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 一週間ぶりの朝食は得も言えぬ高級感に満ちていた。

 小麦色の揚げ鶏は歯を立てた途端にパリッと衣が割れ、肉汁が滲み出て口内を潤していく。肝心の鶏肉も程よい弾力を含み、満足感を与えてくれる。味付けはその村特有の香辛料で舌を適度に刺激すると共に仄かな甘味があり不思議な後味を残してくれている。添えられた目玉焼きも充分な旨味を引き出している。


 これだけでも今の少年には満足たるものだった。それに加え碗に盛られた白米は粒立っていて、これがまた食欲を加速させる。

 上等過ぎる食事を今まさに平らげようとしている少年とは打って変わってその正面に座る長袖のワンピースを着た少女は、物静かにただ黙々と目の前のありふれた食事を口に運ぶ。


「うちの食事をそんなに美味しそうに食べる人は初めて……」


 おとなしめな顔立ちと藍色のショートカットから控えめな印象を受けがちだがその翠色の瞳にははっきりとした意志を映している。

 食卓を囲う中での第一声は少女にしては低く、掠れていた。

 少年は一時箸を動かす手を止め、喉の奥に咀嚼物を飲み込むと驚愕の表情を浮かべた。


「嘘でしょ?今までで最高のご飯だよこれ」


 少年は特有のソプラノで驚きの声をあげる。


「それは君が行き倒れててお腹の中身が空っぽなだけに過ぎないよ」

「そんなもんなの?」

「寧ろそれ以外考えられないよ」


 食事の口直しとばかりに少女はティーカップに口を付けズズズと重い音を立てて中のコーヒーを啜る。


「そもそも、君はどうしてあんなところで行き倒れてたのかな?」

「うん、そうだねぇ……話せば長くなるんだけど……」

「うん、ならいい」


 すっぱりと話を切られ少年は口ごもってしまう。少女は目を細めて目の前の少年をジッと眺め回す。

 齢十歳程度か全体的に若々しく、背は歳並み程度か。癖がかった黒髪をしており、身に纏う赤のラインの入った黒コートは泥まみれとなっている。

 そもそもの始まりは朝になって少女が町外れの河辺にて水を汲みに行ったことからだった。ぬかるんだ地に這いつくばり、獣の如き唸り声を上げる少年は生きた屍という言葉がぴったりな状態であった。放っておくには彼女の良心が許さず結局のところ一食の恩を売るような形となったわけだ。


「そういえば君、名前は?」

「あぁ僕はリコ。そういうお姉さんは?」

「アイサ。そんなに畏まらなくていから気軽に呼んで」

「じゃあアイサ。ごちそうになったね。埋め合わせはするけど……」

「別に構わないよ。別に見返りが欲しかったわけじゃないから」


 その代わりといったようにアイサは話を切り出した。


「君、この辺の住人じゃないね?こんな偏狭な地に何しに来たの?」


 一つ間を置いてリコは頭を掻いた。パラパラと乾燥した土の粒が床に落ちていく。リコはバツが悪そうな表情でアイサの問いに答える。


「そうだなぁ、あまり他人には言い辛いことなんだけどアイサは恩人だから特別かな」


 リコは机に半分乗り出すと声のトーンを低めた。


「魔王のコレクションって知ってる?」


 今まで興味の欠片もなさそうにしていたアイサの片眉が吊り上がり、驚愕の色を見せる。まさかその言葉が出てくるとは予想だにしなかったからだ。


『魔王のコレクション』


 嘗て魔王という存在がこの世を統べていた時代。

種族として人間を超えた存在である魔族の頂点に立つ魔王は世界の王として君臨しつつあった。


魔王は聡明な指導者且つ、あらゆる分野において功績を残していた。人間と魔族共に分け隔てなく接し人間には魔力の扱い方を教え、代わりに魔族に人間の文明の利器を教わった。一部の人間達は魔王を理想の指導者として崇めた。だが人間の中には自分達とは違う種族が上に立つことを嫌う者もい少なからずいたのだ。


 その不満は積もっていきいつの日か人の中に『聖騎士団』と呼ばれる集団が結成。徐々に勢力を拡大していった聖騎士団はやがて魔王との対立を深めていった。そしてある事件をきっかけに対立が激化、やがて人間と魔族の全面戦争が幕を開けることとなった。激戦の末魔王は討たれ、戦争は人間の勝利によって終結した。

 だが魔王は封印される直前に残された魔力を使って全世界にダンジョンを出現させ、自身の持つ全ての宝をその奥底に隠したのだった。

 それが魔王のコレクション。魔王の最高傑作と呼ばれる代物であり一度手にすれば魔王に匹敵する力を得られると専らの噂だ。

 アイサはリコの言葉の意図を理解したのかつい先程まで淀んでいた瞳を光らせ、リコを見つめる。


「じゃあ君の此処に来た理由って……」

「そっ、ダンジョンの攻略さ」


 その時、外からけたたましい足音が近づいてくるのを感じ、二人は一時会話を中断させた。歩く度に金属同士が擦れ合い耳障りな音を出し、地を擦る音もまた金属質だ。察するにその集団の身なりは全身金属鎧であろう。足音はアイサの家の前でピタリと止み、リコは重い溜め息を吐き出した。

 木造のドアを二度ノックされアイサは席を立った。


「キッチンの奥に隠れてて」


 抑えた声でアイサはリコに促すと玄関に足を運んだ。リコも言う通りにし音を立てないように慎重にキッチンに向かう。


「どなた?」


 粗方予想は出来ていたアイサではあるが時間稼ぎの為にあえてそう問いかける。するとドアの向こうから「聖騎士団の者だ」と厳粛たる声が返ってくる。アイサは一拍子置いてドアを開けた。


「朝方にすまないな」


 ドアの先には、白銀のプレートメイルを身に纏った男が大勢の部下を引き連れて朗らかな表情で佇んでいた。

 白い鼻髭を蓄えた老紳士のような顔立ちではあるがその顔付きは全体的に引き締まっていて年齢以上の若々しさを保っている。


「グラン騎士団長。これはいったい何の騒ぎで?」


 聖騎士の師団を前にしてもアイサは一切自身の立ち振る舞いを崩さなかった。艶やかな藍色の髪を掻き上げ、目の前の聖騎士の長に応対する。


「うむ、この地域に設置した魔力探知機に強力な反応があったものでな……魔族の者が暴れているのではないかと思ってな」

「ふふ、随分とせっかちなものね」


 アイサは微笑を浮かべ、グランの後ろにピシャリと並ぶ兵を見渡した。


「朝からお疲れ。でもこのとおり、町はいつも通り」

「うむ、そのようだな」


 グランは照れくさそうに鼻髭を撫でると、兜を脱ぎ、一礼を交わす。


「一通り町を巡回してから支部に戻るとしよう。何かあったら私に伝えてくれ」


 そう言ってグランは踵を返すと部下達を纏めると一糸乱れぬ隊列を成して街道を進んでいく。

 アイサはグラン達が見えなくなるまで見送るとホッと一息着いて家の中に戻った。


「行ったよ」


 気怠そうに合図を送るとキッチンの奥からのそりとリコが這い出てくる。


「いやぁ、冷や冷やしたよ」

「それはお互い様。さっ、話の続きをしましょ?」


 二人は椅子に腰掛けるとまた向かい合うような形になる。


「その前にさ。何でさっき僕があいつらに出くわすのが都合が悪いってわかったの?」

「そうだね、別に確信があったわけじゃないけど、ダンジョン攻略者は聖騎士団にとってお尋ね者が多いから、かな?」


 ダンジョンが出来て十年近くの歳月が経過していた。不定期でダンジョンが出現する中、既に幾つかのダンジョンが攻略されてきたが近年になってダンジョンは聖騎士団の管理下となり、それを世界各国の政治団体は容認した。多くの原因としては第一にダンジョンに足を踏み入れた者の生還者の数が全体を通して数割程度しかいないからだ。

 ダンジョンは原則、一度入ったらクリアまで外には出られないようになっており、それが生還者の人数を減らしている。それに加え、その特徴を利用した各国のギャングやお尋ね者の中では都合の悪い人物をダンジョンに放り込む事例が出て来た上、ダンジョン出現初期の頃は一般人が誤って入り込み、行方不明になるケースも発生したからだ。頭を抱えた各国に手を差し伸べたのが他でもなく聖騎士団だった。正義を掲げる聖騎士団は世界にある全てのダンジョンの管理を志願したのだ。その結果、ダンジョンの攻略は制限され、聖騎士団の許可が出た者以外はダンジョンに入ることを禁じられてしまったのだ。


「それでも違法にダンジョンに入って見事ダンジョンをクリアする人は出て来てるのが現実。聖騎士団を敵に回す前提でね」


 冒険者の誰もが聖騎士団を良く思っているわけではない。聖騎士団が新たに発行した許可証(ライセンス)は言わば聖騎士団から首輪を嵌められるようなものだ。それを良しとしない冒険者も多々いる。

 アイサは視線をリコに合わせると話を続けた。


「さっき聖騎士団の人達が来て君は一瞬『まずい』って表情をしたよね。私が思うに君はダンジョン攻略者。それも違法なね。グラン騎士長が言ってたけどこの辺から強力な魔力が発生したんだって言うんだ。私の勘だとそれって君のことじゃないかな?どうだろ?」


 ぐうの音もでないといった風にリコは困り果てたような表情で視線をアイサから逸らした。腕を組んで暫く首を傾げて悩み、漸く踏ん切りが着いたように息を吐き出した。


「なかなか鋭い洞察力だね。そっ、確かに僕はダンジョン攻略者。聖騎士団の目を盗んでダンジョンに入ってダンジョンをクリアしたことのあるね」

「じゃあ魔王のコレクションも?」

「持ってるよ。でも今は見せれないよ」


 町に魔力探知機が置かれている以上は無闇に魔王のコレクションを見せびらかす事は敵に居場所を教える事と同義となってしまう。それはアイサも承知のことだった。


「それじゃあ今から君はダンジョンに?」

「そうだね。もう少し様子見してからが良いけど出来るだけ早くにしたいな」


 頬杖を着いてリコは窓から見えるダンジョンを見て呟いた。街の中央に天高く聳え立つ塔のような建造物、それがダンジョンであることは経験者であるリコでなくともわかっていることだ。


「ちょっと視察に行ってくる。ダンジョン攻略の前準備も兼ねてね」


 ひらひらと手を振ってリコはアイサの家を後にした。

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