと思うよ?アイサ」
リコが苦笑いして隣からアイサを仰ぎ見るとアイサは目を泳がせ「そっか」と素っ気なく言いながらフェイスマスクを鼻先まで押し上げる。
フェイスマスクに隠されていてもわかるぐらいにアイサの顔は燃え上がるように赤くなっていた。
初めて見るアイサの一面にリコはその顔をジッと見つめると、たまらずアイサは早足でマルコの元に歩み寄った。
「……早く行こ。グラン騎士団長のこともあるしさ」
その顔こそ鉄仮面を被ったような無表情ではあったがその後ろでにたにたと視線を送るトリートと興味津々な顔付きのリコにやがてアイサは目を細め、じとりとした視線を返した。
「怒るよ?」
「はっは!悪い悪い。お前の反応が面白くってついな」
謝罪の念を込めてトリートはひらひらと手を振った。
「わかったならいい。だから……早く行こ」
またいつものアイサに戻って、リコもトリートも気持ちを切り替えた。
「ダンジョン攻略も終盤だ。魔族の強さも並々ならぬものとなるだろう。皆、生きて帰るぞ!」
マルコの激が飛ばされ、四人は扉の前に立った。まるで巨人専用の扉のようで目の前まで来るとそれこそ扉の頂点は見上げる程だ。
マルコが扉に手を掛け、力を入れると驚く程すんなりと扉は開かれた。
ゆっくりと軋みを上げ扉は全開になるまで半ば自動で開き、先は暗く、明かりもなかった。
用心しながら扉の先に足を踏み入れると、侵入者に反応するかのように壁に備えつけられたランプに青白い炎が次々に浮かび上がり、一帯に明かりを灯した。
まるで一昔前の儀式場のような場所だった。六亡星のような魔法陣が広々としたフロア中央に青黒く刻み込まれている。恐らく魔族の血か何かだろう。
巨大な魔術を行使する際に、よく使われる術式だ。その手の知識はリコや他の者も疎かったが、それがそういう使い方をされたというのは誰から見ても明らかだった。
先程までと打って変わった空気に緊張の糸が張り詰める。
するとフロアの奥から薄気味悪い笑い声が響いてきて、誰もが身構えた。
笑い声の持ち主は限りなく人間の形をしていた。唯一人間と違ったのはその顔が人間以外の動物だったことだ。
人間の知る生物なら九官鳥のそれに近い。嘴を持ち、二つ付いた目はぎょろりとしていて気味が悪い。
魔術師のようなローブを着込んだその魔族は鷹揚に手を広げ、歓迎するかのように声を張り上げた。
「よくココまでたどりついたニンゲンたちヨ!」
人語を話す魔族に一同、騒然とした。それ程の知能を有する魔族はそれこそ完全な人間の形をした者に限られるからだ。
しかし片言としていて、聞き取りづらい。人型の魔族は、次の言葉を思い出すように口をぱくぱくとさせ、言葉を続ける。
「ワタシはこの迷宮にスむウィッチの首領。名をバルポイといウ」
ウィッチという響きにリコは思い出させられる。
ミラの街ガイナスにワームテールを始めとする魔族達を空間魔法により送り込んだ元凶だ。つまり足下の魔法陣はバルポイと名乗るこのウィッチが書き上げたのだろう。
バルポイはリコの思考を読み取ったかのように頭を下げた。
「こたびの騒動、深くお詫びしたイ。ワタシたちも無我夢中だったのダ。あの人間がワタシたちの仲間たちをコロし、コロし、コロし………ワタシたちはひっしの思いで空間魔術を行使したのダ」
話は繋がった。粗方予想はしていたが、やはり原因はロメオ・スプラットとウィッチ達だった。
本当なら、キツく言ってやりたかったが、こうも反省の意を示されては怒る気も薄れてしまった。
「シカシ、いまはさわぎも沈静化してきてイる。迷宮中に発生した空間も消滅していってイる」
それもウィッチの仕業だったとは。お陰で自分もマルコ達も死にかけている。
怒りの感情が再燃しつつあったがマルコが抑えるよう無言の指示があり、渋々従う。
確かにこの調子ならば戦闘は避けられそうだし、無駄な体力は使わないに越したことはない。
するとバルポイは上機嫌に声を弾ませ、続けた。
「それに、強力なチカラも手に入り、つぎこそはあのニンゲンに復讐できそうなのダ」
くつくつとバルポイは嘴を鳴らしながら笑う。
風向きが嫌な方向に傾くのを感じた。
代表してマルコが四人の中の疑問をバルポイに投げかける。
「力、というのは魔王のコレクションのことか?生半可な力では君の復讐は叶わぬものとなるばかりか君の命まで危険に晒すことになるぞ」
マルコの疑問はバルポイが理解するのに暫し時間を要した。
バルポイは理解すると体を揺らし、上機嫌さながらに口を開いた。
「ひとつは正しイ。たしかに手に入れたのはマオウ様のコレクション。でももうひとつはマチガイ。この力はワタシへのきけんは一切ないのダ。おみせしよう。ワタシのひろったチカラだ」
そう言うと、バルポイの背後ににのっそりと動く人影が現れた。
「死霊魔術というモノをご存じかな?ワタシにかかれば死体のひとり、チョロいものだったヨ」
ガツンと頭に衝撃が走った。愕然と目が見開いたまま、リコは姿を現した人物に目を奪われた。
「グラン……騎士団長……?」
返事はない。その顔に生気は宿っておらず、どろりと濁った瞳がこちらを覗いている。
「なんてことを……」
マルコが嫌悪感を露わにする。トリートもアイサも同じ感情を抱いていた。
バルポイは不思議そうに首を傾げる。
「おや?もしかして知り合いだったかナ?それはじつに気の毒なことをしてしまったヨ」
「今すぐ彼を解放しろ!」
マルコが威圧するような口調で言うがバルポイは意に介さずに応じる。
「それは無理なハナシだ。みすみすこのチカラをてばなすのは惜しいことダ。それにかれを解放したところでか彼はもう死ンでいる。今彼を解放しても彼はただの死体にもどるだけダ」
「バルポイ、君のしていことは死者への冒涜だ。もう一度言う。彼を解放しろ」
「テイチョーにことわる。そしてちょうどいい。かれの試運転にはもってこいの相手ダ」
「なんだと?」
「ワタシは別にこの迷宮の番人というわけではないが、ニンゲンにはすくなからず恨みがあるからナ。ワ悪いネ」
バルポイが指を鳴らすとグランの体に魔力が補給される。
ぎこちない動きが解消され、まるで生き返ったかのようなまでにグランの瞳に光が宿った。
「ゆけ!わがシモベよ。ニンゲンどもを排除せよ!」
「………………」
グランを取り巻く魔力が形を作りその手に集っていく。
「『ミョルニル』」
空のないダンジョンに雷鳴が轟く。
雷神トールが手にしていたと言われる鎚が嘗て聖騎士団の戦鬼とまで謳われた男の手に納まる。
小振りながら、鉛色の鎚は蒼白い雷を纏い、その殺傷力に関しては疑う余地はない。
グランは嘗ての仲間をずらりと見回す。その眼には何が映っていたのかは四人には知り得なかった。
今、グランはどんな思いを抱いているのだろうか。嘗ての同胞に牙を剥くことに自責の念を感じているのか。それとも感情自体が既に消え失せてしまっているのか。
どちらにせよ戦いは避けられなかった。
グランの魔力が更に増幅、およそ人間の体では耐えれない量の魔力がグランの体を包む。
グランの足下の地面がひび割れ、次の瞬間、一陣の風が吹き、グランの姿が消失した。
十メートルの距離を一気に零にして、グランが肉薄する。
狙いは――――マルコだ。
「あぁッ!!」
ゾンビのような呻き声に近い気勢と共にミョルニルを振りかぶる。
咄嗟に盾を出していたマルコの判断は正解だった。間違いは、正面からその打撃を受けたことだろう。
「ぬぅ!!」
魔王のコレクション同士の激突。
けたたましい金属音が鳴り響き、大気が震撼する。そして、遅れて衝撃が訪れた。
周囲の大気を切り裂き、ゴム毬同然にマルコの巨躯が吹き飛ばされ、壁に激突。壁に巨大な亀裂を作り、マルコは夥しい量の血を吐き、剥がれ落ちるように床に伏した。
「マルコォ!!」
トリートが叫ぶが、安否を確認する暇もなく腕のウォーマシンを起動し、ギミックの一つを発動した。
肘部から円柱状の棒が飛び出し、その形状をコンパクトなものに変化させる。
『ウォーマシン白兵戦闘形態』
「赦せグラン!」
返しのグランの一撃をウォーマシンの拳打が迎え撃つ。
威力はほぼ互角だった。しかし、白兵戦闘形態に入ったウォーマシンに抜かりはなかった。
インパクトの瞬間キィンという音がして肘から伸びた棒がピストンし、更なる一撃をもたらした。
一撃を以て二撃と為す。二撃目の衝撃はミョルニルを押し返し、今度はグランの体が吹き飛ばされる。何度も地面を跳ね、ちょうどバルポイの目の前で静止。あたかもバルポイに送り返すような形となった。
「ナルホド、やはりここまでくるとなかなか腕もたつようダ。だが……」
再びバルポイがグランに魔力を注ぎ込むと、グランは何事もなかったかのように起き上がり、ミョルニルを構える。
既に純白の鎧は血に汚れ、片目は潰れ、体に無茶をさせているのは言うまでもなかった。
「罰当たりなことしやがって……」
虫唾が走る思いでトリートはバルポイに軽蔑の眼差しを飛ばした。
「どうやら、奴をどうにかしないとグランは無限に蘇るようだな」
いつの間にやら復帰したマルコが冷静に相手の戦力を分析していた。
「無事だったかマルコ!」
「まだ寝るような時間でもないさ」
軽い冗談を挟み、マルコは口元に垂れた血を拭った。
「奴を直接叩くのが最も有効だろうが勿論奴もそうはさせまいとグランを仕向けてくるだろう」
ならどうするか、簡単な話だ。
「私がグランを引き止める。その間に三人で奴を叩く。トリートを主軸に二人はサポートを任せたい」
「ごめんマルコ」
声の主はリコだった。一歩前に出てリコは自分の願いを言葉に出した。
「グラン騎士団長の相手は俺に任せて欲しいんだ」
「何故だ?」
「俺の魔王のコレクションはまだ誰にも見せてないから連携も取りにくいと思うから……それにマルコ、怪我してるから一人じゃあ厳しいかなと思って」
さっきの衝撃でどこか痛めたのだろう。リコはマルコの立ち方や呼吸に違和感を覚えていた。
恐らくは肋骨を数本、魔王のコレクションを持っていても回復には時間を要するだろう。
「グランは容赦なく君に襲い掛かるぞ。強さもさっきのとおりだ」
「大丈夫。僕、こう見えてとっても強いから」
目を細め、目線の先にグランを捉える。
「だからマルコ達はあの鳥頭をお願い」
そこまで言われて引き止めるのは酷だった。彼も子供である前に一人のダンジョン攻略に踏み込んだ男だ。
その意を汲んでマルコはリコの背中を力強く叩いた。
「ならばこの役目、君に一任する。無理はするな。危なくなったらすぐに助けを呼ぶんだぞ」
大きく頷き、背嚢を降ろすとリコは魔力を解放させた。これまで温存してきただけに最大まで溜まった魔力が一気にリコの体を覆い尽くす。
魔力で形作るものはいつもの斧だった。身の丈に合わない長い柄、毒々しい模様、その先端に斧、槍、鎌の三種の凶器を携えたものは、斧というより、どちらかといえばハルバードに近い形状をしていた。
「咎人を罰し、救済せよ『パニッシャー』」
心臓が一際大きく脈打つ。柄に手を滑らせ、ぴゅんと風を切り得物を手に馴染ませる。
「さぁ始めようか、グラン騎士団長」
その表情には落ち着き払った平静さの中に微かな悲しみが見え隠れしていた。




