アサガオ
意識が戻ると、目に入ったのは白い天井。
すぐに病院なのだと理解できた。
他に人がいないのを見ると、どうやら個室のようだ。
窓の外へと目を向けると、雪が降っている。
思わず手を伸ばす。
「痛ッ!」
手には激痛と少しの寒さを感じた。
そこで自分に何があったのかを全て思い出す。
――そうだ……僕は自殺しようと……夏美に会いに行こうとしてたんだ。
体が激痛で動かないのを感じながら、頬を涙が伝う。
悔しかった。
自分が夏美に会えていないことが悔しかった。
涙が止まらない。
嗚咽が漏れる。
こんな世界が嫌いだった。
理不尽が……不条理が突然襲ってくる世界が嫌いだ。
夏美と僕を切り裂いたこの世界が許せなかった。
何度そんなことを思っただろう。
少し思い出してみるが数え切れない。
どのくらい泣いていただろう。
多分長い時間泣いていたはずだ。
激痛を耐えながら、微かに動く腕で涙を拭う。
涙で服が濡れて冷たかった。
するとガシャンという何かが壊れるような音が遠くでする。
僕は涙を拭うのをやめ、そちらに目を向けた。
目線の先に立っていたのは可愛らしい少女だ。
足元には壊れた花瓶が落ちている。
先程の音は花瓶の壊れた音だったのだろう。
少女は瞳に涙を溜めている。
わなわなと震え、僕に近づいてくる。
そして僕の胸ぐらを思いっきり握り締めた。
「……っのバカ兄ぃ!! なんであんな馬鹿なことしたの!? わたしもお母さんもお父さんも皆心配したんだからね!!」
少女は声を荒らげて叫んだ。
「学校に行かなくてもいい……
家に引きこもっててもいい……
ダサくたって気にしない……
頭が悪くたって気にしない……
カッコ悪くたって、そんなことはどうでもいい……
周りからなんて言われても私は気にしないよ……
だから……だから……死ぬのだけはやめてよ……生きていてよ……お兄ちゃん……」
気がつくと少女は大粒の涙を流していた。
ベッドのシーツに涙が滴る。
「……彩佳……」
僕は少女の名前を呟いた。
「ごめん……ごめんよ彩佳……でも……」
彩佳の頬に伝う涙を拭いながら続ける。
「僕は夏美のいない世界になんてもう興味はないんだ」
そう断言した。
「彼女のいないこの世界は間違っている」
次に目を覚ました時には、何もなかった。
壊れていた花瓶も、それに沿う様に落ちていた花も。
そのかわり、枕元に一輪の花が置いてある。
それはコスモスだった。
僕は驚愕したようにコスモスに手を添える。
そのコスモスは儚く、そしてとても綺麗だった。
でも、冬にコスモスが咲いているはずがない。
だから、僕はなんとなくだけど思った。
もしかしたら夏美からの贈り物かもしれないって。
夏美からのメッセージかもしれないって。
そう思ったんだ。
「あっ、お兄ちゃん起きてたんだ」
そう呟きながら彩佳が病室に入ってくる。
手には花瓶を持っている。
ガーペラの花だ。
彩佳のことを見ていると彼女の生きていて欲しいという願いを思い出す。
そして夏美からのメッセージも。
だから……
僕は彩佳に、夏美に、両親に言わなくてはいけないのだろう。
「……彩佳」
僕は真っ青に広がる空を見ながら呟く。
「こないだはごめん……
でも、夏美のいないこの世界が間違ってるとは思う
だけど、
だけど僕はこれからも生きていこうと思う。
夏美の分も生きていく。
どんなに無様だって
どんなに辛くたって
どんなに苦しくたって
無駄な足掻きだとしても僕は彼女の分も精一杯生き続けるよ」
僕は彩佳に微笑みかけた。
すると彩佳は、唖然としたようにキョトンとしていたが、やがて言葉の意味を理解して満全の笑みを 僕に向け「うん!」と声にだした。
――――これで……これでよかったんだよね夏美……
僕は三年のリハビリを終え退院した。
真っ先に向かったのは墓地。
夏美のお墓がある場所だ。
ここに来るには初めてだった。
夏美のお墓の前に来ると吐き気がした。
僕はそれを堪えお参りを済ませた。
「さよなら夏美……また来るよ」
そう呟いて一輪の花を置いた。
花梨の花だ。
花梨を置いたのには理由がある。
彼女の興味のあった花詞だ。
コスモスの花ことばが「乙女の真心、愛情」であったように花梨にも花詞はある。
花梨の花詞。
それは……
唯一の恋。
僕はこれからも夏美に恋をし続けるだろう。
処女作完結になります。
次回作も書くつもりです。




